東国人は魔王領に行く……その裏で複雑に事件が動き出す(3)
「何処に行かれるのですか?」
「ぎくっ」
きょろきょろと辺りを伺いながら温泉を出る影。魔法士のシアンが声をかけたのは東国人騎士のハオだった。
観光客に紛れ、外に出ようと目論んでいたのだろうが東国人の彼は目立つ。そもそも、シアンは2人の事を信用していなかったので追跡魔法をかけていた。
フェイ・ロンはジェドと一緒なので気にはしていなかったが、1人になったハオはどうも動きがおかしい。
「ええと……魔王領には可愛いもふもふが見られるというカフェがあると聞いて見たいなーワタシと思いましてねー」
「そうですか、ならば僕も行きますよ」
ニコリと笑うシアンは動揺するハオのすぐ横について歩き出した。
「い、良いんですか? ワタシ、可愛いものを見ると長いというか、騎士団長に一言言ってから出て来た方が良かったのでは……」
「それは貴方も一緒じゃありませんか? 守るはずの主人を置いて無断で出るほど可愛いものに目がない……ようにも見えますけど……」
シアンは森をちらりと見た。
「もしかして貴方、東国以外の地に結構来たことがあるのでは?」
「えっ――何故それを……あっ」
シアンに言われてバツの悪そうなハオは足早に歩き出す。
「おかしいと思ったのですよねぇ。騎士としての役割を果たす訳でも無ければ、使者としてのやる気もあまり無い。フェイ・ロン殿下はまぁ、目的があったのでしょうけど、貴方はどうも目的がそれだけじゃないような気がして。帝国がというよりは、他国に何か探しに来られたのではないのですか?」
「……」
シアンの尋問に、はーっとため息を吐きながらハオは眼鏡をかけた。その瞬間、ピリリと周りの空気が鋭くなる。
ハオの眼鏡は直ぐに割られたり外されたりするのでその実力は測りかねたが、フェイ・ロンいわく東国でも屈指の剣士なのだ。眼鏡をかけて本気を出せば油断ならない相手かもしれない。
シアンは直ぐに発動できる魔法を用意したが、ハオはフルフルと手を振った。
「ああ、どうも済みません、ワタシ眼鏡をかけるとよく見える分変な空気出しちゃうんですが、全然そういうのじゃないんです」
苦笑いのハオは肩をがっくしと落とした。
「本当は可愛い女の子や動物をちゃんと愛でたいのですけど、怖がられるからあんまり眼鏡をかけられないというか……」
筋金入りのロリk……可愛いもの好きのハオは、よく見えてしまったら見えてしまったであまり可愛い物には好かれないタイプだという。
いつも眼鏡をはずしてぼんやりしている方が怖がられなくて良いのだが、自分の方はよく見えないので嬉しさ半減なのだ……
「難儀な性格ですねぇ」
「まぁ、どの道可愛い物にはあんまり理性を保てないので禁止されているんですが……眼鏡がないとちゃんと探せないので」
「探す、とは?」
ハオは困ったように眉を寄せて話し始めた。
「実は……ワタシが坊ちゃんについて来たのは人探しというのがメインなんです」
「人探し? フェイ・ロン殿下の目的とは違うのですか?」
「うーん、アレはまぁ、最初から信憑性が薄かったので。何せ情報源が物語でしょう? そもそも平和な帝国で可愛がられて育った女の子にそんな力が宿っていたとして、どこまで力になるかは分かりませんし」
「じゃあ……一体誰を」
ハオは思い出す仕草をしながら不気味に笑った。その笑顔に少し邪悪な気配を感じてシアンは身構えたが――
「女の子を捜しているのですよ」
「女の子……?」
思い出した人物がハオの大好きな女児だっただけなのだ。思い出し笑いが邪悪な笑みなだけだった。
シアンは心底嫌な目をハオに向けるが、ハオは慌ててぶんぶんと首を振った。
「あ、違います違います、多分今はもう大人になっていると思うのですよ」
「大人に……? ならば範疇外じゃないのでは?」
「ええ、範疇外。今探している人物には全く以って興味が無いので安心してください」
「……何だろう、そう言われれば言われる程君に対して安心ができないのだけど」
これ以上掘り下げるとハオに対してどんどん不信感が募りそうなので話を元に戻させた。
歩きながらもハオは道行く観光客をきょろきょろと探す。
魔王領には沢山の種族が集まっていた。
「こんな所を闇雲に探して見つかるものなのですか? 確かに魔王領は色んな国から観光客が集まるけれども……それに、貴方の知っているその子はもう大人になっているのでしょう?」
「ええ、まぁ……ただ、その子を連れていた女性がよく魔王領の話をしていたので、ここに来れば何か手がかりがあるのでは無いかと思いましてね。魔王様にもお聞きしようかと思っていた所なんですよ」
「そう……でも、それならば主人に隠れてコソコソ探す必要は無いのでは?」
「ええと……仕事を放棄してまで女の子を探しているとか、坊ちゃんが許してくれると思います?」
「それはまぁ……」
「それに――」
辺りをきょろきょろと伺いながら、ハオはシアンに耳打ちをした。
「その人探し、現王……つまり坊ちゃんの兄上からのお願いでして。坊ちゃんとはあまり仲が良くないのでそんな事言い出せないですし」
シアンはフェイ・ロンの様子を思い出した。穏健派の平和主義者であるという兄を思い出すフェイ・ロンの様子は仲の良い兄を思い出す目ではなかった。ジェドのように兄弟仲が良いわけでは無いのだろう。
「……そちらの言い分は分かりました。ただ、我々は陛下から監視も仰せつかっているので同行しない訳にはいきません」
「それは、全然ご自由に」
ハオはにっこりと微笑む。ぼんやりとして目を細めていたハオは人当たりの良い笑顔であったが、眼鏡をかけたハオはギラギラとしていて、笑うと不信感を抱かずにはいられなかった。
シアンに笑顔(?)を向けていたハオだったが、シアンの向こうに見えた看板を見てその動きと表情をピタリと止める。
「――?」
シアンも不思議に思い振り向くと、そこには魔族のベルが経営するもふもふ魔獣カフェがあった。
またハオに目線を戻すと、目を輝かせてふらふらとそちらに入っていく。
「か……可愛い……」
「いらっしゃ――うわ、何かヤバそうな方を連れてきましたね」
ドアを開けて中に入ると、開口一番にベルがハオを見て嫌な顔をした。
「分かるかい?」
「ええ、こんなに汚い目をした人間は魔族が襲われた時以来ですね。禍々しくてヤバそうな方を連れてこないで貰えますかね……?」
ハオが近づくにつれて怯えるふわふわの魔獣達。
シアンは無言で指を鳴らし、ハオのかけていた眼鏡を粉々に砕いた。
「ああっ?!!! 何をするんですか!!! 眼鏡が無いと全然見えないのですけど!!」
「……魔獣が怯えるからどの道触れないでしょう。いいからもふもふ魔獣カフェを堪能したいならば今すぐ目を瞑りじっとしている事ですね」
目を瞑り座るハオ。眼鏡が壊れて不穏な空気が無くなった彼の周りには魔獣達がサービスで集まり、身体をよじ登っていった。
「ああー……愛でられないから嬉しさ半減……つらい……」
悶え苦しむハオを見て、ベルは嫌な顔をした。
「……シルバー様――じゃなかったシアン様、何なんですかこの人」
「うーん、話を統合すると、可愛い物が好きすぎてヤバイ変な人かな。眼鏡が無ければあまり害は無いみたいなので」
「そうですか……とりあえず、何か今日は客人が多いみたいなのであまり問題は起こさないで下さいね」
「我々の他に客人が?」
シアンが首を傾げると、ベルはため息を吐いた。
「まぁ。何も問題が無ければ良いのですが……無理でしょうね」
ベルは思い出す……城を飛び出したアークの様子を見る限り、あまり平穏に終わる事は期待出来そうになかった。




