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10年前の現在に俺は必要……

 


 水に潜ったかのような不思議な感覚の先には書斎が見えた。


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは何の手違いか、未来から来た聖女が未来に戻るのに巻き込まれて一緒に10年後に行ってしまったのだ……

 だが、その10年後は何故か俺の知っている世界では無かった。

 むしろ、数々の悪役令嬢達が妄言のように言っていた未来……時間逆行で巻き戻る直前の未来だった。


 ――そして、何故かそこに俺は居なかった。

 当然と言えば当然かもしれない……何せその世界では悪役令嬢が断罪されているのだから……悪役令嬢であった俺の親父もやはり本来の運命をなぞるように消えていた。


「はぁ……良かった。やっと手の届く所に来てくれた……」


 俺の手を離しへたり込むワンダー。


 10年後の、俺の知らない世界での俺のピンチを助けてくれたのはやはりワンダーだった。

 本の中を、その本を書いた書斎を通じて行き来する事が出来るのだ……ワンダーは異世界にも行ける。時間も越える事が出来たのか……摩訶不思議な奴だが……


「助かった……のか」


 俺も安堵のあまりへたり込んだ。流石の俺でも色々ダメかと思った。何せ俺の知っている世界じゃないから。

 俺の知っている平和な帝国では絶対に処刑や断罪なんて起きない自信があった。だが、今回ばかりは色々自信がない……

 連れて行かれるベルの顔を思い出すと急に不安になった。本当にあの後ベルは助かるのだろうか……


「もう、急に居なくなるんだから。何処にも居ない上に、ヒントも無いし。探したんだよ……」


 色んな本の中を探したのだろうか、部屋の中には本が乱雑に散らばっていた。


「急に居なくなるって……そういえば、どうしてワンダーは気付いたんだ? 俺が居ない事に……」


「どうしても何も、君は元の世界で居ない事になっているんだよ! 急に、あの世界がおかしくなって……急いで調べたら誰もジェドの事を知らないし。もしかしたら何処かに行ってしまったんじゃないかって……全然見つからなかった時はどうしようかと思ったけど、まさか初キスイケパラの時間に行っていたなんて思いもしなかったよ」


 ワンダーがちらりと見た机の上……謎の石版のような窓のようなものには聖女の茜とノエルさん、そして……俺が映っていた。おお……


「もしかして……これが乙女ゲームとかいう奴か……? 初めて見たんだが……これが。へー……」


「感動している場合じゃないんだって! ジェドが居ないせいで君の元居た世界は大変な事になっているんだから!」


「俺が……?」


 確かに、俺がさっき体験してきた世界も大変な事になっていた。そして、そこには確かに俺の存在は無かった……だが――


「何で俺が居ないとそうなるんだ……? 毎回悪役令嬢さんに巻き込まれた時も思うんだが、俺に何の特殊能力があって世界が平和かそうじゃないかになるんだよ? 俺に強いられる役割おかしくない……?」


 俺は何の力もない、剣しか能力の無い男である。尚、その剣の能力も発揮される機会は少ない……


「……君、自分の立場が分かっていないようだから説明するけど……例えばシルバーね。彼は君というストッパーが居ないと自分を省みず魔法を受け続けるから……君が止めない世界では時期に爆発していなくなってしまうんだ」


「ほ、ほう……?」


 いや、他に突っ込む奴いないのかよ……まぁ、でも確かにね、シルバーはそうだな。俺というツッコミ役が居ないとあのアンバーがら跳ね返って来た自分の攻撃を無限に受け続けて瀕死になるような男であった。あの時も危なかったな……まぁ、それは認めよう。


「皇帝陛下だってそうだ。君が彼に苦労をかけているから余分な事を考えないでいられるだけで、彼は本来帝国民の為に力を手に入れ、帝国民の事しか考えない男だからね……聖国の女王は君のツッコミが無いと永遠に勘違いを重ねるし、魔王だって君みたいに能天気な事を考えている人間が居るから人間をずっと信じる事が出来るんだよ……?」


 えっ、そうなの? いや、最後何か地味にディスられてないか。


「……俺のツッコミが、世界を救っていたのか……んな馬鹿な」


「……恐ろしい事にそうなんだよ」


 なんてこった……知らなかった。俺が世界を救っていたらしい。そんな事ありますかね……


「俺が神なのか……?」


「……そこまでは言ってないけど。冗談はさておき、このままじゃ元の世界は崩壊の一途を辿るだけだから、君を元の世界に戻して、本来の世界に戻さないといけない」


「もうその流れで行くと、それが本来の世界か分からんがな」


「まぁ……そうだね」


 ワンダーは残念そうに自作の本をパラパラと捲った。

 ワンダーの書く本はどれもこれも悪女が非業の死を遂げたり、誰かが不幸になるような物語ばかりだった。


「……でも、僕はあの、誰も不幸にならない世界が気に入っているんだ。僕の書いた結末じゃなくて、何が起こるかわからないような……君の居る世界が」


「まぁ、誰もが不幸にならないかどうかは分からないが……」


 俺は机に置いてあった本をパラリと捲った。青黒い本はナーガの本だ。

 ナーガの執念はしぶと過ぎて流石の俺でもツッコミきれなかった。

 俺に関わって救えなかったのはアイツくらいか……いや、他の令嬢も救えているのかは謎だが。


「あの未来はこりごりだからな。そうならないように努力するさ……極力」


「頼むよ。ジェド」


 ワンダーが俺の手を握り、再び本の中へと潜り込んだ。

 水に飛び込む感触と共に一瞬にして目の前が光に包まれる。



 ―――――――――――――――――――



「――騎士様……?」


「ん……?」


 ――目を開けた俺の目の前にはソラを抱くノエルたんの姿があった。


「え……? あれ? ここは、ノエルたんの……茜は……未来は?」


「何を言っているんだ、ジェド?」


「ノエル嬢を救うために茜君はソラの力を使って未来へと帰っていったんだろう?」


 それは、ソラの力を使った時の様子そのままの場面だった。ノエルたんの部屋には血の涙を流すノエルたんの従者やメイド達と、シルバーと陛下の姿があった。


「ワンダーは……」


 部屋の中にはワンダーの姿は無かった。さっきのは一瞬で見た白昼夢だったのか……?

 ソラを見ると額の魔石の色は淀んだ黒から元の綺麗な空色に戻っていた。


「どうしたんだい? ジェド」


「いや……ちょっと、怖い夢を見たと言うか……何にしても元気になって良かったよ。ノエル嬢」


 ノエルたんは優しく微笑んだが、思い出したように眉を寄せた。


「あの……お姉さんは……聖女様は大丈夫かな……」


「ん? ああ。大丈夫だったよ」


「え?」


 ノエルたんが不思議そうに首を傾げるが、俺は誤魔化すように咳払いをした。


「まぁ、1人じゃないなら大丈夫さ。ノエル嬢の事をずっと想ってくれたソラがいたように、彼女にも助けになる友人がついているから。その友人はしぶといからな、何としてでも助けになってくれるさ」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、ノエルたんはやっと笑顔に戻った。


「ジェド、もう大丈夫なのか?」


 ノックと共に開かれた扉からは魔王アークが現れた。


「アーク、どうしたんだ?」


「あ、いや……ソラが大変な事になりそうだと連絡を受けてな……慌てて飛んできた」


 アークの後ろからはベルも来ていた。ソラの魔石が穢れきった時、異世界から少女を呼び寄せて魔王やベルが大変な事になるんだったな……

 俺は先ほど見た白昼夢を思い出した。あの世界は魔王もベルも手遅れだったのだろう……そうならない世界でよかった。


「ではこれにて、一件落着という事ですかなぁ」


「ええ。そういう事、みたいね。これで心置きなく神に挑めるわぁ」


 様子を見守っていた親父達が暢気に部屋を出て行く。良かった、親父も無事だった……いや、俺が居るから無事でない訳はないが。


「ふむ、戦闘狂というものは恐ろしいねぇ」


 シルバーが親父達を見送りながら呆れたように呟いた。いや、お前も大概だからな。


「シルバー、君もそもすると人の事は言えないんだからね。皇室魔法士の仕事をしてくれるのはいいけど、たまには魔塔に戻ってもらわないと、苦情が凄いんだけど……」


「ははは、魔塔の魔法使いって者たちは強欲だからねぇ。ふーむ、定期的に魔塔にもどってお灸を据えるのは少々面倒だねぇ」


「君が多方面に迷惑をかけないって言うんだから採用したんだからね。これ以上苦情が出るようならクビにして魔塔に送り返すけど」


「はいはい、そうされないように気をつけるさ。私には目的が出来たからね」


 シルバーが俺の顔を見て微笑んだ。

 良かった……ズッ友の俺が居る限りは爆発しないでくれるみたいだ。

 やっぱ、俺は必要なんだな……いや、何もしとらんが。というか俺が居なくても爆発するなし。


「じゃあ、ノエル嬢はゆっくりと休んでくれ」


「はい。でも、わたしも立派な魔法使いになる為に早く体調を整えて魔法学園に戻らなくてはいけませんので」


「それは良い心がけだ。でも、無理はしては駄目だよ」


「はい」


 笑顔のノエルたんに見送られて俺達はノエルたんの部屋を後にした。

 部屋を出て行く途中、隣に来たベルが耳元で囁いた。


「……貴殿の言った通りだったな。信じて良かったよ」


 俺は驚き目を見開くと、ベルはニコリと微笑み、手をひらひらと振って魔王についていった。

 元気そうな後姿と、見捨てて逃げた姿が薄っすら重なる。


 ――やはり、悪役令嬢を見捨てるのは後味悪いから……ちゃんと相手をしてやらにゃいかんのか。

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