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閑話・公爵家のシルバーとブレイド

 


「……こんな夜中に、出歩かないで欲しいねぇ。私は、君の顔をあまり見たくは無いんだよ」


「……それは、こちらのセリフだ」


 真夜中のクランバル公爵家。家人達が皆寝静まる夜中に鉢合わせした男が2人。


 その銀髪や白い衣服や眼が月夜に反射して輝くのは銀髪の騎士ブレイド・ダリア。

 かつてナーガの下にいた狂騎士であり、今は皇帝の騎士。無くなったダリア家とスノーマンを離れ、唯一残る血縁であるクランバル公爵家に身を寄せる男である。


 対して、暗闇の中でピンク色に魔力が発光するのは魔塔主シルバー・サーペント。

 今は皇室魔法士シアンとして変装し、ブレイドと同じように皇帝の下で働く魔法士である。

 気の済むまでジェドと一緒に居たい、というのが生まれて初めて魔法以外に出来たやりたい事である彼は、ジェドに許されてやはりクランバル家に寝泊まりしていた。



 このシルバーとブレイド……とにかく仲が悪い。


 純白の騎士ブレイドは元々神経質で潔癖な性格もあり、人の好き嫌いや得手不得手が多い方ではあった。今でこそ親しい親戚でライバル(自称)あるジェドとも、最初に出会った時は最悪の関係だったのだ。

 とは言え、ジェドの血縁だけあって皇城で働くブレイドは淡白ながらも人当たりが悪い方では無かった。

 文句を言いながらも人の面倒を見たりテキパキと仕事をこなす様子は入団早々騎士達からの厚い信頼を得ていた。

 ナーガの影響を受けていた頃の変人ぶりやジェドの親戚なのに、という印象の悪さからのギャップがマトモな部分を際立てて良く見せていたのかもしれない。


 対するシルバーは人に対してはあまり壁を作らず話しかける方だった。

 研究熱心なシルバーは何にでも興味を持ち、特に魔法が好きではあるが魔法以外の不思議な事を見つけると興味津々に食いついて行く。

 加えて魔塔主としての実力は全魔法士の憧れの的であり、1人だけ素性を聞かされていない魔法士団長のストーンでさえもシアンの勤勉さと、猫を被った誠実さに騙され一目置いていた。



 そんな2人であるが、同じ屋根の下にいながらも必要以上に仲が悪いのには幾つか理由があった。


 1番の理由は知っての通り、ブレイドが故意ではないにせよジェドを一度死なせている事。そして、それに対して蟠りが残っていたシルバーが騎士採用試験でブレイドに対して執拗に妨害を繰り返していたことだった。

 だが、それ以外にも2人には相容れないものが沢山ある。

 ブレイドはブレイドでそもそも魔法使いには興味が無く、剣の鬼チェルシー・ダリアと同じように剣士以外は端から眼中には無い。

 シルバーもシルバーで、魔法使いは畑違いだと目もくれないブレイドのそんな態度に腹を立てた。シルバー側もジェド以外の剣士はお断りである。


 お互い一度合わないと思うと、何から何まで目につくようになる。



「……おい、いつまで風呂に入っているつもりだ……? というか、入ってない、のか?」


 ブレイドが最初にイライラしたのは、風呂の待ち時間だった。


「いや、仕方ないだろ? コイツの装飾、パズルみたいなんだし……」


 困り果てて投げ出そうかとげんなりしているジェドと、執事やメイドが総出で行っていたのはパズルのようなシルバーの装飾外しである。

 時間をかけてゆっくり風呂に入りたいブレイドはいつも最後に入浴するのだが、シルバーが公爵家に来てからというもの待てども待てども浴場の明かりが消える事がない。

 待ちくたびれて行ってみれば家人総出のその騒ぎである。


「……君は魔法使いだろう? 風呂に入らなくても清潔を保てるのではないのか?」


「まぁまぁ、そう言ってやるなよ。シルバーだって人並みの生活がしたいんだろうし。他人に迷惑をかけるのはアレだけど、別にこの位だったらまぁ面倒みてやってもいいかなとは思うし」


「そうですねー、何だか慣れるとそういうハラハラ系のゲームみたいで楽しいですし」

「私は珍しい宝石とか見れて凄く楽しいですー」

「ブサメンのおっさんの装飾を外すゲームとかは地獄ですけど、シルバー様なら私達は全然……むしろ合法的に触って良いなんて素晴らしいですね」


 案外メイド達は楽しんで行っており、執事もパズルや知恵の輪が趣味なのか唸りながら楽しそうに外していた。


「それに、シルバー様はだんな様と奥様がお認めになった婚約者ですから、手厚くお世話するのは当然ですし」


「おい、ブレイドが本気にするからやめろ。というか何時の話しているんだよ……」


「嫌ですわ、冗談ですよー」


 シルバーを囲んで談笑するメイドと執事の様子に、ブレイドは謎の疎外感を感じた。

 元より他人ではあったし、ダリア家でも家族や従者達に親しげに接しられた事は無い。が、何故か親族のブレイドよりも、後から住み着いたシルバーの方が手厚くされているのが妙に鼻にかかる。

 そんなブレイドの心を知ってか知らずか、心なしか得意げに子供のような顔をしているのもイラつく原因だった。

 ここで怒っては大人気ないと思いながら無言で部屋に戻り、やっと浴場の明かりが消えたと思って見に行くと……風呂が妙に明るい。

 何だろうと覗き込むと、浴槽のお湯がピンク色に光っているのだ。


「う……こ、これは……」


「あ、ブレイド、これから入るのか? ああ、そのお湯な……別にそれ、シルバーの何かが漏れ出て混じっているとかじゃないんだが、アイツが入った後お湯の成分が変化するらしいんだよな」


「何だその摩訶不思議人間は……」


「まー、アイツも好きで摩訶不思議魔力人間やっている訳じゃないんだけどなぁ。あ、お湯に関しては別に害は無いし、むしろ魔力がめちゃくちゃ回復する効果があるらしいから魔法使うやつには有難がられるぞ」


「……私は剣士だ……」


 がっくりと項垂れながらも、こんな時間にメイド達に浴槽のお湯を張りなおしてくれとも言えず、魔塔主ならば魔法で入れ替える事も可能なのだがそれをわざわざお願いするのも嫌なので意地でもそのまま入る事にした。

 尚、確かに魔力が回復するどころか、擦り剥いた傷や痕の残っていた古傷なども直ってしまい余計に腹が立った。


 また違う日、今度は苛々としていたのはシルバーの方だった。


「ジェド、朝の鍛錬に付き合ってもらおうか」


「はー、お前とやると長くなるんだよな……」


 嫌々ながらも剣を持ってブレイドについて行くジェドに、シルバーは不機嫌に言った。


「……ずるい、何でブレイドばかり。稽古ならば私だって付き合う事は出来る」


「いや、お前魔法使いだろ。剣の稽古なんだが……?」


 朝早く起き、朝食前に剣の鍛錬を欠かせないジェドだったが、ブレイドも同じルーティンで庭で一緒に稽古をしていた。

 どんなに強い剣士も鍛錬を欠かすと途端に腕が落ちる、その点については魔法使いのシルバーにも分かる。魔法使いだって同じだ。

 だが、剣士と魔法使いでは同じ土壌に立って訓練をする事が出来ない。

 魔法を使って剣でいなしたり弾くような訓練が無いわけじゃないのだが、ジェド曰くそれは別の稽古だからそればかりを行う事は出来ないと流された。

 ただの剣士相手ならばそこまで拘る必要もないのだが、ことブレイドはチェルシーの甥であるのも頷ける位には剣の腕が立つ。

 ジェドにとってみれば良い訓練相手なのだが、シルバーにはそれが出来ない。

 そんなシルバーの心を知ってか知らずか、ふふんと鼻を鳴らし得意げな顔を見せるので、余計に腹が立った。


「何か今日やたら張り切っていたなブレイド」


「いや……その、今日は何だか晴れ晴れとした気分だったからな」


 鍛錬の時間も終わり皆で囲む朝食、心なしか嬉しそうなブレイドに対してシルバーは苛々が治まらなかった。

 真っ白な白身だけの目玉焼き目玉抜きにかける塩の量も弾んでいるブレイド。気に食わなかったシルバーは指を鳴らし、塩と真っ黒なソースの中身を入れ替えた。


「……何の真似だ」


「目玉焼きを目玉抜きで食べる者の気が知れなくてねぇ」


 そう言ってニヤニヤと笑うシルバーの皿に、自身の皿に乗っていたピーマンをナイフで弾いて飛ばした。

 ブレイドは知っていた。そうやって毎回塩とソースを入れ替えたのを目くらましにして、本命は苦手な野菜を気付かれずに人の皿にワープさせている事を。


「どういうつもりかなぁ? 好き嫌いは良くないよ、君のピーマンじゃないか」


「……お前のピーマンだ」


「いや、食べ物で遊ぶなよ」


 ナイフと魔法でピーマンを飛ばし合いをしている2人の様子にジェドがため息を吐き、2人の間に飛んでいたピーマンを全て自身の皿で受け止めた。

 未だ喧嘩腰に睨み合う2人を見て、ジェドの隣で行儀良く朝食を取っていた大輔が耳打ちをした。


「なぁ……何かブレイドさんとシルバーさん、凄く仲悪そうだけど……止めなくていいの?」


「ん? ああ。良いんじゃないか、放っておいても」


「そうなの?」


 いつもならば何か問題が起これば何やかんや言って仲裁に入ったり面倒を見るジェドなのだがため息を吐きながらも何もしない様子に、大輔は首を傾げた。


「あいつらはな、多分兄弟もいなければ親しい友人だっていなかったんじゃないかな。剣や魔法一辺倒なやつらだからな、ああやって何でも無く張り合うような相手がいるのは案外楽しいんじゃないの?」


「ふーん……そうは見えないけど、そうなのかなぁ」


 頬杖をつきながら2人の様子を眺めるジェドは呆れたように笑っていた。

 何にせよジェドの居ない公爵家は静かで寂しかったので、兄弟が沢山増えたような賑やかさに大輔も、そしてメイドや執事達も少し嬉しくなった。

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