閑話・その裏側では
それは武闘会開催の数日前の事――
皇城から離れた森で、帝国に潜入している聖国の間者は生命の樹の下で小さな聖石に向かって話をしていた。
聖国への報告は聖国人にしか分からない特殊な神聖魔法を使う。
聖樹と呼ばれる生命の樹ならば溢れ出る聖気に紛れて気付かれる事もないのだ。
本来は教会の聖石を使うのだが、協会の聖石は何者かが割って壊してしまった。
神が作った鉱物と言われる聖石が割れるなんて聞いた事はなかった。伝説の金属オリハルコンより硬い物質の聖石に一体何をしたら割ることが出来るのだろうと間者は訝しんだ。
「――という訳で、数日後に舞踏会が開かれるみたいです」
『舞踏会……?』
「はい! ついに皇帝が妃選びをするみたいで、その舞踏会で伴侶が決まり子供が出来れば皇帝の弱みになりますね!」
『……子供……?』
「ええ。……あの? オペラ様……?」
何故か黙り込んでしまったオペラの、聖石の向こうからの圧を感じて間者はたじろいだ。
『……ふふ。そんな催しは良くないわ。中止にさせるべきだと……わたくし、そう思いますのよ?』
「え? 何故です? 皇帝の妃選びが捗った方がそれだけ警備面でも手薄になりますし、それに――」
『わたくし、同じ事は何回も言いたくなくてよ』
聖石がビリビリと震え、その圧で聖樹の葉が一斉に落ちる。聖国の象徴、最も尊く神に近い存在オペラ・ヴァルキュリアの言う事は絶対である。聖石から流れ来る圧に森の動物達も引いていた。
「申し訳ありません……仰せのままに」
『分かってくれて嬉しいわ』
そのまま通信は途絶えた。間者は今まで一度もオペラに逆らった事など無いが、逆らったらこれ死ぬなと確信した。
しかし、彼女は何故頑なに舞踏会を中止させようとするのか、間者は疑問を感じた。伴侶選びが捗った方が、帝国の弱みや隙が出来るかもしれないので絶対にいいはずである。
(まさか敵国の皇帝の事が好きな訳でもあるまいに……いや、そんな訳無いか。汚らわしい魔族と仲の良い皇帝ルーカスなんて、考えも何もかも相容れない……何処に好く要素があるのかって話だ。恐らく単純にダンスパーリーで騒ぐパーリーピーポーが嫌いなのだろう)
間者は様子を探ろうと一旦皇城へ戻って来たが、すでに舞踏会の準備は着々と進んでいた。
(一体何をどうやれば中止になんてなるのか……)
魔獣でも暴走させて突っ込ませるべきかとも思ったが、そんなモノは騎士団や皇帝がぶっ飛ばして終了である。そもそも、そんな事すれば足がつくに決まってるし、女王の要望は攻撃ではなく舞踏会の中止のみだった。
間者が思案しているそこへ、忙しそうにして疲れ果てた宰相のエースが通りかかった。舞踏会を取り仕切っているのは彼である。
(となると、まずはエースを当日まで何とかした方が良さそうだな……)
と思い立った間者は、慌てて走りぬけようとしたエースを思いっきり突き飛ばした。
「あっ!」
「え?」
突き飛ばされたエースは噴水に落ち、水浸しのまま訳の分からない様子で間者を見上げる。
「??? えっ??」
「悪い悪い、よそ見してた! 大丈夫か? あーあ、びしょ濡れじゃないか。この資料、何処かに届けに行くのか?」
「ああ……君は騎士団員の。そうです。舞踏会の段取りはほぼ終わってるのだけど……最終確認の……へくしっ!!」
「おいおい、お前全然休んでないんじゃないのか? あとの事は段取り通り進めておくよう他の奴らに伝えておくから、着替えてちょっと休めよ」
「すまない……そうさせて貰えると助かる……」
エースはびしょ濡れの服を引きずって帰って行った。去り際に生命力を少し削る微量の魔法をかけたので数日は寝込む見込みだった。
間者はエースの持っていた資料を見る。そしていい作戦を思い付いた。
ずぶ濡れになった資料を持ってエースの執務室に向かうと、そこでは他の家臣達が準備に追われていた。
「なぁ、この資料、字が間違ってるらしいぞ? 数日後に開かれるのは舞踏会じゃなくて武闘会だって」
「え??」
間者の言葉を聞いた一同は目を丸くする。
「そ、そんな訳無いだろ……」
「いや、最強の陛下の伴侶を選ぶんだろ? ダンスじゃ力量が分からないから武闘会に決まってるさ。国中の強そうなご令嬢集めてるらしいぞ」
「た、確かに……?」
あり得ない話が次第に信憑性を持って来て、執務室がザワザワし始めた。
「大変だ、早く準備し直さないと……」
「え、でもこの料理は……」
「何か武闘会で観客達に振る舞う屋台で出すらしいぞ?」
「今から間に合うかな……」
家臣達は大急ぎで予定変更し始めた。
(よしよし、順調。次は――)
街の酒場に貼り出された舞踏会の御触れをガヤガヤと客達が見ていた。町中に貼られたお触れに間者は肩を落とす。
(どんな規模でダンスパーリーする気だよ。ガラスの靴履いた姫でも探す気か?)
「舞踏会かぁ……俺たち庶民には関係ない話だなぁ」
「ダンスに着ていく服なんて無えもんなぁ」
酒場では冒険者や街の住人が昼間から呑んだくれていた。帝国では昼間から呑んだくれてても誰にも突っ込まれないのだ。平和な国すぎると間者はいつも呆れていた。
平和ボケの帝国だからこそこんな街中で堂々と間者が工作をしていても止める者はいない。ガバガバの防護壁を壊す様に間者は言葉を発した。
「ん? この御触れ、間違いらしいぞ。正しくは皇室主催の令嬢限定の武闘会らしくて、参加は貴族平民問わず自由。俺たち男共も観戦していいらしい」
「え??? 何で令嬢が武闘会行うんだ??」
「まぁ、この国強い令嬢多いからなぁ。陛下も誰が1番強いのか気になるのかなぁ」
「優勝したらどんな願いも叶えてくれるらしいぞ???」
「マジかよ!!!」
「え!? じゃあ私も出ようかな!!」
という具合に、人から人伝に噂は広まり……その噂は魔王領や精霊国にまで行き渡った。
宰相のエースは間者の予想通り、風邪で数日間寝込んでしまった。そして、予定の日前日にやっと回復して急ぎ準備に取り掛かろうとした時――思っていた方向と180度違う方へ勝手に舵を取っているのを知ってエースは呆然とした。
「エース、令嬢限定の武闘会が開かれるそうだな! もう俺たち待ちきれなくてさぁ! 楽しみにしてるぜ!!」
「え? ええ……?」
かくして、間者の工作により舞踏会は武闘会として開かれる事になった。
間者は当日、闘技場近くの公園に落ちている白い羽根を見つけた時、あのまま中止に出来ずにいたら滅されていたのでは無いかと寒気がした。




