朱雀の悪女は真っ赤に燃える(3)
一方その頃、プレリ大陸は竜の国ラヴィーンの旧王城、今は使われていない地下への階段を下りる2人の男がいた。
「ここは……もしかしなくとも」
「ええ。ナーガの城よ」
ナーガ亡き後、11竜によって建て直されたラヴィーンの王城だったが、今は場所を少し移した先に空に延びるように高く建てられている。
何度か壊れては再建を繰り返していた王城であるが、古竜達が信頼している占術師に占って貰った結果、地下にナーガの住処があった場所は邪竜の残滓が残りすぎていて争いの火種を起こしやすいと告げられた。
地下に深く残るナーガの残滓だが、上に11竜が住み着くと違う意味で邪な心が邪魔して蓋をし、祓うも溶けるも出来ないので場所を移して暫く放っておくのが良いとされた。
竜族もこの場所に近づくと気分が優れなくなるので、首都はほんの少し場所を移動する事になったのだ。
ナーガが深く掘った地下の城は埋められ、今は殆ど足を踏み入れる者の少ない場所となっていた。
ロストが手をかざして黒い魔法陣を描くと、地面に扉が現れ地下への階段が開かれる。
「表立った城の跡は埋められてしまったようだけど、地下に作られた沢山のゲートはそもそも隠されていたから。最も、それを使えるのはナーガの力で魔法が使える闇の力の眷属……今はアタシくらいじゃないかしら」
階段を下りるロストの後に付いていくアーク。地下に行く道中には幾つもの古い魔法陣が壁に埋め込まれていた。
それと同じ物を以前アークは見た事がある。山中に作られたラヴィーンの裏口の魔法陣。魔石が埋め込まれ、魔力を込めると発動する古いワープゲート……その魔術具と同じではあったが、こちらはそれよりも倍以上大きく、そして彫られた溝は汚れがこびり付いているかのように黒ずんでいた。
「……ナーガは沢山の国や大陸を回って世界中から自身の力の源を集めて拡大していたの。これらはその国々とを結ぶゲートね。その先の国から漏れ伝わってきている闇がゲートを薄汚れさせ、このラヴィーンの地下に未だナーガの餌を運んでいるのよ。だから、奥に行くに従って気分が悪くなるでしょ?」
目に見えて黒く咽返るような闇はロストですら口元を押さえて嫌な顔をする程だった。アークはこの地で見たナーガの恐ろしい形相や子供の頃の魔の国での事を思い出して吐きそうになる。
「でも、この力のお陰でナーガじゃなくても闇の魔力を込めれば簡単に使えるわ。この、変な動物が描かれているのが東国へのゲートよ」
ロストの綺麗な指先が4体の動物が描かれた魔法陣に触れると埋め込まれた魔石が黒く光りだした。
動物の目にも埋め込まれている魔石は怪しく光り、こちらを監視しているようで気分が更に悪くなる。
――何故、こんなに気分が悪く吐きそうになってまで友人の恋人を助けに行かねばならんのだ、とアークは急に嫌になってきた。
自分が助けに行った所で何かが発展する訳でも無く、そもそもオペラにとって自分は何でもないのだ。
大人しくルーカスに知らせて任せるのがアークの正解だったのだが、気がつけばロストに言われるがままについて来てしまっていた。
ロストの心は奥深くまでは読むことが出来なかった。何を考えてオペラを助けに向かっているのかも、そもそも助ける気があるのかすらも分からないが……それでも、ロストはオペラに対して何かしら拗らせているのは分かっていた。分かってしまうのも辛い。
魔法陣が光りアークとロストの身体を包み込む中、ロストが呟いた。
「アンタ……アタシがオペラの事を一生考えていたいんじゃないかって言っていたわよね?」
「ん? ……ああ」
「……そうよ。ずっと、あの子の事を恨んで、憎んで、ずっと考えて来た。だから、いざ手にかけられるって時にはいつも……ここであの子が死んだらこの後のアタシは何を目的に生きて行くのかって」
ロストの表情はアークには見えなかった。移動魔法が発動し2人が消える瞬間、何故かふいに、ロストの存在が幼い少女のように見えた。
「――あの時から。最初から、そうよ」
辺りが目の潰れるような真っ暗な闇に暗転したかと思うと、次の瞬間には息苦しい闇は無くなっていた。
高台から見える景色は山々に囲まれ、ラヴィーンと似た雰囲気だったが少し違う。
切り立った岩山は自由大陸やプレリ大陸では見られない大きなもので、広がる町並みにも見覚えが無い。
そこは、東国だった。
アークは首にぶら下げた指輪を見た。本当はそのチェーンには両親の形見である違う指輪がかけられているはずだった。
何が悲しくてかこの指輪の対になっている物を持っているのは、目的の女性では無く東国での唯一の手がかりである漆黒の騎士だった。
正直そんなものを持っているのは気が進まなかったが、今頼れるのはそれしか無い。
きっとジェドならば少しは何とかしているだろうという気持ちと、助けに向かっては中々目的地に辿り着けないジェドへの不信感と両方を感じていた。
★★★
「へっくち」
「……あんな格好をしているから風邪を引くのだ。全く……」
「おかしいな、風邪はあまり引かない方なんだが……もしかしたら誰かが俺の事を考えているかもしれないな」
俺の事を考えているなんて、悪役令嬢かもしれませんがね。
その、悪役令嬢? っぽい人ミン・シュウが寝かされている部屋、その後ろで俺達は朱雀の一族の家臣の皆さんから話を聞いていた。
真っ赤な回廊を進んだ先にある真っ赤な部屋。壁の至る所に飾られる装飾も真っ赤っか。
「朱雀の一族は赤が種族の色で象徴としておると聞いていたが……やりすぎだな」
辺りを見渡すフェイも痛そうに目を細めている。正直真っ赤っかすぎて目が痛い。どんな趣味してんの。
「ご指摘のお気持ちも分かります、我々も十数年この状態ですが未だに見慣れておりません」
そう言う家臣の方も眩しそうに目を細めていた。住んでいる人々が見慣れないってどゆこと……?
「くどくどしい程真っ赤なのはミン・シュウ様がおられる王宮中心部近辺のみです。何せミン・シュウ様は朱雀至上主義、自分至上主義。目の届く範囲は自身の象徴である朱色に染まっていなくては気が済まないのです。ですが、柱の一部ならばともかく装飾や床や天井に至るまで全て真っ赤は我々も頭がやられそうで。ああして中心部から離れるにつれ少しずつ色をくすませて落としています。幸い、ミン・シュウ様は家臣や下々の民の生活に興味は無く立ち入る事はございませんので」
確かに、よくよく見ると巧妙にグラデーションがかかっているから一見分からないが、外れた先の壁は茶色っぽくなっている。長年棲んでいて気付かれないのも凄いが、それ程精巧なトリックアートだった。もっとその技術を何かに生かせないのだろうか……
「ふむ……技術というものは絶対に成し遂げねばならぬという情熱から生まれるのだな。バレないようにコソコソと完遂したお主らには感服するが……それでで、頼みとは何なのだ?」
地下牢から出て浴衣を着なおす俺の横、フェイは流石に浴衣一枚では寒かったのか羽織を貰っていた。フェイの小さな身体には大き目の上着を肩からかけている。
「実は……ご覧の通りミン・シュウ様は我々でも手のつけられない気性の荒いお方でございまして。朱雀の一族でミン・シュウ様を諌められる者は1人もおりません。朱雀の領地は今やミン・シュウ様の配下にあり、恐怖に縛り付けられております」
「強い力を持つ者がいるのは良い事ではないのか?」
フェイの言葉に家臣達は顔を見合わせる。
「確かに……この勢いがあれば朱雀の一族が東国の支配者となる日も近いでしょう……ですが、このまま朱雀が東国の王になった所で今の状況が変わる訳ではありません。恐怖で縛り付ける者が増えるだけで、生活が良くなる訳も無く……ミン・シュウ様には国を引き導く能力はありません」
「強い者が勝てばいい……確かに東国はそういう歴史を辿っておりました。しかし、朱雀の未来を一切考えず己の力だけを誇示するあのお方が王の器などと……せめて一度でもその高くなりすぎた鼻をへし折り、少しでも民の声を聞いて頂けるお気持ちを持って貰えれば……」
「ふぅむ……」
ミン・シュウは確かに力は一族で1番強いらしい。だが、一切他人の事を思いやらず己の事しか考えない。
『朱血の悪女』と呼ばれる程の悪名は領地中に轟き、身体に流れる血全てが悪の炎に蝕まれているとも噂されているらしい。
その悪業から最期は己が1番信じていた炎に焼かれ燃え尽きてしまうだろうと占術師に告げらる程に。なるほど……それ悪役令嬢。
恐怖や物理で縛り付けるミン・シュウのやり方はあまりに評判が悪すぎて、領地内でも彼女を慕うものは1人も居ないそうだ。ここまで真っ当に嫌われている悪役令嬢も珍しかろう。
他国に来ても逃れられない悪役令嬢呼び寄せ体質と嘆きそうになったが、むしろピンチなのに悪役令嬢問題のせいで悩みをこうして聞く羽目になっている怪我の功名。この体質も捨てたもんなのか捨てたもんじゃないのか。
「なるほど……事情は分かりました」
「分かったって……分かった所でお主に何か妙案があるとでも言うのか?」
「ああ。むしろそういう話ならば割と得意分野というか専門家というか……専門家名乗りたくないけど」
「……何を言っているのだ? ちょっと話が見えないのだが」
伊達に何十人もの悪役令嬢に絡まれている訳では無い。悪役令嬢さんの状況も妙案も何もかも見えた俺は朱雀の方々に向き直った。
「つまり、皆さんは今まで問答無用で武力を振るっていたミン・シュウに何とか話を聞いて貰い、少しでも朱雀の未来について考えて貰って、願わくばその有り余る力を暴力では無く一族の発展と民の為に使って欲しいという事なのでしょう」
「ええ! 正に! 流石ミン・シュウ様を一撃で倒したお方……!」
「過去そんな方はおりませんでした……最早伝説……」
「それで……どんな方法を……?」
伝説として語り継がれるには少々絵面があまり宜しくなかった気もしなくもないが……既に俺の存在が帝国では都市伝説になりかけているので間違いでは無いのかも知れない。
他国に変な逸話で伝説として語り継がれるのは陛下の名誉を傷つけるので、何とか語り継がれない方向で穏便に解決したいものであるが……
「先ほどのミン・シュウ殿の反応で全て分かりました。……とりあえず、皆さん……服を脱いで頂いて宜しいですか?」
「……は?」
名誉を傷つけない方向にはどうやっても行きそうになかった。




