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悪霊女中達の相談は解決出来る(後編)



 ――1人の東国人が街道を歩いていた。


 旅路に疲れたその身体は目的地の朱雀領までたどり着くには及ばず限界で、街道に点在する宿を探していた。

 だが、この暗闇濃い深夜ではどこもいっぱいで、既に満員を思わせるように何処の宿も入り口の明かりが消えていた。


「はぁ……野宿か……」


 玄武領から物を仕入れては売りの繰り返し、遠征で金は溜まれど娯楽と呼べるものは酒場で飲む安酒ばかり。

 とくに、権力争いが起きる直前である今の東国ではまともに娯楽と呼べるものは期待が出来なかった。商人である彼には市井の小さな娯楽も次第に消えていくだろうと、それほど人々には余裕がなくなっているだろうと……先の様子がこと細かに見えているのだ。

 だから、領地を未だ自由に行き来出来るうちに商売に乗り出そうと旅に出たが、そこにあったのは儲けへの喜びではなく、悲観から下がるだけの気力……という現実だった。


「……ん?」


 ふと、煌々と輝く灯りが見えた。

 こんな所に宿なんてあっただろうか? と、遠くからは確認出来なかった宿の灯りを目の前に立ち尽くす。

 疑問よりなにより、何でもいいから早く休みたいという気持ちが勝り、男は意を決して暖簾を潜った。


「な、なんだ?」


 暖簾を潜った先はてっきり店主が出迎えて部屋へと案内をするものだと思っていたのだが、そこに見えたのは順番を待つ長蛇の列だった。


「な……何だ、これは? 宿じゃないのか……?」


 ざわざわと集められた旅人達も、男と同じように訳の分からぬ顔でそこに並んでいる。

 その者達もやはり旅疲れが顔ににじみ出ており、待たされている事に怒り出している客も出始める始末……

 男は不安になり後の出口を振り返るが……そこに出口は無かった。


(出口が――)


 と押し寄せる不安を共有しようと振り向いた時――一瞬にして宿の明かりが落ちる。


 ――これはいかん、妖かはたまた盗賊の罠か……何にしてものこのこホイホイと旅の疲れから怪しむ事も忘れ集められた自分達の迂闊さを嘆いた。

 ……と、一瞬の暗闇の後、集められた者達の目の前の障子の奥に灯りが灯る。

 見守る男達はごくりと唾を飲んだ。灯りの奥には影絵のように女の姿。影だけのそれは男達に向かってうやうやしく頭を下げ座っていた。それは……まるで宿に客を迎える女主人のよう。


「……ようこそ、おいでくださいました」


 影の女はゆっくりと喋りだした。艶のある声に男達は聞き惚れ、一瞬言葉を失ったが直ぐに我に返る。


「おい! 一体ここは何なんだ!!」


「よもや詐欺か幻術の類じゃあるまいな!!」


「いえ……そんな大層なものではございません……」


 不満が怒号に変わりかける中、障子の向こうの女の影はやはりゆっくりと艶のある声で語りだす。聞き惚れる男たちは女の言葉に吸い込まれるように声を小さくしていった。


「……私どもはただ、旅にお疲れの皆様にこの夢幻のようなひと時の晩をおもてなしさせて頂きたいだけなのでございます……」


 女主人の影に呼ばれるかのように、その後ろには女中のような影がいくつも浮かび上がった。いつの間にか黙っていた男達は、生唾をごくりと飲み込み……その続きを待つ。


「今宵……ひと時の安らぎを……皆様に――」


 ――バンッ!! と急に開け放たれた障子。

 驚き肩を跳ねさせる旅人達が目にしたのは――


「ようこそお越しくださいました、お客様ーーー!! 私共、旅の宿アイドル『OMOTENASHI☆じょちゅー』でーす!!!」


 煌びやかなライト、宿の女中達の着物をアレンジした衣服はフリフリと宝石が混在していてセンスを感じる暇が無い。手にはデコられたしゃもじ。


「????」

「な、何だこれは???」


 東国人達は目にした事のない女達の様子に唖然とした。

 裕福な国では踊り子達がカジノで踊る姿が見れると聞いたことはあったのだが、それにしても派手すぎるのだ。


「お客様はーー?」


 突然傾けられるしゃもじ(?)と問いに困惑し黙る男達。女中達は不満げに顔を見合わせ頬を膨らましたり、ずっこける者もいた。


「もうー、ちょっとちょっとー! お客様はーって言ったら『神様だー!』でしょ?? さっきの威勢はどうしたの?? いい? 私達が『お客様はー』って言ったら『神様だーー!』だよ! いくよーお客様はーー?」


「か、神様だー……」


 女中の勢いとノリに押されて声を出す者達が現れるが、女中達は不満げに首を振った。


「声が小さいー! お客様はーー???」


「神様だーー!」


「もっと大きくーー、お客様はーーー???」


「「「神様だーーー!!」」」


 何度もしつこく迫る問いかけに根負けして全員がやけくそ気味に声を出した瞬間、灯りが激しく色を変え、音楽が鳴り響いた。

 激しいリズムに合わせて周りの女中達が手拍子を誘導する。既に根負けしていた客たちは頭が疲れているせいか判断が出来ず、気がつくと同じように手拍子をしていた。


「旅は危険・辛い・ストレス・疲れる、だよね♪」

「そんなみんなを癒したい私達♪」

「旅の宿アイドル『OMOTENASHI☆じょちゅー』と申します♪」

「今夜だけはその身体と心♪」

「私達に癒させて……♪」


 歌いだした女中達、無意識の手拍子は男達に考える事を止めさせ、皆黙って彼女達に見入っていた。


「明日には私達のこと忘れているかもしれないけど♪」

「あなたを癒したいと思った気持ちは本当だよ♪」

「だから今だけは心と身体を温めて……♪」


「OMOTENASHI☆OMOTENASHI☆

 幽霊でも亡霊でも気持ちはご奉仕

 OMOTENASHI☆OMOTENASHI☆

 死んでからでもまだまだ尽くせる

 OMOTENASHI☆OMOTENASHI☆

 だって私達無敵の女中(死んでるからねー!)

 今日だけはゆっくり休んでね……私達の大事なお客様ーー……――」



 ――男は目を開けた。

 一瞬前に見ていたのは夢だったのか、気がつけば廃屋の宿で寝ていたのだ。


「夢……? いや……」


 どんな夢を見ていたのかすら思い出せない。半分野宿のような場所で寝ていた身体は、とてもじゃないが宿で休息したとは言い難かった。……だが――


「あれは……夢では無いはずだ……」


 歌の盛り上がりと共に強く握り締めた拳は爪が食い込むほど赤く、熱気覚めやらぬほどに未だ身体も火照っていた。

 男は確かに、昨晩この宿で……あの夢幻のようなOMOTENASHIを受けていたのだ。


「……一晩の癒しを……ありがとう……」


 支度を整え廃屋を後にする旅の男。身体はまだまだ疲れが取れている訳ではなかった。だが、不思議と身体は軽い。

 その姿を、頭を下げて見送る半透明の女達の姿が……廃屋の宿に薄っすらと在った。



 そこは、東国の南部の街道にある幻の宿。

 幽霊が営んでいるとも噂されるが、一度泊まった者は恐れ逃げるどころか、もう一度あの宿に戻ってOMOTENASHIされようと探し回る者さえ居た。

 日に日にファンは増えるが、いつ何時その宿が営業しているかは誰にも分からない。

 疲れた者達だけがたどり着けるらしいという幻の宿の噂は噂を呼び……

 亡霊女中達は彼女達を求める疲労客ファンの為に今日もお客様をOMOTENASHIするのであった……



 ★★★



「――いや、一体何なんだそれは……」


 解決策を見出し、宿を後にした漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは東国の王弟フェイ・ロンに呆れた眼差しを向けられていた。


「俺が数々の変異から得た知識を活用したものだが」


 ジェドから提案された方法はフェイには凡そ解決策とは思えないものだった。

 何せ、東国には娯楽が少ない。宿に泊まりに来た客を歌と踊りで癒す、というのも理解出来なければそれが解決になるのかすら怪しい。

 晩の布団の温もりや飯の満腹感さえ夢幻で翌朝には無かった事になっている亡霊軍団。


「フェイ、満たされるって事は何も物欲や目に見えるものだけじゃないだろう」


「それは……確かにそうだが」


「飯は食べてしまえば終わりだし、暖かな布団も寝るときだけしか満たされない。一晩の女性……いや」


「まぁ、一晩女人を買ったとしても満たされるのはその時だけだな」


「フェイさん……? うん、ま、まぁ……それはさておき、とにかくそういう欲自体はいざ『本当は貰えていなかった』って分かると腹が立つだろう」


「……確かに……」


 昔話でもよく聞くような、狐や狸が葉っぱで化かして飯や金を出した所で、霞であったならば空腹は満たされないし腹立たしい。


「けどな、娯楽っていう……その時楽しかったっていう気持ちは、例えそれが夢だったとしてももう1度見せて欲しいってなるだろう。いい夢を見て起きた時、何度2度寝して続きを求めたか……」


「それがあの変な歌とどう繋がるのだ」


「うーん、歌自体は重要じゃないんだ。それは伝える1つでしかなくて、1番は彼女達の、女中達の『持て成したい』という気持ちが伝わり、彼女達に『持て成されたい』って奴らが集まることが大事なんだよ」


「……なるほど……」


「ま、それもこれも全部変な奴らからの受け売りなんだけどな」


 肩を落とすジェド。その顔は面倒な過去を思い出しながらも嫌そうでは無かった。


「……お主は今まで出会ってきた者達から色々と学んでおるのだな」


「当たり前だろう。人生ずっと勉強だし世界は広いからな。俺の知らない変な奴はまだまだ沢山いるし……不思議な事にそういう変な奴らから学ぶ事だってある……時もある。無い時もある」


 腕を組んで思い出すジェドの顔は本当に嫌そうで、先ほどとの対比にフェイは何だか可笑しくなってふふっと笑ってしまった。


「なぁジェドよ……我は今までずっと、自身が何も力を持たぬ事を恥じ、劣等感に苛まれ、隠し抗おうともがいていた。けれど、そんな我が今まで青龍の地で、この東国で学んだ事はとてもじゃないが何かの役に立つとは思えぬ薄汚い感情ばかりだった。……そんな我でも、お主といれば違った見方で人から何かを得られると思ったのだが、ジェドは……そんな我をどう思う?」


「うーん……」


 ジェドは考えた……いや、やはり然程深く考えずにフェイの頭に手を置いた。


「世の中、お前が思っているほど完成されてないし、別に無理して何かを手に入れようとしなくったっていいんじゃないか?」


「そうなのか……?」


「ああ。経験っていうのは明日何かが起きた時に役に立つものだけど、その時は役に立たない事だって沢山ある。薄汚い感情だって、明日の使い方によっては良くも悪くも使う事だって出来るからな。とんでもない執着心と嫉妬心で世界中を巻き込んで何が何でも欲しい物を手に入れようとした女も居たけど、国を何個も潰してでも欲しかったのはただ1人の男だったらしいからな。その情熱をもっと違う方に向けることは出来なかったのかよとは思うけど……だから、薄汚い感情でも、必死にもがいていたとしても、そういう時間を過ごしたフェイは別に無駄じゃないだろう? そういう時を過ごしたからこそ、今フェイが俺とこうして話をしているんだったら、そういうルートなんだよ」


「ジェド……」


「とにかく、何度も言うけどお前はまだ子供だし難しい事は深く考えるなって。今フェイが見てきた事で、今正しいと思うならそれがお前の正解だ。だが……正直俺から学ぶ事だけはおススメしない」


「そうなのか……?」


「自分で自分の駄目な部分を思い出して落ち込みそうになるが……こんな大人だけにはなっちゃ駄目だぞ……」


 肩を落とすジェド。それでもフェイはジェドという男から学びたい事は沢山あった。……あったが、衣服にだけは気を使おうと思い、どんどん痛んでいくジェドの浴衣を哀れんだ。


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