玄武の悪女は金に糸目をつけない(中編)
「ここが、リン・ヘイが居るという屋敷か……」
「うむ……相変わらず悪趣味だな」
げんなりとするフェイが見上げた玄武の館は、玄武領の中心部の街中に丸く稜線を描く丘陵の上にちょこんと建ってた。
遠くからだと分からなかったその屋敷は近づくとギラギラと悪趣味に光っているのがわかる。
いわゆる、成金屋敷だ。
金にがめついというイメージ通りのデコデコとした金や宝石。こんなに概観全面に金を出していて大丈夫なのだろうか……
「しかし、我の知っている以前までのリン・ヘイならばこんな無駄な事に金を使うような女ではなかったはずなのだが……」
館にぞろぞろと入っていく商人と連れ立った美男子達を見てフェイは首を傾げた。
「そうなのですよね。リン・ヘイ様と言えば金の亡者、がめつさの権化。金の為ならば東国さえも売り飛ばすとまで言われた程の悪女でしたので……まるで人が変わったかのように金に糸目をつけずに美男子を集めているというのが本当に不可解で。だからこそ好みも分からないし、こちらも手当たり次第というか……」
「人が変わったように……か」
「ん? どうしたジェド」
「いや……」
悪女の人が変わったように……というフレーズを聞くだけでビクッとしてしまう。嫌なフレーズだ。だが、そうと決まった訳では無いのだ。俺は一抹の不安をふるふると振って落とし、商人に続いて館に入った。
館の中央広間。集められた美男子達は台上に座る女が見定めて値段を付けている。
俺達は商人と共に列に並びその順番を待っていた。
「いかがですかな、リン・ヘイ様」
「う……ふむ……悪くは無い」
傍らの従者に問われて検分する女性……豪華な衣服に身を包み重そうにしている目つきの悪い彼女が件の金の亡者リン・ヘイらしい。
ハーレムでも作るために美男子を集めまくっているのかと思いきや、美男子を見る表情はどこか暗く、時折ため息を吐いていた。
「あの様子……やはり以前のリン・ヘイとは明らかに違うな。それに、何やら自分で集めているにしては浮かぬ顔だが……」
「うーむ、やはり話を聞きに行くべきだろうか」
「話を聞ける状況であれば、な。この数多の美男子の中から選ばれるのはひと苦労ではなかろうか?」
「確かに……」
順番待ちもさることながら、美男子達も大量でここから上手く選出されリン・ヘイの所に行くのも一苦労だろう。
なんせイケメンの中にイケメン。有象無象のイケメン達が居る中では、いくら俺がイケメンだろうと木の葉の隠れた森の中。陛下程の光り輝く美形ならばまだしも……それじゃなくても東国人は黒髪黒目が多いのだ。ここまでイケメンが集められてしまえば凡庸……
「目立てれば良いのですか? それならば簡単ですよ」
俺達が悩んでいると同伴の商人が俺の方を見た。
「見た所、腕の立つ騎士様ですよね。でしたらその身体を主張してはいかがでしょう」
「身体……を?」
「ええ。東国ではあまり肌を見せる事は少なく、その中でも玄武領は甲冑を強固にして厳格に守る程肌を見せたがらないですからね。目立つ事間違いなしですよ」
「そうなのか……?」
確かに、朱雀一族の女傑ミン・シュウも肌感に関してはかなり不慣れな感じがあった。朱雀の門に居た変なババアは置いておいて……
都合の良い事に俺は脱ぎやすい浴衣スタイルである。
「おい……止めておいた方がいいと思うぞ」
話を聞いたフェイは案の定嫌そうな顔をしていた。
「大丈夫だ、脱ぐのは俺だけだからな」
「……いや、そういう問題ではなく……」
そうこうしている間に俺達の検分の番になった。
「次の者、前に出よ」
「はい。リン・ヘイ様、こちらの美男子は顔だけではなくその身体も相当なものでして――」
商人が紹介すると共に俺は浴衣をはだけて自慢の身体を見せ付けた。
★★★
そして、今は地下牢である。
「ね、目立ったでしょう」
「ああ。目立ちすぎたな。投獄される程にな」
「……だから、我は止めろと言ったのだ」
浴衣をはだけた俺は、その時に気がついた。下は無防備だったという事に……
「まさか、そんなに軽装備だったとは思いませんでしたね」
「俺もこんなに軽装備だった事をすっかり忘れていたわ……」
最早ただの変質者の乱心と化してしまった凶行の俺は案の定すぐに捕まり、商人のオッサン共々仲良く地下牢にぶち込まれたのだ。また地下牢……流石東国、パーフェクト投獄である。こんなに同じ国で何回も牢屋にぶち込まれる展開は無いよね。
「リン・ヘイに会うどころかこんな不利な展開になるとは思ってもみなかったぞ……というか、お主騎士であろう。何で戦わんのだ」
「いや、何か売られていく美男子が剣とか持っていたら良くないってオッサンが言うから預けて来たのだけど……まさかこんな展開になるとは思いませんでしたね」
「……今更聞くのもなんなのだが……お主、ちょいちょい戦わない時があるのは……よもや剣が無いと戦えないから、とかそういう事なのか……?」
「気付いてしまったのか。ああ……俺は剣が無いと無力な男だ。何せ騎士だからな」
「だったら何で置いてきた」
フェイくんから真っ当な突っ込みが入る。……が、そもそも帝国は平和なので剣があっても無くてもそんなに事件は起きたりしないんだよなぁ……いや、ちょいちょい剣が無くて困ってはいるけど。
剣が無くて困る事にも慣れすぎてしまった男……ジェド・クランバル。学習はしないのだ。
「だが、そういうピンチになる事によって光明が差すときもあるので……」
「何をどうしたらこの状況に解決の糸口があるのか逆に教えて欲しいな」
呆れため息を吐くフェイだったが、その時ギィ……と控えめに地下牢の扉が開く音が聞こえた。
看守が入ってきたのかと振り返る……が、そこに居たのは見覚えのある目つきの悪い女性だった。
ギラギラとした装飾、重そうな衣服。金の亡者、玄武の有力者リン・ヘイがそこに居るのだ。
「なっ、リン・ヘイ?!」
身構えるフェイと呆然とする商人。だが、どうにもリン・ヘイの様子はおかしかった。
何せ、先程は周りに沢山の従者を仕えさせていたのだが、その身は軽く1人できょろきょろとしながら入ってくるのだ。
「あの……そちらの御方、東国人では無いですよね」
「……俺……?」
リン・ヘイは真っ直ぐに俺を見ていた。そして、意を決したように口を開く。
「どうか……私の話を聞いては頂けないでしょうか……助けて頂きたいのです」
そのフレーズを聞いた瞬間、俺は耳を塞いだ。
そのフレーズから始まる相談は聞きたくないのだが……




