古びた門には鬼が巣食う(前編)
「これは……凄いな」
朱雀領の中心部を少し北に進むと、まるで邸宅のような巨大な門が見えた。
所々朽ちてはいるが、細部に掘られた彫刻はかつての姿を想像させる。
手入れがされておらず半分位腐っているのが勿体無い。
「東国に争いが無く、1つの国だったはるか昔……ここは国の中枢である城から延びる大路の南側、首都の正門だったのだ。その頃は今なんて想像のつかぬ栄華な時代であり、都の入り口にさえこの様な立派なものが建てられた。不思議だな……各一族がその頃の繁栄を望み、求めて争いながら……青龍が東国を手に入れても未だその栄華は蘇らず、争いは終わらない」
「ウーン……それはなー、何というか難しい問題だな。陛下だって未だ戦ってるし……むしろ今の方が昔よりしんどいんじゃないかな」
「……??」
戦乱の世が終れば今度は平和を維持する為に色々な物と戦わねばいけない。
争いが終わってからが戦いであり……割と俺と同じタイプの脳筋寄りの陛下は拳骨を食らわせて解決させていく方が簡単で楽だったろう。
何でも出来る陛下になる為に相当無理していたんだなというのは俺も最近分かった。
他人に努力を見せないように振舞っていた陛下だが、そんな姿を見せたっていいから素直になった方が大事な時もあると教えてくれたオペラは本当凄い。恋って素晴らしいね。
そしてその、件の恋人が拐われちゃっている現状を何とかしないと……拳骨で解決に乗り出してくるかもしれない。
「まぁとにかく、繁栄するには陰で頑張って戦っている人が沢山いるって事だ。互いに覇権を争っているだけではそんな世は来ないし、仮に一時成り上がったとしてもすぐにこの門みたく壊れてしまう。繁栄させる事よりも維持の方が数百倍大変なのさ」
「そうか……確かにそうだな」
「この門だって、こうなる前に直せば良かったのに……勿体無い」
栄華の名残を残す柱に触れた時、その手にポツリと当たるものを感じた。
上を見ると、壊れた門の屋根の隙間から大粒の雨が落ちて来ていた。
「うわ、この粒であの雲の色……結構来るぞ。とりあえずここで雨宿りして行くか」
そうこうしている間に雨は本降りになってしまった。ザアーーーッと強く振る雨に、遠くまで分厚い黒い雲。直ぐには止みそうもなかった。
「あー……暫く動けないな。最悪ここで野宿かも。でもこの門って、何かあの辺りとか雨風を凌げたりするのか?」
門の端には階段が付いており、未だ無事な屋根が付く方は2階に登れそうだった。
屋敷のように大きな門を探索しようと動きかけた時……フェイが俺の浴衣を掴んで止めた。
「……ジェド、実はな……この門には良からぬ噂があるのだが、聞きたいか?」
「……聞きたいか聞きたくないかで言うと、そういう話を聞いて良かった事は一度も無いから聞きたく無いんだが……参考までに聞きたい気持ちはある……」
これから雨風を凌げる場所を探して、雨が止まなければ最悪ここで野宿だからな。動けない以上何かあるなら聞いておきたい気もするけど……
「この門にはな、昔から鬼が巣食うと言われているのだ……」
「……鬼?」
―――――――――――――――――――
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは東国の王弟フェイ・ロンと一緒に首都である青龍の地を目指して旅をしている。
何でこんな事になっているのかは全然サッパリ分からないのだが、何故かオペラが拐われてしまったからだ。
オペラを助けに行くのは何回目だろうか……異世界には定期的に同じ姫が拐われるゲームが存在すると聞いたことがあるのだが、こうも頻発するとこれも何かのゲームなんじゃないのかとさえ思ってしまう。
願わくば、陛下に知られる前に何とかしたいと思ったのだが……日数を思い出すと恐らく×マスはとっくに過ぎてるどころか誕生祭に間に合うかすら怪しい。
絶望的状況ではあるが、きっと騎士団の皆や城に残る頼り甲斐のある者達が何とかしてくれているはず。陛下の事に関しては帝国中の皆は心が1つになりやすいからね。
とは言えゆっくりとしている訳にはいかないだろう……大怪我をしていたはずなのに俺を魔法で東国まで飛ばしたシルバーの事も心配だし。
朱雀領から青龍の地へは白虎と玄武の領地をぐるりと回らなくてはいけないらしい。
オペラを拐ったハオはフェイにとってはかなり危険な存在であり、半ば青龍に捨てられたも同然のフェイは朱雀領に残っていた方が良いのでは無いかと思ったのだが、フェイは頑なについて行くと言って聞かなかった。
正直、東国の事は全く知らないので助かるが……フェイにもフェイで考えている事があるのだろう。
俺に出来る事はフェイくんがフェイちゃんにならないように貞操を守るだけである。不幸なおとこの娘で悪役令嬢なんて業を背負わせる訳にはいかんのだ……
そんな俺達は朱雀領の北側、かつての都の名残りである大きな門の下で雨宿りをしていた。
栄華の面影を半分朽ちさせ、見るからにヤバそうな門はフェイが不穏な事を言い始めるので余計に怖く思えた。
「オニ、とは魔獣の様なものか?」
「いや、そなたの国で言う所の魔族か、どちらかというと妖怪だから幽霊に近いのだろうか」
「幽霊……か」
ゴーストの類は大丈夫だ。何せ見えないから。
過去、何度かその系統の悪役令嬢さんに遭遇したが、一切見えた事が無い。何でか分からないが俺はゴースト系とは波長が合わず見えないのだ……
見えなくて困った事は沢山あったか、一晩雨宿りするくらいならば無視してやり過ごせば良いだろう。オニがどういう存在かは分からないが、見えなければどうという事は無い。
「ちなみに参考までに聞くが、そのオニって奴はどういう姿をしているんだ? 幽霊みたいに祟ったり取り憑いたりして危ないのか?」
「いや、鬼がそういう事をするというのは聞いた事は無いが、頭から食ったり棘の付いた棍棒で襲って来たりする者から小者の鬼まで色々だな。挙って虎柄のパンツを履いているらしい」
「結構凶暴だし派手だな」
想像より遥かに見た目も仕様もヤバそうだった。そんな奴が見えないのに隣に居るかと思うと気になり過ぎて寝れる自信がない。虎柄のパンツとか……獣王だってもっと地味なパンツ履いてるぞ……?
もし仮に俺だけが見えなくてフェイに見えてるなら素直に教えてほしい……
「だが、ここに巣食う鬼は凶暴ではないらしいぞ。なんたって鬼女らしいからな」
「鬼女……?」
「ああ。昔からこの門の近くには戦や飢えで死した死体が集まったらしく、その死体から服や髪を盗んで行く悪鬼だと言われている」
「……それって、ただの盗人では?」
「ああ、戦が激化した時代にはそんな話もあったらしいな。今は落ち着きを見せているものの、龍の加護が無くなり青龍が弱体化したと噂が流れた今、他の領地が争いを起こす日は近いからな。我はその前に強い力を手に入れようとしたが……結局ひとたび争いが始まれば民衆に犠牲が出るのは同じ事だったな……」
「まぁ、そういう考えに少しでも向いてくれるならば嬉しい事だ――」
――カタリ、と……話をしている途中、騒がしい雨の音に混じって俺達以外の何かがいる物音がした。
それは、正に雨風を防げそうと見越した2階。
「……先客……か?」
「……鬼だったらどうする……?」
「……こわい」
前評判を十分に聞いてしまったので、本当におにだとしたらマジ怖い。マジ怖い鬼MKO。
「件の鬼はただの言い伝えだし、騒乱の頃の話だが……もしその伝承に則って旅人を襲っているような不届者だとしたら面白いと思わんか?」
「……俺はむしろそっちの方がありがたいし楽なんだが」
ただの犯罪者なら見えるし全然怖くない。武力で解決である。
俺達は恐る恐る軋む階段を登り2階へと進んだ。オニと出るかザコ犯罪者と出るか……確率は半々。いや……後者の方が圧倒的に確率が高い。
階段の終わりから顔を覗かせると、日の差し込まぬ暗闇で蠢く姿が辛うじて見えた。
フェイを手で制し、俺は勢いよく2階に飛び出て影を取り押さえた。
見えているならば俺の勝利だ。
「――っ!!」
「済まないな、怪しい者かと思ってな。こちらも自衛の為だ、悪く思うな――」
暗闇の中で取り押さえながら、顔を見ようと目を凝らして絶句した。
少し慣れた目に見えたその影は……幽霊やオニよりも不気味な感じの……老婆だった。ヒェ……




