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東国人は魔王領に行く……その裏で複雑に事件が動き出す(6)

 


「何か騒がしい気もするが……気のせいか?」


「ん? まぁ、森の中魔獣が多いからな。未だ魔王も結構躾に手を焼いているらしいし」


「……躾に? 犬猫ではあるまいに……魔獣、だよな?」


「割と犬猫みたいなもかな。可愛い奴は可愛いし」


「魔獣……とは?」


 魔王領温泉から続く石畳、若干遠い先の貸切状態の露天風呂を目指して俺とフェイ・ロンは歩いていた。

 貸切なはずだろう。何せ遠い。

 それに森も何かザワザワしていて、魔王領に来るのが初めてなフェイ・ロンはびくびくと辺りを見回していた。


「本当に安全なのか?」


「まぁ、そう思う気持ちは分からなくもないが……俺も最初に来たときはもっとこう、だいぶ危険な所を想像していた。蓋を開けてみると魔王のライブを聴いていた」


「ライブ……何だそれは」


「なんというか……異世界の歌唱ショーというか……異世界人のたっての願いを聞き入れてそうなった」


「……魔王って歌うのか……? その歌声を聴いた者は耳から血を流し死に至るとかではないよな」


「何ソレ怖い。いや、普通に上手かったし何か魔族達もノリノリだった。というか、ここまで見て来た様子でも分かると思うが、魔王領はマジで人間どころか世界中にも開けているし、聖国とも和解している。魔王を目の仇にしているのなんて様子を知らない異世界人や交流の無い東国みたいな外国人位だが」


 俺の言葉に現実を突きつけられたのか、フェイ・ロンは頭を押さえてはーっとため息を吐いた。


「もういい……我は深く考えるのをやめる。どうも、東国の常識や偏った知識が邪魔して想定外の事に耐え切れない……我は頭を空にする。考えるだけ疲れるし」


 ここまで想定外の事が多すぎて疲れたのか諦めた顔には子供らしからぬ疲弊の色を見せていた。

 帝国の助力や竜の力を求めてわざわざこの地まで来たのに全然空振り、果ては魔王領に来てみたもののほぼほぼ観光。いや、まるっきり観光。


「まぁ、男ならば細かい事は気にしない方がいい。男なら」


「……ジェド、お前はさっきからやたらに男を強調するが、よもや我を女とでも疑っているのではあるまいな……?」


「いや、別にそんな事は……」


 時折、聖国のように男児か女児でなくては王位を継げない国もあり、事情があって女装や男装をさせられるという子供もいたりする。暗殺の危険から身を守るとか、政略的な事も含めて。

 だが、大輔や高橋に聞いてしまっている通り、フェイロンは男の娘の悪役令嬢の運命を辿るかもしれないのだ。女の子は男の娘にはなれない。ので男装させられた女の子の可能性は無いだろう。


「ハオが……あの変態が時折そういう事を口走るからな。それに……女ならば政略結婚や他に使い道があったと、言われる事もある。第1王子でもない……竜の加護や力の無い男児など、邪魔なだけだからな……」


 言葉尻がどんどん小さくなっていくフェイ・ロンの話が消える頃、探していた温泉が見えてきた。


「ほら、あれみたいだ。温泉」


 フェイ・ロンの肩に手を置いて温泉を指すが、落ち込んでしまったフェイ・ロンは俯いたままだった。

 うーむ……帝国と違って東国は王族とは言えこんな子供にまで苦難を強いるんだもんな。

 だが、言うて以前の帝国や聖国、セリオンやその他の国だって似たようなものだった。少しずつ、誰かが変えていっただけなのだ。


「フェイ・ロン殿下、貴方は考え過ぎだ。考えるのを止めるって言ったばかりだろう? 失礼」


「――えっ」


 動かないフェイ・ロンの両脇を掴んで持ち上げ、そのまま温泉に投げ入れた。


「は??? がぼっ!!」


 俺も後に続いて温泉に飛び込んだ。微妙に足のつく温泉から顔を出すフェイ・ロンの腕を掴んで引き上げると、真っ赤な顔をして怒っていた。


「おま……我は東国の王弟だぞ?! 何をしているか分かっているのか?!」


「そうかもしれないけど、ここは帝国であり魔王領だからな。その、嫌な事思い出してそんな顔する位だったら、忘れたらいいんじゃないのか? 少なくとも、東国から出ているうちは」


「――っ! 嫌な思いなど……」


「ノエル嬢を見て分かるだろう? 帝国では貴殿のような小さい子供が国の事を考えたりとか、争いの為に力をつけるような事は無い」


「でも……お主や皇帝だって幼き頃から力を付けていたのだろう? だから強いんだろう……?」


「まー、俺達はなぁ……一緒くたに出来ないけど。でも、俺だって陛下だって、何も全て苦しい思いや嫌な思いをしていた訳じゃないから……。とにかく、貴殿みたいな年の頃は、俺も何も考えずに楽しい事ばかり考えていたので、もっと色々楽しんだ方が良いと思う」


 そう、苦しい事や嫌な事ばかり考えていると碌な大人にならないのだ。碌な大人になる前に男の娘の悪役令嬢になるかもしれないし。


「何も考えない事に決めたのだろう? どうせ、陛下や俺の目の黒いうちは下手な事も出来ないんだし……それに、平和な帝国では争いは無いんだから、さっき言っていた通り何も考えずに、ただの男児のフェイ・ロンとして過ごしたらどうだろうか? ただの男児として」


「……だから何で男児を強調するんだ……?」


「ああ……いや、まぁ……元気な男子に育って欲しいなと思ってな」


「……お前は乳母か何かか……ふっ」


 フェイ・ロンはやっと呆れたようでも笑ってくれた。


「お前と話していると気が抜ける。というか、服がびしょ濡れなのだがどうするのだ。普通脱いで入るだろう、服を着たまま温泉に入れるなよ」


「あー、ほら、浴衣があるから良いかなと思って。それに、その服装も今は脱いでしまった方がいいんじゃないかって……」


「そこまでする奴が居るか全く」


 フェイ・ロンは温泉で全身ずぶ濡れになった服を脱ぎ捨て、近くの岩場に乾かすようにかけた。俺も同じように制服を脱いで木に干し掛ける。

 どうやって着ているのかよく分からない東国仕様の服を脱いだフェイ・ロンは本当にちゃんと男児だったので、疑っていた訳では無いが少しホッとした。いや、まだ油断は出来ないのだけれど……


 冬本場の魔王領は、スノーマン程じゃないにせよ肌寒く、直ぐに入った露天風呂はひんやりとした心地よい風と温泉の暖かさが程よく全身の力が抜けるようだった。

 フェイ・ロンもはーっと息を吐いて寛いでいる。


「ジェド、お主は不思議な男よ。他国の者の事情なんてどうでも良かろうに。普通、他人の面倒ごとに首を突っ込む奴はおらんぞ」


「まぁ、俺もそういう性格だったのですがね。フェイ・ロン殿下が不幸な末路を辿ると必然的に首を突っ込まざるを得ないというか、だったら未然に防ぎたいというか……」


「はぁ? お主の言う事は時折分からんな」


 俺の曖昧な説明にフェイ・ロンは首を傾げた。俺も言っていて分からないし、そもそも何で悪役令嬢関連の人が俺のところに来るのかは未だに分かっていない。


「……フェイでいい。殿下もつけなくていい」


「え?」


 フェイ・ロンは恥ずかしそうに明後日を向きながら続けた。


「東国の王弟でなく、普通の男児として過ごせと言っただろう……だったら、お主も普通の男児として扱え。無礼もまぁ……多少は許す」


「そうですか。じゃあ、まぁ……フェイ、これを」


「ん?」


 俺は魔王領温泉のタオルを畳んでフェイの頭の上に乗せてやった。何だか知らないけど温泉はこうやって入るのがしきたりらしい。タオルをお湯に浸けちゃ駄目だから。


「あ、あとやっぱ温泉といえばこう、湯船に浸かりながら酒とかなー。あ、フェイは子供だからイチゴ牛乳とか後で用意してやろう。セリオンから輸入された牛乳でつくられたイチゴ牛乳だから美味しいんだ」


「イチゴ牛乳……? それは牛乳に苺が入っているって事か……?」


「ああ、まだ食事も取ってないだろうけど、東国には無いであろう美味しいものが沢山あるからな。後で案内――」


 そう言いかけた時、近くでドオオオンという爆発音が聞こえた。


「何だ?!」


 音のする方を見上げると、遠くに黒い獅子と、羽を持つ2人の人物が見えた。

 えーと……黒い獅子はアークだよな……?


「どうした、ジェド。あの音は何なんだ?」


 遠目の利かないフェイが空の方をじっと見つめて不安げに聞いて来た。


「帝国は争いが無く、安全なんだよな……?」


「そのはずなんだが……」


 そのはずなのに、その音の発信源はバチバチと音を立て、どんどんこちらへ近づいているようだった。

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