開かれる帝国舞踏会……后は誰がなる(6)
煌びやかな皇城。美しき令嬢達がその美を競い、皇帝の愛を手に入れる為に争う場所――舞踏会。
――でも……私には彼女達に勝たなくてはいけない理由があった。
数多の美しき令嬢を押しのけてまで、かの御方の愛を勝ち取らなくてはいけない理由が。
前世で見たあのアレ。アレの通りならば私の運命はアレになる……だからこそ、その運命を変える為にも何としてでも后妃に……いや、最悪あちらにおられる公爵家子息のジェド様でも――
「……おい、またルーカスかお前の愛をどうしても勝ち取らなくちゃいけない奴がいるみたいだが」
うんざりした顔でアークが指差す先……熱視線を送る令嬢を俺は視界に入れないようにした。
「しょうがないだろう。舞踏会にはだいたいそういう運命の女性が1匹2匹居るからな」
「虫か何かか……?」
虫の方が害が小さいのでまだいい。ああいう輩は一度関わると最後まで面倒見なくてはいけないので性質が悪い……アークから聞いた内容も似たり寄ったりでもう誰が何のゲームや本でどういう運命になるのかすら覚えていない。あと、陛下の后を狙って舞踏会に参加したのに何でついでに俺の事を狙うのかも全然分からない。
「あの……ジェド様、良ければ私とダンスを……」
「あー、すみません。自分、陛下と踊る為に待っていますので」
「えっ」
そう、俺は陛下と踊る為に列に並んでいる。舞踏会参加者だから……
陛下の后を決める為の舞踏会。陛下の前には参加者の大行列が出来ている。
当の陛下は死んだ目で参加者と踊っていた。かれこれ何十人目か……一体何時間かかるのコレ……いや、一日で終わるのか?
陛下の体力が心配だが、体力面よりも精神力の方がゴリゴリと削られそうだった。
それもそうだろう……この舞踏会自体陛下が望んだことでは無い。何者かが陛下を害そうとしているのを探る為の罠なのだが……陛下自身はこんな事をしている位ならばとっとと聖国に飛んでオペラを追いかけでもしたいのだろう。
「あー、すみません。陛下の気分が優れないようですので一旦休憩を取らせて頂きます」
ざわざわとブーイングが起きる。気がつくと陛下の姿は無かった。
アークがクイクイと指し示す先、テラスの方で陛下が誰も寄せ付けないよう騎士に守らせて空気に当たっていた。
「陛下、大丈夫ですか?」
「……大丈夫な訳無いだろう……何なのこれ」
うんざりしたような顔。何時間も知らん女性と踊らされていた陛下はいい加減限界に達しているようだった。
「ですから、陛下の后を決める舞踏会ですね」
「……いや、それがそもそも何なの」
俺は他の騎士達と顔を見合わせた。何なのと言われれば不審人物を炙り出そうとするものであり……オペラが参加していると知っている騎士達からすれば堂々と仲直りの機会を設けられる一石二鳥のパーティでもあった。
だが、オペラが偽者だったことも本物のオペラが来ている事も知らない陛下にしてみると何の茶番なのか分からないだろう……
国を傾かせようとする不審人物が居るので炙り出そうとしていると、やんわり誤魔化して陛下を何とか説得したものの……言われるがままに参加してみれば本当に陛下の后になろうとしている令嬢達が集まっている。陛下からしてみればそろそろ何を待っているのか教えて欲しいはずだ。
「あー……ええと、待っていればそのうち現れるといいますか……」
俺達も、そろそろ不審者か本物のオペラのどちらかが陛下の前に現れるんじゃないかと待っているのだが……どちらも一向に現れる気配は無い。
偽者はまぁ置いておいて、本物すら全然現れないのは一体どういう事なのだろうか。
「大体、私の心は決まっているのに何でこのような舞踏会を開くのかいい加減教えてくれてもいいのではないかな……? あらぬ誤解を生んでも困るのだけど……」
「陛下、あらぬ誤解については心配しなくて大丈夫ですし、陛下の心配している方も多分大丈夫です」
「何が???」
何がと言われても、多分オペラは城に来ているはずだし……うーむ、今それを陛下に言うべきか。出来れば前に聖国で行われた武闘会のようにサプライズサプライズしていた方がドラマティックな事もあるからな。
「今に分かります。陛下の待っている人は必ず来ると思うので……」
「私の待っている人が……? それはつまり」
「そんな事より、俺と踊りますか?」
誤魔化すように言った俺の言葉に、陛下は心底嫌な顔をした。
「……いや、何で?」
「……俺も何で陛下と踊らなくちゃいけないのかは全然分かりませんが、成り行きで参加しなくちゃいけなくなったので。全員と踊るのがノルマなのでしょう?」
そう。この舞踏会……かならず参加者全員と踊らなくてはいけないらしい。1回は。そして、完了のスタンプを貰う。完全なる陛下の罰ゲームか刑罰か何かかな。
「何踊りかいいですか? 他国には火の回りで手を繋ぎながら踊るという儀式染みたものもあるらしいのですが……」
「何それ、何を呼び出そうとしているの……?」
俺と陛下が冗談なのか本気なのか分からない話をしている所に、テラスの扉をバンと開けて入ってきた美女が居た。
「あら、踊る相手を探しているならアタシと踊ってはいかが?」
「き……君は……」
陛下が目を見開いて指をさす。それは……陛下の待ち望んでいた相手――によく似た顔。
白く綺麗な髪や赤い宝石のような眼は待ち望む女性と同じように灰色にくすんでいた。陛下の恋人(元)より少し大柄な兄……ロスト・ヴァルキュリアである。
「な、なぜ君がここに……」
「アタシがここに居る理由……? ふふ、そうね。一緒に踊ってくれたら教えてやらなくもないわよ」
そう言ってロストは手を差し出した。
少し大柄とは言え、ドレスを纏い化粧を施す女装のロストはオペラにも劣らぬ美しい女性のようだった。女子にしてはちょっと大柄だけど。
「……いいだろう。丁度私も、貴方に話があった所なんだ」
陛下も手を誘いを受けるように差し出した。
夜の帳も下り、月夜が照らすその場所。
金色の美しい髪の陛下と踊る煌びやかなドレスの女性……いや、男性。その様子は絵になり、見ていた参加者の女性陣も勝てない事を悟ったか、くっとハンカチを噛み、そして何故か俺の方を熱く見た。いや、俺にシフトするのやめてくれない? 俺はダンスを受ける側じゃなくて陛下に求婚する君達と同じ立場だから……
「それで……そちらの話は何だ?」
「……まずはアンタの話を聞かせて貰おうかしら」
オペラに似た顔。だが、絶対にオペラだったらそんな風に笑わないだろう。嘲るようなロストの笑顔に圧され、陛下はくっと息を一回飲み話し出した。
「私はオペラを后に迎えたい。出来るならばひと時も離れたくないし傍にいて欲しい……だが、彼女は聖国の女王であり、それを聖国人が許さない事を知っている。だから……どんなに時間がかかってでも納得出来ない者達を説得するつもりでいる」
「……なるほどね」
「……そう……思っていた、のだが……」
「?」
陛下は苦悶の表情でぐっと眉を寄せた。
「悠長な事をしているうちにオペラに愛想をつかされた……私は、今まで全ての民が納得するような形を取ろうと努力してきた……けれど、それで本当に大切な者に逃げられるならば、それは全く意味が無い事を思い知らされたんだ」
「……」
「私の決断に、民は納得してくれると友人が言ってくれた。私自身の幸せを考えてくれ、とも。だから、私は……彼女を第一に考える事にした。彼女の幸せを考えて諦めるだなんて……そんな事は私には出来ないと悟ったから」
陛下の真剣な言葉。帝国を第一に考えていた陛下が、初めてそれ以上に優先するものを決めたのだ。だが、その言葉に反対するような帝国民は1人も居ないだろう……陛下は今まで帝国の為に、幼い頃から良いことも悪いことも大変な事も背負い過ぎたのだ……
「ふっ……」
陛下の言葉を聞いてロストは笑った。
「そうじゃないと困るのよ」
「ん……?」
陛下の手をぐいっと引き、まるで男役が女性の腰を引くような形で陛下に顔を近づける。
「アタシもね、あの子が好きよ」
「……は?」
「アタシだけじゃないの。あの子を好きな男は沢山いるわ。聖国人はともかく……アタシの許しを貰おうなんて生ぬるい考えを持ってるなら無駄だって言おうと思っていたのよ。アタシはね、絶対にアンタになんか渡さない。あの子は一生アタシの物。アタシから奪ってみなさいよ」
そう言ってロストは陛下をドンと押した。言いたい事を言って満足したのか、ダンスの時間は踊りとばかりに手を振って陛下の元を離れた。
「ちょ……」
「アタシの言いたいことはそれだけ。それよりも、他に話をしたいヤツがいるみたいだから、そちらの相手をしてあげたら?」
「え……」
去り際のロストが示す先には同じようにドレスを身に纏ったアークの姿があった。みつ編みに辛うじてついているリボンが可愛いアークの姿に、陛下は唖然とする。
「……ええと、アーク……? 一体、何のつもりそれ……もしかして君も参加者、という訳じゃないよね……?」
「……俺は別に参加した訳じゃないんだが……いろいろと」
悲しそうな顔をするアーク。
「……いや、まぁ……その、なんだ……ええと――」
だが、アークが意を決して何か言いかけた直後――
ドカアアアアン!!!!
「――?!」
「なんだ?」
城内のどこかで聞こえる爆発音。俺達は一斉に振り向いた。
★★★
時は少し遡り公爵家。
日も暮れ始め、辛うじてクローゼットの隙間から差し込む光も少なくなってきた事に、無力なオペラは焦った。何せ、一向に拘束された手足が解ける気配が無い。
「――!!!!」
だが、昼間からずっと暴れていた成果が出たのか、どうやっても開かなかったクローゼットの扉がやっと開き、ゴロンゴロンと縛られた手足そのまま扉の外に転げ落ちる。
「ぶはっ!! や、やっと出られた」
転がった拍子に猿轡のように口を閉じていた布が解ける。誰かを呼ぼうと思って大声を出すも、反応は無かった。
「駄目か……」
と、しょげかけたオペラの元、部屋の扉がキイと開く音がして顔を上げた。
「!! 丁度いい所に!! 貴方、わたくしを城に連れて行ってくれませんこと???」
「……城に?」
部屋に入ってきた男はじゃらじゃらと装飾を鳴らしながら窓の方へと歩き、明かり灯る町の中心部に建つ皇城を指差した。
「あの場所に行きたいのかい?」
「? 城と言ったら皇城に決まっているでしょう??」
「城で何かあるのかい?」
「……舞踏会がありますの。ルーカス様の后を決めるとか。わたくし、そんなこと……絶対に許しませんわ」
怒りで血管が浮き出、眉を寄せて怒るオペラ。だが、ふん縛られている拘束すら解けない、羽の無いオペラには何をどう許すことが出来ないのか絶望的であり、何だか可哀想に見えた。
「なるほど……なんとなく理解したねぇ。いいよ、サービスしてあげよう」
「え……」
その男が指を空中に滑らすと、オペラを縛り付けていた拘束が形を変え、煌びやかなドレスに変化した。
「これ……はっ?!」
と、思った瞬間にオペラの身体は窓からシュンと飛び出し、城の方へと飛んで行った。
「あ……城に行くだけなら移動魔法でよかったのか……」
ぽりぽりと頭をかきながら、加減のきかない魔法感を不思議に思ってぽきぽきと手首を鳴らした。
「――ところで、なんでこんな所にいるんだろう……」




