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東国人は魔王領に行く……その裏で複雑に事件が動き出す(2)

  


 オペラが魔王領に来た理由――それは遡ること数日前。



「ねーオペラちゃーん、×マスとかどうするのー?」


 聖国の女王への突然の非常識な訪問……そんな事をする者は数える程しか居ない。


「……何ですの? わたくし忙しいのですし、貴方を通す事を許した記憶は無いのですけれど」


 執務室で1人、仕事に追われるオペラの目の前にいたのは、髪の半分が真っ赤、半分は剃り込みの入った黒髪、小さなサングラスからにやけた目を向ける――遊び人のナスカだった。


 そもそも、ナスカと話をしたのだってシュパースにお忍びで偵察に行った時と思い出したくも無いスノーマンでの戦いの時だけ。シュパースで会った時もナスカの正体を知らず、ただ声をかけられた位だった。

 にも関わらず距離感無視の馴れ馴れしさで聖国の女王に謁見許可も無く、ましてや忙しい仕事中に堂々と話しかけているのだ。

 許可して通したつもりも全く無いのに、何処からどうやってたどり着いたのかオペラの元にやって来た。


「いやー、何か可愛い聖国人の女の子とか沢山いてさぁ。仲良くなりながら何やかんやでオペラちゃんの所まで来られたの」


「……そこから近寄ったらふっ飛ばして世界樹から落としましてよ」


「えー、それは困るー」


 ナスカのその軽さも、誰彼構わず女子と見ると口説くその態度も、じっと見つめるその目も何もかもがオペラは苦手だった。


「これでも結構女の子には好かれる方なんだけどなー」


「私をその辺りの女性と一緒にしないでくださるかしら……貴方、失礼が過ぎません――」


「まぁ、そうだよねー。いくら俺がイケメンでもルーカスの男前には色々負けるからなー」


「貴方――」


 馬鹿にされたような気がし、怒りで手にしていたペンをへし折り顔を上げるも、その目の前に紙がペロンと落とされた。


「……何ですの……?」


「んー、いや、オペラちゃん忙しいかなと思ったんだけど、ほら……もうすぐ×マスでしょ?」


「だからわたくしは今必死で――」


 オペラが今、寝る間も惜しんで仕事を片付けているのは×マスと、そして誕生の月を帝国で過ごす為であった。

 記憶に新しいその2つの日が、もう幾月も無く迫って来ているという事実にオペラは絶望していた。

 前に過ごしたその2つの恋人達の為のイベント……あれから一回りの月日が経っていても、ろくにオペラとルーカスの関係は進展していなかった。それが余計に焦りを駆り立てる。

 今年は前回よりも進展したい――が、前よりも明らかに仕事が忙しくなっていた。平和が……平和がオペラの羽に仕事を重石としてのしかけているのだ……

 だが、オペラとて準備無く黙って過ごす訳にはいかない。何としてもルーカスと過ごす為に、普段彼と合うその時間を削ってでも、睡眠時間を削ってでも、ありとあらゆる身体強化、精神強化の神聖魔法をかけてでも纏まった時間を作るべく執務室に立てこもっていた。

 尚、アッシュを始めとしたオペラ親衛隊の部下達は既に廊下で倒れて廃人となっている。それをかき分けながらナスカは普通にこの部屋に入ってきたのだ。


「……これが、何ですの?」


「ん? だから、×マスのデートスポット。新しく新設されたからさぁ、今年はそこにルーカスと2人でどう?」


 その紙に書かれていたのは、確かに何処かの新規オープンの案内だった。オペラは興味無さげに紙を跳ね除ける。


「わたくし、シュパースのように遊び人の多い地には興味ありませんの」


「いや、それシュパースじゃなくて、魔王領」


「魔王領……?」


「うん、シュパースだと雰囲気が違うからさー、丁度アークくんに魔王領の新しいスポットの開発の相談も受けててさー。そんで、静かな魔王領の山に大規模イルミネーションを提案したんだよねー」


 跳ね除けた紙を再び手にして見てみると、確かにそれは魔王領の案内だった。魔王領にある湖と、その近くにある火山の山一帯に光の道とスポットを作り、静かで幻想的な新たな名所としてオープンするらしい。


「皇城で過ごすのも良いけどさー、2人で見に行ったらー?」


「……そんな事、貴方に決められなくとも――」


「あと、その前に解決しなくちゃいけない事もあるんじゃないのー?」


「――?!」


 オペラはナスカの目線の先を見て身体を硬直させた。

 それは、オペラの指に嵌まり続けている指輪――魔王アークの物だった。

 確かに、この指輪の存在についてはオペラも困っていた。中々指から外れないのも勿論だが、そもそも何の用も無く魔王領にこれだけの為にアークに会いに行くのが気まずい。

 とは言え、何度か助けて貰った事……そしてこの指輪がアークの大切にしている形見だというのも色々心苦しかった。


「ほらぁー、ね、俺が誘った事にして、×マスの下見も兼ねて今のうちに行ってきたら? 2つも指輪して、その日を迎える気?」


「う……」


 オペラは頭を抱えた。完全にオペラの負けなのである。ナスカが動いて思い通りにならない事は殆ど無い。巧みに策略に嵌められたような気がして、オペラはナスカを睨んだ。


「……何で、貴方はわたくしにそんな事をさせますの? 何が目的でして?」


 不満げに睨むオペラに、ナスカはうーんと考えた。


「いや、何となく、面白いから?」


「ハァ?」


「あと、俺……何処までもあの女には反抗したいというか。全部折りたいというか」


「???」


 面白いから、というのは納得がいった。ナスカはそういう男なのだ。遊べそうな人を見つけてはからかって楽しんでいるような男だったのだ、とオペラは出会ってから数回しか話をした事の無いこの男の人となりを知った。

 だが、その後に呟いた事については正直誰の、何の事を言っているのか全く理解が出来なかった。


「とにかく、仕事の事は俺が何とかしといてあげるから、気兼ねなく行ってきて」


「何とかって……貴方に何とか出来る訳が無いでしょう???」


 呆れているオペラを執務室の席から退かし、座ったナスカはオペラが取り掛かっていた紙に『必要・不要』と書いて真ん中にペンを垂直に立て、手を離した。

 ペンはぐらぐらと揺れ、不要の方に倒れる。


「この案件、多分要らない」


「は?!! 貴方、見てもいないのに勝手に……」


 ナスカが捨てようとした書類を奪い取ると、確かにそれは破り捨ててもいいくらいのくだらない商人からの取引依頼だった。


「大丈夫大丈夫、俺がオペラちゃんの長期休みまでちゃーんと確保してあげるから、オペラちゃんはのんびり下見に行って来て」


「……もし、嘘だったら古代の神聖魔法で貴方の一番嫌なものを炙り出して刑に処しますわよ……」


「……それはそれで気になるけど、そんな怖いギャンブルはしないから安心して」


 ひらひらと和やかに手を振るナスカにふんと背を向け、オペラは窓から飛び出した。

 窓の外、大空が広がる世界樹の頂上の景色の中にオペラの羽が散らばった。

 綺麗だな、と眩しそうに目を細めると、その中に混じっている別人の黒い羽が見えて、ナスカはニヤニヤと笑った。

 願わくば、そのまま全部の羽が無くなれば良いのにと思ったのだが、片方が見えないナスカの目には、そこまでの先は写らなかった。



 ★★★



「それで、東国の王族の我が何で一般の奴らと同じ湯に漬からねばならんのだ」


 話の流れで俺と一緒に大浴場に歩いていたフェイ・ロンは急に我に返ったように文句を言い始めた。


「いや……今更? 大丈夫だ、俺も公爵家子息だし、何なら陛下だって一緒に入っている。帝国はあまり身分とか関係ないからな」


「……それで貴族側はいいのか……?」


「案外気にならないが。というか、魔王だって入ってるし、ああなってくると身分もくそも無いからな……」


 人気観光地である魔王領には様々な種族や国、身分問わず人が来る。中にはフェイ・ロンのように未だ魔王領を勘違いしていて、戦いに来る他国の冒険者や密偵も居たりするが、1度温泉に入ってしまうと目的も何もかも忘れて湯に身を任せてしまうのだ……

 その辺りはミイラ取りがミイラ、真っ当なやつも真っ当じゃないやつも遊び人に堕ちてしまうシュパースと似ている気がする。最近、アークがナスカと相談して新しい名所を作っているらしいと聞いたが、後でアークに聞いてみよう。

 視線の先、大浴場には人間のなりをしている者から得体の知れない魔族まで居る。そんな者たちと一緒に入っていると、貴族って何? 人間って何? という境地にまで達してしまうような……そんな感覚なのだが――


「いや……我はこんなに大人数と同じ湯に漬かるのは流石に嫌だぞ。肌を見せるのも本当は嫌なのだ」


「んー……そうかー、俺はフェイ・ロン殿下に男らしさという物を知って貰う為にはまず男同士、湯の付き合いだと思ったんだが……」


「……お前は何を言っているんだ?」


 俺の呟きを理解出来ずフェイ・ロンが不審がる。まぁ、君は何も知らないから仕方が無い。いつしかの悪役令嬢の運命を背負っていたノエルたんと一緒だ……だが、迂闊にフェイ・ロンくんの運命を教える訳にもいかないしなぁ……

 正直男の娘から説明しなくちゃいけないのしんどいし、未だ成人前の男児に教える知識かどうかも怪しい。

 俺は首を振り、安心しろと微笑んだ。何も心配するな。


「だから何だお前は――」


「ジェド様、話は聞かせてもらいましたが」


 大浴場の前、俺とフェイ・ロンの話を割るように入ってきたのは魔族のベルだった。


「もし、お静かな浴場をお望みでしたら裏山に行かれてはどうでしょう?」


 ベルが指差す先には、山道に続く『露天風呂』の看板があった。


「あちら、アーク様がよく1人でゆっくり入られたい時に使用されるものでして、今でしたら貸切ですので。人も止めておきますし」


「ああ、そういうのもあったな。流石優秀な魔王の配下だな」


「伊達にあの世は見ておりませんので。お客様のニーズに合った気配りこそ、品質向上への一歩かと思いますし」


 そう言ってベルは浴衣と風呂桶、魔王領温泉のタオルを2組俺に渡してくれた。ちゃんとフェイ・ロン用に1組は子供用の浴衣である。


「では、ごゆっくり」


 ベルは忙しそうにパタパタとかけていった。本業のもふもふカフェも忙しいのだろう……相変わらずの無表情だが、生き生きとしていて心底安心した。


「人の少ない露天風呂ならいいんだろう?」


「まぁ……それならば」


 渋々承諾したフェイ・ロンを促し、俺達は山の中にある露天風呂を目指した。

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