厄介ごとは、ジェドの家に寄ってくる(中編)
「ジェド様は本当に誰彼構わず家に連れて帰られますなぁ……」
大人数……どんどん増えていく公爵家の客を見て、執事はため息を吐いた。
「いや、仮にも東国の王族をそんな犬猫みたいに。というか、俺が拾ってきた訳でも招いた訳でもないんだが……」
家の中では客人の為にメイド達が急いで食事を用意していた。
ブレイドやシルバーはともかく、フェイ・ロンは東国人で何を好んでどんな食事文化をしているのかよく分からない。
メイドがフェイ・ロンに尋ねたが『普通に帝国で食べられている物を用意すればよい。嫌なら食わぬ』と言って余計メイドを困らせていた。
「所で、ハオは一緒じゃないのかよ。お前の騎士というか護衛も兼ねているんだろう?」
「……アイツは庭に埋まっている」
「ここの……?」
フェイ・ロンがちらりと窓の方を見る。――え? 冗談じゃなくマジで?
「人の家に勝手に変な物を埋めないで欲しいのだが……」
「仕方ないだろう。連れてこない訳にもいかないし、アイツは一生埋まっていた方が全女児の身の安全の為だ。というか我が埋めた訳ではないし」
「全女児の……」
俺は家の中に居る女児を思い出してそちらを見た。案の定大輔は嫌な顔をしている……
「何かあったのか?」
余程嫌だったのか黙っている大輔の代わりに執事が説明しはじめた。
「ええ、何と言いますか、あちらの方は先ほどフェイ・ロン殿下と一緒に来られたのですが……丁度その時フォルティス家から馬車が到着しまして。何でも壊してしまった眼鏡を弁償したいとかで。フェイ・ロン殿下を訪ねて城に行った所、ここに向かった旨を聞いて急いでこちらに来られたらしいのですが……」
「なるほどな。もう理由は察して来たが……それで、何がどうなってああなったんだ?」
まさか、いくら怒ったフェイ・ロンでも流石に男児1人で埋められる訳もないし……
「眼鏡を試しがけされたハオ様が急にお嬢様に求婚されましてね」
いや、女児に求婚すな。中身は成人男子だけど……マジでやべえ奴じゃねえか。
「それで、お嬢様も流石にやべえ奴だと感じて握られた手を振り払おうとされましたが、それより先にお嬢様の所有している『聖剣・薔薇の乙女』が発動してハオ様を吹っ飛ばして地中深く眼鏡ごと埋めたのでございます。確かにとんでもないロリコンの方でございますが……よもや聖剣が発動する程のヤバイ方とは……いやはや」
「なる……ほど」
「それは埋めておいたほうがいいねぇ」
「異論無しだな」
ブレイド達も嫌な顔をして庭を見た。俺も大事な妹……いや、本当は弟なんだが、大輔を害するような奴は家に入れたくない。
というか聖剣に弾かれる程の邪まさって、どんなロリコンだよ……
「と、いう訳なのであやつは庭のオブジェとでも思っていてくれ」
「いや、だから勝手に人の家にオブジェを新造するな。というか、何であんな変な騎士を連れて歩いているんだ……?」
俺の問いかけに、更に嫌そうにフェイ・ロンは庭を見る。
「……我だってあんな男とは一緒に行動したくは無いのだが、あれでも剣の腕は立つのだ。東国でも有数の剣士で、他の血族の騎士でもあそこまで腕の立つ男は居ない。……眼鏡をかけていればな。いざという時にはちゃんと戦ってもらうが、この帝国は思った以上に平和すぎていざという時が全然来る気配が無い……ので、いざという時が来ないハオはただの変態と成り下がっている」
「そうか……」
すまんなハオ。帝国が平和なばかりにお前の存在価値がだいぶ下がっていて。言うて俺も剣しか脳が無い男……もっと活躍の場所があったら俺ももっと格好良く崇められたかもしれないし、モテたかもしれない。
「ふむ……剣の腕が立つが使う所が無いというのは勿体無い話だな。今度手合わせをお願いしたいが……」
「それはここじゃない所で……女児の居ない所でやってくれ」
ブレイドが強い剣士と聞いて目を輝かせていた。ブレイドは母さんと同じ剣狂いであり修行狂いのマゾである。
陛下に頼み込んで稽古をつけて貰ったりしているだけあって最近メキメキと腕を上げているが、剣の腕だけじゃなくて防御力というか耐久力というか何か違うものまでレベルが上がっていて本当怖い。違う意味で。
剣の勝負をしたいのは分かったが、ロリコン剣士VSマゾ剣士とかいう変態剣士の頂上決戦なんて見たく無いので、やるならここから出て行ってくれ……
「そうかそれは災難だったな、大輔……大輔?」
「ん? ああ……」
話の間も上の空の大輔は、俺が声をかけても反応が薄かった。
「それにしてもノエル様がご婚約されず、良かったですなぁ。こんな事を言ってフェイ・ロン殿下には申し訳無いのですが、ノエル様は帝国の皆様に愛されておりまして。ご結婚されて東国に嫁いでしまうなどと、そんな寂しい事はありませんから」
「――っ!」
俺は持っていたナイフとフォークを落とした。
「そ……そうか……ノエルた――嬢が結婚したら東国に行かなくてはいけなかったのか……」
「えっ、今更でございますか……?」
ノエルたんが嫁いで行ってしまう事まではあまり深く考えてなかったが、そう言われると急に現実味を帯びてくる。俺はノエルたんが大きくなって花嫁として遠くへ嫁いで行く姿を想像して泣いた。
何か凄く悲しい……
「いや、その顔は完全にお父さんの顔だねぇジェド」
「もっと小さい頃から思い出してしまった。急に走馬灯のように大きくなっていくノエルたんの姿まで想像してしまって……何か、嫌だ」
「ジェド、妹か娘を見るような気持ちになっているけど、彼女達もそのうち大人になってお嫁に行くものさ。大輔くんも」
「はっ……大輔も――?!」
俺は隣の大輔をバッと振り返った。
そうかー……まぁ、そうだよな大輔がお嫁に……およ――お婿? お嫁?
「えっ、俺?! 行かないよ!! ずっとここに居るから……というか、結婚って、誰とするんだよ誰と!!」
焦ってぶんぶんと首を振る大輔。俺は嬉しくて大輔を抱きしめた。
「うんうん、お前は一生ここにいてくれ……」
「ジェド……妹離れしないと君もお嫁さんを貰う事なんて出来ないんだからね……? 私は君が一生独身でも全然構わないんだけど」
「独身街道まっしぐらかつ、男性の方ばかり家に連れてこられる跡取りの息子のジェド様は公爵家敵には困りますがね……」
ため息を吐く執事に他のメイド達も賛同して頷いた。いや、確かに妹? 弟? 離れが出来てないかもしれないが、その認識は心外過ぎるんだが……俺にだって家に連れてこられる女子の1人や2人くらい……
……いや、考えるのは止めよう。
大輔を抱きしめながら肩を落としていると、こそこそっと大輔が耳元で囁く。
(アニキ……俺、話したい事があるんだけど、後で……1人で来てもらっていい?)
(……?)
そう言って大輔は俺から離れた。先ほどからのおかしい様子といい、どうしたのだろう?
「……兄妹仲がいいのだな」
俺達の様子を見てフェイ・ロンが微妙な顔をした。
「ああ、まぁ。フェイ・ロン殿下にも兄がいるのでしたっけ?」
「いや……兄と言っても母親も違うし、実際に話をした事は殆ど無い。現王である兄は東国の平和を提唱しているのだが……何というか我はあまり信用していない。まだ、他の血筋の血の気が多い女どもの方が分かりやすくてマシだ」
「そうなのですか……」
「……ジェドよ、帝国民は自分に正直に過ごしているように見えるが、それで争いは生まれないのか? それとも、やはりあの皇帝の絶対的な力に蹂躙されて押さえつけられているのか……?」
フェイ・ロンの微妙な言い回しに聞いていた執事やメイドも静まり返った。
帝国の事、陛下の事は……陛下の心は帝国民ならば皆が知っている。
けれど、フェイ・ロンは他国人であり……子供なのだ。
「まー、昔はね。そういう、力で押さえなくちゃいけないような人もいなかった訳じゃないですけど……フェイ・ロン殿下、明日は魔王領に行ってみるのはどうでしょう?」
「いきなり魔王領とは、随分と物騒な所に案内するのだな」
フェイ・ロンは訝しげに俺を見るが、魔王領を見たら気が抜けるだろう。何せ帝国屈指の平和な地だ……
「安全は保障しますよ。それに、見てみれば帝国が何でこんなに平和なのかも陛下の苦労も良く分かるかと思いますし」
「そうなのか? ふむ……ならば行こう」
半信半疑のフェイ・ロンだったが納得したようで、もう休むからと客室へと案内されていた。子供は早く寝るのが1番だ。
その姿を見送りながらシルバーが魔術具の眼鏡を外す。シアンの青い髪が解けていつもの少し長い髪がピンク色の魔力で揺れていた。
「君は本当に甘いねぇ。さっきの言動も、他国の王族が帝国の皇帝を愚弄しているように取れなくもないけどねぇ」
「陛下を知っていて侮辱しているなら帝国民みんな怒るだろうけど、まだ何が良いのかも悪いのかも分からない子供だからな。幾つになっても子供みたいな奴も沢山いるし、俺はそういう奴に弱いんだよ」
シルバーのフードに隠れた額にでこピンをすると、痛そうに押さえて笑っていた。
夜も更けた頃、言われた通りに俺は1人で大輔の部屋へと来てノックをした。
コンコンと叩いてからふと、俺に何の話があるのか不安になった。
そう言えば最初から様子がおかしかった……まさか、大輔にも何か言えないような事が――
そこまで思い出して、ふいに結婚話を思い出した。
大輔は焦った様子で嫁に行かないと言っていたが……考えてみれば大輔はどちらかと言うと男だ。
――彼女が……出来た??
「ああ……アニキ、あの子は来てないよ――」
「大輔、お前……俺を差し置いて好きな女とか彼女とかが出来たとか言わないでくれ。俺より先に大人になる事は許さない……」
「は?????? 何言ってんの……俺、妹なんだけど??? いや、男なのか……ん? って、そういう予定は無いしまだ子供なんだけど。何張り合ってんだよアニキ!!」
大輔は真っ赤になって怒った。どうやら俺を差し置いて先のステージに進んだというのは俺の杞憂だったらしい。良かった。
「それじゃあ、話って何なんだ?」
そう言うと大輔はきょろきょろと辺りを見回して俺を部屋に招き入れた。
「1人で来いと言っていたが……聞かれたくない話とは一体……」
「あ、いや……シルバーさんとかは別に良いんだけど、一応念の為というか……」
大輔は言おうかどうしようか悩みつつ、俺に向き直った。
「これ……言っていいのか……わからないんだけど……」
「何だよ、勿体ぶられると余計に気になるんだが……」
「えーと、その……何ていうか……あの子」
「あの子……? フェイ・ロンがどうかしたのか?」
「うん……その――多分、間違いないと思う。あの子……多分、悪役令嬢だよ」
「……は?」
大輔が勿体ぶっていた事は、大輔が俺を差し置いて彼女を作るよりもとんでもない話だった。




