開かれる帝国舞踏会……后は誰がなる(7)
ジェドとルーカスがテラスで話をしている丁度その頃……皇帝の執務室では甲冑を身に纏う騎士が君主の自由な時間を作るべく、代わりに仕事をしていた。
「はぁ……」
ため息の原因はこの執務室の持ち主である皇帝と、彼の想い人の事。
甲冑騎士シャドウが2人を心配しない日は無かった。上手くいくと思えばまた上手くいかなくなる。
オペラが東国人に連れ去られたという知らせを聞いた時、シャドウは何を押してでも彼女を助けに行きたかった。だが、それよりも優先しなくてはいけない事があったのだ……国の事も放っておけないその上に、オペラが何か大変な事に巻き込まれている事実を皇帝ルーカスに隠さなくてはいけないからだ。
状況も不明ならば東国に行く術すら絶たれているその状況では、いつも何やかんやで解決してくれる騎士団長を信じて待つ他は無かった。せめて敬愛する皇帝がままならぬ状況に心を痛めないようにと……そんな苦しみは自分だけで良いのだと……
そう思いながら待っていたのだが、辛うじてやり過ごした×マスも誕生祭も過ぎてしまったものの、一向に騎士団長が帰る気配も無く……
もしや知らぬ間に解決してしまっているのではないかと思い始めた頃……皇城にオペラが現れた。
(あんなものは……絶対にオペラ様ではない)
ふらりと現れたオペラは、髪が灰色に色落ちし、あの綺麗なルビーの瞳も灰色に染まっていた。
その存在はまるで綺麗にコピーされたかのように、確かにオペラではあった。
だが……その口から出た言葉も、行動も……決してオペラが取る行動では無かったのだ。
シャドウはこの世界に生まれてからこの世界の事を沢山勉強した。
いくら変装の魔道具や魔法があったとしても、その人そのものになる事は絶対に出来ないはずなのだ。
以前オペラの偽者が大量発生した時も、騎士団長が不思議な湖でノエルの偽者を大量に見た事があったとも聞いたが、その時も……
この世界の力で同じ人を生むことは不可能であり、どこか違う存在になってしまうのが常だ。
同じ体から生まれたはずのシャドウがルーカスと違うように……同じ存在が出来るなんて絶対にあり得ない。
なのに、それは確かにオペラとよく似ていたのだ。本当のオペラかと思わせるほどに……
(でも……オペラ様がそんな決断をするなんて……絶対にあり得ない)
仮に、オペラが何らかの形でルーカスとの別れを望んだのだとすれば、ルーカスがオペラに別れを告げられた直後に抜け殻のようになってしまったと同じ位……平気など保てぬ程に苦しんだ末の決断になるだろう。
あんなに、何も無かったかのような……平気な顔で別れを告げるような恋なんて、10数年も温めていられる訳など無いだろう。それほどまでにあの行動はオペラらしからず、絶対に偽者だという確信があった。例え操られでもしたってオペラの感情は抑えきれないだろうと。
シャドウの見たオペラはそんな女性であり、シャドウが不幸にも恋をしてしまったのはそういう女性なのだ。
「オペラ様……」
最初に見た灰色のオペラが偽者だという確信は持てなかったが、先日騎士団長と共に現れたオペラを見てその疑念も消え安心した。いつ見ても変わり無く、どんなにボロボロの姿でも綺麗で、そしてルーカスを愛しているのだ。
彼女の心は簡単に変わるものではない。だからこそ、そんな姿に憧れ、自分もそんな恋をしてみたいと思わされた。
不毛だと分かっていながらも、そういう人を愛してしまったシャドウは今世は諦め、来世があるなら頑張ろうと思ったのだった。
「来世も同じだったらどうしよう……ん?」
また同じように苦しくても良いから来世も出会いたい。そんな不毛に不毛を重ねるような事をボーっと考えていた時、キョロキョロと辺りを見回す1人の男が目に入った。
「あー……何処に行ったのだろう。ワタシあんまりこういう造りの建物に慣れてないのだから勝手に置いて行かないで欲しい……」
「あの、迷われましたか? それとも何方かお探しですか?」
皇城は広く複雑な造りになっていて迷いやすい。ルーカスを心配して単身忍び込んだオペラも迷っていたくらいなのだ。独り言から察するにこの様な造りの城に不慣れな他国の客人。
困っているならばと声をかけた相手は黒髪を束ねる眼鏡をかけた男性だった。
服装こそ帝国のものだが、どう考えても似合わぬ顔立ち。
「ああ、ちょっと連れの者とはぐれてしまいまして……」
「それは大変ですね。お客様が沢山集まる場所まで案内しますよ……所で」
シャドウはその男をじっと見つめた。眼鏡の奥にギラつく怪しい目つきは何となく何処かで見たような気もした。
「……前にお会いした事あります?」
怪しい目つきだからといって本当に怪しいか疑うのは宜しくない。それはそれとしても、何だか見覚えがあるのだ。こんなに不審そうな印象を与える人は一度見たら忘れるはずはないのだが、その目の印象にぼやかされてよく思い出せなかった。
「えっ、あ、いや……あはは……おかしいな、まだアイツらはゲートが壊れてるから暫く帰って来られないはずだよな帝……」
「え……」
何か不審な呟きを聞いたかどうか、シャドウが再度問いかけようとしたその時――何かがものすごい勢いでこちらに飛んでくる気配がして思わずそちらを振り返った。
ピンクみがかった球体は帝国名産の桃色カボチャによく似ていたので一瞬巨大なカボチャが飛んできたのかと思ったが、よく見るとその中心には人が居て、あろう事かそれは――
「?! オペラ様?!!」
その球体は勢いよく降り落ちる隕石か隕カボチャか。このままでは庭園に叩きつけられると思ったシャドウは着地地点に走り手を広げて受け止めた。
ドカアアアアン!!!
落下の衝撃は大きな音と庭園を抉る爆風となり、そしてシャドウの身体にも衝撃が走るが、オペラを受け止めたと思った感触はぷよぷよと柔らかく……それはまるで
「……? スライム?」
オペラを包んでいたのは桃色カボチャではなくピンク色の魔力を帯びたスライムだった。
爆風が落ち着き、庭園にスライムを下ろすと水風船が割れるようにパンと弾け、中からドレス姿のオペラが現れた。
「ぜー……あっ、あの男……絶対にもう少し手荒じゃない方法で送る事が出来たでしょうに――」
「オペラ様、お怪我はありませんか?」
「えっ……シャドウ」
「……」
「……シャドウ?」
「――はっ、す、すみません、一瞬旅立っていました」
腕の中に現れたオペラはいつも見ている姿でもボロボロの姿でもなく、ドレスで着飾り髪を結い上げたものだった。
聖国人特有の羽も髪や目の色もなく、聖国の女王ではない着飾った彼女は、彼女でありながら何処か現実味が無いような気がして思わず抱きしめたままボーっと見惚れてしまったのだ。
フリーズした思考は現実に戻って来たものの、中々手放そうとしない身体は正直すぎてシャドウは苦笑いした。
「あー、見つけた見つけた。何か凄い登場の仕方しましたけど一体何処から降って来たのですか全く」
そんな2人の間に割り込むように入って来たのは迷子の客人だった。
「えっ」
シャドウから引き剥がし腕を引いて連れて行こうとする様に状況が分からず固まる2人だが、先に我に返ってオペラの手を掴んで止めたのはシャドウだった。
「ちょ、何のつもりですか、彼女を何処へ」
「え?? あー、いや、彼は……じゃなくてこの人はワタシの探し人というか連れでして」
「……は?」
訳が分からずオペラを見るも、やはりオペラも状況が分からないのか「?」マークを頭に付けて混乱していた。
「……失礼ですが、誰方とお間違えでは」
「え?? そんなはずはありませんが。いくらワタシが10歳以上になるに連れて興味が薄くなって行こうとも、流石に間違えるはずはありませんし。先日はまぁアレですけど今回の記憶は確かです」
「貴方の女性の趣味の許容範囲からはみ出ているのは私個人としてはありがたいのですが、今は彼女を連れ去られる訳にはいきませんので!」
状況が飲み込めないオペラの腕を両方から引っ張る形となり、当の本人も含めた皆が訳も分からずに居た。
真ん中で引っ張られるオペラは、遠い異国の裁判方法に実の子を主張する母親が両側から引っ張り合うという過激なものがあるのを思い出していた。
進言したというオオオカなる人物酷過ぎない? と憤慨したものであるが、両者譲ろうとする気配が無い。
羽が揃い万全のオペラならば両方蹴飛ばしてありったけの神聖魔法で裁きを下す所だが、残念ながら捌かれそうなのはオペラだった。
「というか……ぐぇ……誰なのよ……」
そこでようやくシャドウと自分を引き合う相手が誰なのかよく分かっていない事に気付きそちらをまじまじと見てオペラは驚愕した。
忘れもしない、何せ先日まで何日も行動を共にしていた最悪の男……オペラがジェドの次にブラックリストに名前を書き連ねた男だったのだ。
「え……あ、あ、あ……」
オペラは怒りや憤りや憤慨がどっと押し寄せすぎて頭が真っ白になった。
「は……ハオ……じゃないの……」
「ええ、でしょう? ほら、やはりワタシの連れです」
「なん、ええ、いや、ちょっ」
「ハオ……ハオ……??」
オペラが口にした名前に聞き覚えのあるシャドウは一瞬考えた。
「ん……? アレ……?」
そこでようやくハオは手を引く相手の様子のおかしさに気付く。確かに、興味が無さすぎて気づかなかったが、よくよく見れば入城した時のドレスと少し違うような気がしたのだ。
「あれ……もしかして、違う……?」
「あーーー!!! オペラ様を攫ったという東国の騎士!!!」
思い出したように手を打ったシャドウが急に手放したのでオペラとハオは思いっきり引っ張られて吹っ飛び、運の悪い事に背後にあった庭園の噴水へと共に落ちてしまった。
バシャーーーン
「あっ……オペラ様!!」
無言で噴水から起き上がる2人だが、苦笑いで頭をかくハオに反して、オペラは水が干上がるほどに怒り狂っていた。
「…………あんた達ねぇ…………」
あまりにも怒り過ぎたのを通り越して般若顔になるオペラ。その顔には流石のハオも見覚えがありすぎた。
「も……もしかして……ほ、本物……?」




