東国の王弟フェイ・ロンと青龍の騎士ハオ(前編)
ゲート都市から首都までの道のり。俺達はゆっくりと馬車に揺られながら戻っていた。
シアンの移動魔法ならば一瞬にして戻る事も出来る……が、こんなヤバそうな奴らを簡単にノエルたんの元や皇城に連れて行くのは危険過ぎる。
なのでとりあえず城に連れて行く前に事情を聞こうと、ゆっくり馬車での移動となったのだが……
「おい……我ら東国の賓客じゃないのか……? 何だこの拘束は」
フェイ・ロンとハオの手には魔法による拘束がされていた。シアンの鎖の魔法である。
「何でも何も、お前……王弟殿下自ら帝国に害をもたらす様な発言をしていたばかりですが……? 生憎、帝国って所は陛下が自身の命よりも善良な民を守る国ですので。大事なノエル・フォルティス嬢に良からぬの極みみたいな事を考えている輩は他国の賓客と言えど立派な犯罪者ですが」
「くっ……」
「申し開きがあれば今のうちに聞いておきますけど……」
聞くだけ聞こうにも、ほぼ企てていた全容を聞いてしまった今となっては何の説明もくそもあったもんじゃない。
「無礼者達めが……ハオ、お前なら解けるだろう!」
「ええ……まぁ」
隣の騎士(?)のハオが困ったように眉を寄せた。
「そっちのやつは騎士じゃないのか?」
「くっくっく……東国をなめるな。ハオはただの騎士ではない。わが国の誇る騎士は四神とも呼ばれる神獣のひとつ、青龍の力を宿し騎士だ。他国の剣しか脳が無いアホどもとは違うからな! この様な下等な魔法拘束如き『龍気』で粉々に砕いてくれるわ!! くっくっく……」
「なるほどですなー」
何だか分からないが、東国に龍気っていうのがあって、何か凄いっていうのは分かった。ハオが緑に光る不思議なオーラを溜める。剣気みたいなものかと思ったが、ちょっと違うっぽい。
「なぁシアン、アレって剣気とは違うのか?」
窓の外、馬車の屋根で寝ていたシアンに声をかけると魔法の気配だか臭いだがを感じていたのかシアンはこちらをキラキラとした目で覗いていた。
尚、なんで屋根の上にいるかというと、ブレイドと一緒に乗るのが嫌だったらしい。まだ根に持ってたんかい……
「どちらかというと竜族が使う魔法みたいなものだねぇ。あちらの国は神として祭られている四種の神獣が居て、それの力を借りて魔法や魔法剣を使うみたいだ」
「なるほど……それって強いのか?」
「まぁ、普通の魔法使いよりは強いんじゃないかねぇ」
「そうか。それは困るな」
話を聞いていたブレイドも気の毒そうにハオを見る。視線の先、ハオは一生懸命拘束魔法をぶち切ろうとしていたが、いくら何をしてもその手の拘束に変化は無かった。
「――解けない……」
「ハァ?! 何でだ?! こんないち魔法士如きが作った拘束魔法が何で解けないんだ!!」
「何でってもなぁ……」
俺とブレイドは上機嫌にハオを観察するシアンを見た。残念だったな東国の人……その手にしている拘束は世界屈指の魔法使いっていうか魔塔の主が作ったものなんですがね。なんでか皇室魔法士団の新人魔法士になっていますが……その辺りについては所見殺しで本当申し訳ない。
「はぁ……もういい。どの道我らの計画も何もかも聞かれてしまったのだからな。今更逃げた所で、こんなに強い魔法士が迎えとして来る様な国だ。平和ボケだと思って侮っていたが……その帝国で企てようとするのが間違いだったって事か……」
ハオの様子を見て諦めたのか、フェイ・ロンは抵抗を諦めてどっかりと椅子に深く腰掛けた。
「……何で邪竜の、ノエル・フォルティスの力を手に入れようと思ったのだ? 王弟の身分ならば欲しいものも手に入るだろうが……」
ブレイドが訝しげにフェイ・ロンに問いかける。東国人の黒髪とかオッドアイとか色々色がとっちらかっているのも気に入らないのだろう。白が好きだからって露骨に顔に表すのやめなさい。
「……平和ボケの帝国民には分からないかもしれないが、東国は昔から続く権力抗争があってな」
「権力抗争? 王弟という位だから王位継承で?」
「まぁ、それも無い訳ではないのですが、もっと国中を巻き込むものでして。東国という国は、今は青龍の血筋が実権を握っていますが、東国は他国に比べるとかなりその辺りが複雑でしてね。先に四神のお話をしたかと思いますが、王位継承権があるのは『青龍・白虎・朱雀・玄武』で、その血を引く家系のどれもが権利を持っているのです」
「今、青龍の血筋はかなり力を弱めている。それというのも現王ある兄があまり好戦的な性格では無いのと、我らが青龍の血筋に長年に力を与えてくれていた古竜が姿を消し、その権威を弱めたからというのも原因だ」
「ほほう……ちなみに、その竜は力を与える代わりに何か黒い石を広めたりとか刻印を広めたりとかしていませんでしたかね」
俺は嫌な予感がして控えめに聞いてみたが、俺の話を聞いたフェイ・ロンは目を丸くした。
「何故、東国の……それも我が家紋でしか知らない事を知っている貴様……さては他の家紋の密偵が……?」
いや、予想通りナーガかよ!!
「……その古書に出てくる少女の力を手に入れるとかいう下りもその竜の導きとか……でしょうな」
「くっ……何故だ……何故青龍の家紋の秘密がこうも筒抜けなのだ……」
いや、お前秘密の半分は自分からペラペラ喋っていたからな。
「その女は破滅しかもたらさない系邪竜だから頼るのはやめた方が良いと思います。どの道もう居ないし……」
ブレイドも死んだ目で頷いている。ナーガみたいな悪い奴の力を宛てにして繁栄する国なんて、行く先はスノーマンのような骨である。
「い、いない……だと?」
「ついでに言うと、その禁書にあるようなノエル・フォルティス嬢の邪竜の力を手にした下りも、もう既に無くなっている。残念ながら、今のノエル嬢はただの可愛い少女だ」
「な……嘘を言うな……」
「嘘では無い。邪竜ナーガはこの男が何回か殺した」
「は――?」
フェイ・ロンが俺を凄い目で見てきた。おま……黙っていたのにやめろよ。というかこの間ナーガに止めを刺した時はお前の剣も半分入ってたんだからな……?
「そ……そんな……ならば何の為にこんな帝国くんだりに……」
拘束を着けたまま膝から崩れ落ちるフェイ・ロンをハオが座らせ直した。
「ほらー、だからワタシは最初から反対だったんですよ。女の子を巻き込むなんて。当初の予定通り大人しく帝国と交流して、全て助けてもらうまでは行かなくとも助力を申し込むのが一番ですってば」
「う……しかし……あの悪女達に対抗するには……」
どうやら話をよくよく聞くと、青龍の家紋に伝わる禁書を持ち出し、邪竜の古いお告げにある『邪龍の巫女』の力を利用しようとしたのはフェィ・ロンだけで、ハオは普通に帝国に国交を求めに来ただけで、あわよくば助けて貰えないかなと思っていただけらしい。
そういう話だけだったら陛下も聞くとは思うのだが……何かさりげなく悪女とか聞こえた気がするのも気のせいだろう。遠い国の話だし……関係無いよね。怖い怖い。
「まぁ、そういう話だったなら……婚約破棄計画だとかは聞かなかった事にするから陛下にちゃんと話をしてくれ。あと、その本もこちらで預からせて貰おう」
「何でそこまで……!!」
「坊ちゃん!」
「……くっ」
ハオが宥めるとフェイ・ロンは不服そうにワンダーの本を手渡してきた。こんなん、帝国に沢山出回ってる本で、そもすると変な男がウッカリ顔を出してくるような本だぞ……? 持っていても良いことないからな。
「ノエル嬢の事については利用する気ならばフォルティス夫妻も俺達も、陛下も許さないからな。婚約の件についてはどうするかはちゃんと彼女を見てから話をして欲しい」
「ジェド……いいのかい?」
シアンが心配そうに覗くが、俺は首を振った。
「いや、だって正直に婚約破棄目的だとか、理由を言える訳無いだろう……こんな遠い地まで東国の王弟が来ておいて」
「それはそうだけどねぇ……」
フェイ・ロンを見ると、やはり不服そうにむくれてそっぽを見ていた。
「……分かった。婚約については突然破棄する意味も無くなったし、ノエルの人となりを見てからちゃんと考えてどうするか決める。いや、話し合う。だからこれを外せ」
ノエルたんにはもう邪竜の力は無い。利用しても無駄なのだと分かったからか、フェィ・ロンも観念して両手を差し出した。
目的や手段はともかく、根までは悪い奴では無いのかも知れない……まだ子供だしな。
シアンが魔法陣を出すと、カチリと音を立てて2人の拘束は消えた。
「はぁー、やっと手が自由になった……」
ハオは嬉しそうに手をぷらぷらとさせて、荷物の中から何かゴソゴソと取り出そうとした。
「何を出す気だ?」
「え? あ、いえ。ワタシ、目が悪いので眼鏡が無いとあまりよく見えてないというか……」
「……おい、ハオ。やめろ」
ケースから眼鏡を取り出そうとしたハオの手を、フェイ・ロンは不機嫌そうに止めさせた。
「何でダメなんだ?」
「……お前らは知らないかもしれないが、ハオは眼鏡をかけない方がいいんだよ」
フェイ・ロンはそれ以上何も言わなかった。
なんでなん……気になる言い方はやめてほしい。




