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旅の宿屋は休めない(後編)

 

「何か……お主、流石に様子がおかしくないか?」


「いや? 何も??」


 我、青龍一族のフェイ・ロンと帝国の騎士ジェド・クランバルは旅の宿屋にて一時の休息を過ごそうとしていた。


 だが、どうにも先程からジェドの様子がおかしい……


 妙に余所余所しい……いや、上の空?

 心ここに在らず……うーむ、どれを取ってもしっくり来る例えが無い。

 何というか、そう……まるで宿の様子や女主人が見えていないような……そんな感じである。

 先程も案内する途中で立ち止まった主人にぶつかり、思いっきり吹っ飛ばしていたが……平気な顔をしていた。

 この男、妙に女人に冷たいきらいがあるが……よもやそういう趣味がある訳ではなかろうな……?

 いや、気のせいだろう。我が求婚しかけたノエルにも優しかったから。……ん? そういう……?

 いや、ジェドの家には成人男子も沢山集まっていた。交友関係は男子ばかりで女人の気配を全く感じない辺り……もしかすると、いわゆる女人慣れしていない男子……そう、桜桃男子というヤツだろうか。


 成人も未だな我が心配する事では無いのかもしれぬが、そう思うと何だか少し悲しい気持ちが湧いてきた。


「……何で俺をそんな目で見るんだ」


「いや……もしかしてお主、女人にあまり慣れてはおらぬ部類の者なのかと思ってな……」


「それはそ……いや、それ今関係あるか??」


 心外そうにこちらを見るジェドは、やはり何も見えていないのか給仕らしき女人も跳ね飛ばしていた。そういう所からまず直した方が良いだろう。



「では、食事をお持ち致しますので……」


「ああ、済まんな」


 何度もジェドに吹っ飛ばされ、ボロボロになった女主人は我らを部屋に送ると扉を奥ゆかしく閉めて去った。相変わらずジェドは明後日の方を見ている。


「食事……を取るのか?」


「? お主は腹が空かぬのか?」


「いや……うん、まぁ……」


 歯切れの悪い様子のジェドに首を傾げる。やはりこの男の事が分からない……

 急に踏み込んで来たかと思いきや、また急にこうして余所余所しくなる。言いたい事があるならばハッキリと言ってほしい――


 そう考えた時に城での事がフラッシュバックしてきた。

 陰でコソコソと我を蔑む声。ハオのあの目。

 ジェドだけは……ジェドだけが我に隠し事も何もせず、あらぬ姿まで見せて来おって本音で接してくれると思っていたのに……

 いや、あらぬ姿は全然要らぬが……


「ジェド、お主――」


「お食事をお持ちしました」


 ジェドに問おうと思い口を開いた時、給仕が食事を持って来た。タイミングが悪いのか良いのか、我は出かけた言葉を戻した。


「うん? どうした? 何か言いかけなかったか……?」


「……いや、何でもない。食事にしよう」


「お食事……? そうなのか……」


 問うてどうなるのだ。あのアホのハオだって、我の前では何の尻尾も出してはおらぬではないか。

 いや、あ奴は最初から我など何者とも思うて無かったのだ。


 運ばれて来る膳を見ても、やはりジェドは何か言いたげな……それでいて何も見えてないような、微妙な表情を浮かべていた。やはり給仕の女人を1度は跳ね飛ばしていた。だから一体何なのだ……


 不審に思いながらも膳に手を伸ばそうとする我に――


「あっ!」


「……? 何だ?」


「いや……その……」


 と、ジェドはまたしても歯切れの悪い様子でしどろもどろと言葉を濁した。


 ――ガシャン!


 我は、気が付くと椀をジェドに投げつけ立ち上がっていた。


「言いたい事があるなら――っ、ハッキリと言ってくれ!!」


「フェイ……??」


「――っ?!」


 頬に伝う涙……我は、泣いているのか……?

 ――そうだ。我は、強がってはいたが……本当はショックだったのだ。

 ハオの事も、未熟で踊らされていた自分にも、王弟という肩書きだけで何の力を持っている訳でもなく空回りしている無力な自分にも……


 そして、心を許しかけていたジェドが……家臣達と同じ様に信じられなくなったのも。


「フェイ……」


「我は……お主にだけは……お主だけは信じてみようと……思ったのに……」


 子供の自分が嫌になって背伸びをし、力を手に入れようと足掻いていたのに……やはり自分は子供なのだと思い知り嫌になってしまった。

 それでも、ジェドが『ただの男児のフェイで良い』と言ってくれた事に、期待をしてしまっていたのだ。何も持たない自分でも生きていても良いのではないかと……

 そんな愚かな事を考えてしまっていたのだ。


「フェイ……お前」


 椀の中身が浴衣にどちゃりとかかり、空になった器を拾いながらジェドは神妙な顔をした。


「……お前が、そんな風に思っていたなんて……済まない」


 ジェドの言葉が何を意味しているのか分からず、顔を上げる事が出来なかった。

『済まない』も、何に対しての謝罪なのかすら分からないから……

 愚かな我の期待に応えられないから……? いや、そんな繊細な男では無かったはず……そう思いながらも、我が見てきたジェドという男が分からなくなっていて、ただその意味を教えてくれる事だけを待つしか無かった。


「そうだな。黙っているのは良くないな……フェイ、実は――」


 神妙なトーンのジェドが何を我に伝えるのか、それを聞くのが怖くてギュッと目を瞑った。また、ハオのように我を蔑ろにしていたのかと知るのは怖い――


「この屋敷、多分幽霊屋敷だわ……」


「…………は?」


 一瞬……いや、暫く考えてもジェドの言っている意味が理解出来なくて顔を上げた。

 ジェドの目は真剣そのもので、さっきまでの歯切れの悪さが何処に行ったのか分からぬ程真っ直ぐにこちらを見ていた。


「いや……知らない方がショックを受け難いかなと思って気付かれないように何とかしようと思っていたんだが……そうだよな。流石に無理があったな」


「……じ、ジェド……? お主、何を言って……」


「さっきの井戸水風呂の泥位ならば何とか平静を保てていたけど……ちょっとさっきの椀については余りにも内容がグロテスク&ショッキング過ぎて動揺してしまってな……いくら何でもそれを食べさせるのはちょっとな。投げてくれて助かったが……あ、うん、浴衣についてはとんでもない事になっているが気にしないでくれ」


 そう言われてジェドの浴衣を見るが、我には椀から溢れた普通の汁で汚れているだけにしか見えなかった。いや、唯一の布だからそれも重大だが……


「ちょっと待て、一旦空気を吸わせて貰っても良いか……?」


「ああ、この廃墟……埃っぽくて体に悪そうだからあんま吸い過ぎない方が良いとは思うが」


 その間にもジェドが我の見ているものと違う事を言ってくる。

 我は深呼吸を1つした。

 ――正直怖い。さっきから怖い。


 何が怖いって、2択である。

『ジェドの言う通り我には普通に見えているだけで、ここは廃墟で先程から居る給仕は幽霊』か『ジェドが急におかしくなった』のどちらかであるという事実が怖い。

 どちらに転んでも怖い。

 先程はジェドが我を謀ろうとしているのでは無いかと考えるのが怖かったが、今はむしろ我を謀ろうとしていてくれた方がありがたい……


 我は恐る恐る後ろを振り返った。

 後ろにはやはり変わらぬ女主人……そう言われてよく見てみると、肌艶はあまり宜しくないし気持ちクマも凄い……


「ええと……お主……その、幽霊……なのか……?」


 これが戯言であればただのちょっと疲れた人間で済む……だが、我の言葉に訝しむ様子も怒る様子も無く女主人は俯くばかりだった……こ、怖い。


「見つけた……」


「……は?」


 呟く女主人のか細い声。顔を上げる彼女は恐ろしい形相をしていた。こ……怖い。


 だが、怖がる我に目もくれず、女主人は恐ろしい形相でジェドの方へと走りよりその手を掴んだ。相変わらずジェドは何も見えてないような素振りをするのが本当に怖い。


「やっと……やっと真実を見抜く方にお会いする事が出来ました……!! 騎士の御方……どうか、どうか私をお救い下さい!!!」


「……は???」


 必死に懇願する女主人。何も見えていないジェド。

 我は仕方なくジェドにありのままを伝えた……


「ジェド……何か……女主人が、救って欲しいらしいぞ……?」


「え?!! 何か居るのか?! そ、そのフレーズ……さては目の前に居るのは悪役令嬢……いや、悪霊令嬢、なのか?!」


 慌てふためき明後日の方をキョロキョロとするジェドの様子に……我は不覚にも安心してしまった。

 いや、安心は全然出来ないし不可思議現象は未だ続いてはいるのだが……

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