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閑話・ガラスの靴すら残さないプリンセス

 


「はぁ……先日の后を決める舞踏会……開くだけ開いて、疲れただけだったなぁー」


 明け方の皇城。客人達が帰った城内では一部の騎士達が総出で後片付けをしていた。

 夜遅くに始まった舞踏会だったので、翌日でもいいのではないかと言う皇帝の進言に、家臣達はぶんぶんと首を振った。

 どうせならば今夜のうちに早く片付けて明日は休みたい。そう皆が思ったのだ……



 それというのも后決めの舞踏会。

 『謎の美しすぎるハスキーボイスなご令嬢』に敗北を認めた令嬢達は、せっかくめかし込んで城に来たのだから、と収穫を求めて早々に他のターゲットを探し始めた。

 その目たるや獰猛な獣。狩りの構え。

 とは言え、人気職はやはり安定した城勤めの騎士……ではなく魔法士や文官。

 何故か騎士はモテない。何でか分からないけどモテなかった。

 いや……その日に限っては原因がちゃんとあったのだ。

 美しすぎるかのご令嬢を我先に守ろうと手を挙げる騎士達。

 何でそうなったか? それは、騎士になる者は大概、騎士願望があるからだ。

 騎士と言えば……そう、夢はお姫様を守る事。

 女の子が騎士に守られるお姫様を夢見るように、騎士だってお姫様(ヒロイン)を守る夢を見るものだ。

 だが、現状はどうだ……目をギラギラと輝かせる飢えた獣の集まり。自ずと身構える騎士達。

 殺気立つ空間の中に迷い込んだのは文官(草食系男子)。我先にと獲物を狩る野獣の群れに、騎士達は手出しも出来ず……(目をつけられたら狩られそうだから人身御供を立てたとも言う)

 これが社交界という名のプレリ大草原。セリオンの獣人よりも獰猛な獣達……

 次々と狩られ行く同胞(身代わり)に騎士達は手を合わせた。


 そんな騎士達であったが、全然麗しく無い野生に1人咲く、麗しい華を見つけた。

 そう、それは野獣達が負けを認めた百獣の王にして今舞踏会1番の后候補に相応しい者。

 当然、騎士達はこの舞踏会こそ不審者を炙り出す為のフェイクであり、皇帝ルーカスが未だ聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアを諦めていない事は承知していた。

 そして、件の孤高の華は皇帝にダンスを申し込んだものの、恋焦がれる様子も、他の令嬢のように狩に行く事もなく……むしろ決闘を申し込むような険悪さで皇帝とのダンスを終えて去ってしまったではないか。


 その様子を見た騎士達は頷いた。やはり陛下の心はかの美しき令嬢でも動かないものだと。

 それもそのはず。何たって、表向き破局したとは言え見るからに未練たらたらな皇帝陛下の様子を見れば分かる、心はオペラ様一択。

 もちろん、聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアもかの令嬢に負けない美女である。少しでも揺れ動こうものならば羨ま死闘を申し込む所であるが、そこはさす帝。少しの浮気心さえ抱かぬ姿は高感度の塊……いや、そこは男としてはもう少し揺らいでも許されるのでは? とさえ思う程だった。

 だが、その不動こそ騎士達にとっての好機。

 麗しい美女が今まさに后候補から外れフリーになったのだ。


「あの……」

「良ければ……」

「私と……」

「美しき方……」


 ソファで休憩を取り寛ぐその令嬢に対し同時に踏み出す何人もの騎士。一言目が盛大に被り、皆がお互い顔を見合わせた。


(お前……警備はどうした)

(お前ら、ここの担当じゃないだろう)

(てかお前、この間メイドといい感じじゃなかったか?)

(とっくに振られたわ)


 などとお互い目で会話をしながら牽制し合って動かなくなってしまった。


 暫く無言の攻防が続いた頃、余りにも騎士の数が偏って多くなっている広間に1人の男が怒り気味にやってきた。


「おい……持ち場に全然人が居ないじゃないか。今日がどういう趣旨の会かわかって――」


 文句を言いにきたのは白髪に白い騎士服を着こなす純白の騎士ブレイドだった。

 他の騎士達の様子に困惑気味だったが、それよりもその中心に居るドレス姿の煌びやかな美女に絶句した。


「お……お前……何でここに……」


「あら、ブレイドじゃない。久しぶりね」


 美女はひらひらと手を振り、こう着状態の騎士達をすりぬけてブレイドの元へとやってきた。


「ナーガがまたしても懲りずに粉砕した後、アンタ何処行ったのかと思っていたら……まさか皇室騎士団に入っていたとはねぇ。何処に行こうと白い服に拘るのは変わっていないのね」


「そっ、そういう君こそナーガに強力して悪巧みをしていたんじゃなかったのか……? それに、その髪と目……」


 ブレイドが見覚えのありすぎた美女……いや、男は元々白く美しい髪と赤い目を持つ者だった。よく見れば特徴的な羽も無くなっている。魔法で消した様子も無く、周りに纏う聖気も無ければ近づくだけで倦怠感を覚えていた闇の力さえも感じられなかった。


「バーカ、いつまでもあんな女の言葉巧みな妄言に騙されてらんないわよ。あの女の言う事なんて全部嘘、最初っからアイツに踊らされただけだったんでしょ……何でそんな事にも気付けなかったのか、アホらしくてやんなっちゃう」


 腕を組みぷりぷりと怒るその姿を見て、ブレイドは目を伏せた。


「いや……私はともかく、ロスト……君は聞けば幼い子供の頃に辛い仕打ちを受けての事だったのだろう……私だって、全てが全てナーガのせいとは思っていないさ。良いように解釈を曲げられ使われていたのはそうだが、愚かな大人が居た事だって、事実だ。だから、君もナーガに加担していた自分を責め過ぎない方がいい……私も、取り戻せない過去に縛られるよりも先の事を考える事にした」


 久々に見たブレイドの顔は、以前のずっと苦悶し眉を寄せていた時から大きく変わっていた。あの頃はロストの顔を見る度、不潔だのハッキリしろだのと嫌悪感を示していたが、今はその頃よりも少しは人として尊重してくれているような気がした。


「……変われば変わるものなのね」


「ああ。私は……変わったんだ。私を受け入れてくれた皇帝陛下の為に……この身を捧げると。皇帝陛下の重く鋭い拳は……私が今まで味わったことの無いほどの衝撃だった。あの方の拳は、信用出来る。私は此処でならば真っ当に何も考えずに、真っ白な状態で清廉潔白となり本当にやりたい事を叶えられると……」


「いや、その言い方ってアンタ変な方向に目覚めているんじゃないのソレ」


 結局、白に拘っている所も変な所も全然変わっていない事を知り、ロストはくすりと笑った。


「それはそれとして、こいつら……どうするんだ?」


「どうするってもねぇ……」


 呆れ顔で牽制し合う騎士達を見たロストであったが、庭先の方からドーーン!! と大きな音がして振り返った。

 見れば皇帝や騎士団長達もそちらへ直ぐに走っていく様子。


「何だ?」


 ブレイドが庭先を覗こうとした時、ロストの長年のストーk……勘がピンと働き、ブレイドを押しのけて庭先を凝視した。

 遠くでよく見えなかったが、間違いない。その爆発音の中心に居るのは紛れも無く妹のオペラなのだ。

 それも……煌びやかなドレスに身を包んだ。


「はぁ……あのバカ娘が……」


 ロストがオペラの妨害をして公爵家に置いてきたのには幾つか理由があった。

 ルーカスへの嫉妬や嫌味を言うだけでは無い。力のほぼ無いに等しいオペラが謎の偽者によって害される心配も1つある。

 ……だが、それ以上に皇城にわんさかいる独身騎士達に、おめかししたオペラの姿を見られたくなかったからなのだ。

 ただでさえオペラは可愛くて皇帝の恋人とは言えど横恋慕する者が現れる程には人気がある。加えて本人は隙だらけ……


「はぁ……」


 ロストはため息を吐きながら庭に急行しようとする騎士達に振り返った。


「あなた達……この爆発音で不安な私を置いて、何処かへ行ってしまうのですか……?」


「えっ」

「えっ」

「えっ」


 何人もの騎士達が声に振り返ると、ハンカチを片手にポロポロと涙を流す麗しきご令嬢の姿があった。今起きた爆発音に不安を感じて肩を震わせるその姿……まさに騎士達が守りたい憧れの姫がそこに居るのだ……


「僕がそばに――」

「いや、俺がずっと守って――」

「安心してくれ、私が――」


 と、次々と入れ替わり立ち代り騎士を押しのけロストにアピールしまくった。

 男に弄ばれる男達……そんな愚かな仲間を死んだ目で見るブレイド。だが、ロストは構わずニコリとバラのように微笑んだ。


「私、一番強い騎士様に守られたいわぁ」


 天使のような微笑を浮かべた悪魔(男)の一言で……その広間は最強の騎士を決める阿鼻叫喚の武闘会会場と化した。


「お……お前……」


「あら? これはナーガのアホみたいに闇雲に人を争わせる為に行ったもんじゃないわよ。純粋に妹を心配する兄心から来るものなの。ま、あっちが落ち着く頃にはちゃんと制止させて――」


 ドカアアアアン!!!!!


 庭先の爆発音にも負けない衝撃。瓦礫が積みあがる中に散る騎士達。粉塵巻き起こる広間の中心に立っている男が1人。それは……どう見ても騎士ではなかった。


「姫……貴方の御身は、この真の騎士である私に守らせてはくれませんか」


 手に持つ魔法剣を仕舞い、ロストの前に手を差し出したのは、皇室騎士……では無く皇室魔法士団長のストーンであった。


「いや……アンタ騎士じゃないでしょう……」


「いいえ、確かに私ストーンは魔法士……だが、魔法しか能がなくとも心は誰よりも騎士!!! そして、この騎士達の中でも最強……ならば貴方を守る騎士(ナイト)は、私だ!!」


 頬を赤らめながらロストに詰め寄るストーン。だが、瓦礫から這い上がる騎士達も諦めてはいなかった。


「ストーン魔法士団長、諦めてください! やっぱ騎士には騎士しかなれませんて」


「馬鹿共が! 私の魔法剣にすら叶わぬ剣の腕で何が騎士だ!! 彼女を守るのは私だ!!!」


「剣が当たった瞬間に魔法が流れてくるのは流石に反則ですって! 何が騎士道だ!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ騎士達。不毛な独身貴族達の争い。


「……どうするんだコレ」


「どうするも……まぁ、何か放っておいたらそのうち疲れて戦うのも止めるでしょ」


「だな……」


 かなりの衝撃音にもかかわらず案外平気そうで元気な騎士達。そう、騎士団員は皆頑丈なのだ。

 だからこそ、いつまでも決着のつかなそうな争いだった……ロストとブレイドは付き合っては居られないと、その場を後にした。



 結局、ルーカスの恋路もハオの捕縛も終わり、そして他の后候補をメイドや執事達が送り出した頃……ようやく騎士達の体力が尽きて武闘会は終わった。



「……ええと、一体何していたの君達。もう明日でもいいから君達が責任もって片付けてよね」


「……いいえ、我々は今日のうちに片付けます」


「何で……?」


「明日は休みを貰って探しものをしたいと思いますので」


「は……?」


 呆れ顔のルーカスを前に、こくこくと頷く騎士達。掃除中もぼんやりと空を見つめながら想うのは、かのご令嬢の姿であった。

 どこの誰かすら、名前も聞かずにどこかへ消えてしまったご令嬢。俺だけの姫……(複数人談)


 彼女のものと思わしき手がかりは何もない。せめて靴の片方でも落としていってくれれば良かったのだが、それすら無く……あるのは目に焼き付けた麗しい姿のみ。

 あすは休みなので少しでも情報を得て探しに行こう……待っていろマイプリンセス――と、皆が疲れた体に鞭打って後片付けに励んだのであった。


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