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悪霊女中達の相談は解決出来る(前編)

 


「……つまり、我が今見えているこの宿屋の景色も、主人の姿も……全てまやかしだと、そういう事なのか?」


「左様でございます」


 我、フェイ・ロンと帝国の騎士団長ジェド・クランバルは東国の南部、朱雀領と白虎領の間にある街道の宿屋に来ていた。


 事の発端は我が東国の権力争いに対応する為に力を求めて、そして帝国と東国との国交を結ぶ為にと騎士のハオと一緒に帝国に向かったはずだったのだが……

 兄の差金かハオの独断か……少なくともハオの目的は使者でも何でもなくただの人探しであり、凡そ帝国と穏和な関係を結べる様な状況には無かった。

 我はもう蚊帳の外に居る状況は御免だと、ジェドの後に続いて首都である青龍の地に向かってはいたのだが……

 どうも東国に着いてからというもの、立て続けに摩訶不思議現象が起こって止まらない。

 ……いや、我があまりに東国の事を知らな過ぎただけという線も捨てきれぬが、それにしても様子がどうもおかしい。それに、毎度毎度、不穏な状況であればあるほどジェドが妙に手慣れているのも気になった。



 此度の不思議現象はその立ち寄った宿屋での事。

 始終ジェドの様子がおかしいと思っていたら……当人には宿屋の様子も従する者達の姿も、我の見ているものとは違うと来る。

 一瞬、ジェドがついにおかしくなったのかと……いや、最初からおかしいのだが。そう思ってしまったが――


「そちらの騎士様の仰る通り……この宿も、そして我々も……この世ならざるもの。つまりは幽霊と、そして幻なのでございます」


 ……などと申しておる。

 ジェドが我を謀ろうとしているのでは無く、本当に本気で言っているのだと知って少し安堵したが……真実となればそれはそれで怖い。何せ……今見えている物が本物では無いのだから……

 目の前に置かれた茶を飲もうとするとジェドが手を押さえて首を振るので、何か違う物らしい。……コレは何なのだ? ちゃんと見えないならば見えないで色々気になって仕方がない。


「色々状況は分かった。……厳密には分からないが……して、お主はジェドに何用があるというのだ?」


 ジェドには女主人の声は一切届かないので、我が通訳する羽目になっている。何で我がそんな事をせねばならんのだ……と思ったが、一先ず話だけは聞こうかとジェドが言うので仕方なくその様にした。


「実は……我々宿の従事者一同、先の権力争いで亡くなった亡霊でございますが」


「先の争い……」


 以前に権力争いがあったのはもう何十年も前になる。拮抗していた各領地が1度大きく抗争を起こした時があり、かなりの死者を出した時……

 最大級の被害を生んだのは我ら青龍の力が大き過ぎたからだ。1度に全てを薙ぎ払おうと誰が言ったか……青龍以外の各地は焦土と化し、多くの者が犠牲になった。その頃から竜の女人ナーガは姿を現していたらしい。


「……その争いに巻き込まれた我々は、この宿屋ごと一瞬にして吹き飛びました。ですが、私も含めて働く者たちは未練があり過ぎたせいか……未だこうして宿に魂が留まり働き続けているのです」


「未練……お主達ももっと生きたかったという事か……」


「あ、いえ。そういうふんわりとした先の事では無く、何というか……」


「松の間に食事を届けている途中だったなとか」


「梅の間の掃除が終わっていなかったわ、とか……」


 女主人以下の従事者が口々に言うのは普通にやり残した仕事の話だった。


「……いや、その位のやり残した事であれば今行っておるのでは?」


「所がどっこい、そうじゃないのです……」


「ど、どっこい……?」


 女主人は深いため息をついてジェドを見た。注視されているジェドは相変わらず何も見えていない様子である。


「あのお客様の仰る通り、全てまやかしです。実際にはお客様にお泊り頂いても……満足のいく接客は出来ておりません……」


「この通り……我々幽霊ですので、やれる事に限界があると言いますか……」


「夜のうちには満足出来ても、1度寝れば全ての現実が見えてしまい……不満足で帰って行くお客様100%です。何の接客も出来ておりません……なのに、次から次へと貴方様のようにいい宿と勘違いして泊まりに来る。つい癖で満足の行くように接客する、不満足で帰る……の繰り返しで……」


「フラストレーションが溜まる一方と言いますか……」


「なるほど……」


 要するに此奴ら……亡者というか亡霊ではあるのだが、未練と言えば宿に来る客をもてなしたいが、迷い込む客共をもてなそうにも全てまやかしであり、次の朝に目覚めた時には元の廃屋。

 マトモにもてなす事も出来なければ不満足で帰る客ばかりで余計に未練が溜まり、募るばかりだと言う。

 だが、立地条件があまりにも良すぎる位置に廃屋がある為後から後から旅人は迷い込むわ、近隣からは普通の宿だと思われてるわで、迷い込めば条件反射でもてなしてしまう……と、当人達も困っているらしい。


「私達もいっそ、悪霊として霊媒師にでも除霊されるのであれば良かったのですが……」


「噂を聞きつけて来た能力者の方々も普通の宿屋として泊まりもてなされ、次の日には見抜けなかった事を悟りすげすげと帰っていく始末……」


「というか、私達も悪霊悪霊しい事が出来ればそういう方々にも気付いて頂けるのかもしれませんが、こちとらもてなすしか能が無い物で……」


「……それは中々に難儀だな」


「そんな感じで長い間詐欺営業みたいな事をしておりましたが、私達の存在に気付いてもらえたというか、気付いてもらえなかったのは騎士様が初めてなのです。何とか私達を助けては頂けないでしょうか?」


 見えてないジェドならば無視して去る事も出来たろうが、目の前の者達は今の我には実在する者達だ。

 ……とは言え、今まで誰かの為に尽力などした事も無ければ、こんな摩訶不思議で厄介な事に遭遇した事すらない……

 今の我には見えていないジェドに伝える事しか出来ぬが――


 と、振り向くと……そこにはジェドは居らぬ。


「――っ?!」


「あ、騎士様でしたらそちらの井戸で衣服を洗っておられますが……」


 一瞬、ジェドすらも我の見た幻なのではないかと疑いかけたが、件の騎士は話を無視して洗濯をしていた。……いや、奴には何も聞こえていないから無視も何も無いのだが……


 して、女主人が指差す方を見ると、ジェドは浴衣を脱いで一糸纏わず……平たく言うと裸で洗濯をしていた。


「お、お主は!! 女人がいる前で何をして――いや、お主には見えていないし、汚したのは我だし、上着1枚しかないから一張羅を洗濯すればそうなるのだけども!!!」


「そういう事だ。まぁ落ち着け」


 我が理由を全て突っ込んでしまったからか、ジェドは裸で洗濯をしながら妙に落ち着いていた。唐突に裸になる奴が乱心しているのも怖いが、落ち着いているのもそれはそれで怖い。


「なんとなく、フェイの言っている話だけで状況は分かった気がする。虚空に向かってずっと話をしている様子はホラーだったが……」


「いや、怖いのはお互い様だ……して、そなた話を理解した上で何でそんなに落ち着いているんだ」


 洗濯している浴衣を払って水を弾きながらジェドはうーんと考えた。


「ま、何と言うか……俺はそういう系の出来事には慣れているからな」


「慣れ……というのはよく分からぬが。だが、此奴らの状況……一体何をどうしたら良いのやら……」


 こういう時、やはり己の不甲斐なさや力の無さに落ち込むばかりだ。我には皇子としての位しか無く、何の力も無い。考えたところで何も解決策など見出せぬのだが……


 と、我が腕を組み考えていると、その頭にジェドが手を乗せて撫ではじめた。


「……何をする」


「いや、偉い偉い」


「……は?」


 今の流れの何がどう偉いのか何1つ分からぬが、ジェドは笑って頭を撫でていた。……撫でる前に服を着てほしいが……


「今の流れの何処に、我の偉い要素があったのだ。我は皇子のくせに何の力も持たぬし、己の無力を痛感しておった所だ。こんな小さい――かどうかは他に例が無いので図れぬが、問題も解決出来ぬのだぞ?」


「まぁ……何というか、そうやって考えたり話を聞いたり出来るようになったんだなと思って」


「何を言って――」


 ジェドにそう言われてはたと気がついた。言われてみれば、我は今まで誰かの話を……そんな相談を聞いた事があったろうか。誰かに頼られる事も無いし相談を聞くなんて事も無い。

 そもそも、我が子供だからという話ではなく覇権を握る青龍一族の皇族は勿論、他の一族の誰しもが力を得て覇者となるという、野心を全面に押し出す以外の余地があっただろうか。

 ジェドに伝える為に仕方なく……と言えばそうなのだが、己の利にならぬ話を聞くようになったのは何時からだろうか。

 ふと見上げると、ジェドの顔。此奴の話に耳を傾けるようになってから……かもしれぬ。

 ふと見下げると相変わらず服を着ていないので、撫でるのはもういいから早く服を着て欲しいが。

 その姿を見てハッと我に返り、ジェドの手を払いのけた。


「……それで、慣れている、というのがよく分からぬが……お主ならこの難題を何とか出来るとでも言うのか?」


 我には話が一切理解出来ぬが、ジェドは得意げに頷いた。


「まぁ、無駄に沢山話を聞いていた訳では無いからな。……いや、半分以上無駄だったが。要するに、悪霊の方々が翌日には廃墟と化し虚無のおもてなしをしている現状をどうにかしたいんだろう?」


「そうだ。だが、そんな亡者の願いを解決する方法なんて……」


「フェイ、世の中にはな、知らない事が沢山あるし、その中から見出せる解決方法だってあるんだよ」


 そういうジェドが何を考えているのか、我には何も想像が出来なかった。

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