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閑話・あの時のシルバーの記憶(前編)

 


 あの日、大量の血を流し倒れたシルバー。


 普通の魔法と竜族の使う魔法――特に闇魔法とは非常に相性が悪い。

 以前ナーガと戦った時にシルバーの攻撃が効いてはいたものの、恐ろしい再生能力で復活していたように。

 ロストの使った闇魔法もそうだ。聖なる物に対抗するのは魔の物、闇に対抗するのは光。その性質は全く違う。


 シルバーがどんなに多くの魔力を有しても、使えない魔法に対しては弱い。

 以前から神聖魔法や魔族の使う魔法について調べていたものの、どんなに同じように魔法式を描いてもそれを使う動力が無ければ発動しない。


「ははは……これは……困ったね」


 それでも、物理攻撃を防御したり魔法攻撃を跳ね返す手段はいくらでもあった。

 普通の切り傷だったら回復出来たかもしれない。……とにかく、相性が悪かったとしか言えないのだ。

 竜族の血を持つ、それも闇の龍の眷属であったハオに斬られた傷口は全く塞がることは無かった。

 それに加えて傷口からどんどんと流れ出る魔力。自分が溶け出すかと思う程にどくどくと流れ出て、それはやはりピンク色に光っていた。


(あまり血を見ることは無いのだけれど、やっぱり少しも血が混じってはいないんだなぁ……)


 などとぼんやり考えるシルバーだったが、暢気に考えていられる程、事態は穏やかにとはいかなかった。

 自分1人が死ぬことについては問題無い。だが、今意識をこの世から消せばシルバーの身体はたちまち魔力に乗っ取られ、大爆発を起こすだろう。

 自分の魔力以上の、自身を消せるような大魔法使いが生まれれば何とかなるかもしれないと希望を抱き、マゾかと思われる程に魔法を浴びてきたのだが、そんな者が現れる気配は無かった。その内に本当にマゾになり、そんな姿をカリスマと崇められ、マゾを沢山生み出してしまった事については申し訳なさすらあった。

 親愛なる友人を遠くへ送ったのも、人助けを頼みたかったからという理由よりは、爆発に巻き込まれて欲しくないからだというのが大きくあった。

 だが、自身がここで死ねば大陸を半分消してしまうだろう。大事な友人だけを遠ざけてはみたものの、そうなれば魔王領はおろか帝国だって危うい。

 大人しく死ねる場所なんて何処にも無い位にシルバーは人と関わりすぎてしまった。


(いや……そうじゃないか)


 他の誰かが消えるのと同じように、シルバー自身が居なくなれば悲しむ人だっている。スノーマンでジェドが死んだと思ったとき、もう生きては行けないほどに悲しくなってしまった。

 かの友人がそこまで思ってくれているかどうかの自信は全然無かったが、何にせよ今ここで死ぬわけにはいかなかった。


(出来る方法は……いくつか……ある)


 シルバーに残された猶予は本当に少なかった。その僅かな時間で使える魔法……

 回復の見込みはほぼ無い。回復魔法の追いつかぬ程の致命傷……刻一刻と遠くなりそうな意識。

 辛うじて使えそうな魔法はあれど、移動魔法ならばチャンスは一回きりだ。時間を戻す魔法でも使えていれば話は別だが、異世界の聖女がチート級の加護や魔法を全て失う程の魔法を使うなんて、今のシルバーには到底無理だった。


(何処に……? 誰も居ない場所で大人しく死ぬか――)


 海の中や空の上にでも、と思いもしたが……威力が分からない以上絶対に被害を出さないとは言い切れない。逃げられる場所なんてほぼ無いのかもしれない。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 グルグルと考えるシルバーの傍で声をかけたのは魔族のベルであった。他の魔族達も心配して覗き込む。


「離れ……た、方が……いい」


「知っている、お前が死ぬと魔力爆発を起こして大陸を吹き飛ばすのだろう! 阿呆が、今更逃げたって無駄に決まっているだろう。それに、我々魔族が自らの命惜しさに逃げると思うか、舐めるな」


「はは……魔族は……強いんだ……ねぇ」


「当たり前だ。私は一度死んだ身だが、諦めなければ何とかなるとあの男も言っていたからな。せっかく助かったこの命、無駄にせぬよう最後まで抵抗させて貰うさ」


「……?」


 見れば、他の魔族や魔獣達がシルバーの周りにせっせと何かを集めていた。

 それは白乳色半透明でふよふよと揺れ、意思があるのか無いのかも人には理解出来ない魔獣。


「スライム……」


「こいつらは丈夫だ! ちょっとやそっとの衝撃や魔法ならば耐えられる事は実証済みだ。お前のそれに耐えられるかどうかは分からないが……それでも、無いよりはマシだろう」


 建材としても使われているホワイトスライム。何がどうなっているのか、その生態は同じ魔族すらもよく分かっていないらしい。通訳を通して話をすれば気の良い魔獣で、建材にも喜んで使われるようなこの世の摩訶不思議、神の遣わした存在かもしれないと言われている。本当かどうかは誰も知らない。


「ふふ……げほっ、魔族の君達でも……分からないなんてね……本当に神が……」


 神は直接この世界に影響を与える事は出来ない。異世界の人間を使って間接的に何かをしようとする事はかなりの頻度で目撃されているが、結局は何をしたいのかも謎である。

 そういう観点からすると、人知の及ばぬホワイトスライムは本当に神が手を加えた存在なのかもしれない……そう考えた時、シルバーは1人だけ何とか方法を叶えてくれそうな人物を思い出した。


「か……かみ……」


 一度行ったあの場所ならば、行けるかもしれない。いや、神が降り立つような特別な地がそう簡単に移動魔法で行けるかどうかは今のシルバーには判断つかない。それでも、万が一失敗しても、何かしないよりは遥かにマシだった。


「べ、ベル……時間が、無いんだ。もしかしたら……死ぬかもしれないんだけど……」


 申し訳なさそうに言うシルバーの言葉に、ベルも、そして周りのホワイトスライム達もプルプル震えて頷いた。


「ははっ、正直、こいつらでどうにかなると本気で思ってはいなかったからな。お前の事は魔王様に頼まれている……から、という訳だけでは無いぞ」


 他の魔族達も頷いているのが見えた。シルバーはジェドだけがどんな時も自分に親切にしてくれるのだと思っていたが、案外他の人だってちゃんと優しくしてくれるのだ。

 誰も信じることの出来なかった子供の頃とは、もう世界が違うから。


「あり……がとう……駄目だったら、ごめん……」


「駄目とか言うな」


 シルバーが描いた魔法陣がベルとスライムごと辺りを包んだ。複雑な魔法式は一体何処へ行こうとしているのか、魔法をかじっているベルでさえ想像がつかなかった。


 一瞬の歪みと眩しい光。それが晴れたときにベルが見たのは、洞窟にしては眩く輝く場所。神聖な雰囲気に少し吐き気がしそうになる。


「こ……ここは?」


 スライムがシルバーを支え、ベルがきょろきょろと辺りを見回せば、そこには1人の者が座っていた。

 男なのか、女なのかさえも分からない。その者はいわゆる、ちゃぶ台の前に座って食事を取っていた。


『な、な、な……』


 わなわなと震えるその手には椀に盛られたライス。東国か異世界か、最近流行りだした文化圏の食事だろうかとベルは訝しげにその人物を見た。


「……いや、誰なんだお前は」


『それはこっちのセリフだーーー!! え???? ちょ、何?? 今どうやってここに来た??? あれ? マリア達が罠を一新してくれてたはずなんだが、え?? もう破られたの?? そんなバカな』


 焦りたじろぐその人物が誰なのか、混乱するベルはシルバーに問いかけた。


「おい、ここは一体何処なんだ、というかアイツは誰――」


 スライムにもたれかかって倒れるシルバーからは、先ほどとは比べ物のならない量の魔力が流れ出し、咳き込むくちからも助からないと思える程に流れ出ていた。


「お、おい!! 大丈夫か!!」


『え? いつぞやの魔法使い?? そいつが移動魔法でも使ったとか言わないよな? ど、どんだけ魔力使ったんだよ……枯渇して死ぬぞ……』


「ああ、そうなんだ!! 助けてくれ!! シルバー殿がここに来たからには貴様が何とか出来るのだろう?! 彼が死んだら、魔力が暴走して大爆発を起こすんだ! ここが何処だか分からないが、大陸一帯を吹き飛ばす程の威力だ、死にたくなければ――」


『ええええーー?! ちょ、急に来て強いられ過ぎではーーー?!!!!』


 眩しく輝くその人物の胸倉が何処にあるのかも分からないが、ベルはその人物を引っつかんでぐわんぐわんと揺すった。


「貴様が何なのか知らんが時間がもう無い!! 何とかしろ!!」


『えええええええ??! ちょ、ちょ、我、神なんですけど??? 神に対してもうちょっと頼む態度ってものが……』


「神?? 貴様は神なのか?」


『そ、そうですけどーー?????』


 実際は見えないが、ドヤ顔を作ったような態度にベルは一瞬目を閉じてフッと笑った。


「……残念だったな、我ら魔族の信じる者は魔王様のみだ。貴様が誰であろうと関係無い」


 と、ホワイトスライムの一部を掴み取り神の口にねじ込んだ。


『ぐぼああ! ぐえ、何これ青くさっ、我の嫌いなパクチーの臭いがするー』


「ほほう、スライムを口に入れた事は無いがみんな嫌煙するのはそんな味だからなんだな。嫌いならば好都合だ。さぁ、スライムどもは永遠に増え続けるから永遠にそのぱくちーとやらを味わいたくなければ何とかしろ」


『ああもう!! ぺぺぺ、これだから無神論者が多くてこの世界嫌すぎるわ!! わかった、わかったから!! てか最初から、するとかしないとか何も返答言ってないから一旦落ち着けぐぼぼぼ、いや、お願いします、落ち着いて下さい!!!』


「……お前、本当に神か……?」


 負け犬根性がすっかり育ってしまった神の威厳も残っていない神々しいだけの何かを、ベルは胡散臭そうに見た。

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