東国の王、ルオ・ロンの本性(後編)
「私の心がどうした……」
ルオ・ロンの周りに湧き上がる黒い靄。すごく……怒ってる。怒ってるよ……
ザァと流れる風が吹き、青黒い霧が周りを包む。靄がかかる室内に、赤い目の男達が起き上がる。さっき倒したはずの騎士や従者だ。
「フェイ様……」
ハオも正気を取り戻し起き上がった。いや、正気か正気じゃないのかは全然分からんが……
おお……ねぇ、アークくん? ルオ・ロンの開いちゃいけない部分を開いて怒らせたのって逆効果だったのでは……?
アークはこちらを見て困った顔をしていた。いや、お前もちゃんと後先考えろよ……俺が言えた事じゃ無いかもしれないが。
幸いなのは部屋中に充満する青黒い霧のお陰で俺の裸体が誤魔化されているという事だ。
説明が無いと忘れてしまいそうだが、こんなピンチの中でも俺は裸のままだった。いい加減服を着たいが、周りを取り囲む赤い目の男達……そんな隙は与えてくれそうに無い。
……と、思っていたらアークが無言で上着を貸してくれた。それは前にオペラのあられもない姿を隠していた万能上着。
俺は無言で受け取って頷き腰に巻いて周りに向き直り仕切りなおした。流石に全裸とシリアスは親和性が全然無いからね……
「兄上……いや、姉上――」
「私をそう呼ぶのはやめろ!!!」
「――っ!!」
フェイの呼びかけにルオ・ロンが恐ろしい形相で威嚇する。こわい。
だが、震えながらもフェイは負けずにルオ・ロンに話し続けた。
「何故だ、何故そんなことに、東国を、民を振り回すのだ」
「何故? フェイ、お前がそんな事を言うようになったのだね。何も考えずにただ流されるがままに悩み無くのうのうと暮らしていたお前が」
「……っ、確かに……我は何も見ずに過ごしていた……けれど、貴女の言う東国の悪女どもは悪女では無かったし、民だって自領の天下を望み争いを求めていた訳でもなかった。よく見てみれば……それぞれの地はそれぞれで生き、老婆ですら何か凄い知識を駆使してまで生きようとしていた」
「……何を見てきたのか分からないが、戯言だ。ただ黙って摂取されるのが幸せな事よ……」
「姉上も! 何故自身の心を怖がるのだ! 例え誰がそう言おうとも、必ずしも本当の姉上が悪女であろうか! 獰猛な血だなんてただの思い込みだ! そんなに自身の行く末や心を、簡単に決めてはいけない!」
「……下らぬ事を喋りすぎだ、フェイ」
「姉上……」
「――確かに、ナーガは愛憎に飲まれて狂い、色んな奴らを巻き込んで利用しようとしていた悪女よね……」
フェイの話を止めようとルオが手をかざした時、割り込んで来る声が扉の方から聞こえた。黒い靄に包まれた兵士達に囲まれて無抵抗で部屋に入ってきたのはロストとオペラだった。
「オペラ、何でお前ら逃げずに無抵抗で戻って来ているんだ……」
「はぁ……この姿で分かるでしょう。わたくし達に抵抗する余力があると思って?」
言われてみれば、オペラだけでなくロストの背中には1枚の羽も無く、オペラ同様に髪が灰色に染まり目も黒くなっていた。
そういえば聖国の間者だったアッシュが羽を全て落とすと聖気が無くなり聖国人特有の髪や目の色が保てなくなると言っていたっけ……
「ロスト……君……その姿は……」
「ああ、残念ねルオ。アタシの羽根が目当てだったっけ? あんな腐った性根の女の血なんてもう要らないし重いからぶった切ってやったわ」
「――っ!」
ロストの様子を見たルオはガクガクと震えだした。
「美しい……君の姿が……っ」
ルオはロストの隣にいるオペラを睨んだ。
「お前が……ロストをそんな風にしてしまったのか……」
「は? いえ、まぁ確かにわたくしですけれども……」
「ロストが似合わぬ優しい眼をしているのも……闇を拒絶し始めたのも……私の方を見てくれないのも……全てお前のせいだった……」
「え??? ちょ、ちょっと、後半は言いがかりじゃなくて――」
「そうね。アタシはこの子以外に関心が無いからね」
ロストの言葉にオペラがぎょっとした。2人いつの間にそんなに仲直りしてんの……???
「アンタがいくらアタシに依存したって、アンタとアタシは違うの。アンタがそんな格好をするのはアンタ自身の心を認めるのが怖いからでしょ。ナーガにいいように惑わされてんじゃないわよ……アンタとアタシも違うし、ナーガとアンタも違うわ」
「黙れーーーー!!!!!!」
ルオ・ロンが叫んだ途端、騎士や城の者、周りを漂っていた黒い靄が一気にルオ・ロンの元へと集まった。夥しい量の黒い物でルオ・ロンの姿が見えなくなる。
部屋中に充満していた靄だけじゃない、外から押し寄せる黒い靄の中には辛うじて白みがかったロストの羽根もばらばらと混ざっている……
アークがバッと窓の外を覗くと、青龍の領地中から黒いものが立ちこめ、それが一気にこちらへ向かっていた。
ルオ・ロンは最早黒い繭のように包まれどうなっているのかは分からない。
部屋中で赤い目を光らせていた兵士達は膝から崩れ落ちた。ハオだけは意識を保っているようだが、他の者達は倒れたままだ。
「ん……あれ? 坊ちゃん――うわっ!!」
ハオがこちらを見て驚く。もしや、コイツも刻印か何かでおかしくなっていたのだろうか……?
「フェイ坊ちゃん、か……可愛い……」
「そっちより気にする事があるだろうが!!!」
一直線に女装した可愛いフェイに走るハオの顔面に近くの花瓶を投げつけるフェイ。ハオのそれは闇とかあんま関係無いらしい。
「いたた……ん? あれ? ルオ坊ちゃん何か凄い事になってますね」
「落ち着いている場合か」
ハオがヒビの入った眼鏡で辛うじて繭を指差す。
「あー、生まれますよ」
「……何が……?」
「ですから――」
当たり前のように言うハオの言葉も遮って掻き消える咆哮。
黒い繭が卵のようにビキビキと割れると……中から物凄く巨大な何かが飛び出て部屋の天井をぶち破っていく。
「あ……あれは……」
俺やオペラは見覚えのある青黒い龍を見て絶句しアークは泡を吹いていた。アレには散々追いかけ回されましたからね……
呆然としているとロストがボソリと呟いた。
「あれって、ナーガね」
眩しそうに見上げる空、東国の首都の皇城を突き破るように生まれたのは……そう、ナーガと瓜二つのブラックドラゴンだった。




