悪役令嬢からの脱出と謎のオッサン広告(後編)
「だから何でそんな事になってるんだよーーー!!!」
「何でと言われてもなぁ……毎回気がついたらこうなっているんじゃよ」
襲い来る大量のアンデッド。俺とオッサンは狭い通路を道の続く限りひた走っていた。
いや、実際に走っているのは俺だけである。オッサンはほぼ俺が引きずるように引っ張って走っている。オッサン足遅いんだもん……
3度目の暗転と共に現れた景色はそれまでの窓一つ無い小部屋とは違っていた。それが先程、アズールが牢屋を脱出出来たからなのかどうかは分からない。
ただ、小部屋の方がまだマシだった。
狭い通路を敷き詰めるように襲ってくるアンデッドはとにかく足が速い。
オッサンというハンデがあるとはいえ、漆黒の騎士団長の全力ダッシュでも振り切れない勢いなのだ。普通、こういう腐った系の方々って脳みそまで腐ってる分動きが鈍いものでは無いのだろうか……?
角を攻める俊敏さは正気の競技者のそれである。
「とは言え、ずっと逃げてる訳にもいかないだろコレ……」
出来る方法は色々試した。
まず、シンプルに騎士だから応戦しようとしたのだが、剣を抜こうとするとやはりダメだと警告するような音と共に『無効な操作です』と出て来てしまった。アンデッドへの応戦に剣を抜くのが無効とはこれ如何に?
恐らく物理的な話ではなく、ルールや理的な話なのだろう。世界はいつだって俺に厳しい。
そして、もうみんないい加減『いや×を押せよ』とでも思っているだろうが……あの右上の×がね、丁度アンデッド側にあってダメなのである。押そうと思うと思いっきり彼らにダイブしなくてはいけない……が、正直そんな勇気は無い。
剣も何も使えない状態で敵に突っ込む勇者が居るだろうか。
「というかコレ、どういう種類のヤツなんだよ。逃げ切れば勝ちとかそういう事なのか?」
「いや、そうではない! アレを使って倒すんだ!!」
前回も前々回も必ず何らかのゲーム要素があった。剣が使えないにもちゃんと理由があったらしく、オッサンの指し示す先には謎の武器があった。ちょっとデカい銃……か?
……ただし、その銃は何故かブロックに囲まれていた。
「……つまり、水責めの時と同じように消せと……?」
「そうだ! アレを上手い事そんな感じにして何とかやり過ごすんだ!!」
ふんわりしたオッサンの説明……このアンデッドさん達ってそんな悠長に待ってくれる感じなん……?
「分かった。やるか……」
俺は足にぐっと力を込めて一足跳びした。スキルを使おうとしたがやはり無理そうだったので……
アンデッドとの距離が少し開いたので俺はブロックに手をかける。
少し押したら脆く崩れたブロックの先……出て来たのはデカい銃を構えたセクシー美女だった。ワオ……どちら様ですか……?
突然現れた謎の美女はアンデッドに向かって銃をぶっぱなし始めた。美女つよ……
「ボーっとしている場合ではない、すぐに強いやつが襲ってくる! 次々とブロックを消して武器を手に入れなくてはダメだぞ!」
と、オッサンが急かす。オッサンは何もしていないのに……働いているのは俺と美女だけだ。
「キャア!!」
そうこうしている間に美女さんがアンデッドにやられてしまった。本当にボーっとしている場合ではないらしい……美女ーーー!
美女さんはアンデッド化し、襲い来るアンデッドに交じって銃を乱射してきた。あちらがパワーアップしてるんですが……?
「早く、次のブロックを壊すんだ!!! 早く!!!」
そう指さすオッサンの先に見えたのはさっきの数倍はあろうかというブロック群である。え……何か急に難易度上がってない……?
迫りくるアンデッドの数も急に膨れ上がっているし、銃乱射美女も凶悪である。おおう……
俺が必死でブロックを押したり引いたりしながら先に進もうと頑張っている後ろで、相変わらずオッサンは何もしないでただ急かすだけだった。
「早く、もうそこまで迫っているぞ!!」
「ああーー、もううるさいなーー! こちとら必死でやっているんだよ!! というか、オッサンも手伝えよ!!!!」
何もせずに急かすだけはいっちょ前なオッサンに腹が立ち、つい口調がキツくなってしまった。
俺の怒りにオッサンはちょっとショボンとする。……あ、やべえ……ちょっと言い過ぎた……?
「あ……いや、すまん。こちらもちょっとイライラして……」
「いいや……ワシも済まない。自分の事ばかり考えて……そうだな、君の言う通りだ。何もせずに人に頼ってばかりで……」
「オッサン……」
「そうだな。ワシも、人に頼って助けを求めるばかりの人生はもう終わりだ。これからは……自分の手で切り開く……!」
そう言って決意を目に宿したオッサンは俺の横に並び、一緒にブロックを押し始めた。
俺は微笑み、オッサンと頷きあった。
『MISS! MISS!! MISS!! ……FOUL』
オッサンが流れるように手順を間違え、3回連続でそれを繰り返した直後『FOUL』の文字と共に世界が暗転した。
見つめあう俺達。後ろから迫りくる大量のアンデッド……諦めたように両手をお手上げするオッサン。
「……な?」
★★★
「な? じゃねえわ!!!!」
×印をダンっと拳で叩き潰すように打ち付けた先は、元いた地下牢の廊下だった。
オッサンの世界で×印が出てからかなり時間が経っていたからか、やはり廊下の謎解きはアズールとシルバーによって進められていた。
「あ、お目覚めですか! 安心してください、ジェド様がお休みになっている間にこの場所からの脱出ルートは概ね解かれています」
「まぁ、つまり何もしていない君の代わりに我々が働いていたって事だねぇ」
ニヤニヤと笑うシルバー。あっちの世界ではオッサンの代わりに一生懸命に奮闘していたのだが、現実ではお荷物極まりない。それをシルバーくんが面白がって揶揄する。酷い……お前、俺のズッ友じゃなかったのかよ……
付きまとわれるように友情を押し付けられていた頃は『やれやれ』と思っていたのだが、失ってみると分かる友情のありがたさ。もっと優しくしてほしい……以前のシルバーは相当俺に甘かったからな……ぐすん。
そんな端々の小さな事で本当に忘れてしまったのだと実感する。冗談とか騙そうとかそういうアレでは本当に無いらしい……
「無能な騎士団長は置いておいて、この廊下を切り抜けてもまたその先に脱出迷宮が作られるのだろう?」
「ハイ……この世界に終わりはありません。私が処刑されるのが……ゲームの終わりなのです。それまでずっと逃げ続けるしかないのです」
「そもそも、ご令嬢は何で断罪されるのかねぇ。ゲーム内で悪役令嬢と位置付けられているとしても、現実問題何の理由もなく罪に問われる事なんて無いだろうに」
アズールは表情を曇らせ窓の外、遠くのゲートを見つめた。
「……私は、さる国の貴族令嬢です。所が、当主である父が謎の病に伏し意識の無い状態で眠ったままになってしまいました。それをいいことに我が家紋の爵位や資産を狙う者達が裏で画策し私と両親を陥れ処刑させて全ての財産を手に入れようとしているのです」
アズールはポロリと涙を一粒零した。
「アズールの父が……目を覚ませば、全てが上手く行くはずなのです。でも、成すすべも無いまま……ついには母も過労で倒れ……私はこんな状態でして……」
そう言いながらも慣れた手つきで謎を解き続ける悪役令嬢アズール。もう生活の一部となっているのだろう……
「ふむ……普通の病の類ならば魔法やエリクサー等の魔術具で何とかなるかもしれないが……恐らくご令嬢に関わる全てに異世界からの謎の強制力がかかっているのだろう。こうして魔法が使えないのと同じように、それらの原因も通常の医療やルーカスの力で何とか解決出来るようなものでは無いのではなかろうか」
シルバーがいくら魔法を使おうとしても、やはり『無効な操作』として強制的に封じられてしまっている。俺の剣もそうだ……え? これってアズール嬢と居るうちは俺達無力なただのイケメンでしかないって……コト?
「それは……困るな。ずっとこのままって訳にもいかないだろうし……かと言って見捨てる訳にもなぁ……」
アズールの前世の記憶のお陰でサクサクと進んでいく謎解きとは違い、俺達は先の見えないゲームの展開に途方に暮れて来た。何か解決方法は無いのだろうか……何か……
★★★
「助けてくれ」
そして、目の前に現れたオッサン。え……?
「今、何かしたか……?」
「ヒントを欲していたからじゃないのだろうか」
「ヒントを欲するだけでも……?」
さっきはヒントを選択する余地があった気がする。段々オッサン側も容赦なくなっている気がする……いや、オッサンの意思でこの空間を発生させている訳で無いとは思うが……
「ヒントが欲しいならば、私を何とかしてくれ」
と、言うオッサンの身なりはどろっどろで悪臭、毛が至るところボーボーであった。うわぁ、よりによってアレかぁー……
右上にはもう既に×印が浮かんでいた。だが、俺が戻った所で特に役に立つ訳でも無いのは事実だった。
……ならば
「……綺麗にしてくれるのか?」
「そういうゲームなんだろ?」
俺はオッサンの上に光るホースを手に取り水を上からぶっかけた。
「そう言えば、そもそもオッサンは何なんだ?」
水をぶっかけると体に纏わりついていたドロドロしたものは流れ落ちて消えた。今の俺は毛がボーボーのオッサンに粘着力強めの布を貼って一気に引っ張って剥がす役である。
「アゥッ!!! いたたた……そんな事を尋ねられたのは初めてだよ。過去、アズールに巻き込まれてここに迷い込む人間は何人か居たが君みたいに熱心にワシの話を聞いたり一緒に逃げたり構ってくれるような者はいなかったからなぁ」
「オッサンはアズールを知っているのか?」
というか他に迷い込んだ奴らはスルーしていたって……事? スルーして良かったのか……しまった。いや、そういえば確かにやり過ごせば×印が出るから無視していいってちゃんと言っていたわ……
「ああ。もちろんだとも。なんたって彼女は……いや、良いか。もう、終わりみたいだから」
「え……?」
温風の出る魔術具で服を乾かし、オシャレで煌びやかになったオッサンは、それまでも必死で逃げ続けていた様子とは違いどこからどう見ても名だたる貴族のオッサンである。威厳めっちゃある。
「感謝する……これでやっと、助けに行けるのだから――」
「え、オッサン、ヒントは??」
「ヒントは――」
オッサンの唇がヒントを囁こうとした時、綺麗に手入れされた唇の前に現れた文字は『CLEAR』だった。
★★★
「いや、何だよその演出は!!!」
がばっと起き上がった俺の怒声に、覗くアズールとシルバーが目を丸くしていた。
「あ……戻ってきたのか。あー、任せたまま寝ていて申し訳ないのだが、何故か今回はヒントが出なかった」
そう、何故か前と違いヒントが無かったのだ。暗転損である。何の時間だったんだアレは……
「ん? どうしたんだ? というか謎解きは終わったのか?」
景色は元の廊下のままだった。謎解きが進んでいる様子もなく、アズール達は困ったように顔を見合わせていた。
「それがねぇ、不思議な事に……消えたんだよ」
「消えた? 何が??」
見回しても何かが消えた様子は無かった。が、眉を寄せて困り顔で笑うシルバーの指は魔法陣を描き小さな氷の結晶がポロポロと落ちる。
「え……」
もしやと思い俺も腰の剣を引き抜いた。さっきまでは何度試しても邪魔されて抜けなかった剣が今はすらりと抜ける。
「これって……」
「そう、消えたのはゲームとやらの強制力だよ」
困惑して黙り込むアズール。と、先ほどまで全く開く気配の無かった通路の扉はあっさりと開き、ゲート都市の職員がバタバタと走って来た。
「アズール様、大変失礼致しました! 貴女の冤罪は晴らされました!」
「えっ、それってどういう……」
そういう職員と共に現れた1人の男、その姿を見たアズールは目を見開いた。俺も見開いた。
「お……オッサ――」
「お父様……っ!!!!!!」
「は?」
涙ぐみながらオッサンに走り寄るアズール。シルバーは訳が分からないといった様子で俺に尋ねる。
「……どういう状況なのかねぇ、というか彼は誰だい?」
「いや、オッサンが誰かは俺も知らないんだが……さっきまで俺が倒れる度に現れていたオッサンが何故かここに居て、多分アズールの話に出ていていた寝たきりで原因不明のお父様なんだと思う……多分」
「ははぁ、なるほど」
俺の話を聞いたシルバーは顎に手を当てて頷いた。
「アズール嬢だけでは解決しない訳だね。彼女の運命は彼女のゲームとかいうものと、そしてその裏の世界であの父親が出てくるものが一体となっていたんだねぇ」
なる……ほど? つまり、アズールだけ助けてもダメで、根気よくオッサンを助けるのが正解だったって事なの……? どんな罠だよ……
オッサンの腕の中で泣きじゃくるアズール。目が合ったオッサンは、俺にお礼のウインクをした。唇は綺麗だった。手入れしたからね……
何だか訳の分からぬまま解決した悪役令嬢からの脱出。ちなみにアンデッドに襲われていたセクシー美女は母親だったらしい。あの美女が……? オッサンと共にゲーム世界から抜け出した母親はアズールが帰ると目を覚まし、その後オッサンの有能な頑張りによって財産を狙う者達を一蹴。幸せに暮らしたとか……
あのゲームでは無能だったが、現実世界では有能でよかった。
「いやぁ、摩訶不思議な現象だったねぇ。なかなか面白かったよ」
シルバーがニヤニヤと笑いながら地下牢の廊下から扉を出ようとするも、俺たちの肩を職員の兄さんが叩いて止めた。
「……やっぱ、書類の不備……?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……まぁ、久々なのでゆっくりしてって下さいよ、騎士団長」
ニッコリと微笑むいつもの職員。こちとら十分にゆっくりしたのだが、その手にはめっちゃ美味しいスイーツが人数分用意されていたので、誘惑に負けて俺達は少しゆっくりと談笑をする羽目になった。拷問にも使われるスイーツには抗えないよぉ……




