開かれる帝国舞踏会……后は誰がなる(4)
ジェドがスライムを超えてシルバーの元へ向かっている頃……
公爵家の屋根の上にぽつんと座るオペラの姿があった。
「アンタ……わざわざこんな所に上って」
上階のテラスにかけられた梯子。オペラが屋根に上る為に立てたそれを上って来たのはロストだった。
「どうせ、羽が無くて飛べないのが落ち着かないんでしょうけど」
「……その通りよ」
「アタシもよ」
屋根に上がったロストはオペラの横に腰掛けた。オペラの姿が部屋に無く、何処に行ったのかと探したロストに無言で上を指差したのはアークだった。
客間より上は屋根であるが、そこに居ると思えば理由はロストにも良くわかる。有翼人は飛べるからか昔から高い所が落ち着くのだ。それは世界樹の上で生活していた聖国人はもちろん、聖国を離れて何年も地上で過ごしていたロストでさえその気持ちはよく分かるので身に染み込んだ習性なのだろう。
オペラが見つめるのは城下町の中心部にある皇城だった。
そこに居るのは勿論皇帝ルーカスである。
「アンタらさぁ……ここまで障害がありすぎるなら向いてないんじゃないの? 恋人」
以前のようにからかうつもりか、憎まれ口を叩いて励ますつもりか……どちらとも分からないロストの軽口にオペラは怒る様子でもなく、ただボーっと皇城の方を見つめていた。
「……元から釣り合うとか、資格があるとかなんて……思ってはいなかったわ」
最初から、最悪な状況で始まり……それでもオペラが小さな頃から暖めていた想いが通じたのは奇跡だった。
通じ合ったと思った後も、何度も2人を分かつような障害は沢山あった。
現にあまり聖国人にも祝福されてはいないのだ。
それでも諦めずに何度もぶつかっていったのだが、今度ばかりは折れそうになっていた。
それはオペラの偽者が貶めようとしての策略で妨害だったとしても……それをルーカスが受け入れたという事実がオペラの中でずしりと重く沈んでいるのだ。
例え羽があったとしても、力が出ずに自力で飛ぶことさえ叶わぬ位に……オペラの気持ちは地の底まで落ちていた。
せめて少しでも高い位置に居ようと公爵家の執事に梯子を借りて屋根に上っては見たものの、心が浮上する気配はなかった。
「わたくし……もし、その舞踏会でもルーカス様に身の潔白を証明できなければ……いえ、もしかしたら今更わたくしは必要ないと言われたら……」
「言われたら、どうすんのよ」
「その時は……わたくし……きっぱりと…………」
抱える膝に顔を埋めながら、それ以上が口に出せないオペラの頭をロストはトンと小突いた。
「アンタって本当馬鹿ね。そうなったらアンタの事なんて他に貰ってくれる人は居ないでしょうね」
「……ルーカス様以上に好きになれる人なんて……」
オペラの返したその言葉に、一瞬言葉に詰まったロストだったが、そっぽを向きながら呟いた。
「ま、そうなったらアンタの事、アタシがずっといびってやるわよ」
「……」
暖かな季節が近づいて来たとはいえ未だ帝国の夜は冷え込んだ。それでも、ロストはオペラの気の済むまで夜風吹く屋根の上に付き合ってやった。
真下の窓で聞いていたアークも、屋根の上の住人が下りてくるまでは部屋に戻る事はなかったのだが。
アークもやはり同じように皇城の方を見つめていた。
ルーカスが相手にしたオペラが例え偽者でも本物でも、簡単に別れを受け入れるような男では無いと知っていた。
恐らく本物のオペラが舞踏会に行けば、あっさりと元の鞘に収まり目の前でまたくっつく様子を見せられる。
いっそそうなればキッパリと良からぬ感情は断ち切れるだろう……とそう思うしかなかった。
願わくば、目の前でなく今すぐ魔王領に帰って、人伝にその一報を聞きたくはあった。
だが、膝を抱えて落ち込むオペラの声を聞いていると、離れる気が何一つ起こらなくなってしまう。
それも、もし上手く行かなければ……などと考えてしまう自分に反吐さえ出る位だった。実際、飛竜酔いは未だ覚めておらずその気持ち悪さも残っていたのだが。
「はぁ……何してんだか……」
自嘲するように吐いたため息だったが、目を逸らした先、公爵家の一角がスライムに覆われてうねうねと闇夜に蠢いている事に気がついてぎょっとした。
「ああ……そうか、魔塔主が深手を負って眠っているのを防御する為に居るんだったな」
肥大化したホワイトスライムは意思があるのだか無いのだか分からない程で、しかも大量の魔力を吸い取ったらしき彼らは最早ホワイトスライムからまた更に違う魔物に進化しようとさえしていた。
「……本当に爆発なんてしたら、あいつらじゃ守りきれんだろうが……ん?」
不安げに薄ピンクホワイトスライムを見ていると、そこに近づく男の姿が見えた。
「ジェドか……」
その胸中は聞こえていた。ジェドは今まで厄介事を抱えすぎたせいか人に対して若干無関心な所があった。ルーカスとは幼い頃からの友人ではあるが、やはり一定の距離を保っているからこそ友人付き合いが保てていたのだろう。
そんなジェドが、いつの間にか他人の心配をするまでになっていた。仕事でもなくわざわざスライムを潜り抜けてまで寝ている魔塔主の様子を見に行くなんて、成長したものだ……と頬杖を突きながらぼんやり観察していたが、ジェドがスライムに穴を開けて突っ込んでいく後ろから、同じように追いかける古竜の姿が見えて二度見した。
本当に何をやっているのだと、スライムの思念の奥にかき消えるジェドの様子を探ろうとしたが、微かに聞こえたのは『ルーカス様のパンツ!!!』というクソでかい声と『これで大丈夫みたいだな……』という安堵の声だけだった。
ルーカスの下着で一体何が大丈夫になったのか分からないアークは、暫く考え、その間に寒くなってきたからかオペラは――
「あなた、そんな所で何してらっしゃるの? 家の者に迷惑だから早くお休みになりなさい」
と梯子を抱えて寝室に戻っていった。
――そして、数日が経ち……ついに舞踏会の日がやってきた。
「さ、行くわよ」
と、公爵家のメイド達によって綺麗に着飾らされたロストは、東国の時と同様どこからどう見てもちょっと意地悪そうな貴族女性であった。
その姿を一番に見たジェドは『そうしていると悪役令嬢みたいだな……』とげんなりしていた。
「……」
その横で、気まずそうに目をそらし頬を赤らめる魔王アークも、やはりロストと同じようにドレスで着飾っていた。
「……いや、何でお前まで……」
「……仕方ないだろう……エントリーさせられたのだから……俺は嫌だと言ったのに……」
訳もわからず道連れにされたアークは、申し訳程度にみつ編みにリボンがつけられていて、女子には見えないがジェドの女装よりはマシなレベルだった。
「まぁ、俺の女装に比べたらいいか。陛下にからかっているのかと殴られ兼ねないから気をつけろ」
「……それって俺は巻き込まれ損では……」
ずーんと肩を落とすアーク。だが、ジェドは1人足りない事に気が付いて、辺りをきょろきょろと見回した。
「あれ? オペラは?」
「さぁ。先に行ったんじゃない? あの子せっかちだから」
「……」
「そうか? まぁ……言われてみれば確かにそうか……」
と、妙に納得し馬車を呼ぶジェドに続きアークは無言のまま上階の窓を見て申し訳なさそうに手を合わせた。
――その窓はオペラが泊まっていた客間である。
誰も居ないクローゼットが、まるで中に誰か閉じ込められているかのようにドタンドタンと揺れている。
その中に居たのはオペラだった。
口は猿ぐつわのように塞がれロープでこれでもかと言うくらいに縛られている。
今朝、起こしに来たロストの、意地悪な継母のようなにやけ顔はオペラの脳裏にしっかりと焼きついていた。
(あの男ーーーーー!!!! 改心したふりしてやりやがりましたわねーーーー!!!!)
そうして、オペラを取り残し……馬車は舞踏会の開催される皇城へと進んでしまったのだった。




