東国の王、ルオ・ロンの本性(前編)
「ハァ……ハァ……」
疲れた様子で割れたガラスの破片を落とすオペラ。
2人の周りには黒と白の入り混じる羽根が散らばっていた。
床に血溜まりは無い。聖国人の羽は聖気の塊だ、傷口から出るのは白い聖気だけで、体中の聖気が流れてしまったロストの髪もオペラの髪と同じように次第に灰色になっていった。
ルビーのように赤く美しい目も、今はほんの少し赤いだけの黒に落ちる。
時間が経てば直るだろうが、全ての羽を落とすと全く聖気が作られなくなってしまうので回復が遅い。
以前帝国に潜入する為に羽を全て落とした間者のロックがそうだった。オペラの羽を全て落とした東国人はそれを知らなかったのだろうとオペラは目を瞑った。前に羽を落とされた時はその事を良く知っている目の前の聖国人の犯行だったから。
カラン、とガラスを落とした手を優しく掴むロスト。その表情に苦しそうな様子は無かった。
ロストを蝕んでいた頭痛も黒い羽と共に落ちて無くなる。
未だ東国に漂っているナーガの残り香がまだ思考を狂わせようとロストに忍び寄るも、それよりも強い感情がロストを占めていた。
「……アンタ……バカなの? 何で助けようとするわけ」
「……先に助けたのはそっちでしょう。あれだけ私を苦しめておいて……」
床に落ちていた辛うじて白い羽根。それをオペラの掌に乗せると、白く溶けて無くなり血も止まった。
「なんか……アンタを追い詰めても、いつも思ってたのと違ったのよね。聖国の嫌な大人たちを消した時みたく、後悔の顔と無様な命乞いが見られるかと思ったのだけど……いつだってアンタは何をされてもしょげないし。何か失敗するし、失敗したかと思えばもっと大変な事になってるし。途中でアホらしくなるどころか少し笑っちゃったわよ」
「……」
思い起こせば最初に聖国で再会した時もそうだった。敵意を露に目の前に現れた兄に対し、オペラがスッとする位の予想外な展開。オペラもそんな事になるなんて思わなかった上にその代償はでかかった。
どちらかというとオペラにとって色んな意味で損害を与えたのは先程も助けに来たと見せかけて珍事を引き起こしていた件の騎士であり、毎度毎度そんな感じなのでオペラだってロストを恨むのもアホらしくなっていたのだ。
「まぁ、でも全て今更よね。やり直す事なんて出来ない程……アタシは罪を犯しすぎたもの……」
「今更なんて無い。それを言うならわたくしだって……それに、貴方は、相応の罰を……受けたじゃない。憎んで……当たり前なのよ……」
オペラの口から出た言葉に、ロストは驚いた。
憎んで、半分以上の聖国人を滅ぼした事なんて、絶対に正当化されるものでは無い。
けれど、オペラは聖国がロストにした仕打ちをそう思ったのだ。
もし、あの幼き日にその言葉が聞けたなら……
いや、そうでは無い。ロストが聖国を壊したからこそ、オペラは知ったのだ。今のオペラだからこそ、ロストの心を知ろうとしているのだ。
「……本当、アンタって……」
「……何よ」
ロストが口を開きかけた時、床に散らばる黒い方の羽根がずるずると来た方向に蠢いているのに気が付いた。
「何……これ?」
「……あの子、ルオもアタシと同じようにナーガから力を貰っているはず。この国全体を取り巻く気持ちの悪い空気も、騎士達も……どう見てもナーガが操っていた奴らと同じだし」
「じゃあ……やっぱり貴方を探していたのって、初恋の少女を探して結婚しようとしていたとか、そういう甘酸っぱいものでは無く、ナーガの闇の力を手に入れたかったからって事?」
「……さぁね。こんな格好までさせておいて、どういうつもりかは分からないけど……」
「あ、でも……今のロストの姿を見てもそうって事は無いか……」
目の前のロストは確かにオペラを差し置いて選ばれる程には女装が似合う、美女だった。
しかし、助けに来たときのロストは多少オネエっ気があろうとちゃんと男の姿だった。
よもや、東国の王がそういう系統の……いわゆるBLな上に更に女装をさせて楽しむ性癖などとは、考えたくもなかった。
オペラは帝国で流行っているという本を興味本位で購読してしまい、後悔した事を思い出す……
青い顔をして変な目で見てくるオペラにロストは訝しむ。
「……何考えてるのか知らないけど、あの子はアンタの考えているような変な趣味は無いわよ。……まぁ、十分に変ではあるけど」
ロストは、ルオがロストに何故そんな格好をさせたのかも知っていた。だが、ロストが幼い頃少女の格好をしていたのとルオのそれは違う。
ロストは好き好んでこうなった訳では無い。自分という存在を誰にも認められず、そうするしか生きる意味が無かったからだ。
だが、ルオは……
★★★
「女……だったのか」
東国の王、フェイの兄と思っていたルオ・ロンの身体はどう見ても女性だった。
俺達が勝手に勘違いしていたのかと思ったがそうでもなさそうだ。フェイも目を見開いている。他の従者や騎士達は何か不自然に固まったままだから良く分からない。
アークを振り向くと頷いていた。いや、お前……女性だからってこういう手段を取るのもどうかと思うぞ。
と、言いつつこれまで俺も東国各地で同じような手段を取ってきたので人の事は言えない。
「……いや、お前やけに遅いと思ったら何をしていたんだよ……」
何をと言われてもノーパン浴衣1枚で窮地に落とされた身にもなってほしい。使える武器は何でも使うのが騎士……かどうかは分からないが。
「兄上……これは、一体……」
「……見たな、フェイ……」
傍に寄ろうと近づくフェイだったが、ルオ・ロンの表情を見て固まる。
それまでずっと、穏やかなニコニコとした笑顔や余裕を持っていたルオ・ロンの表情は大きく歪み、卑しい笑みを浮かべていた。
「――っ!」
その表情には見覚えがある。最もトラウマを抱えるアークが青ざめている。
その笑顔はまるであの女……ナーガと同じような笑いだった。
「フェイ……私はね、本当に平和が大好きなんだよ。知っているかい? 何故お前が東国の王になれないか……」
ゆっくりと話をするルオ・ロンの声はくらっとさせる程に甘ったるい。
「東国人はね……気性の荒い女が多かっただろう? そうさ、我々四神の末裔とされる各地の豪族達は代々女の中に獰猛な悪女の血が残るから。そうナーガ様も言っていた。でも、私は国の為……自身を抑える道を選んだ。荒ぶる気性をそのまま発散し、心の赴くままに4つの領地が争えば東国は終わるからね……だから、小さく、少しずつ争いを起こし、互いを憎ませる事で闇の力を未来永劫手に入れる道を理想としたんだよ」
「そ……それでは、民はずっと苦しむだけではないか……」
「一瞬で死ぬか、永らえて死ぬか……どちらが幸せだ?」
「そんな……」
胸元を上着で隠し、息を1つ吐くルオ・ロンは穏やかな笑みに戻った。
「だから、私は女であることを捨てた。湧き出す破壊の衝動を抑えるには、女である事を忘れればいいとナーガ様が教えてくれた。けれど、ナーガ様が居なくなった東国は加護の力が足りず、制御が利かなくなってきていたんだ」
ルオは廊下の方を見た。
「ロストを探していたのは、ナーガの力が目当てだったのか」
「……彼ならば、喜んで協力してくれると思ったのだけどね。まさか、あんなにも心変わりしてしまっていたなんて……少女の彼はとても綺麗だったのに、残念だよ」
「――いや、お前は女だ。れきっとした悪女だよ」
ルオ・ロンの言葉を遮るように口を挟んだのはアークだった。
「……君は」
「さっき一瞬、動揺した時にお前の心が入ってきた。俺には、お前の心が分かるんだよ」
「心……?」
アークの言葉を聞くたびにルオ・ロンから黒く冷たい空気が流れてきた。これはさっき吹いていた闇の風……寒い、寒すぎる。
先ほどはひらひらするとは言え、女物の服が風を遮っていた。
が、今の俺は直接風を浴びている。そう、こんな真面目な話を真面目な顔で聞いておりますが、俺だけ服を着ていない。直に当たる風が冷たい……
そうだよなぁ……春が近いとは言えまだまだ冬だもんなぁ……俺は一体いつまでこの格好で居ればいいんだ……?
と、考えていたらアークに睨まれた。すみません、余分な事を考えていて。いや、でもね、こうしたの君なんだからね……?




