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開かれる帝国舞踏会……后は誰がなる(10)解決の陰で燻る不穏

 


「なに? やっぱりあのヤバそうな東国人の男だったワケ?」


 騒ぎが収まった頃、噴水に浮かぶハオを回収する俺達の所に現れた美女……ではない男。オペラの兄のロストはダルそうに回収物を見下ろしていた。


「ったく、ルオ(あの子)もはた迷惑な奴を従えてんじゃないっての。おかげで……」


 ちらりと見るロストの目線の先には仲睦まじい……というよりは一方的にイチャつこうとしている陛下と悶え苦しむオペラの姿。はーっとため息を吐いて頭を掻いた。


「結局、当て馬じゃないの。大人しく仕事に明け暮れて遅れを取っていれば良かったのに……余計な事を」


「まぁ、俺達としては不穏な奴も捕縛できた上に何かに巻き込まれて壊されようとしていた陛下とオペラの仲が無事解決して良かったのだが」


「まぁね。辛気臭いあの子を見るのはイライラしたから、そこだけは感謝してやるわよ」


 ふっ、と表情を緩めてオペラを見るロストはいつの間にか妹を見守る兄の目になっていた。……いや、姉? いや、やっぱ兄か……??

 ロストに関してはちょっと色々分からない。性別感も分からなければオペラを何かどういうアレなのかも分からないし何で今女装をしているのかもよく分からない。


「あー、でもこんなに簡単に捕まるなら大層な舞踏会を開くまでもなかったかなぁ。結構な数の后希望者が集まっちゃったしなぁ……どうお帰りいただくべきか……」


「あら、他の候補者ならもう帰ったわよ」


「え?」


 ロストは得意げにふふんと鼻を鳴らした。その横にエスコートするように居たブレイドが説明をしてくれる。


「……広間一の花というか……陛下と踊る様もさることながら優雅に座っているだけのロストの美しさに恐れを為した令嬢たちが次々と辞退していった。この男……見た目だけはその辺の美女よりも格上だからな」


 流し目で妖しく微笑むロストは確かに美女だった。何なら周りの騎士団員達もちょっと頬を赤らめてロストを見ているし……お前ら、しっかりしろ。そいつは男だ……


「要らん好意まで沢山寄せつけているみたいだが、それは自業自得なので自分で何とかしてくれよ……」


「そんなもの、アタシが男だって分かったらとっととどっか行くでしょ。それに……アタシより変な虫を寄せ付けそうなヤツがいたけど、そうなる前に水浸しになってくれて良かったわ」


 そう言われてみれば、いつの間にか現れたオペラは珍しく気合の入っためかし込みようだったが……その気合も虚しく全身びしょ濡れのオペラは結い上げた髪も乱れて悲しい事になっていた。


「あー確かに、美女が台無しだな……てか、そう言えばさっきの爆音といい、結局何だったんだ? 謎にその辺壊れてるし……」


「ああ、それでしたら、オペラ様が飛んでこられた時の衝撃で」


「オペラが……? 飛んできたのか?」


 どういう入城の仕方してるの……? いや、その辺は置いておいて……


「ちっ、何とか脱出してきたようね。ん? でもあの子、今は飛べないはずだけど……」


 ロストも首を傾げている。お前、今脱出って言わなかった……?

 今のオペラは羽を失い飛べない事はおろか神聖魔法すらしばらくは使えないはずだ。羽が1つだけだった時でさえ力がかなり弱かったのだが、今回はオペラもロストも羽を全て失っている。聞いた話ではその状態では回復にもかなりの時間を要するらしく、新しい羽が生えるまでは魔力も無く普通の人以下なのだとか。


「ええ、自力で飛んできたというよりは、何か魔法で飛ばされて来たような……そんな様子でした。帝国名産のピンクカボチャのようなスライムに包まれて飛んできましたし」


「スライム……魔法……」


 そのワードを聞いた瞬間ハッと思い出した。


「シャドウ、悪い! 何か色々後片付けとか仕事とか残ってると思うけど……陛下に早退しますって伝えておいてくれ」


「え? ああ、騎士団長は出席者というか端から期待していないので数には入れてませんし大丈夫ではあります」


「それはそれで心外なんだが……」


 最初から期待されずに数に入れられない騎士団長ってどうなのだろうか……と、言いつつ俺だけじゃなくて他の部隊の部隊長とかでも灰汁が強すぎて数に数えられないヤツはいるからな。俺だけじゃない俺だけじゃない……

 日頃の行いを棚に上げて若干傷つくも、俺はそれどころじゃなかった。

 オペラのその聞いた様子、間違いない。あいつが起きたんだ……


 俺は未だ祭り収まらず賑わう人々の間を素通りして公爵家へと急いだ。



 ★★★



 案内された部屋に1人、パタリと閉まる扉に安堵する女性。

 メイドも寄せ付けずタオルをだけを貰い、用意された湯舟を見つめるのは水でずぶ濡れとなったオペラである。

 暖かくなってきたとはいえ未だ冷え込む夜に噴水にダイブしたのだ。風邪を引かぬようにと先に暖かな風呂を用意してくれたのは感謝するが、恥ずかしさのあまり死にそうだったオペラは1人にしてくれと懇願した。

 会えない時は夢にまで見たルーカスだが、紆余曲折の末に実物に会ってみれば『湯あみ、手伝おうか?』と冗談なのか本気なのか分からない大胆な事を言う始末。これには流石のオペラも『無理です!! ここは全年齢の世界ですわ!!1人にしてくださいまし!!』と、メタに近い発言で全力拒否をするしかなかった。

 ここまでもずっと訳の分からない事だらけで最早オペラの頭は追いついてはいなかった。1番不安だったルーカスとの関係が解決(?)したから良かったと言えど、未だ未解決な事は沢山あるのだ。


「それもこれも……元を糺せばあの男のせい……」


 この長い期間に色々ありすぎたせいですっかり忘れていたが、元はオペラをそそのかした遊び人のナスカのせいである。

 聖国をあのチャランポランの遊び人に任せた過去の自分の頭を疑うが、それ以上に一回ぶん殴らないと気が済まない。ふつふつと沸く怒りだったが……


(でも……悪い事ばかりでは……)


 握りしめた拳を下ろしたのは聖国を離れてからここまでの記憶だった。オペラは散々な目にあったのだが、ずっと気がかりだったロストとの関係も良い方向に進み、そしてルーカスとも……結果としては今まで以上に想われてしまった気がした。

 最悪を力押しして結果を出している事とは遊び人のナスカは一切関係ない。関係ないはずなのに……何故か手のひらの上で転がされた感がしてしょうがないので余計に腹が立った。

 今とっ捕まえて責め立てた所で『結果はどうだったわけ? 上手く行ったんじゃないの?』とニヤニヤされるだけなのは目に見えていた。何より、今の腕力も聖気も無い無力なオペラでは蹴り倒す事さえ出来ない。今のオペラは普通の人間以下なのだ……


(くっ……羽が元に戻ったら1発……いや、5、6発は殴りつけてやるんだからっ!!!)


 ぷりぷりと怒るオペラが服を脱ごうと手にかけたその時……月明りが入る窓にふと影が差したような気がした。


(……?)


 何気に窓を見れば、空気を入れるように少し空いた窓の縁に座り風に揺れる緑の三つ編みが見えた。逆光に陰る浅黒い肌にアメジストのような瞳だけが光るその人……いや、それは人では無く魔王アークだった。


「きっ――」


(ぎゃあああああああああああ)


 と叫ぶオペラの口は、アークの手で塞がれた。


「いや……済まん。ここで1人になったから来てみれば、まさか風呂に入ろうとしていたとは……というか風呂に入るならもう少し風呂に入ることを考えてくれ」


 アークはオペラのもんもんモヤモヤ悩む声を頼りに来ただけだった。脱ぐ前だからセーフにしてくれと困った顔で手を離せば


「……まぁ、貴方には借りがあるから。許して差し上げるわ……というか、貴方その恰好何ですの?」


 オペラの怒りも一瞬。それよりもアークが謎にドレス姿で更に三つ編みにリボンまでつけている様子を見て困惑すら覚えた。


「まさか貴方ルーカス様に――」


「んな訳あるか!! ……巻き込まれたんだよ。俺は別に邪魔するつもりも何も無かったんだが……全く」


 アークがやけくそ気味にドレスを脱ぎ捨てようとしたのでオペラは慌てて反対を向いた。


「ちょ!! 貴方、ここで脱がないでくださいまし!!」


「ん? ああ、悪いな。直ぐに着替えるから暫くそっちを向いていてくれ」


「……早くしてくださる? というか何でここで……」


 そう言えばと、オペラはアークが何用があってここに来たのかすら聞いていない事に気が付いた。オペラがモヤモヤと色々考えていたせいでウッカリ湯あみをしようとする場所に来てしまったとはいえ……オペラを探してここに来たはずだから。


「ちょっと、まだですの? というか貴方何しに――」


 振り向こうとしたオペラを制するように後ろから抱き留める。


「え――」


 オペラの後ろにいたのは間違いなくアークで、横からさらりと流れる三つ編みも確かにアークのものだった。

 アークの手がそのままオペラの片手を包み込む。優しく持ち上げられたその指には幾ら外そうとしても外れないアークの指輪が嵌っていた。


「……やっぱり、外れないな……」


「え? だから、外そうと何度も……」


「オペラ……」


「へ……」


 名前で呼ばれるのは珍しく、心臓が跳ね上がりそうになった。いつもの様子では無いアークに戸惑い、オペラは困惑する。


「……もしも俺が、仮に誰かと争う事になったとしても……それは……」


「な……なに」


「……」


「ちょっと、本当にいい加減に――」


 意味の分からないアークの行動に業を煮やしたオペラが振り返るも、振り向いた先にアークは居なかった。仄かに残る魔気の影は、移動魔法で姿を消したのだろう。

 紫の残り香は空いた窓から吹く風にふわりと溶けていった。


「…………なに……?」


 オペラは持ち上げられた手を見た。そこに残るアークの指輪……


「噓でしょ……」


 流石のオペラも、ここまでのアークの行動には思い当たる節がありすぎたのだから……



 ★★★



「あ、アーク様お帰りですか」


 皇城の門、城内が騒がしくなった辺りから突然増えた退場客を見送る騎士たち。

 その間を通る2人の魔族に気付き挨拶を交わす。


「ああ。舞踏会が無事に済んで良かったな」


「一時はどうなる事かと思いましたが、オペラ様の件も無事解決し、すっかり陛下も元に戻ったようで良かったです」


「不審者も捕縛出来たしな」


「そういや、結局偽オペラ様って何だったんだろうな……」


「さぁ、不審者のあいつが何かしたんじゃね?」


 騎士たちの世間話を気にも留めず、アークとベルはスタスタと通り過ぎていった。


「あれ?」


「ん? どした?」


「いや……ベル様、いつの間に来てたんですかねー」


 アークの後ろに控えるベルは、騎士たちをチラリと流し見て微笑んだ。


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