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閑話・×マス終了のお知らせ

  


 比較的温暖な帝国が肌寒くなるこの季節……

 浮かれる者と焦る者、そして呪う者の3つに分かれ、混沌を極めるのがこの季節。×マス。


 以前お話しした通り、異世界から転生して来た異世界人の手によって伝わる数多の情報が更に魔改造された季節のイベントであるが、異世界もこの世界も『恋人達が浮かれ、そうで無い者達は爆発を願う』という認識はそう変わらなかった。


 帝国の太陽、帝国を愛し未来永劫永遠の平和をもたらす為に尽力する男・皇帝ルーカスも、この日ばかりは爆発を望む側だった。……以前までは。

 爆発を望むと言っても、それは物理的な話では無い。はよ打ち上がれ、という祝福の意味も込められている皮肉であったが……この年はルーカス自身も爆発する側である。

 何せ前回の×マスでは、未だ色々な物に邪魔をされて絶妙に想いを通じ合う事のなかった可愛い女性。それが晴れて想いを通じ合わせ、堂々と恋人と名乗る事が出来たからだ。

 不満なのは恋人らしい事も満足に出来ぬままお互いに忙しく過ごしている事だが、それはお互い国を背負う者として仕方のない事だった。

 せめてオペラの兄の足取りが掴めたならばオペラを后として迎える道筋も見えるものだが、未だ聖国人にすら受け入れて貰えないルーカスにはまだまだ困難な道のりだった。

 増え続ける帝国での執務……だが、先に苦労してまで行った騎士・魔法士採用試験のおかげで人員増強が出来、何とかルーカスの仕事量も緩和されて来た。

 無駄に日数と労力をかけて行われたふざけた試験は、予想以上にふざけ過ぎていたので提案・監修者の騎士を張っ倒したい気持ちだったが、終わってみれば生き残った数少ない人物は本当に対応力に優れた優秀な者ばかり。

 自身が帝国の騎士になる事を促したブレイドや、何故か謎に参加していた魔塔主シルバーは勿論、その他の新人騎士達も摩訶不思議試験にパスするだけあって精鋭揃いであった。

 結果だけ見ればマトモに試験として成立している所が余計に腹立たしく思うも、第2部隊の部隊長というのはそういう人間なのだと諦めていた。


 とは言え、過程より結果を重んじるのが皇帝ルーカスという男。

 騎士団長である友人も幼き頃から数々の試練という名の面倒・迷惑をかけて来たが、そのおかげで自身も心身共に鍛えられた上に各国共に平和になり非業の死や悪事が回避出来ている。

 採用試験も色々あったがこうして仕事がスムーズに進み、目標の日までには体が空きそうだと考えれば笑みが溢れて止まらなかった。


 ――その日には、彼女を存分に甘やかして、彼女の喜ぶ事だけを行いたい。



 そう明らかに浮き足立つルーカスの様子を、お茶を置きながら微笑ましく見つめるのは甲冑騎士のシャドウだった。


 拗れに拗れ、時間をかけすぎた2人だったがやっとこうして少しずつ恋人らしい時を過ごしてくれるのだ。

 今頃、オペラの方も×マスをどう過ごすか同じようにウキウキしているだろうと……そう考えるだけでシャドウも幸せな気持ちになった。

 オペラの幸せがシャドウの幸せである。

 たとえその相手が自分でなくとも、最初に恋をした彼女のあの可愛らしい姿がずっと見ていられるのであれば……シャドウはそれより望む事は何も無い。

 ルーカスがオペラの為にそう考えていると知れば、沢山甘やかして愛を囁けば、オペラはどんな顔をするだろうかと……甲冑の中でニヤニヤが止まらずシャドウも浮き足立って執務室を後にした。


 扉を開けて廊下に出た時、青い顔をした三つ子と宰相のエースが見えた。

 シャドウを見つけるとコイコイと手招きをするので、首を傾げながらそちらへ向かった。


「どうされたのですか?」


「……いや、その……」


「何というか……」


 4人は気まずそうに執務室を見ている。


「陛下がどうかされましたか?」


 眉間を押さえたエースが唸りながら話し出した。


「……実は、魔王アーク様の家臣のベル様から知らせが届きまして……その、オペラ様が魔王領に視察にいらしていたらしいのですが……」


「オペラ様が?」


「……東国人に拐われたそうです」


 エースに告げられた言葉にシャドウは持っていたトレーを落としかけ掴むとゲート都市に向かおうと身体を返したがすぐにガトーが止めた。


「待て待て、ゲート都市に行こうとしてるなら無駄だって!! ゲートが開いているならとっくに向かってるって!! そこも周到で東国行きのゲートは塞がれてしまっていてそう簡単に行く事は出来ないんだよ」


 シャドウはピタリと止まり、一瞬何も考えられずに動きかけた自身を反省した。


「……すみません、私とした事が」


 そもそも、魔王領には騎士団長や魔塔主、魔王だって居たはずだ。何か不測の事態がありオペラが拐われたとしても少なくとも騎士団長は向かっているはずであり、オペラ自身が大人しく助けを待つような女性ではない。

 そして、自分よりもルーカス陛下が助けに行った方が――


「……」


 そこまで考えてシャドウはエースや三つ子と同じ様に顔を蒼白とした。

 黙り込み固まるシャドウの考えを察し、三つ子達も頷く。


「聞いた話じゃ、シアン……魔塔主様も重傷を負ったらしい」


「魔塔主様が……」


「ああ、だから頼みの綱の移動魔法も無理だ。つまり……」


「……仮に今から東国に行けたとして、絶対に×マスには間に合わない」


「……陛下に何て伝えるんだ……」


 しん……と静まり返る。

 あんなにもウキウキしている皇帝に、一体何と説明すれば平和か。

 いや、平和なんて絶対に無いだろう。

 そもそもオペラが拐われた事事態逆鱗に触れるのに、よりにもよって×マス前に事を起こした東国は最早滅ぶかもしれない。

 敬愛する皇帝が悲しむ姿を思うのも心が痛いが、それ以上に爆発する程怒り狂ったルーカスが何をどうするのか誰も想像出来ないのだ。


「……隠し、通せないかな……?」


 トルテが呟くと、エースがぶんぶんと首を振った。


「む、無理に決まっているでしょう!! いくら陛下だって×マスにオペラ様が居なかったら地の果てまでも探すに決まっています! 誰が止められるというのですか!!」


「そう……だよなぁ」


「どうかしましたか?」


 皆が悩み困っている所……通りかかり声をかけたのは皇室騎士団第二部隊の部隊長、ダイナーだった。


「え……ああ……その……」


 あまり広めたい話題では無いが、この男――月光の騎士と異名を持つ彼は困っている時には力を貸してくれるような者である。

 現に目の届かない地方の数々の事件解決に貢献し、困っていた皇室の人手不足にも結果最善の人材を入れている。

 騎士団長と同じ様になんやかんやで解決する不思議な頼もしさに一縷の望みをかけ、エースは魔王領で起きた事と皇帝の浮き足立つ様子を細かに伝えた。

 ダイナーは形の良い顎に手をかけ優しく頷く。


「なるほど、事情はわかりました。要は陛下の足止めをすれば良いのですよね?」


「え? ま、まぁ……そうっちゃーそうだけど」


 ニコリと微笑んだダイナーは徐ろに上着を脱ぎ始めたので、三つ子が慌てて止めた。


「いや、ちょ、ちょっと待って」


「何でしょう?」


「……何しようとしてんスか……?」


 疑いの目を向ける三つ子達にダイナーは変わらず微笑んだ。


「ですから、陛下が忙しくなり、×マスも中止になり、聖国の女王が寄り付かぬような方法が手っ取り早くあれば良いのでしょう?」


「ま……まぁ、そうだけど……」


「でしたら、×マスを『裸祭り』に変えましょう」


「?????」

「?????」

「「「?????」」」


 いつも通り、何の脈略も無いダイナーの説明に皆が何も分からず言葉を止めた。


「い、いや、何でだよ!!」


「……そもそも、×マス自体が帝国由来ではなく異世界から何となく伝わったものを肉付け肉付けして生まれた冬のイベントです。でしたら、祭り自体を恋人が楽しむ様なイベントから変えてしまえば……少なくとも誕生祭までは時間が稼げるはずです」


「な、なるほど……何も分かんねっス! だからって裸祭りは恋人が楽しむイベントから方向が変わりすぎっスよ!!」


「今、冬っスよ?! 何で裸祭り?!」


 帝国に雪は降らないにせよ季節は冬。そんな時期にわざわざ開催するイベントでは無い。


「大体、何をどうしたら裸祭りに繋がるのですか……」


「いえね、私は結構こういった異世界由来の風物詩に興味がありまして調べていたのですが……どうも元々×マスの由来となる出来事に関係する人物は服をほぼ纏わず磔にされたとか」


「んなバカな!!」


「んな話ある訳無いじゃないっスか! 何でそれが恋人同士で幸せに過ごすイベントになるんスか!!」


「…………いや、それは……間違いでは無いかも……」


「えっ」


 聞く人が聞けば怒られそうな話だが、確かにエースが前世の世界で過ごした記憶を辿ればそのビジュアルが思い起こされる。


「ですので、今年の×マスは寒中裸祭りにしましょう」


「う、ううむ……」


 エースは考えた。それは単純にダイナーがそういう祭りを開きたいだけでは? という考えも過らなくは無いが、確かに帝国にオペラを近付けない名目として裸祭りは強力だ。

 そして、そんな物を開けば陛下が黙ってはいないだろう。

 どうしてそうなった……? と原因究明に駆り出し、二次三次的に起こるであろう被害を止める為に奔走する。

 少なくとも祭りが終わるまではオペラに帝国への立ち入りを禁ずるはずだ。


「ですが……そんな祭りに帝国の皆が納得するはず……」


「帝国の太陽、皇帝陛下の心情と平和を思えば皆納得はするでしょう」


 確かに×マスは皆楽しみにしているイベントだ。だが、オペラ不在で、しかも東国に拐われたなどと知れば何が起きるか分からない。

 出来る事ならば時間を稼いで騎士団長に秘密裏に何とかして貰うのが今考えられる得策だろうと皆が首を傾げかけながらも納得した。


「……話は聞かせて貰った」


 柱の影から現れたのは銀色の髪に白い瞳、純白の1枚布のパンツだけを履いた純白の騎士ブレイドだった。


「私も陛下の騎士となり、陛下を敬愛する帝国民となった身。そういう話ならば協力せざるを得ないな」


「うん、ブレイド、×マスは未だ先だからまだ脱がなくても大丈夫なのだが……?」


「私も協力させて貰おう」


 やはり柱の影から現れたのは魔法士団長のストーンだった。こちらも既に一糸も纏ってはいなかった。


「先の試験では醜態を晒した私だが、今度こそ陛下の為に一肌脱ぎたい。それが、騎士道」


「いや、ストーン団長は魔法士っス」


「一肌どころか全部脱いじゃってますし、一肌は纏った方がいいっスよ」


「……」


 皇帝の為に尽力しようとしている者達を見たシャドウも、甲冑に手をかけた。


「私も……オペラ様の為に……」


「いやシャドウ、お前は脱ぐなよ!!」


「甲冑の下の下どうなってんのか色々気になるけど、お前顔は陛下なんだからそれだけはやめた方がいい!!」


 シャドウの手を止めようと三つ子が奮闘する様子を見て、ダイナーは微笑んだ。


「ほら、陛下の為ならこうして皆一肌脱いでくれるだろう? 他に手立てが無いならば陛下に気付かれぬうちに手を打っておいた方がいいんじゃないかな?」


「う……うーん……」


 帝国にこれ以上変な風習を増やすのは気が引けたが、最悪の事態を思えばまだマシな方だった。

 若干ダイナーの思惑に踊らされているような気もしなくもないのだが背に腹はかえられず、宰相のエースは皇帝に気づかれぬよう×マスの準備をする城下町へと手を回しに動いた。



「陛下、大変です。今年の×マスは……男性が赤い一枚布で練り歩く寒中我慢大会になっているみたいです……」


「――は? いや、何で……???」


 こうして、皇帝陛下の元に×マス変異の知らせが届き、その原因究明に奔走する為に絶対に帝国には近づかない様にとの知らせがオペラ不在の聖国に送られた。




※月光の騎士ダイナーについては別作品「月光の騎士様にお気をつけて~麗しの騎士は微笑みながら今日も自由に出歩く」をご覧頂ければと思います

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