悪役令嬢の周りにはろくな男がいやしない(後編)★
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと新人魔法士(強)シアンは東国から来る使者とノエルたんの婚約者(未)を迎えに行く為にゲート都市に居た。
いや、正確には地下牢に投獄されていた。何で投獄されているかというと、皇室騎士団長のくせに毎回書類に不備があるからである。
今回は別にゲートを抜ける訳ではないのだが……そういう問題ではない。もう既に手続き無しで帝国に戻ってきてしまっているので、その時点でアウトなのだ。
何も投獄までしなくても良いのでは……? って思うじゃん?
ゲートを使わずに魔法で移動した場合は速やかに届け出なくてはいけないのだ。そして、その常習犯である俺はちょっと不備があっただけでこの様である。
ゲート職員側ももう俺の顔を見ると投獄しないと何か物足りないくらいの事を言っている。変な癖になっとるやないかい。
ちなみに、滅多に使われない陸地移動も最近はのんびり旅ライフブームのせいか増えているが、あそちらはあちらで関所やターミナルでちゃんと手続きを踏んでいるので悪しからず。
投獄常習犯の俺の事はどうでもいいだろう……説明しなくても毎度だし。
問題は目の前の牢にいる賓客である。婚約者云々に関しては慎重に見極めねばと言っていたが、早速投獄されている東国の方々の何を見極めればいいのかは全然分からない。第一印象は悪いの極みである。
……が、過去の経験から冤罪の線もある……俺も何回かに1回は冤罪だったし。
冤罪だったとすると外交的に非常にマズいのではないだろうか……
「こんな所で会うことになるとは思わなかったねぇ」
「うーむ……シアンはどう思う?」
「東国自体が文化も何も未だ伝わっていない事が多いからねぇ。こちらの常識と違っていて手違いで捕まった線も捨て切れないけど、情報が少なすぎて何ともだねぇ。魔法を使っても良いならば無理やり自白させる事も出来るけど、そういうのは無しだろう?」
「まぁ、そういうのは無しだな。賓客だし」
皇室の名前背負って無礼な事をしようとするなし。だが……確かにヒントが全然無いので相手の状況が分からない。俺は一先ず話を聞いてみる事にした。
「あの……何故東国の方が投獄されているのでしょうか?」
「うーむ、何と言うか実は――」
「坊ちゃん、彼らの雰囲気や身なり……もしや皇室関係の騎士や魔法士では? そんなに馬鹿正直に喋っていいのですか……?」
「いや、馬鹿はお前だろ。こんな所で自国の騎士や魔法士が投獄されていると思うか? 大方身分を偽って捕まった詐欺師か何かだろう。というか誰に向かって馬鹿って言った今」
どっちの言っている事も最もである。1番馬鹿なのは自国なのに何回も捕まっている騎士団長という存在だろう……
「ふっ、身分を偽り捕まるような馬鹿はどうせ処刑されるのがオチだ。冥土の土産に教えてやろう。我は東国の王弟、飛・龍。この馬鹿はハオ、こう見えてわが国の騎士団の騎士だ。帝国民では東国人の、それも王族を見ることなど珍しかろう。死ぬ前によい思い出になったな」
残念ながら帝国には処刑とかありませんし、死ぬ前に見ても嬉しくないくらい生意気そうな少年である。
ふふん、と若干イラっと来る説明をしている彼はやはり件の東国から来た王弟殿下らしい。その王弟殿下が馬鹿って言うからにはこの東国の騎士も馬鹿なのだろうか……
今のところアホさ加減はどっこいどっこいっぽいけど。
……それはそれとして、もう自ら明かしてくれたやばそうな性格や身分は置いておいて……俺は1つ気になっている事があった。
「ん? 何だ? この本が気になるのか?」
フェィ・ロンが手にしていた本……それは、こちらで発行されている本とは違い東国風の装飾が施されていた。――が、その作者名……どう見てもワンダーの名前にしか見えない。
「この本の事まで知りたいとは……冥土の土産を欲しがるなぁ。まぁ、我は今気分が良いから教えてやらんでもない。もう直ぐこの中に出てくる悪役の令嬢に会えるのだから」
「ほほう……」
聞いてもいないのに出てくるフレーズ……いや、ワンダーの本でもう予想はついていたのだが……
――ん? てことはその本……というか悪役令嬢って……
「その本の中に出てくる悪役令嬢に会えるとはどういう事だい?」
「この本はな、我が国に伝わる古い書物だ。元は異世界から伝わったとも異世界人が書いたともされる……まぁ、迷信だろうが」
いや、そこは本当なんだなーこれが。
「この本に出てくるのは、邪竜に心を乗っ取られて稀代の悪女となるノエルという少女だ。闇の力を手にしたノエルはこの世界を黒く染める程の巨大な竜をその身に宿すとされる。この本では異世界から来た勇者が愛の力で打ち倒すと書かれているが……」
「ほほう……」
「そのノエルという少女が実在したのだよ。東国には龍言というものがあってな。その導きによりこの帝国に少女が実在し、邪竜の力を手にする事……まさに、この本通りの出来事が起きると判明したのだ」
なるほど……だがフェイ・ロンくんよ、残念ながら悪役令嬢ノエルさんはその本の勇者じゃなくて違うゲームの聖女さんが自力で何とかしていった後だし、邪竜の気配はつい先日まで若干ありましたが今は影も形もありませんよ……?
「それで、君はその邪竜の力を手にする少女を救おうと婚約に来たとか、そういう訳ですかな……?」
「そんな訳なかろう。勿論、婚約は破棄する」
「――いや、何でだよ!!!」
ダイレクト婚約破棄宣言婚約者の登場にビックリしすぎて東国の王弟とか忘れて突っ込んでしまったわ。
「分からんか? 誰にも愛されないノエルを唯一愛する我からの婚約破棄宣言……絶望に伏した彼女は更に憎悪を膨らませ、この世を凌駕する力を手にする。そうなった時に再び彼女を迎えに行くと言う寸法だ。我が国には『蠱毒』という神霊術があってなぁ……勝ち残ったその力を手にした者が最後に富福を得るとされるのだ。くっくっくっく」
……何かとんでもない奴が来てしまった。
見極めるどころか絶対悪い奴ですけど。こんな奴ノエルたんに会わせちゃいけないどころか帝国にだって足を踏み入れて良いの……?
逆にここまで邪悪だと心配になるわ。陛下に聞かれたらゲンコツどころじゃ済まないぞお前。ゲート職員ちゃんと仕事しすぎでは……?
「……馬鹿正直すぎるねぇ」
これにはシアンも呆れ顔である。馬鹿は本当に王弟殿下の方だと思う。
「すみませんねー、こんな話を冥土の土産に聞かせてしまって……あ、今の話は内緒にしてもらって良いですかね? そもそも坊ちゃんがゲートを通る時に持ち込み禁止の食料を持っていこうとして駄々を捏ねたせいで投獄されているだけなので我々」
「いや捕まってる理由しょうもないな。しかもあんなにやべえ事企てておきながらそこは大人しくちゃんと投獄されてるのは何でなんだよ」
「馬鹿かお前は。目的を達成するまでは大人しくしているに決まっているだろう。ここで計画が帝国側やフォルティス家の耳に入ったら台無しだからな」
「……なるほどですなー」
――バンッ!!!
色々ツッコミ切れない状況を打ち破ったのは、バンっと不機嫌そうに開かれた地下牢の扉だった。
その先に居たのは皇室騎士団の制服にしては真っ白な……純白の騎士ブレイドだった。
「ジェド……お前、本当に何をしているんだ……」
ブレイドの手には陛下の印の押された書類。ああ、何か早々に手続き済ませてブレイドを送ってくれたのか……さす帝、仕事が速い。
「陛下だって忙しいのだから仕事を増やすな仕事を。全く、東国の使者と王弟を迎えに行くだけの事が何故普通に出来んのだお前らは……ん?」
ブレイドは俺の牢の向かいに居る見慣れない様相の2人を見て止まった。
「……東国人だよな……? 何でこんな所に投獄されているんだ……?」
「さぁ、東国なだけに、じゃないかねぇ」
シアンが苦笑いで答える。
ハオが困ったように呟いた……
「坊ちゃん、マジもんの帝国の騎士だったみたいですけど……どうします?」
「な……な、何でここにいるんだよ!!!!」
邪悪な笑みを浮かべていたフェイ・ロンくんが一変して目を見開き叫んだ。何か……すみません。。




