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覚えていますか……あの悪魔のような令嬢のこと(前編)

 


「さぁ、気にせず自由に寛ぎたまえ」


「寛げ、と言われてもなぁ」


 シルバーが使った移動魔法で一瞬で変わる景色は、眩しい魔力色の洞穴から一辺して魔術具がそこかしこに飾られた部屋へと移る。

 客人を待っていたかのようにテーブルに置かれた茶(?)は毒々しい色をしていて、暖かい変な色の湯気を立てているから余計に気味が悪い。


「そんなにソワソワしなくとも、誰も襲って来たりはしないさ。君には」


「お前には襲ってくるんだろうが……」


「よくご存知だねぇ」


 シルバーが魔塔の魔法使いに常に狙われているのは存じ上げすぎている。

 一番最初に出会った時の魔塔ではえらい目にあった。なんたって日が悪かったのかなんなのか、突如魔塔全体の魔女の反乱という名の魔法合戦が起きて、それに巻き込まれただけじゃ飽き足らず黒幕のなんかとんでもない魔法を使う魔女と空中で対決する羽目になったからな……


「確かに私はいつでも魔法での挑戦を受けてたっているのだが、魔塔もそんなに暇じゃないからね。そうしょっちゅう襲われている訳では無いんだよ。せいぜい数月に1人くらいなものさ。私に挑戦する程の魔法を使えばそこら中壊れてしまうからねぇ……修理が大変で余計に仕事が増えるし」


「ほう……数月に1人ですか」


 あれ? 俺が最初に出会った時は大量の魔女が……アア、うん、そうね……ゴメン、日を悪くしているのは俺だったわ。

 いつでも魔法で狙われている魔塔主……対していつでも悪女から狙われている俺。相性悪すぎでは?


「とは言え、私の知っている時間からずいぶんと日が経っているので何がどうなっているのかサッパリだから、まずは状況把握が必要でねぇ。そうゆっくりと話をしている場合では無さそうなのだよ。直ぐに魔塔内の魔法使い達を集めて仕事に戻らねばいけないから、君や君の知っている私の話はまた落ち着いた頃にゆっくりと聞かせて欲しいねぇ」


「そうか……それは大変だな」


 以前のシルバーならば何を差し置いてでも、仕事を溜め込んででも面白い事を優先していただろう。俺と出会う前のシルバーだから今は魔法優先なのかもしれない。何だか思考がまともで逆に怖い。


「君みたいな面白そうな人間はあまり見ないからねぇ、相当摩訶不思議な話を持っているのだろう? 聞き始めると日が暮れるまで話をさせるどころか下手したら自白剤か幻覚魔法でもかけてずっと話続けさせかねないだろう? まずは嫌な仕事を片付けておかないとねぇ……私は真面目だから」


「全然まともじゃなかったわ元から」


「冗談に決まっているだろう。本気に取らないでくれたまえ」


「いや、全然冗談じゃないだろ、お前の性格は良く知っている。面白い事があれば笑顔で追い詰めるし魔法が好きすぎて後先考えずに魔法に向かってダイブするような奴だっただろ」


「よく知っているねぇ」


「よく知ってんだよ」


 こんな状態の人間と話をする経験はあまり無いので噛み合わなすぎて気が抜ける。ボケた爺さんと話をしているのともまたちょっと違う……実際にあった記憶も本人が覚えてないとなると段々自信が無くなっていくのだが、俺が覚えていないと無かった事になってしまうのでしっかりしなければ……いや、マジで記憶力には自信が無いのだが……

 俺よりしっかりしていそうな魔力さんが本人に説明してくれればいいような気もするが、魔力さんは火山から移動してきた後俺に喋りかける事は全く無かった。やはり火口内のような環境でないと実体化は出来ないのか、単純に俺が嫌われているだけなのか……後者だったら相当傷つくぞ。俺が何をしたというのだ。


「まぁ、君が摩訶不思議不幸呼び寄せ体質だというのはゲート都市や魔力の話からなんとなく分かってはいるよ。でも、仮にこの魔塔内で厄介な事件があった所で魔法使いだろう? そうそう私が対処出来ない範疇を超えるとは思えないから安心したまえよ」


「……いや、お前は厄介な魔法使いがわざとらしく用意した魔法毒を嬉々として飲むような男だ。どんなに忙しくても簡単に対処出来ても、わざと泳がせて楽しむような外道だ」


「……まるで見てきたかのような言いっぷりだねぇ。幾らなんでも私がそんな非道に見えるかい?」


「……見てきたから言っているんだが――ん? どうした?」


 俺と話をしながら変な色のお茶を飲んでいたシルバーがカップを取る手を止め窓の外を見た。

 魔塔の最上階、窓から見える先は建て直されたばかりの魔法学園である。


「あれは魔法学園だよねぇ。建て直されたみたいだからだいぶ景色が違うけれど」


「ああ。老朽化も進んでいたみたいだからな」


「そうだねぇ、前に建てたのは先代だからね。……そうかぁ。厄介な事をしているなぁ」


「え――」


「まさか魔塔じゃなくてあちらで何か起きるとはねぇ」


 ニヤニヤと笑うシルバーの顔には何か見覚えがあった。デジャヴを感じている俺を他所に壁に魔法陣を描くシルバー。


「来たいならば君も一緒にどうぞ」


 と、手を引く訳でもなく、手招きしたまま壁に溶けて行くシルバーの後を追って同じように壁に飛び込むと、その先に見えたのは見覚えの無い個室だった。

 ……いや、よくよく思い出せば見覚えはちゃんとある。窓も無く土臭い地下。

 黒いローブを羽織った魔法使い達が囲んでいる真ん中には蝋燭の置かれた真っ赤な魔法陣があり、そこにはコウモリのような羽が生えた女が凶々しいオーラを放ち浮いていた。


「我を召喚したのは誰だ? 契約し願いを叶えてやろう。ただし……対価は、しっかり貰うぞ。クックック……」


 怪しく笑う女を見てシルバーはニヤニヤ笑った。


「悪魔だねぇ」


 ……いや、知ってるんですが。

 何だろう、一字一句同じ状況すぎてコピペかと思うようなコレ。

 みんなは覚えているだろうか……そう、魔法学園に突然現れた極悪非道の悪魔侯爵家の令嬢、レヴィア。彼女があの時と全く同じそのままそこに居たのだ。

 いや、正確には突然現れた訳では無い。あの時はちゃんと魔法学園の召喚士科の生徒が故意に召還していたのだ。

 そして、同じように地面に散らばるゆで卵にカエルの玩具に蚊を取る線香にケチャップで作られた魔法陣……


「いや、全く一緒じゃねえか! お前ら召喚士科の生徒だよな?! 何でまた全く同じように悪魔を召喚してんだよ!!」


 怒りを通り越して呆れる俺の言葉をきょとん顔で聞き、互いに困ったように見つめあう黒ローブ達。


「え? またって、俺達悪魔召還なんて初めてだけど……てか誰?」


「何でってもなぁ、まさか本当に召喚出来るなんて思ってなかったから」


「ちょっとお遊びのつもりで始めたなんちゃって召喚だったんだけど」


 などと、前回よりも若干生意気そうな口調でぶーぶー文句気味に悪気も無くほざく。


「……え? ちょっと待て、お前ら違うやつらなのか……?」


「何か先輩達が召還成功したって言ってたからそれじゃねえの? もしかしてその時もオジサン達まで召還されたの?? マジうけるんだけど」


 ……話っぷりから、恐らく違う年代の奴らなのだろう。確かにあれから月日が経ってるけど……は? オジサンって何や。こちらまだオッサン扱いされるような歳では無いんだが……たぶん、えっと……ねぇ?


「ほうほう、なるほど。こんな道具で呼び出される間抜けな悪魔が本当に居るのだねぇ。知らなかったよ」


 と、シルバーがイモリをつまんで笑っていた。いや、お前は知っているはずなんですけどね……?

 ……え? もしかして、今この状況であの時の悪魔を覚えているのって俺だけ……なの???

 そもそも、この悪魔もあの時の悪魔さんなの……?」


「こらーーーー!!!!!! いつまで無視してんだーーー!!!! いい加減にしろ、私を誰だと思っているの?! 極悪非道の悪魔侯爵家の令嬢、レヴィアよ?!!?? ひれ伏しなさ――っげげげげげ?!!! お、お、お、お前らはーーーー!!!!」


 長い時間放っておかれて、ついに悪魔の方が切れ始めたが、シルバーと俺の顔を見るなり土壁にめり込む程に飛び退いた。ああ、この反応といいテンションの高さといい、あの時の悪魔令嬢さんですわ。良かった、何だか安心した……

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