一難去ってまた一難。悪役令嬢でもないのに婚約破棄……?(後編)
ファフニールが急遽引き受けてくれた飛竜便は早かった。ラヴィーンを足元に高い位置まで昇ったと思ったら、ドンッっという音と共に空を切るように翔ける。
景色はあっという間にセリオンの草原、その外れにある高台のゲートへと辿り着いた。
「……流石古竜……もう着いたのか」
今までの行いが行いだけに、11竜と揃って白い目で見ていた奴らも……腐っても千年を生きる竜族だったのだな。
あまりのスピードに高低差の気圧の変化での耳の中が追いつかず、今更キーンとしてきた。アークもちょっと酔っている。
「ほほほほほ、私達、伊達にこの年になってまでも修行している訳ではありませんのよ。でも、このスピードでさえ季節の集会には遅れを取るほどなので……世の中は広いと思い知りました」
音速かと思うくらい早かった古竜を超える……だと?
それってチート異世界人でも神でもなく一般人の話……だよね? 集会ってそんなに猛者が集まる場所なの……?
みんな、どうしてそんなに薄い本に全生命力をかけているのだろうか……
いや、誰が何に命を賭けるなんて一概に言える事ではないだろう。1人の男の為に世界をぶっ壊そうとする女もいれば強い剣士を求めて神を怒らせる女も居るくらいだし……
俺にはそんなに打ち込める程の事が無いのである意味羨ましい。
「さぁ、ゲートに来たんだから……ヴェ……くだらん事を考えてないで早いところ帝国に行くぞ……」
アークが青い顔でヨロヨロとゲートに進む。真面目に話を進めようとするアークくんには悪いが、早いところ帝国に行くのは難しいと思う。
「……」
白い目でこちらを振り返りながら、時間が掛かりそうな事を察したアークは、口元を押さえてよろけながらお手洗いへと向かっていった。お大事に……
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「ゲート都市ってこういう面倒な手続きが必要なワケ?」
「……いや、普通に通る分には何も必要無いはずなんだがな……」
俺とオペラが何枚も手続き書類を書いている横で、ロストがつまらなそうに頬杖を突いて文句を言う。
ロストとアークは何故か東国に行った事にはなっていなかった。何でか分からないが、ナーガのゲートを通り帰ってきた2人がゲートを通って大陸や国を渡ったという記録には残っていないのだ。流石ナーガ、不正ゲートを作るだけあって、その辺りの対策も何らかの形で行っていたのだろうか。マメだな……
だが、その便利過ぎるゲートのせいで俺とオペラは何処から来たのか状態になってしまった。魔王領からスクロールでワープさせられ、闇ゲートを通じてセリオンに移動してしまったのだから。
オペラは本当に災難だったな……人違いで拐われた上にこんな書類まで書かされるのだから……
だが、踏んだりけったりというか、泣きっ面に蜂という言葉もあるらしいが……先にラヴィーンで受けたショックが抜けきらないのか、文句1つ言わずに茫然自失で書類を書いていた。
ちゃんと書けているのか心配になるくらい目の焦点が合っていないのだが、横から確認するとちゃんと書けている。流石真面目系女王は違うな。無意識でもちゃんと機能している。
「つーかアンタ、どういう理由か知らないけど、アンタが居ない間に一方的に破局させるような奴なんて、こっちから願い下げ、でしょ」
うんざりした顔で言うロストの言葉を聞いて、オペラはかっと目を見開き立ち上がった。
「るっ、ルーカス様は、そんなお方じゃないわ!!」
「そう思ってンならとっととソレ書いて帝国に殴り込みに行きなさいよ」
「――っ!」
ロストに諭されて少し正気を取り戻したオペラはそのまま黙々と書類に取り掛かる。流石兄でありオペラへの執着暦が長いベテランはオペラの扱いを分かってらっしゃる。
「俺もそう思う……あいつはそんな薄情な奴では無い。大方、何かの間違いだろう。その不安を取り除きたいならば早く行った方が……ヴっ……いい……」
未だ乗り物酔いが抜け切れていないアークがトイレからよろよろと戻ってきた。アークくんはもう少しゆっくり休んだ方がいいと思う。
「ま、そうだな。あの陛下がオペラの居ない間に覚めるとか嫌いになるとか……そんな事有り得ないとは思う。まぁ……なんつーか陛下の事を一番知っているであろう俺が言うんだから間違いないさ」
「……」
「そうですよ、早く行きましょう」
いつもは女子を慰めるような言葉はあまりかけないのだが……あまりにも様子が気の毒だったのでついつい気休めの言葉をかけてしまう。そんな珍しく真っ当な事を言う俺の横で竜族のファフニールも拳を握ってオペラを応援していた。
「……お前も行くのか……?」
「ええ。私も皇帝ルーカス陛下のいちファン(重度)として気になっておりますので。ああ、ご心配なく。私、ルーカス様の事は偶像的憧れといいますか2次元寄り憧れといいますか、特に新しい恋人の座を狙っているという訳ではございませんのでご安心ください」
「新しい……恋びっ……」
そのワードにオペラが再び蒼白となってしまう。駄目だこれは重症だ……
不毛なオペラの様子に俺達は顔を見合わせて、はぁ……とため息を吐いた。
だが、本当に俺達の居ない帝国で何があったのか。
少なくとも、オペラが不在の間に陛下が怒り出してオペラの居場所を血眼で捜すならばともかく、そんな一方的に別れを告げるなんておかしいにも程がある。そんな簡単に別れを切り出せるようならば既に破局のタイミングなんて何回もあったからだ。
「やはり……ルーカスに何かがあったと考えるのが妥当だろうな……」
俺の心を読んでアークも神妙に頷いた。そう、どう考えても何かが起きたと考えるしかない。
「る、ルーカス様に何かがっ! 誰がそんな事を……この聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアが許――」
がたんとまたしても立ち上がったオペラは手をプルプル震わせるも
「……さない程の武力が無い……」
と、意気消沈して椅子に座り、また黙々と書類を書き始めた。悲しい事に、そんな輩が居れば八つ裂きにしたい所だろうが、今のオペラは羽が1枚も無い無力な聖国人。人並みである。
「アホかお前は。もしそんな奴が居たら俺が代わりに殴ってやるさ。というか、そもそもルーカス自身が殴っているとは思うが……」
「そうなんだよなぁ……」
過去、陛下を陥れようとした勢力はあれど、帝国最強の陛下が勝てなかったのはオペラ位だろう。あ、ロストの変な魔法にも苦しめられていたけど……
魔王だって倒しちゃうような陛下に、一体誰が何をするんだろうか。そんな奴は余程の命知らずか陛下の事を知らない異世界人ってもんだろう。
「やはり、真相を掴むには早く行くに限りますね! 不肖私ファフニール、自由大陸に降り立ってもサービスで飛竜便やらせていただきますのでっ! ぁあ~、滅多に拝めない生ルーカス様を早く拝みたいでござる~デュフッ」
消沈なオペラと反対にファフニールはうきうきとはしゃいでいた。やめなさいて、横のオペラが筆を折らんばかりに拳を握ってプルプルと震えていますから。そのうち殴られるぞ……
千年以上を生きるありがたい古竜のはずなのだが、何を間違えてこんなキモオタに成り代わってしまったのだろうか。薄い本を広めた奴らの罪は本当重い。あと、件の生ルーカス様は暇が出来れば城下町をうろつくような気さくな人なので割と拝める気がする。
と、言うわけでゲート都市での毎度お馴染みな面倒手続きを済ませ、自由大陸に降り立った俺達はファフニールの有頂天猛スピードで足早に帝国へと戻った。陛下に対する熱意が増したせいかプレリ大陸を翔けてきた時よりも速度も揺れも段チであり、アークへの負担も倍増していた。
一体何日開けたかわからない位に久しぶりの帝国。
×マスも誕生祭も終わったであろう城下町は変わらずの平和感。
……いや、唯一違う事があるとすれば、町中に貼られたお達し文。人だかりが幾つも出来ている文面を読み、オペラはまたしても蒼白としていた。
「な……な……」
「あれ? 騎士団長、長い事どこ行ってたんスかー」
呆然と掲示を見つめる俺達の傍を通りかかる騎士。この軽いノリで喋るのは三つ子の騎士ガトー、ザッハ、トルテ……のうちの誰か1人。誰かは分からない。
「まぁた何か事件に巻き込まれ……たんスよね。その格好。東国の皇子はどうなったとか、あんま聞かない方がいいッスよね。というか、今はそれどころじゃないからなぁ……」
「おい、これは一体どういう事なんだ? まさか、また以前のようにエースの不手際か何かじゃないだろうな……冗談にしてはだいぶキツイぞ」
「あー、それを開くに当たっては冗談じゃないというか……本当ッスよ。何せ、あのラブラブだった陛下がオペラ様と破局になったんスから」
「……その噂……やっぱり本当なのか……?」
ちらりとオペラを見ると、蒼白を通り越して石になっていた。その目線の先、掲示されている内容といえば……
「まぁ、ルーカス様が恋人候補を募集する舞踏会を開く、と? ルーカス様を近くで拝めるなんて……来て良かった!」
と、興奮気味のファフニールが言うように、后候補を募るパーティ開催のお知らせだった。お……オウ……
「三つ子……いったい何があったのか聞かせ……あ、いや、今はいいや……」
俺達が不在にしていた間に……一体何があってこうなった……




