ついに乗り込んだ青龍の王城……目的の人はどこ?(1)
一方その頃……青龍の皇城では、オペラとアークが――
「ぎゃん!」
「……」
と、ゴミのように放り出されていた。実際ゴミ捨て場である。
「な、な、何ですのこの扱いは!!」
「まぁ……件の探し人が見つかったから、用無しって事だろうな」
東国の現王、若・龍はロストを連れて部屋を出た後、残った2人に用は無いと始末を命じた。
だが、ロストの『その2人を始末するのは面倒よ。何せ片方は魔王だし、無力化したとしても聖国の女王でしょ。用があるのがアタシならそんな奴ら捨てるでも逃がすでもすれば』と吐き捨てたので、暴れるオペラと無言のアークは青龍の騎士達によって結構手荒に捨てられた。
「何であなたは大人しくしていますの?! それでも魔王???」
「何でって言われても……ロストの言う通り暴れたって面倒なだけだろう。手荒でもゴミでも、無事に脱出出来たならそれでいいんだよ」
「え……」
「俺の目的はお前を連れ戻す事だからな。お前が無事ならそれでいいんだよ……お前も帰りたいんだろ? 違うのか?」
「それは……」
人違いとは言え脱出する見込みは無かった。それが何の幸運かロストのひと言で2人は開放され、あとは東国から出られればそれで終わりなのだ。
羽を切られて聖気が無く魔法は使えないが、魔王がいる。帰る事が出来るはずなのに……オペラの眉は寄ったままだった。
「それとも、ロストと一緒に帰りたいとか言うのか?」
アークはオペラの顔をじっと見た。オペラの微妙な感情も薄っすら分かっている。それでもオペラ自身がもやもやとした感情を整理出来ないでいるので、感情が整い答えが出るのを待つように尋ねた。
「わたくしは……何であんなやつ……」
「だったら帰るぞ」
立ち上がろうとしたアークの腕をオペラは引き、止めた。
「……俺は、お前が望むなら手伝ってやるよ。お前の気持ちを優先してやる」
「アーク……? 何で……」
オペラは整理のつかない頭に、更に整理のつかない事が増えた。
自分を嫌っていたはずなのに今更まるで自分をかばって助けるかのようなロスト。それも分からないが、オペラをわざわざ助けに来たアークも全く分からない。思えばアークはいつもいつもオペラの事を助けてくれるのだ……
魔族を恨んで攻撃し、嫌っていたオペラに対してどうしてそんな事をするのか。どうしてオペラが我侭を言ったとしても優先すると言うのか……
「どうしてって……それは……何でそこまでするかは分かるだろ。いい加減……」
オペラにじっと見られてアークは目を逸らし、がしがしと誤魔化すように頭をかく。その先を言葉に出すのは怖いし出しちゃいけないものだった。他人が嘘をつけないアークだからこそ、他人に嘘を言えない。なのに口には絶対出せないのだ……
今だけは自分の強い意志に反して思っている事が相手に読まれたらどんなに楽だったのかと……ままならない役立たずの能力を恨んだ。
「分かりませんわ。わたくし、貴方と違って人の心は読めないので、ちゃんと貴方が何でわたくしにそこまでするのか、この際ハッキリとさせていただきたいですの」
「いや……だから――」
呆れたアークが口を開きかけた時、横を通る荷馬車。アークは何かを聞いてそちらを勢いよく振り向いた。
「……」
「なんですの?」
黒い亀の紋章の入った荷馬車は、資材と食料を沢山積んでいるようで青龍の王城の裏口から門番の承認を得てゴトゴトとゆっくり入っていく。
アークは思い出したようにポケットをごそごそとまさぐり、シルバーに渡された指輪を見た。
「……いや、遅いだろ。ってか、お前、何してんだよ……」
「? あの荷馬車がどうかしまして?」
「まぁ……だいぶどうかしたものを運んでいたけど……それより、お前は結局どうしたい? このまま国に帰るか……用も無いのに城に戻るか」
アークの問いかけにオペラはうーんと考えた。結局、オペラの疑問は分からぬままだ……だが――
「そもそもわたくし、ここまでコケにされて黙っていられる女ではありませんことよ。楽しみにしていた×マスも何もかもを潰された上に羽も取られ、ゴミとして捨てるなんて……聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアを舐めないでいただきたいわ」
「ハイハイ、大暴れな。いいぜ、付き合うよ。平和ボケの魔王が何処まで役に立つかは分からないが……」
正直、アークも自分1人であの腕の立つ騎士のハオや底知れぬ力を隠すルオ・ロンに対抗出来るかは分からなかったのだが、今しがた横を通り過ぎていった荷馬車の中身が居るならば大丈夫だろうと少し笑った。何せ悪気なく竜の国や聖国を何回かぶっ壊すような男である。
「それに……わたくし、あの男には聞きたい事が山ほどの残っておりますの。このまま帰っては夜も眠れませんわ」
オペラもオペラで、やはりロストの事が腑に落ちてないようだった。ロストはオペラを逃がしたいようだったが、そんな事をされて黙って帰るほどオペラも馬鹿では無いのだ。
「それで、どうやって戻る気ですの? 正面突破……はちょっと面倒ですけど」
「ああ、俺も少しの距離なら移動魔法が使えない事もないからな。もう少ししたらこれを頼りに城内に移動する」
「これ……? 何の指輪ですの?」
アークが握り締めている指輪は、見覚えのあるような無いようなものだった。
「これは……同じ物を持っている相手の位置が分かるとかそういう魔術具だ。それを持っている奴がこの中にいるからな、今は移動中だが、位置が落ち着いた時に使う」
「ふぅん……? ――あ!! 指輪!!!」
オペラは思い出したかのように自身の指に嵌る指輪を見た。
「これ、いい加減返したいのですけれど?? あと、時折痛いのだけれど」
「ああ……」
アークは魔王領温泉での事を思い出した。恐らく、その指輪はアークが自身の何かを認めてしまった時点でオペラの元を離れないようになってしまっているのだ。
「……ええと、もう少し時間を貰っていいか。多分、しばらく無理……」
「はぁ?! 何で??」
「……何でと言われても……」
(それに、さっき誤魔化されたけどこの男が何でわたくしに親切に手を貸してくれるのかも答えてもらってなかったわ)
オペラがずずいと詰め寄りながらそう考えるのが聞こえ、アークは目を逸らしながら呟いた。
「……け……結構細身の指輪だから。冬は太りやすいからな……」
「――っ」
オペラは驚愕の表情で指輪を見た。
言われてみればここの所、アークに貰った指輪だけでなくルーカスから貰ったものもきついような気がしていたのだ。
蘇ってくる1年前の×マスの記憶……初めて貰うはずだった指輪がちゃんと入るべき指に入らなかったあの苦い記憶……あれも冬だった。
オペラは蒼白としたまま蹲り落ち込んだ。
誤魔化すとはいえ嘘を吐いて落ち込ませてしまったアークはなんとも申し訳ない気持ちになり、黒い獅子の姿に変わってオペラを前足でつついた。
「……城に戻る前に少し休め。お前、ちゃんと寝てたか?」
「……マトモに寝ていた人の姿に見えまして?」
羽を失い、見た目もボロボロ。美しい容姿が台無しである。
思えば、威厳ある美しい姿をして冷たく澄ませていた頃の方がこんなにも揺さぶられる事はなかったのだ。
ゴミ捨て場の隅、少しマシな物影にアークが座ると、オペラも隣に座った。横に触れる意外と柔らかくて温かい毛並は、少し安心したからか眠気を誘う。
アークだと分かっていても、見た目が獅子だからか油断して毛の中に埋まりうとうととしてしまった。何故かは分からないが、アークはオペラに親切なのだ。
ルーカスの言った通りだった。魔王アークは聖国人を傷つけるどころか、度々助けてくれている。
どうしてあんなにも疑ってしまっていたのだろうかと……過去の自身を悔いるばかりであった。
いつの間にかすやすやと寝息を立てるオペラ。
その手足は長時間縛られていたのか赤くなっていた。ペロリと舐める。魔法で治してあげたいが、魔族の回復魔法は聖国人にはあまり効果が無い。
相性の悪さも、タイミングも、何もかも悪いのは分かっていた。それでも、心に蓋は出来ないのだ……
城の中に進んだ荷馬車はとっくに落ち着いているようだったが、もう少しだけ休んでから乗り込もうとアークは目を閉じた。




