悪役令嬢からの脱出と謎のオッサン広告(前編)
「助けてくれ!!!」
「……は?」
突然目の前に現れた見覚えの無いオッサン。俺は確かにさっきまで地下牢の中でシルバーや悪役令嬢と共に居たはずなのだが……
気がつくと知らないオッサンの手を握り、何なら知らない場所に居た。
そこは四方を壁に囲まれた何も無い部屋……牢屋の檻すら無い。
一体どういう状況なのか全然分からない……説明してくれそうな悪役令嬢アズールすら居ないんだが?
居るのは貴族風なのか王族なのか、ちょっといい身なりをした見知らぬオッサンだけである。
「助けてくれ!!!」
そんでもってさっきからこのオッサンも助けてくれ、としか言わないし……
「せめて何から助けて欲しいのか教えて欲しいのだが……?」
「この部屋はもうすぐ水責めに遭う!!」
「……は?」
オッサンの指差す天井からは確かに水が流れて来ていた。ゥオオ……
「いや、こんな窓も何も無い部屋から何をどう助けろと?? 俺も含めて詰んでるだろこんなん!!」
「下だ! 下を見てくれ!!」
「下……?」
オッサンに言われた通り下を見ると、何故か下がブロックになっていた。……え? さっきこんなんだったっけ……??
「このブロックを上手いこと退ければ下に配管がある。そこに繋がれば水没から免れるはずだ! ワシはここで見守っている、さぁ! やってくれ!」
「ツッコミたい事が山ほどあるんだが、とりあえずお前はやらんのかい!!」
貴族っぽいオッサンの立場がなんなのかは全然分からんのだが思わず不満をぶちまけてもうた……何で水責めや下の仕組みを既に理解しているのか? というのは百歩譲って無視出来るが、命の危機にも関わらず何でオッサンは腕組み高みの見物なんだよオラァ!
「ワシは、見守る事しか出来ない存在。頼む、助けてくれ」
「見守る事しか出来ない存在って何なんだよ……ったく」
もう全然意味がわからない。俺は確かにさっきまで悪役の令嬢を助けていたはずなのだが……いつの間に作品タイトル変わったん……?
見知らぬ令嬢が勝手な事を言ったり何もしなかったり襲ってきたりしてもまぁまぁ許せ……なくはないけど全然マシなのだが、対オッサンだとこんなにイラっとするんだな……しかも状況も理由もよく分からないのが余計イラっとする。
そうは言っても今なす術が下の配管に辿り着くしか無い以上、俺は言われるがままに下のブロックの場所に降りてブロックを退け始めた。
手で押すと動くブロックは上手くすれば確かに下まで辿り着けそうである。
「ああっ! 早くしてくれ!! どんどん水が溢れてきているんだ!!」
オッサンが何か言ってる。うるせえ。
「こちらも頑張ってやってはいるんだ。だが、頭を使って上手く移動させないと身動きが取れなくなってしまうんだよ!」
「そんな悠長な事を言っている場合じゃないんだ!! 時間がない! 早くしてくれー!!」
「やってるっつってんだろうが!!」
「た、たのむ……ああ……ガフッ」
「……オッサン?」
色々喚いていたオッサンの声が急に小さくなる。俺は不安になりオッサンを大声で呼んだ。
「オッサン! おい、大丈夫なのかオッサン!!」
オッサンからの返事は無い。聞こえるのは流れる水音にもがくオッサンのバシャバシャと暴れる音……だが、その水音も直ぐに規則正しい流れの音に消えた。
「オッサン!! オッサーーーン!!!!」
血の気が引き叫び続ける俺の声にオッサンの反応は無い……そんな、さっき知り合ったばかりの見ず知らずオッサン……!!!
――game over――
「……ん?」
涙ぐむ俺の目の前に、急に降って来たのは『game over』と書かれた文字だった。
……
コレには見覚えがある。あれは樽令嬢の事件に巻き込まれた時や神に会いに行った時……
「何だよ……やっぱゲームだったのか……」
いやもう、何か途中から薄々勘付いていた。状況がどう考えてもゲームのそれである。
「それは良いのだが……この後どうするんだ?」
前に訪れたゲームダンジョンである樽洞窟は時間切れや当たり判定でゲームオーバーになっても直ぐに元の場所に戻ってやり直せたのだが、今はゲームオーバーの文字を目の前に周りの様子が一向に変わる気配が無かった。
しばらく待ってみたものの、何も起きない……何コレ。
「右上の方に何か出てませんか?」
急に何処からともなく聞こえて来た令嬢の声。周りを見回しても令嬢は居らず、声だけだった。
「み、右上……?」
俺は言われた通りに見上げる。……確かに何かある。
さっきまでは無かったと思うのだが、右上に何か文字や記号が出ているのだ。
「ナニコレ……」
もうずっと訳が分からない……全然分からないが、とりあえず言われるがままに俺は『×』印を触ってみた……俺の精神がもう、×だから……
―――――――――――――――――――
「ハッ!!!」
「あ、気がつかれましたか?」
目を開けると地下牢の天井。俺の顔を覗き込む悪役令嬢と心なしか楽しそうなシルバー。……酷い、以前のお前ならば真っ先に親友の俺の安否を心配してくれたのに……何でそんな楽しそうなんだ……?
俺は無言でむくりと身体を起こした。
「……今のはなんなんだ?」
「ですから、あんまり変な操作しない方が良いって言ったじゃないですか。CMです」
「シー……エム……? 何?」
「つまりですね、このゲーム……元がアプリゲームなので事あるごとにそういうのが入るのですよね。フリーズしたりとか電話かかって来たりとかしてアプリを一旦閉じたりとかするとよくなります」
「何を言っているのかイマイチ理解に苦しむのだが……」
悪役令嬢が最初に元のゲームを説明した時点で全然分からなかったのに、更に分からん要素を追加してきた……これだから異世界は……
「なるほどねぇ。つまり、悪役令嬢アズール嬢の元のゲームとやらの要素とは別に、行動いかんでは別の要素のゲームが始まってしまう、という事かな?」
「まぁ、そういう事です。というか……ゲーム自体にはあまり意味が無いのですが。時間が経てば飛ばせますし」
「益々どういう事なんだそれは……」
「さっきうなされていた様子から何方かを助けていたとは思うのですが、あくまで騎士様がご覧頂いたのは夢みたいなものです。現実にその方はおりませんし何か他のアプリを宣伝する為のデモンストレーションですので」
「そう……なのか?」
目を瞑ると鮮烈に残っているオッサンの姿。だが、溺れたオッサンは居なかったらしい。良かった……いや、良かったのか?
「という訳で、さまざまなヒントを得てここから脱出するのが私のゲームであり運命なのです」
「なるほど……一旦オッサンの水没を挟んでしまったので話の繋がりが全然分からなくなってしまったから、もう一度最初から説明して貰っても良いか……?」
今まであんまり無い事態。悪役令嬢の事情を聞いていたはずが何か違う事件を途中で挟んで来るヤツ。紛らわしいから説明をぶった斬るのはやめて欲しい……
という訳で、悪役令嬢アズールの命運を左右するという元ネタのゲームの話をもう一度最初からちゃんと聞く羽目になってしまった。
とどのつまりこの悪役令嬢、悪役令嬢が処刑の運命から脱出するというゲームの主人公である。
ゲーム要素が単純でやりやすい為か意外と人気が出てしまい、次から次へとシリーズ続編なる追加ステージが出来ていたとか。
あぷりゲームというのがイマイチよく理解出来ていなかったのだが、従来の買い切りのゲームと違い追加ステージなどを増やすのが安易に行えるというシステムだそうだ。
そのため、アズールの運命としては次から次へと脱出しなくてはいけない部屋や場所が増えすぎて永遠にゴールが無いようなものになってしまったらしい。
そのゲーム世界に入り込んでしまったせいで、アズールの身の回りは難易度高めの脱出生活になっているのだとかなんとか……
「それはまた難儀だな……」
「ハイ。ですが、私が貴方様と出会えたのも何かの縁。噂で聞けば過去、永遠ループしていた破滅の令嬢を救われた事があるのだとか」
「まぁ……そんな事もありましたね」
あったにはあった。ちなみに、救ったのは俺ではなく陛下だ。
「という訳で、このままですと処刑されかねないので脱出のお手伝いをお願い出来ますでしょうか?」
「それって脱獄……まぁ、その辺りは深く突っ込まないでおこう。だが、何のヒントも何も無いこの状態から一体どうやって……?」
見渡す限り何の変哲もないただの地下牢である。魔法も剣もダメなら一体何をどうするん……?
「コレって何だろうねぇ」
「ええ、それが正にヒントです」
シルバーが指差す先、空中にはやはり先程の変な×と同じように謎の記号が浮いていた。
「という事は、さっきの×のようにコレを触れば何かヒントが得られるって事か」
「あっ、迂闊に触ると――」
「ん?」
何の気なしに迂闊に触ろうとした俺を制止するアズールの姿はまたしても一瞬にして闇と消え、やはり代わりにさっきのオッサンが目の前に現れた。
え……コレもダメなん……?




