開かれる帝国舞踏会……后は誰がなる(2)
「あっ、騎士団長」
「ジェド、やっと帰ってきたんだね」
三つ子から話を聞いた俺は、以前までを思うとだいぶまろやかになった兄妹喧嘩がいつまでも終わらないのでそのまま置き去りにしてとりあえず城に帰った。何故かアークも巻き込まれていたのでそのまま一緒に置いてきた。ファフニールは何か妄想の世界に入り込んでいたのでそっとしておいた。
いつもより空気の暗めな城内は、三つ子の言うとおり確かに荒れていた。荒れていたというか何か改装中だった。
俺を迎えたのはエースとシャドウで、他の者達はせっせこ忙しそうに働いている。
「もう、君が居ない間に大変だったんだよ……はぁ」
「事情は三つ子の1人に聞いた。誰だかは知らんが……それで、陛下は大丈夫なのか? というかコレって、やっぱり陛下が振られたから八つ当たりしたとか……? いや、そんな事あるのか……?」
陛下がそんな事をするとかは全然想像出来ないが、アレで結構キレやすかったりするので
「ああ、いえ、コレは単純に城の強化というか。丁度舞踏会を開くのもありましたので」
「舞踏会で強化する必要……あるかもしれんなぁ……」
以前開いた舞踏会というか武闘会は散々なものだった。あれは闘技場だったが……あの時も猛者が沢山集まったからなぁ。ただ、悲しい事にあの時本気で陛下と結婚したい女子は少なかった気がする。悲しい事に。
「まぁ、今回は事情が事情であり、オペラ様の姿を借りてまで陛下に害を成そうとする人物ですからね……東国に拐われた件やシルバー様のお怪我の事もあるので、ここは城の造りを強化しておくのが良いかなと思いまして……」
「ああ……」
シルバーは東国に行く前にかなりの怪我を負っていた。帝国や他の地が爆発していない所を見ると無事かとは思うんだが……
「……というか、陛下が居れば大丈夫なのでは」
「ええ。ですから、陛下が壊してしまわないように城を強化しています」
「なるほどそっちか……」
「でも……」
シャドウがチラリと薄暗い階段の奥を見やってため息を吐いた。
「陛下はオペラ様にだけは弱いので……またあの偽者に何かされたら、無抵抗で害されてしまうかもしれないですね……」
「シャドウは先のオペラが偽者だって分かっていたのか?」
三つ子の話だと、シャドウはいち早く何かの罠だという事に気がついたらしい。幸いかどうかは分からんが、本物も外に居る。喧嘩中だけど。
「まぁ……ですが……」
シャドウは肩を落として気の毒そうに呟く。
「前にも偽者のオペラ様が大量に現れた時がありました。けれど、陛下は偽者だとしてもオペラ様には弱いのです。それに……東国に拐われた事も、あの姿が本当かどうかも分かりませんが羽が無くなって痛たましい姿になっていた事も、そもそも普段滅多にお会い出来ない事も……いつもオペラ様が心変わりしてしまうのでは無いかと不安になっていましたから。確かに……世の中に知れ渡っている通り、陛下の弱点になっているのも……そうなのですから……」
「あー……」
陛下が偽のオペラに簡単に騙されたのもどうなんだろうと思ったのだが、それらを知って狙ったのだとすれば本当にキツい。そこまで知って……
「ん?」
「どうしました?」
「いや、そのオペラって灰色だったんだよな?」
「ええ。聖国人は羽が無くなると特徴的な髪や目の色が落ちてしまうみたいですね」
「それって……」
どう考えても東国にいた奴じゃねえか……いや、まだそうと決まった訳では無いか。
俺は嫌な奴のことを思い出した。東国から居なくなったロリコン眼鏡……
だが、姿がオペラそのものだったっていうのも良く分からない。アイツ自身が顔を変えていた線は薄いだろうし……そう考えると敵の出方を見る為にもそのまま放置して泳がせるのはアリかもしれない。
「騎士団長?」
「ま、いいか。それはそれで、陛下は今何しているんだ?」
「……仕事をしています」
「仕事なのか……」
「皆、少しは休んでくださいと言ったのですが……人払いをして絶対に執務室には近づかないようにしておりますので。こうしてこんな騒ぎをしていても、陛下の耳には一切届いておりません」
「いや……言った方が良いだろそれは」
「でも……」
「まー……言いづらいよなぁ」
皆の重苦しい空気を察し、俺は執務室へと向かった。陛下が今どんな感じなのかは想像つかないけど……多分落ち込んでるんだろうな。
皆はあまりか知らないが、ああ見えて陛下は昔は相当波が激しかった。
それくらい自分の心を削ってでも変えなくちゃいけないことが沢山あったからだ。平和になってからはそんな機会も少なくなっていた。
それだけ大事なものが出来たのはいい事だけど、その分痛い事も辛い事も沢山あるんだろうな。
俺には全然出来ない……それはそれで辛いけど。
執務室の近くにはブレイドやロックが居た。その先の執務室を守っているのだろう……俺が居ないばかりに済まんな。
「ジェド……遅い」
「ああ……長らく不在にしていて済まないな」
「……お前が居ないと城の中が暗くなるから長く空けるのは止めろ。全く……」
ロックがうんざりしたようにため息を吐いているが、とんだ言いがかりである。いや、過去に未来に行った先で俺が不在で重い世界になっていた事もあったからなぁ……過去に未来ってなんや。
「こちらにもちょっと戻れない事情があったというか……入ってもいい?」
「陛下からは誰も入れるなと言われてはいるが……お前ならば別にいいだろう」
そういい残すとブレイドとロックはスタスタと執務室から離れていった。
重苦しい雰囲気の扉をそっと開けると、カーテンも締め切った暗い部屋の中で、黙々と仕事をしている陛下の姿があった。
「えーと、陛下……ただ今戻りました」
「……」
顔を上げず黙々と仕事をしたまま動かない。あーん、そういうのどう話かけていいのか分からないからやめてほしい……
「ちょっと諸事情でいつも通り事件に巻き込まれておりまして……」
「……」
「えーと、長らく城を空けていて申し訳ありません」
「……」
「えーと陛下、何かアレですか? 聞きましたけど、オペラに振られたんですか?」
俺のノンデリカシーな言葉には流石に反応したのか手にしていたペンがバキっと音を立てて粉々になった。尚、陛下はよく物を壊すので特別製のめちゃくちゃ硬いやつである。
「君……長らく城を空けていて……戻ってきて言うことがソレなの……」
「いやー、聞いちゃったもので。何かその、大変な時に居なくてすみません」
「……」
机の引き出しから新しいペンを取り出し、仕事に戻りながらも陛下はポツリと話し始めた。
「……私はねジェド、別にオペラから別れを切り出されても……彼女が決めた事ならば良いと思っていたんだ」
「そうなんですか?」
「彼女が幸せならば……シャドウだってそうだろう? 私もシャドウと同じだ。彼女が望んだ幸せならば……それでいいと……」
そう言いながら陛下はまたしても握ったペンをバキリと握りつぶした。ああ……ペン……
またしても引き出しから新たペンを取り出し、仕事に戻る陛下。
「思ったんですか?」
「……思えなかった」
「ですよねぇ……」
思えたならこんな状態になっている訳が無い。未練タラタラである。人払いする訳だ……いや、皆に知れ渡っているけど。
「ジェド、私は……人の幸せを願える人間では無いのが、それも愛する人の幸せを願える人間でないというのが……本当にショックで。私は……彼女に破局を言い渡された時、国を捨てても追いかけたいとさえ……思ってしまったんだ」
「あー……それはショックでしょうね」
「……ジェド、何で君はそんなに暢気なんだ。皇帝の私が帝国を捨てちゃ駄目だろう」
「いや捨てられてないでしょう」
「……捨てちゃ駄目だろう……」
ペンを折っても黙々と仕事をしているのですが……? いや、そんな状態になる位だったら少しは捨てた方がいいと思う。
「陛下、そういう気持ちは別に自分を責める事でも何でもありませんし、実際に国を捨てたとして……ここまで帝国の平和に貢献した陛下を攻める人なんて誰も居ませんよ」
「……いや……それは……」
「でもまぁ、何でも出来る帝国最強の陛下に出来ない事があるっていうのは、ちょっと格好悪いかもですね」
「ヴっ……」
痛い所をついてしまったのか、陛下はそのまま机に突っ伏した。
「……そう……私は彼女の前でも……帝国民の前でも完璧で居たかったのに……彼女の前ではことごとく格好悪い姿ばかりだし、仕事も何か知らないけど増える一方だし……9時5時で帰れなくなったし……」
「すみません、俺のせいで」
「……君のせいじゃないよ。……いや、ほぼ君のせいではあるけど。でも、対応しきれてない私がいけないからね……」
流石の陛下でも根詰めすぎで肩が凝ったのか、ペンを置いて背伸びをした。バキバキと体からすごい音が鳴っているけど、一体どのくらいずっと仕事を続けていたのだろう……
「ジェド、私は彼女に振られても、諦めきれずに追いかけていいと思うかい?」
「まぁ、格好良くはありませんが……それについては誰も責めませんし、陛下がそうしたいなら良いんじゃないですか? それを咎めるような帝国民は、誰も居ませんよ」
「……」
「もう少し、我々を信じて下さい」
「……いや、帝国民で一番君は信用出来ないけど……」
「……俺の事は嫌いになっても、帝国の皆のことは嫌いにならないで下さい」
ふっと笑う陛下の笑顔は、一体どのくらい笑っていなかったのかぎこちないものだった。何やかんや言って、振られたショックはでかいのだろう。偽者だけど。
「じゃあ、私は仕事をさっさと済ませて……いや……放って、彼女に会いに行くとするかな」
「いいえ陛下。陛下は大人しく帝国に残ってください」
「ん……?」
「数日後に陛下の后を決める舞踏会を開きますので。それには出て貰わないといけませんから」
「うん、后こう……は?!!」
俺の方を二度見する陛下。さっきと言ってる事が違うかもしれないが……今は大人しくそちらに参加して頂けないと件のオペラと入れ違いになっちゃうからなぁ……
「いや……ちょ、何勝手に開いてんの……?」
「勝手に開かれていることについては陛下が正気を失っていたのがいけませんので。諸事情があるといいますか……何も聞かず黙って参加してください」
「いや、私はそれ知る権利あるんじゃ……」
困惑する陛下。だが、そんな陛下を無視して、数日後に本当に舞踏会は開かれるのであった。




