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東国人は魔王領に行く……その裏で複雑に事件が動き出す(4)

 


 様々な事情が渋滞している中……ここにも1人、複雑な心境を抱える男が居た。


 魔王アークはお忍びで魔王領に来ているオペラの姿を見つけ、どうしたら良いのか分からずに非常に困っていたのだ。


 目を瞑って思い出す。どうしてこうなっているのかを……

 アークは、実はこうなる事は知っていた。



 ★★★



 それは数週間……いや、もっと前のこと。

 いつその話題が出たのかもよく覚えてはいないのだが、グラス大陸から戻ってきたアークの元に真っ先に訪れた客はシュパースの主、遊び人のナスカだった。


「アークくーん、遊びに来たよ」


 機嫌よく手ぶらで訪れるナスカだったが、そんなちゃらちゃらした遊び人でもアークにとっては重要人物――いや、神だった。

 それというのもアークがシュパースに最初に訪れた時……アークは魔王領の観光開発の相談と助力をナスカに願っていたのだ。

 帝国や精霊国に対してもそうだが、アークは自領や魔族の行く末に関しては何が無くとも人々の手助けが必要だと考えていた。

 自身がそうやって魔族の未来の為に尽くす事、それが父や母への弔いであり皇帝ルーカスから学んだ事だったから。


 シュパースではオペラとの関係改善に気を取られて有耶無耶になっていたが、グラス大陸で再びナスカを見つけた時に再度頼み込んだ。――が、当のナスカは「その内気が向いた時に行けたら行く」と、絶対来ないワードを3つ位重ねたような曖昧な返事をして笑って流した。

 元より仕事をするのが嫌で遊んで暮らしたいような男である。観光地開発のような遊ぶ場所の相談ならば乗って来るのでは無いかと思ったが、考えが甘かった。

 ナスカが乗って来るのは面白いと思った事に対してであり、観光開発のような単純な仕事ではナスカの興味を引く事は出来ないのだ。

 だが、種族問わず笑顔で魔王領に訪れて貰えるような、そんな場所を作るには遊び人のカリスマであるナスカが適任である。

 どうしたものかと悩んでいた所……その待望の人は急に来た。何の前触れも無く。


「いやー、前にお願いされてたよねー、気が向いたから来ちゃった」


(――絶対におかしい)


 胡散臭いその笑顔。お願いされていたから、気が向いた――などという言葉は、ナスカの口から発せられているようでも心が全く込められていなかった。

 件の遊び人が何の目的も無くただ協力する為に訪れる訳が無いのだ。


 疑いの目を向けるアークを見て楽しそうにニヤリとナスカは笑ていた。

 アークにとって、ナスカは今まで出会った中でも突出して不思議な男だった。

 心を読めるアークの、その心を読む者は1人も居ない……はずだったのだが、ナスカだけは違う。

 読めてないはずなのに心が見透かされるのだ。


(だって、こんな楽しそうな事……見過ごす訳にいかないしなぁ)


(――楽しそうな……事?)


 不振な様子で警戒するアークに、ナスカは表面上ちゃんと仕事をする素振りを見せた。


「んーと、新しい観光名所だよねー? やっぱさぁ、今はがっつりはしゃいで遊ぶよりもターゲットを絞って作った方がいいんじゃないのー?」


(アークくんさぁ、絶対気にしてるだろうと思ってさ。いいこと思いついちゃったからー)


「ターゲット……というと?」


「んー、魔王領ってさぁ、温泉とかあって観光場所としては結構静かな場所じゃん? シュパースとか魔法都市とかそういう系の派手な名所はあんまり需要無いというか、雰囲気を生かす方向で作っていった方がいいと思うんだよねー」


(あっちも結構そわそわしていたから丁度いいというか)


「例えば……?」


「んー、カップル向けとか?」


(一石二鳥だと思うんだよねー、オペラちゃんを呼び寄せるのに)


「ぶふっ!!!!」


 心の声と生の声が入り混じって聞こえ、会話になっているのか分からない中に今一番聞きたくない名前が聞こえてアークはお茶を吹いた。


「……だからー、×マスも近いでしょ? そういう、カップル向けの静かでムードある名所とかがいいんじゃないかって――」


「ちょっと待て、その口と考えるのを一旦止めろ」


 咽る自身を落ち着かせる為にナスカの口を塞ぐように手で止めたが、ナスカはうーんと首を傾げた。


(えー? だって、めっちゃ気にしてんじゃん。返して貰ってない指輪とか、大事なやつなんでしょ?)


「あー、煩い!!! 頭の中に直接語りかけるな!!! 何なんだお前は……というか、もしかして聞いてたのか……?」


「ん? 聞いてはいないけど。ルーカスとアークくんの話なんて」


「聞いていたんじゃないのかそれは!! いや、聞いてようが聞いていまいがこの際どうでもいい……俺の為に一肌脱ごう風を装ってるが、お前結局かき回そうとしているよな???」


「えー、そんな事無いし、俺は純粋にアークくんの為に観光名所の開発と目下の悩みを一気に解決しようとしてあげてるだけだしー」


「そこ一緒にする必要無いだろ!!!」


 頭を抱えたアークの様子をニヤニヤと面白そうに笑うナスカはアークの頭に囁く様に笑った。


(気にしてないなら別に来たって関係無いよね? 単純に観光地に来たオペラちゃんにちゃんと指輪を返して貰うようお願いすれば良いだけだし)


「ぐっ……」


 それ以上抵抗する事は、ナスカの思う通り、完全に気にしていると言っているようなものだった。ナスカの思う壺にならない為にはナスカが善意で協力提案してくれている開発案を聞き入れて、それに下見に来るであろう件の女王も普通に受け入れて、ついでに指輪を返して貰えばいい。

 だが、それが既に思う壺であり、ナスカの話をホイホイ聞いた時点でこの勝負はアークの負け確定なのだ。

 余裕の笑みを浮かべて勝ち誇るナスカだが、言っている事はちゃんとアークの望みを叶えているし、真っ当な話だった。


「とは言え、オペラちゃんだって忙しいみたいだし、誘って来るかどうかは分からないけどねー」


 困ったような素振りをするナスカだったが、そんな事を言ってみているものの絶対に、確実に来る事はアークには分かっていた。

 どんな方法を使ってでも、何なら例えオペラが嫌がったとしても摩訶不思議なナスカのスキルを使って連れて来るに違いない。そんな未来さえ未来予知の無いはずのアークには見えてしまった。


「大丈夫大丈夫、まだこれから開発でしょ? 全然時間があるし、それまでにどうやったら取れるか調べてみたら良いと思うよ」


「……」


 もう、来る事は確定事項のようだったのでその事も含めてアークは考える羽目になってしまった。


 そんなこんなで、暫くは魔王領の新名所の開発で忙しかった。

 無論、忙しいのは魔族と、協力してくれるシュパースの遊び人達で、ナスカ自体はたまに顔を出すものの温泉に入ったり湖で観光したりとやる気が全く見られなかった。

 が、時折気が向いたように呟く「何かあの変寂しくね?」や「何か面白くない……」などという実のあるような無いような助言に翻弄され、直してみれば確かにナスカの言うとおり魅力的な場所として作られる。

 そうして出来たのが魔王領の火山の裾野と湖近辺に広がるイルミネーションの回廊だった。

 観光ルート沿いには発行魔石が並べられ魔石蝶が飛び、寒い時期にも関わらず花畑の様な美しさを見せた。

 派手さは無いのだが、光のアーチを何本も潜ったり湖の中にある光のアートが見られたり、更に光の魔法や魔石に彩られた魔獣達の行列は観光客を和ませる。

 帝国の誕生の月にも似たような催しはあれど、魔王領全体が光で彩られゆっくりと夜の景色を楽しみながら温泉にも漬かれるというこの新名所は魔王領温泉のリピーターや新規顧客を沢山呼ぶに非常に良いものだった。

 そこはおちゃらけているようで流石名うての遊び人の王……と関心しているのもつかの間、×マスも近づき開発も終わりを迎えそうな頃――恐れていた者は前触れも無く急に訪れた。


 お忍びで来たつもりだったのだろうが、悲しいかなその返してほしい指輪の懐かしい気配は魔王領に入った瞬間にアークに存在を気付かせた。


(――くっ……だが、ナスカに言われていたからな。シュミレーションはバッチリだ)


 絶対に来ると分かっていた。アークとて何の心の準備も無しに待っていた訳では無い。

 が、結局なんでオペラがあんなに苦労しても外れなかったのは分からず仕舞いだった。恐らくオペラがまた冬に向けて太ったのだろうとアークは無理やり納得した。最終手段は土下座をしてでも返して貰う事だった。


『疑って悪かったね。何だか君がオペラの事を好きになってしまったのかと思って焦ったよ』


 久々にその顔を見ると思うと、先日ルーカスに言われた言葉が急に思い返される。

 そんな訳あるかい! とぶんぶん首を振りながらそちらへと向かう。そんな茨の道は破滅の未来しか想像出来ない。

 悪役令嬢とかいうふざけた存在でも無いのにわざわざ茨に飛び込んで行くのはマゾのする事である。

 今は何を置いても魔族の未来だが、どうせ誰かを自身の元に迎えるならば平和で何の障害も無いような者がいい。父と母のように互いに運命だと思えなければ、意味が無いのだ。

 ましてやもう運命の相手が居るような者では――と、そこまで思ってまたぶんぶんと手で考えを振り払った。

 大事な物さえ返して貰えればそれで良いのだ、あの遊び人の遊びに付き合ってられるか――と目的地にたどり着きかけた時……


 目に見えたのはやはり予言されていた通りの女性――聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアだった。


 森の中、オープン予定の新名所を目指してこそこそと、未だ隠れているような仕草にとてもじゃないが存在がバレていると言い出し難い。

 存在を教えているのが無理やり嵌めてしまった(自分ではない)指輪なのも更に気まずい。

 だが、そうして隠れてみていても気まずさが増すだけだと思い、意を決して声をかけようとしたその時……アークより先にオペラに声をかけた者がいた。


 それはオペラと似た白い髪、白に黒の混じった羽を持つ有翼人。


「え……ロスト……?」


 思いがけず突然現れたその男に動揺するオペラ。そして動揺するアーク。


「……あんたが1人になるのを、待っていた」


 ロストと呼ばれた相手にそう言われ、目を見開くオペラ。

 アークはその男には見覚えは無かったのだが、ロストの羽……黒く汚れたその臭いには覚えがあった。

 肌がひりつくのが分かる。つい最近も取りつかれたノエルに感じたが、それ以上に濃い臭い。まるでアークの恐れるあの女の血で羽を浸したかのような禍々しさだった。

 その闇が濃すぎてロストの考えは読めなかった……それだけじゃない、ぐちゃぐちゃとしているのだ。

 オペラに対する感情が、色んな感情がぐちゃぐちゃとしていてアークは顔を顰めた。


 ロストの手がオペラに伸びかけた瞬間――びくつくオペラの前にアークが立った。


「――貴方……魔王……?」


 驚きアークを見るオペラの指には、やはりスノーマンで見たときと同じようにアークの大事な指輪が収まっていた。

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