東国人は魔王領に行く……その裏で複雑に事件が動き出す(1)
「魔王領か……そこには、やはり魔王がいるのだろうな」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは東国の王弟フェイ・ロンに帝国内を案内する羽目になっていた。何故か。いや、何故も無い、暇だしあと騎士団長だから。責任と怠慢が複雑に交差するのが俺の役職である。
公爵家での一夜を過ごして出立の支度中、神妙な面持ちのフェイ・ロンが呟いた。魔王領に行くのが少し抵抗あるのだろうか? 東国には魔王領の様子は届いてないらしい。
「ああ、魔王はいるな。だが、貴殿の想像するような恐ろしいヤツはいないぞ」
「幾年か前にルーカス皇帝によって世界を敵に回していた前魔王が討ち破られ、直後から帝国の傘下に入ったらしいな。だが、そんな経緯で恐ろしい魔族が改心し平和に賛同するとは思えないのだが」
「まぁ……それは」
そこについては色々ある。陛下曰く、そもそも先代魔王だって好きで争いを行っていた訳ではないらしいし。
「実際の魔の国の頃についてはあんまり俺も詳しくは無いんだけれど、魔族や魔王を一方的に討伐していたのは人間側だからな。それでも陛下の頑張りで何とか和解したんだよ」
「ならば余計にわからんな……遺恨は残らなかったのか?」
「何というか、見れば分かる」
どうも他国人のフェイ・ロンには、魔王領について幾ら話をしても中々信じて貰えない。それもそうだろう、俺だって実際に見るまでは全然魔王領の様子なんて知らなかったし。帝国民でもそうだ、聖国人のオペラだって何回も魔王アークに会っていても信頼関係を築くのが難しそうだった。
ちなみに、一度和解しかけたのにオペラが微妙に記憶喪失になってしまい、その下りを忘れていた件についてはアークに散々文句を言われた。それについては俺が悪いのではなく、ありのままの姿見せたブレイドとそれを色々勘違いして目撃してしまったオペラ自身のせいで俺はあまり関係無いんだけど。
みんな、一旦俺を挟むのやめてよ……冤罪だよ。
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「それじゃあ、行こうか」
魔法士のシアンが一瞬にして作り出した魔法陣で公爵家の庭から一気に魔王領の森の景色へと変わる。
他国への移動魔法はいざという時意外は全然使ってくれなくなったシアンも、帝国内ならばニコニコと上機嫌で魔法陣を描く。
俺達全員を包み込む大きな魔法陣を見たフェイ・ロン達が驚き目を丸くする。
「移動魔法か……噂に聞いてはいたが初めて見たぞ」
「東国ではあまりこのような魔法は使われないですからねー。時間や場所を操るものは代償が大きいですし……帝国の魔法士の方はやはり優秀なのですね!」
まぁ、優秀な魔法士は居るにはいるけど、こいつはイレギュラーなので一緒に考えないであげて欲しい。というか本当何で皇城に居るの魔塔主さぁ……
土を沢山つけていたハオが興味深げにシアンに話しかけていた。朝になって流石に庭に埋まっているハオを掘り起こしに行ったのだが、フェイ・ロンは別にそのまま埋めていても良いと言っていた。いや、駄目でしょ……お前ん家の騎士だぞ。あと人の家に埋めるたままにしようとするなよ。
「とりあえず、こんな森の中でこうしていても仕方ないから早速魔王に会いに行こうか」
「早速魔王に会いに行くのか……?」
「えっ、ああ。多分この時間ならまだ仕事していないだろうし、城じゃなくて温泉に居ると思うけど……」
「温……泉? 魔族の地に温泉があるのか?」
「名物ですねぇ」
シアンが指差す先には魔王領温泉の看板があった。リニューアルしたのか看板に描かれているまものん☆も心なしか可愛くなっている。
「……魔族も温泉に入るのか?」
「まぁ、殆ど魔族じゃない一般の観光客だけどな」
「観光地じゃないのかそれは?」
「いや、観光地なのだが?」
ビビっていた所申し訳ないが、魔王領は今やただの観光地である。
「え?! 魔王の土地ですよね?! 毒の沼とか毒ガスとか渡ると崩れる橋とか人が沢山刺さっている千本の針山とか、そういう罠や血なまぐさそうな名所が目白押しなのではないのですか?」
「そんなものが沢山ある所には魔族だって住むの嫌だろ。だから、魔王領は今や平和そのものなんだって」
「あるのは観光名所の温泉旅館と名所の湖ともふもふと触れ合えるカフェとかですねぇ」
シアンの言葉を聞いてハオはがくりと肩を落とした。
「なんだ……坊ちゃんが魔王領に行くと聞いて心配で這い出ましたが、こんな事ならジュエリーちゃんのいるクランバル公爵家にそのまま埋まっていればよかった」
「……2度とうちに埋まらないで貰っていいですかね」
最初はマトモそうに見えていたハオだったが、フェイ・ロンよりもヤバいというかそこはかとなく気持ち悪い。穏健派とか平和推奨みたいな事を言っていたような気がしたが、そう言われて思い返してみれば『女の子を巻き込むなんて反対』って言っていた気がする。
俺はちらりとフェイ・ロンを見る。やはりフェイ・ロンも嫌そうな顔をしていた。
昨日の大輔の話――フェイ・ロンが悪役令嬢で闇堕ちして男の娘になる運命だと言われたのを思い出す……
「フェイ・ロン殿下。俺は……貴殿を必ず良い道に導くから」
「――は? 急に何だ?」
フェイ・ロンは己の運命を知らないだろうが、このまま悪役の道を辿れば行く末は悪役男の娘……そんな者になったら絶対にヤバイだろう。騎士もこんなんだし……
何となく絶対にフェイ・ロンを助けなくてはいけないような使命感に駆られた。
「あ、騎士団長じゃないですか、お久しぶりです」
魔王領温泉に着くと元異世界人勇者・高橋がもうだいぶ着慣れた温泉スタッフの格好で掃除しながら出迎えてくれた。
1人だけ立派そうな色の違うハッピを着ているし胸に光る温泉マークの紋章もちょっと良い物で、他の魔族スタッフに指示している様子はもう完全なるチーフスタッフである。
「しっかり働いているみたいだな高橋」
「へぇ、もう番頭を任されておりまして、この地に骨を埋める所存ですよー」
若干癖のある喋りになってきている高橋は、勇者の名残など無いほどに魔王領に溶け込み魔族たちと仲良く暮らしているようだった。
「ジェド殿、彼は普通の人間ですよね? それに、彼からは不思議なオーラを感じるのですが……まさか、異世界人では……?」
「アッ、うん……その辺りは話せば長くなるし、説明も1回やってるから……」
ブレイドと来た時も同じ下りをやった気がする。やはりハオもブレイドみたいにオーラを感じ取ってたじろいでいた。俺も本当に勇者の無駄遣いだとは思う。もう10年くらい早かったら真っ当に活躍できたのにね勇者・十六夜白夜君。
まぁ、高橋的にも真っ当に勇者として魔王と戦うよりも幸せなんじゃないかな。真っ当に戦う様子があんまり想像出来ないけど、今は普通に幸せそうだし。
「そちらのお2人はお客様なんですね、あまり見ない格好ですが……――?! ちょ、ちょっと騎士団長!!!」
フェイ・ロンとハオを見た高橋が目を見開き、俺にコソコソと耳打ちをしてきた。
(あの、ちょっとお伝えしたい事が……後でコッソリ1人で来ていただいても……?)
(……それは、フェイ・ロンがプレイしていたゲームの悪役令嬢だとか男の娘だとか、そういう話じゃないのか……?)
(――?!! 何故その事を?!)
いや、さっき家でやったわいその下り!
恐らく、色々言いづらい事があって俺1人に伝えたかったのだろうが、もう粗方大輔に聞いていたので内容と同時に高橋の趣味まで無駄に察してしまった。済まんな、俺も知りたくて知った訳では無いんだ……
(ええと、とにかく気をつけた方がいいですよ。あの人)
(ああ、分かっているさ。大輔にも頼まれたからな。俺も丁度今さっき、あいつを男の娘には絶対にしてはいけないと心に誓った所だ)
(そうですかー……とにかく、俺に出来る事があれば何でも言って下さいね)
そう言って高橋は魔王領温泉のタオルを渡してくれた。……このタオルが力になれるのは、俺の何かを隠す時だけでは……? いや、その節はだいぶ力になって貰っていたが。
「それで、アークはいるのか?」
「ああ、アークのアニキでしたらさっきまで温泉に入っていたんですけど、何か来客があったのかすっ飛んで行きましたよ」
「そうなのか。アークに会いに来たのだが……まぁ良いか。せっかく来たのだし温泉に入ってゆっくりしてから探すとしよう」
「いいのか? 魔王を探さなくても」
「あー、全然大丈夫。多分そのうち見つかるだろうし」
俺の思考は煩いだろうから、魔王領に入った瞬間に所在はアークには把握されているだろうし、そのうち来ると思う。
訝しげなフェイ・ロンを促し、まずは温泉に入ろうと思ったのだが……
「僕は遠慮しますね。あちらのマッサージの方が興味深いので」
と、シアンは色んな魔獣たちが施術しているマッサージ室に向かっていった。どの道シアンのままでは風呂に入れないし、シルバーの装飾を取るのにも物凄く時間がかかるからだろう……
ハオもてっきり温泉に入るかと思ったのだが、男の裸など見てもなんの楽しみも無いと遠慮された。いや、温泉はそういう嗜好で入るヤツじゃないと思うんだが……?
まぁ、魔王領温泉なんだから危険も特に無いだろうし、フェイ・ロンくんには俺が温泉の作法を沢山教えてあげよう。
★★★
一方、魔王アークがすっ飛んで行った先……その視線の向こうには、コソコソと辺りを伺うように魔王領温泉に潜入したオペラの姿と、それを見るもう1人の姿があった。




