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東国の王、ルオ・ロンの本性(中編)

 


「凶相が、凶相が出ております!」


「そうなんだ。相なだけに……ね」


 少し前の東国は首都、青龍の地。突然王城に現れた占術師がルオ・ロンにそう告げた。

 だが、占術師が幾ら訴えてもルオ・ロンの笑顔が崩れる事はなかった。


「し、信じておられないのですね?! この水晶をご覧ください!!」


 占術師が差し出した水晶の中、光の屈折の先には現実味の無い絵のような画面ではあったが、確かにルオ・ロン自身の姿があった。

 恍惚で歪な笑みを浮かべ、壊れゆく東国を見守る姿。

 今のルオ・ロンとは真逆の……女の顔であった。


「それで?」


「え? あの……ですから、このままではルオ・ロン様は破滅の未来を……」


 その光景は知っていた。ルオが、自身の獰猛さを自覚した幼き頃から夢に見ていたから。

 自分のそういう面を抑えるように、幼い頃から男の格好をしていた。

 のうのうと暮らす弟も、ルオの本性を本能的に感じているのかどんなに優しくしても怯えた目を向けるだけだった。

 いっそハオやその他の騎士、従者達のように邪な心を内に秘めている方が扱いやすかった。

 内に秘める獰猛な獣の本性をよく理解してくれたのは加護の竜、ラヴィーンの女王ナーガだった。


『そうね、感情のままに動いて良い事は無いわね。今度は失敗しない……失敗しないわ……』


 と思い出すように語るナーガもまた、己の内なる心に支配され何かを失った過去があるようだった。


 占術師に言われなくても分かっている。ルオには心を乱す物など何1つ無い。

 連れて行かれた占術師が落とした水晶……そこに映っていたものが何気なく目に入った。

 破滅の未来なんて、どうせ自身に負けて狂い死ぬか……はたまたそんな自分を弟のフェイや他の領地の悪女達が殺しに来るか――


 だが、そこに映っていたものは予想したどれでも無かった。

 やはり現実味の無い絵の様な画面。でも、確実に分かるその人は……幼き頃にナーガが連れていた少女が、全く別の男に成長した姿だった。

 愛おしい者を優しく見つめるその目を見て動揺した。けれど、それはルオに向けられた物では無かった。

 ルオは、生まれて初めての感覚に襲われた。

 あの時の少女が女の子でない事は知っていた。ナーガから聞き、悲惨な生い立ちの中で女の子として生きねばならぬ理由があったからだと。

 そんな少女……いや、少年に何処かで仲間意識を感じていたのかも知れない。

 水晶の中でも、やはり自分に向けられるでもないその男に、顔を歪ませるルオの姿。

 裏切った仲間への絶望か? はたまた成長した彼への何か違う感情か……嫉妬か?

 そんな馬鹿な事を自身が考えるなんてあり得なかった。


 水晶を粉々に砕きいつもの笑みを取り戻したルオは長年騎士として仕えているハオを呼び出した。


「……ハオ、君は私が幼き頃から仕えてくれていたね。以前……ナーガ様が連れていた子を覚えているかい?」


「ええ、覚えていますとも! それはもう可愛らしい女の子でしたね〜、あの子ももう大人か……月日は残酷ですね」


「君の趣味はどうでも良いから。その子を探しに行って来て欲しいんだ」


「その子を……? いや、しかしそんな簡単に見つかるものなのですかね……」


「有翼の民……聖国人だからそんなに数は居ないはずさ。聖国は1度半壊していて聖国人は数を減らし若者以下子供しか残っていない。それに、その子は訳あって国には戻って居ないはずだ」


「なるほど……それならば」


「……ナーガ様亡き後、行方が分からなくなっているが……聖国に戻っていないならば1番可能性があるのは帝国かな。近いうちにゲートも壊すつもりでいたからね、見つけ次第直ぐに戻って来てくれ」


 ルオはナーガと何度も敵対した帝国とは親交を結ぶつもりは無かった。先にスノーマンでその魂すら行方知らずとなっているナーガ。青龍の地に加護を与えてくれるナーガが蘇る事は絶望に近かった。

 以前ナーガから、自分の身に何かがあったらロストを探せと言われていた。

 決して……水晶の中に映っていた事が本当かどうか確かめる為ではなく、これはナーガの意志なのだと……ルオは自身に言い聞かせた。


 幾日か時は過ぎ、ハオが聖国人を連れて帰って来た時……ルオの心は一瞬揺れ動いた。

 あの頃の少女をそのまま大人にしたような、美しい女性。

 羽を切り落とされたせいか髪や目の色は花が枯れるかの様にどんどんとくすんでいくが、それでも美しさは変わらなかった。

 ――そんな訳は無い、と直ぐに気がついた。ナーガの連れていた者は確かに少年だったのだ。

 目が悪すぎてアホで、その興味が向くのは歳が10と幾つにも満たぬ幼い子供ばかりの最低な趣味を持つハオの事だ、人選を誤ったのだと自嘲した。

 だが、間違えるのも無理は無いと思えるほどにあの少女とよく似ていた。何かの手がかりになるのではないかと思い、生かしておいたのが……まさか直ぐに本人が助けに来るとは思っても見なかった。


 大人になった少年は、やはり水晶のお告げで見た通りの青年だった。

 あの時見た光景……しかし、ルオの心は冷たいままだった。


 ――何だ、大した事無いじゃないか詐欺師め。


 唯一の心配、ルオがその心の平穏を乱す者が居るとすれば彼だと思っていた。

 妹であるその女性を逃す代わりに何でも言うことを聞くと告げたロスト。

 その、女性とは言い難く成長した高身長でも、あの頃のように華やかな女性ものの服を着せれば女と見まごう程美しかった。

 ルオの心配事は消えたのだ。ナーガと共に居てその力を宿す彼ならば変わらぬ姿でルオの平穏を守ってくれるに違いないと……そう確信していた。


 ――だが、目の前に突然現れた破廉恥な格好の男。

 余りにも似合わな過ぎる女装で潜入してきた不審者の来訪に、流石のルオも食べていた食事を吹いて吐き出しそうになった。

 取り乱す精神を連れ戻したのは弟のフェイを見つけたから。

 おめおめと戻り、更に何の理由があるか女の子に扮装して似合い過ぎるその姿……急激に心が冷えるのを感じた。

 だが、そのフェイにすらただ1つだけ感謝する事があった。ロストとの再会でも乱れなかったルオの心が、乱れそうになるのを現実に引き戻してくれたから。

 早く始末せねばいけない……それは東国を取り巻くナーガの思念が訴えているようにも感じた。

 この男は危険だ……と。


 早急に始末させようと、侵入者を取り囲む。敵はだった2人だけであり、1人は何の力も持たぬ弟。

 何の心配は要らぬと……そう思っていたのに。

 事態はみるみる内に一転、二転として行った。


 逃げたと思っていた女はロストの手を取り逃げ出し、足止めもマトモに出来ぬ無能騎士。

 それよりも侵入者の男だ――


 似合わぬ女装をしていた事は百歩譲って良かった。良くは無いが、まだ精神を保っていられた。だが、吹き荒れるルオの闇の力が一瞬見せたもの……バサリと舞い上がるスカートの裾から見え隠れしていた鍛え過ぎた足。

 一瞬何を見たのだろうかと考える程に思考が固まった。

 何せその男……下着すら履いていない。

 女性物の下着を着けていればそれはそれで違う意味で動揺したが、だからといって何も履いていないまま平静を装おり女人の格好をする男。

 そんな馬鹿なと思いながらも、一瞬でもルオは考えてしまった。女物の服を着たロストは……では、一体その服の下がどうなっているのかと。


 その一瞬の動揺が、ルオの本心が……あろう事か偶然にもその場に心を読む事が出来る者が居たことにより暴かれてしまった。

 占術師ですらルオの断片的な未来しか告げて来なかったというのに、その者は確信したのだ。ルオの心を揺さぶる方法を。

 その男、魔王が出した結論……ハッと我に返ったルオの目の前に次に現れたのは……服を全て引き裂かれ、無様な姿の男。ノーパンですら無い、服を取り払われた姿。

 ルオは……魔王の予想通り酷く動揺した。

 その男自体に興味は無かった……だが、想像してしまったのだ。大人の男に成長したロストもまた、同じ様に逞しい身体をしているのかと。


 それはルオが絶対に持つ事は無いと思っていた感情だった。

 かつて、愛する男の為に全てを投げ打ってでも、堕ちるところまで堕ちようと嫉妬に狂ったナーガのように……やはり、ルオの中は制御の利かぬ女としての本性を何処かで持っていたのだ。

『四神の末裔とされる各地の豪族達は代々女の中に獰猛な悪女の血が残る』とナーガは告げた。

 ルオの中にも、あの水晶に映る破滅の未来のように抑えきれぬ悪女の本性が爆発する時をじっと待っているのだと……ナーガは最初から知っていた。

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