10年後の未来は初キス出来るような楽園では全然無い(後編)
「何故私の名前を知っている。お前は誰だ……」
10年経っても然程変わっていない魔族のベルは一体いくつなのだろうか。変わってしまったのは俺のことをすっかり忘れているという事だった……
「いや、お前……たった10年で俺の事を忘れるとか酷くないか……?」
「?? 何を言っている、私はお前なんて知らん」
目の前のベルの様子……何の冗談か本気なのか俺の事をまじまじと見て首を傾げた。
「冗談にしては笑えないんだが。お前は魔王の側近で、かつ魔王領に現れた異世界の少女がゲームの知識でイケメン魔王もイケメン魔族も全て落とす方法を知っていた為、アークも他の魔族達も少女に落とされてしまい……魔王領を守ろうと最後まで足掻いた挙句反逆者としてついに処刑されかけて、時間を逆行して戻ってきたんだろ? 確か『キャワワ天国☆ミ〜かわいい魔族を育てて愛そう』とかいうふざけた名前のゲームの……」
うなる俺の記憶。悪役令嬢の事は大体薄っすらと覚えている。そう、ベルは死に戻りというか時間逆行系悪役令嬢である。異世界から来た少女に汚名を着せられ処刑されたという……ちなみに『キャワワ天国☆ミ〜かわいい魔族を育てて愛そう』は、2頭身のかわいい魔族にお菓子やゲーム等、好きなものを与えたり運動させて育てる育成ゲームだそうだ。キャワワな天国に処刑や断罪要素を入れようとする異世界人の感覚が本当に分からない。
「……確かに……そちらの言っている事は恐ろしい程当たっている。正直、その寒気がする程ふざけた名前のゲームとやらも、異世界から現れた少女の件もその通りだ。だが、その時間の逆行というのもお前の存在も全く知らない。異世界の女にやられたのもほんの少し前のこと。そして、この話はあの女と私しか知らないはず……それを何故知っている」
「――は?」
……どういう事だ? そんなに頻繁に会っていた訳でも無いのだが、魔族のベルは難解な冗談を言うような空気の読めない奴ではなかったと思う。
突っ込み待ちとかでは無く、マジで俺の事を忘れているというかそもそも知らない様子だし……
(「…………いや、というか……何であんたまでここにいる訳……?」)
その時ふと……先ほどの、驚きこちらを見るノエルさんと茜の様子を思い出した。
眩い光が晴れた時、茜とノエルさんは過去からワープして戻ってきたというよりは、起きていた戦いの最中に突然その存在と記憶を挟まれたような状態だった。
それもそのはずだ。だって茜が帰還を願ったのは魔法で過去に戻る前の、魔法学園の時間だ。
そこはノエルさんが悪役令嬢として後戻りの出来ないゲームの時間軸……破滅の未来――
(「はい。私も今戻ってきたものでして」)
――俺はベルと出会った最初の時に……彼女が言っていた言葉を思い出し目を見開いた。
「……何だ?」
「お前、もしかしてだが……回帰前の……破滅の未来のベル……か?」
「何を言っているのか一つも理解が出来ないので、その質問にそうか違うかは答えかねる」
俺の言葉全てに訝しげに眉を寄せるベル……だが、今までの状況や話を統合すると恐らく……間違いない。
この時間軸は、この未来は、数々の逆行悪役令嬢が口々に言っていた破滅の未来だ。現にノエルさんの存在や状況がそうだし。
出会ってきた悪役令嬢のとんでも未来予想に『この平和な帝国で処刑とか断罪とか、そんなシステムがある訳がないのに未来どうなってんの?』と何度も言っていたが、まさかその未来を自ら確認しに来るとは思わなかった……
「――つまり、貴殿は私と同じような運命の令嬢とよく縁があり、このまま破滅の生を終わらせた私が何の奇跡か時間を逆行し……そんな貴殿に助けを求めた、という訳か」
「ああ。そんなご縁は一切求めていないんだが、そういう事だ」
「ふむ……」
俺はベルにこれまであった事やベルの話をかいつまんで説明した。
正直悪役令嬢に関してはエピソードがありすぎて何処を摘んでいいか迷ったのだが……
特に異世界から少女を呼び寄せる魔獣の猫――ソラの話を持ち出すと、やはり心当たりがあるのだろうかやっと俺の話を信じる気になってくれた。
「俄かには信じがたい話だが、私を騙したり適当な嘘をついているにしては話が作り込まれ過ぎている。それに、貴殿の話には思い当たる事や実際に私しか知り得ない事が多すぎる……」
「信じて貰えそうで感謝するよ。こちとら、どういう訳かこの未来の状況が全く分からない上に味方が少なそうだからな」
「……まぁ、本当の意味で信じられるのは私が一度死に、逆行して貴殿に出会えてからなのだが」
ようやく警戒を解いたベルが口元を少し緩めた。
安心しろ、死んだ後は逆行先の俺が何とかしてくれるさ……今世はごめんな。何も出来なそう。
「しかし、皇室騎士団長か……おかしいな、そんな者が魔王領に来た記憶は無いのだが……」
「そうなんだよな。何か、やはりどう考えても俺の知っている帝国と違うし、知っている者達の様子も全く違うからな……下手したら俺も何か違う感じになってしまってんじゃ無いかと不安でしょうがないから様子を見に行こうと思っていたんだ」
「状況……か。……貴殿は魔王領に来た事があると言っていたな。ならば魔王領にある湖の伝説を知ってはいるか?」
「アレだろ『あの世とこの世を結ぶ湖』とかいう伝説の。……というか、実際に俺は落ちて『この世ではないあっちの世界』に行った事があるからな」
「あの湖から本当にあの世に行けたのか……まぁ、それはともかくとして、実際に見たなら話が早い。『並行世界』という考えがあるのは分かるな?」
「平行世界……幾つもの違う可能性の世界、って事だろう? その落ちた先も俺が女だったりベルが男だったりと男女が逆転していた」
「そうだ。アーク様とも常々、湖の先に広がる『あの世』が指すのはどういう世界か、という話をしていた。だが、貴殿の話を聞いてアーク様も言っていた『違う可能性の世界』とやらの先が見えてきた。恐らく、私が見た10年前と貴殿の見た10年が既に違うのはその『並行世界』の並行線が違うからだろう」
……なるほど……? つまりここはもう既に俺が元いた世界とは違う世界線なのか。通りでおかしいと思った。
確かに、最早劇的に違い過ぎて男女逆転世界よりも別世界だしな……一体何がどうなってそんな事になったんだか……
「時間を飛んだり違う世界に行ったりする魔法が制約の大きい禁忌とされているのは、それだけ『あの世』を作りやすいからだ。過去の一部を変えれば未来が大きくズレる。その時点で『元々あった未来』と『変わってしまった未来』は別の世界になるからな」
……アカン、ベルが丁寧に説明してくれているが、そろそろ俺の脳内が許容量を超えようとしている……
難しい話はあまり分からない系騎士なんだ……
「で、結局ここはどういう世界なんだ? 争いの起きる世界か……?」
「ふーむ……話を聞くとそういう問題ではなく、もっとこう、根本的な何かが違う世界なのではないかと……そんな気がして来たのだが」
「違う何か――」
「――いたぞ!!! 逃亡犯と怪しい男だ!!!」
ベルとの話の途中で突然男の怒号が響いた。そちらを振り向くとゲート職員の追っ手だけではない……見覚えのある金の装飾――皇室騎士団員が武装してこちらに向かってきているじゃありませんか。おお……
彼らは騎士団長を暖かく迎える目でもなく、犯罪者を追い詰める厳しい目をしていた。俺が面倒な事を持ってきた時にたまにそんな目をされるけど……ん? そういえば暖かく迎えられた事あったっけ……?
「くっ!」
ベルが魔法を使おうとするも指が魔法陣を描く前に、その振り上げた腕に魔術具が嵌められる。
「くそっ! 封印の魔術具か!!!」
「ベル!!」
俺は腰の剣を抜こうとベルトに手を当てる――が、その手が剣を掴む事は無かった。……さっきゲート都市で没収されましたわね……おおおおい! 俺ぇ!!!
俺は捕縛しようとする騎士団員達の攻撃を必死で避けるも、先に捕まったベルが叫ぶ。
「貴殿だけでも逃げろ!!」
「だが――」
「知っての通りだろう、私は捕まって破滅の先が待ってようとも大丈夫だ! 貴殿を信じる!! 逆行先の世界で会おう! ジェド・クランバル!!!」
「ベル……」
俺は漁った収納魔法の中に魔石の感触を見つけ、森に目掛けて解き放った。
「なっ!? ドラゴンブレスか?!」
「駄目だ、火の勢いが強い!!」
黒い魔石から勢い良く飛び出た黒い炎は騎士達を飛び越えて森を焼き焦がした。悪い夢のように燃え広がる黒い炎は暴れる闇の竜のようだった……
ベルは笑っていた。そうだ……お前は、回帰するのが……違う世界に行くのがお前の運命だ。
勢いよく走る俺の脚に追いつく者などいなかった。なんたって、実力で騎士団長やらしていただいていますから……騎士団で無駄に一番足が速いのは俺だったな……
一晩中走り森を抜け、見えてきたのは帝国の首都の町並みだった。
散々見てきた景色……いつもは遠方から戻ってきては安堵し見上げていた皇城も……
今は不安と、感じたことの無い悲しみしかなかった……




