10年後の悪役令嬢は救えない(前編)
「私は……こんなはずでは無かったのです。確かにしでかした数々の悪行は罪深いもの……だけど――」
「あー、分かった、分かりました。皆まで言わなくても大丈夫です。というか安心してください、多分君、死んでも10年前まで遡るから、その先にも俺がいるから助けてもらって下さい」
「――えっ」
「居たぞーー! 捕まえろーー!!」
驚きの表情で固まる令嬢。令嬢を追いかける警備兵……俺は慣れた手つきで警備兵へ令嬢を引き渡した。
「あっ、貴方は先程の……いや、その前も。ご協力、感謝します」
「ああ……うん、全然偶然なんですけどね」
「偶然って重なるものなんですねー。しかし、今日に限って女の罪人がめちゃくちゃ逃亡するんだよなぁ……」
「何でですかね……はは……」
帝国の首都、10年の間に様変わりして少し見慣れぬ町並み。目前の皇城……
だが、俺は目的の場所まで中々近づけずにいた。犬も歩けば棒に当たる……なんていう異国の言葉があるのだが、相変わらず俺に降りかかる棒は思いがけないレベルを超えていた。
何せ、首都に入ってからもうかれこれ10数回も見覚えのある悪役令嬢に当たっているのですから……
―――――――――――――――――――
それは数刻前に遡る。
10年後の並行世界の未来に飛ばされてしまった漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは、なんやかんやで帝国の首都までたどり着いた。
ゲート都市で会い、森で半ば見捨てるように分かれてしまった魔族のベルを見捨ててしまった事は正直心が痛んだ。
断罪破滅の先に救いがあるのだとしても、分かっていても今まで人を置いて行った事などなかったから。オッサンの剣は何回か見捨てたけど。
今の俺には非業の運命を背負う悪役令嬢の結末を変える程の財力や権力は無い……いや、まぁ元の俺にも特にあった訳ではないが。
とにかく、今の俺は一刻も早く元の時間に戻る方法を探すしか無いのだ。ベルを見捨てた事は戻ってから謝ろう……
首都の入り口は仰々しい武装の警備兵で取り囲まれていた。想像していた通り、元いた世界とは違い緩い空気は一切無い。俺の知っている入り口の警備兵は談笑したり時折サボっていて陛下に見つかり怒られるような緩さだった。それはそれでどうなの。
俺としては、この世界の俺や陛下がどんな様子なのかを探るべく、まず皇城や自宅に向かうべきかとも思ったのだが……思いの外に警備が厳しそうだった。
いつもならば騎士の服装や雰囲気で顔パスな入り口も、あの様子では簡単に通してはくれないだろう……
というか、何か焦ってる?
何か問題でもあったのだろうか、警備兵達はバタバタと辺りを探し回っていた。
「平和じゃ無い世の中は大変だな……ん?」
茂みの影から様子を見張っていると、すぐ近くの茂みがガサガサと動き……中から女性が現れた。
「ああ……どうすれば……」
「居たぞ!!!」
「!?」
「!?」
遠くの方から警備兵の怒号が聞こえた。もしやゲート都市の件がもう首都に知れていたのだろうか――
俺は警備兵から逃れるように走り出した。すると、何故か茂みから現れた令嬢も走り出す。
「逃げたぞ!!!」
「追え!!!」
後ろから必死に追いかける警備兵達。走る俺……そして隣の令嬢。
前回お伝えした通り、実力で騎士団長やらせていただいていた俺の瞬足は伊達じゃなく、ぐんぐんと警備兵達を引き離していった。
……だが、不思議な事に隣を走る令嬢の事は引き離せない。このご令嬢、とにかく足が速い……ドレスを捲し上げて尚、俺と並んで走れているんですが……?
あと、何だろう……この令嬢……何処かで……
「あの……何処かでお会いしましたっけ……?」
俺は意を決して隣のご令嬢に話しかけてみた。一切息を切らせない瞬足のご令嬢は首を傾げてこちらを見た。
「いえ……貴方の様な美しい貴族の方、一度見ていれば忘れるはずは無いと思いますが」
「……そりゃどうも」
「所で、何故貴殿は警備兵から逃れられているのでしょうか? もしやそちらも脱獄ですか……?」
「いや……というか『も』って事は貴女は脱獄犯ですかね……」
俺が返答を誤魔化す様に聞き返すと、瞬足の令嬢は表情を曇らせた。
「……逃げる場所などもう何処にも無いと分かっていても……我が伯爵家は既に没落に追い込まれ、悪女の汚名と共に処刑されるとしても……私は――」
「ん?」
何か微妙に聞き覚えのあるフレーズに俺は足を止めた。
「……あの、もしかしてご令嬢は結婚相手に貶められて今を没落に追い込まれたり、残してきた弟がいたりしますかね……?」
俺の問いかけに令嬢も急ブレーキをかけ、目を見開いてこちらを凝視した。
「なっ、何故それを……」
……俺は、思い当たる記憶があって米神に指を当てて唸った。
「……カルタス伯爵家のパメラか……通りで足が速いと思ったわ……」
――心当たりが見当たらない人に改めて説明すると、彼女はカルタス伯爵家令嬢パメラ。悪女の汚名を着せられ処刑された悪役令嬢である。
いきなり俺に『水龍の怒りと悲しみ』とかいう家宝のヤバい剣で決闘を挑んできたアイツだ。確かにパメラは今まで出会って来た悪役令嬢の中で1番足が速かった……何せ騎士団長の俺が本気で逃げても振り切れなかったからな。
あの時は走馬灯を見る位のピンチだった。結局陛下が真剣白刃取りで剣を受けて助けてくれたんだっけ。
パメラをまじまじと見ると、やはり先程のベルと同様、俺の事は記憶に無い様子だった。――そう、コイツもそうなのだ。ベルと同じく、処刑の未来から回帰して来た逆行悪役令嬢なのだろう。
「き、貴殿は一体……」
「パメラ、よく聞け。君は剣の才能がある。カルタス伯爵家の当主になれる器も才能もある……もし、君が今世を非業に終えた後にまた同じ人生をやり直す事があったら、家宝の剣を持てるように剣の腕を磨いて帝国最強の男に挑め。……いや、帝国最強の男は陛下か……その次位に強いヤツが良いかも。後は何とかなるから」
「えっ――」
「居たぞ!!」
そうこうしている間に警備兵達が追いついて来た。俺はパメラに向かって頷いた。
「健闘を祈る!!」
「待っ――」
二手に分かれる様逆方向に逃げた俺とパメラだったが、警備兵はパメラの方へと進んで行った。――やはり、狙いは脱獄犯のパメラだったのか……
回帰後の来世は俺が……いや、正確には陛下が何とかしてくれるはずだから、よろしくな……
遠くの方で捕まるパメラが見えた。何かやはりベルの時のように罪悪感を感じたのだが……多分、このまま逃げるよりも一思いに回帰した方が未来は明るいと思うんだ。……いや、過去か? ややこしい。
「あっ――」
「うわっ、申し訳ない」
パメラを振り返りながら走っていると、誰かにぶつかってしまった。
「あっ、あの、貴方騎士様ですわね?! 私を匿って頂けません?!」
「は――?」
ぶつかった女性は俺を見るなり服を掴んで縋って来た。――だが、その容姿……
意地悪そうな黒髪に吊り目。見覚え? ありすぎるわ……だって、コイツは俺の前に3回は現れてますからね……
「居たぞ!! 観念しろ!!」
「騎士様、どうか――」
俺は後ろに隠れようとする令嬢の耳元で告げた。
「済まん、ミレイラ。もしお前がこのまま破滅の今世を終えても……多分またやり直す事が出来るはずだ。その先には俺みたいな騎士と、あとお前と気が合いそうな令嬢が居るはずだから……えーっと、グッドラック」
「――は??? え、ちょ、何で私の名前を……」
「お探しの人はこちらですか?」
俺はミレイラの両肩を掴み警備兵へと差し出した。
「えっ?! あ、ハイ。ご協力、感謝します」
「ちょっと、貴方!! それでも騎士なの?! この人でなしーー!!!」
「来い!! 静かにしろ!!」
暴れる悪役令嬢ミレイラの両脇を掴み警備兵達は城へと向かって行った。
そう、アイツは悪役令嬢……対決悪役令嬢の片割れのミレイラである。そう言えばアイツも時間逆行系悪役令嬢だったな……
済まん、ミレイラ。このまま逃げるよりはいっそ一思いに回帰した方が幸せなんだ。いい友達やお前を想う家の人もいるからな。
……何だろう、3度目ともなると罪悪感が薄くなっている気がする……というか、何か……こんなに偶然って、重なる?
首を傾げながらも、俺も逃亡の身。いつゲート都市から連絡が行き、同じ様に警備兵に追われるか分からないので素早くその場から離れる事にした。
「教会か……」
森の中にポツンと建つ建物が見えた。教会ならばワンチャン匿って貰えるかもと淡い期待を抱いたのも一瞬――
バタンと勢いよく開かれる扉からは警備兵が女性を連れていく姿が見えた。
「いやーー!! またダメだったわーー!! 今度は結構長く生きれたと思ったのにーー!!」
「来い!! 大人しくしろ!!」
「してられっかー!! こちとら何回死んでると思ってんのよ! 18回よ!!! 今度は痛く無いやつにしてーーー」
「おーい! 次死ぬ時は聖樹の下で自ら命を断つ感じにしてみたらどうだーー……」
聞こえたか分からないが、連れて行かれる女に向かって俺は声をかけた。
「またリーン様ダメでしたなぁ……」
「いやぁ、今回で19回目ですかぁ。多いなぁ。我々もまたやり直しですかー……きっついなぁ」
連れて行かれる修道女を見送る神官達が嘆いている。
そう……アイツはループ系悪役令嬢リーン。19回の人生を全て悪役令嬢として断罪されてはループしている可哀想な令嬢。ちなみにその乙女ゲームとやらの主人公はここの聖石に呼び寄せられて来るらしく、この教会の神官達も巻き込まれてループしているらしい……
そうこうしている間にも森のあちこちで追いかける警備兵と女の叫びが聞こえる……
えっ……? 何コレ、さっきから断罪直前の悪役令嬢にぶち当たってない……??? そんなことそうホイホイ……ある?




