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白虎の領地は男子に厳しいが女装男子には優しい……はず(前編)★

 

挿絵(By みてみん)




「……なぁ、フェイ」


「なんだ?」


「何でこんな事になってると思う……?」


「……お主が今更言うか? 我はお主と行動を共にしてからこちら毎回思っているからいい加減慣れてきたぞ」


「いや……慣れちゃいかんだろ……」


 煌びやかな女性達が優雅に暮らす場所……そこはさながらハーレムか後宮か。

 艶やかな衣服は美しい彼女達を引き立てる……俺は、横に居るフェイをちらりと見た。

 ……流石だ。男の娘になるべくして生まれたと言っても過言では無いくらいに女装が似合っている。

 この領地の女子が着る衣服を纏い髪を女の子のように結い上げ、少しの化粧をするフェイは女の子にしか見えなかった。


 フェイもこちらを見る。……そして目を逸らす。

 先程からずっと視界に入っては見ないようにしつつ、それでも気になって見てしまうらしく……フェイはしきりに頭を掻いて誤魔化し紛らわしていた。


「……フェイ、良いんだ。自分でも分かっているから正直に言っても、良いんだぞ」


「……お主……女装が死ぬ程似合わないな」


 そう、俺は死ぬ程女装が似合わないのだ。


 俺達は……白虎の領地に来ていた。

 ……のだが、何故か女装をして宮殿に居た。――何で……???



 ―――――――――――――――――――



 何でなのかは数時間前に遡る。

 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと東国の王弟フェイ・ロンは東国の首都である青龍の地を目指していた。


 東国の南端にある朱雀領から首都に向かうには白虎や玄武の領地をぐるりと回らなくてはいけない……かなりの長い道のりになりそうだが、それはハオも同じ事。

 何でオペラを拐ったのか、理由はサッパリ分からないが……朱雀領から首都を目指すハオを追いかけるような形となっている。

 少なくとも目的地に着くまでには酷い扱いはされないだろうし、もしかしたらワンチャン首都に着く前に追い付くかもしれない……という淡い期待を抱くも、俺お得意の厄介令嬢(?)巻き込まれ体質を東国でも遺憾なく発揮しているせいかその差はぐんぐんと引き離されている気がして仕方がない。気のせいでは……ないだろうなぁ。

 オペラに何かあったら陛下がどうなってしまうのか……いや、どうにかなるのは東国か。何で拐ったし。

 陛下が気づく前に何事も無かったかのようにオペラを連れて帰りたい……



 という訳で、俺達は足早に旅を進めていた。

 朱雀領から出て街道を抜けると、だだっ広い平野風景がのんびりと続く。

 朱雀領は海に張り出した港中心の領地であったが、こちらはショコラティエ領やセリオンに似た景色を持つ田舎風景である。


「太陽の沈む方向……西に睨みをきかせる白虎の守りを持つ白虎領は邪気を遠ざけ幸福をもたらす地とされている。土地の豊穣がよく、中心部以外は長閑な農村だ」


「なるほど……それで、あの一際建物が輝くのが白虎領の中心部か」


「ああ。若い奴らは、特に女性は中心部に働きに出かける。白虎の一族はな、代々女が力を持ち繁殖以外に男子の立ち入りは許可されていないらしい。肉食獣のような奴らだ。だから郊外には男どもばかりで、こうして力仕事をさせられているという訳だ」


 確かに、道中見かけた農民達は皆男ばかりだった。

 ……今、フェイくん繁殖って言った……? え?


「まぁ、無理に中心部にいる女共に関わる事は無かろう。どの道男子は入れないだろうし。白虎領を抜ける関門はこの街道を越えれば直ぐだ」


 フェイが示す先、街道の延長線には確かに門があった。広い領地をぐるりと囲むような塀が建ち、一箇所に向かって長蛇の列を作っている。


「やっぱ関門所は旅人で混み合うんだな」


「いや……何だか様子がおかしいような……」


 長蛇の列は一向に解消される様子が無かった。というか先の方では商人や旅人達が関門所の衛兵に向かって文句を言っている。


「どういう事だ!!」

「そんな急に……」

「最初に言ってくれないなんて酷すぎるだろ!」


「煩い! 文句があるなら白虎の館へ直接言いに行けばよかろう! その身がどうなってもいいのであれば……な」


「く……」


 口々に叫ぶ旅人達を、衛兵の女は一掃するように吐き捨てて散らせた。俺は肩を落として戻ってきた商人にコソコソと尋ねてみる。


「どうしたんだ一体?」


「どうしたもこうしたも……この領地から出る事が出来ないんだよ」


「え……」


「入って来た時には一切説明が無かったのだけど、この領地に入る事は許されても、出る事は禁止されたらしい。どうやら先に勢力争いからの戦争が起こる事を想定して人の流出や物資を他の地に送る事を制限し始めたのだろう。この地は農作物が豊富だから食うに困る事は無いだろうが……我々流れの商人は仕入れも出来なければ国に帰る事も出来ず……それに他領から来た者達は場合によっては取り押さえられているらしい」


「朱雀や玄武の領民はまだいいが、青龍の……特に皇家に近い者は間者か或いは捕虜として人質にするか……あんたらも見た所旅人みたいだが、気をつけた方がいいぞ」


「へぇ……」


 話を横で聞いていたフェイは青い顔をしていた。バリバリ皇家の、捕虜にピッタリな奴がここにおる。

 幸い、青龍一族だと分かり易い服は魔王領温泉に置いてきたので今は朱雀領で借りた子供の服を着ているからそう簡単に捕まる事も無いだろう。良かった、俺の奇行が初めて役に立った。グッジョブすぎるな。


「ついこの間まで何も無かったのに……何だって急にこんな事を」


「何でも、つい最近通り抜けた青龍の者が先の開戦を思わせるような傍若無人ぶりで無理やり関門を通り抜けて行ったらしい。確かに青龍の者たちはいけ好かないが……他の地もそこまでしなくとも……」


 ……それってメガネをかけたロン毛のロリコンですかね……?

 確かに誘拐からの逃亡なので分からなくも無いが、俺達だけじゃなく他の旅人にも迷惑かけるなし。

 まぁ、どの道権力抗争が始まれば一緒なのか……


「それで……解決方法は無いのですかね」


 俺達が単独で抜ける……という事も出来なくも無いだろうが……それじゃあ何の解決にもなってないし、下手に暴れて開戦状態になっても彼らに迷惑がかかってしまうだろう。


「衛兵達の言うように白虎の館に住む白虎一族の権力者、猫・虎(マオ・フゥ)様に解除を申し出るしかありませんかなぁ……とは言え、男子禁制で肉食荒くれ女共が棲まう中心部に我々が乗り込むなんてどんな目に遭うか……」


 先ほどの剣幕も白虎の館の名前を衛兵が口にした瞬間に萎れてしまった。余程凶暴なのだろうか……?



「……という訳なんだがどうする?」


「うーむ……」


 商人達の話を受け、俺達は相談していた。フェイは白虎一族の権力者マオ・フゥを知っているらしい。


「マオ・フゥと言えば確かに男嫌いで有名な女傑だ。中心部に女共を集め、必要以外に男子と関わるのが嫌らしい。なので我や兄、青龍の皇族は男子が多いからな……ただでさえ関係が良くないところに来て男臭い王都に来るのは嫌がっておったわ」


「そうなのか……とすると説得は難しいのかもしれんな……」


「男子ならばな」


 フェイは俺をじっと見つめる。その思案っぷりに俺は嫌な予感がひしひしとしていた……


「女子には甘いと聞く。それも美女ならば。なので朱雀の一族の権力者ミン・シュウのように見目麗しい女性とは友好的で、白虎が権力を握った暁には囲いの1人に加えてやろうと豪語して怒らせていただしいとか」


 ……それは友好的と言えるのだろうか……


「そもそも、何故そんなにも男子を憎むようになったのか……ミン・シュウの時のように何か理由があるのでは無いかと思うのだ。……お主ならば、或いはその獰猛な虎女を説得出来るのではないかと、我は思っておるのだが、どうだ?」


 フェイが期待の笑みを浮かべてこちらを見る。……え? 俺が……?

 これまでの何かでフェイ君の中の俺の株が上がっているらしい。買いかぶりすぎである……


「……まぁ、何とかしていかなくちゃいけないのは確かだが……」


「駄目ならば強行突破でも何でもすれば良いのだ。それに、お主、男子としては見目が良くイケメンであろう。女装をしてもそれなりに似合うのではなかろうか?」


「えっ……女装……? するの……?」


「女装をせねば即座に捕まってしまうから仕方なかろう」


「えっ」


「そこなお主、女人の衣服を売ってはおらぬか?」


 そう言ってフェイは旅商人のおじさんに声をかけた。


「我らが女人の格好をして白虎の館に赴き、マオ・マオに直談判してこよう。それに協力してはくれぬか?」


 声をかけられた旅商人も面を食らっていたが、白虎領から出られない事にはどうする事も出来ず困っていたようで、快く女性の衣服を貸してくれた。


「我々男の商人達では伝手が無く困っておりましたので……ありがたい事です。あ、あちらにも化粧品を売っている者や装飾品を売っている者もおりますので。おーい」


 そう言っておっさんは商人仲間に声をかけ、どんどんと商人達が集まってきた。美容に詳しい者、旅の大道芸一座で化粧に詳しい者……などわらわらと困っている人たちが集まり出して、最早女装ルートは避けられぬ事になっている。俺は全然やるとは言ってないんだけど……? 強行突破じゃ……駄目だったかな……?



 ――数時間後


「いやぁ……これは」


「見事ですなぁ。こんな美少女は見た事がありませんよ」


「ふん……そうであろう」


 褒められてちょっと得意げに照れているフェイくんは、流石異世界でゲームのおとこの娘悪役令嬢として人気があるだけの事はあった。

 ぱっちりとした瞳、纏う雰囲気も少女ながらゴクリと唾や息を飲みこむ程の美少女だ。どこからどう見ても美少女だった。

 もともと長く纏められていた黒髪も女の子のように飾り付けられている。正に女装をする為に生まれてきたかのような男子……いや、そのルートは遮断しなくちゃいけなかったはずなんだが。


「いやぁ、これならば間違いありませんなぁ」


「マオ・フゥ様も気に入って2つ返事で解除してくれるのではないでしょうか?」


 わいわいと盛り上がる商人達は、一切俺の方を見なかった。明らかに目を逸らしている……


「目を……逸らさないでいただけませんかね」


 俺の言葉に皆がピタリと黙り込む。

 化粧師も途中から何をどうしてよいのか分からず、どんどん分厚くなっていくのが分かった。自分自身もどんな顔になっているのか良く分かっていない。


「お主……その……顔が酷すぎて……いや、逆に良く見えないような加工がされているというか……」


 フェイも先ほどの期待はどうしたのか、俺を見てげんなりとしていた。

 がっちりとした肩幅に合う女子の服は無く、辛うじて着れた服は肩がはちきれんばかりにパンパンである。この感じだと剣を振ったら破れる。

 顔は更に酷く、多分謎の光と同等の物が浮かび上がっている。何だろうこれ。すりガラスのようなタイルのようなもの……そんなにお見せ出来ないのだろうか俺の顔は。


「これを持つと……たぶん、紛れ……うん」


 商人が俺に扇を手渡した。東国の貴婦人は羽根のついた扇で顔を隠している事もあるらしく、俺はそっとお見せ出来ないであろう顔を扇で隠した。


「……ええと、多分貴方様が凄く美しいからプラマイゼロかと思いますので……何とか、よろしくお願い致します」


「……あ、ああ……」


 フェイも商人達も俺の惨状にテンションが下がりまくっていた。おい……ここまでしといたんだからもうちょっとやる気出せよコラ……


 肩を落とし気味の可愛いフェイと、張らないようになで肩に肩を落としている俺は白虎領の中心部にある白虎の館を目指した。

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