10年後の未来は初キス出来るような楽園では全然無い(中編)
――ガシャアアンン!!
いつもより強めに締められる牢の扉。いつもの顔見知りのゲート職員達は、俺を慣れたように投獄する時もその手つきに優しさが込められていたのだと今になって思い起こされた。
ここは俺の知っているゲート職員も全然居ない……何もかもが様変わりしてしまった未来。10年後の帝国のゲート都市。
10年で世界はそんなに物凄く変わってしまうものなのだろうか? と思ったが、よくよく考えてみれば元の俺の時代からだって10年遡った過去はだいぶ違う。
陛下が先代魔王と戦い、皇帝になって世界を変えたのも10年ちょっと前……そもそも数年前だったって状況がかなり違うのだから10年後にそんな事になっていてもおかしくない……おかしくない、が――
「おい! 立て! この襲撃犯め! どこの国の差し金か吐かせてやる!!」
罵倒を浴びせるように言い放ったゲート職員は俺の服を無理やり引っ張り立たせ、乱暴に何処かへと連れて行く。……これですよ??
こんなに変わること、ある?
俺の知っている陛下が統治している帝国で……こんな感じがまかり通っているなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。奴隷、拷問、処刑のとても全年齢で行えないような物騒三拍子は陛下が最も嫌い絶対に行う事など出来ないものである。……で、あった。
一体何が起きてこんな事がまかり通る未来になってしまったのか……その辺りを調べる為にも俺は大人しく従い様子を探るしかなかった。大人しくしている内に剣も没収されてしまったが……まぁその辺はいつもの事だし大丈夫だろう。
しかし、吐かせてやるって乱暴に連れて行かれてますが、本当に一体何をされるのだろうか。以前、ゲート都市で投獄された時に受けた拷問はおおよそ拷問と言っていいのか分からない程の物だった。ふわふわで可愛い動物達、机にはスイーツや食欲そそるご飯の数々。肩や足や手は凄腕のマッサージ師に揉み解され目には蒸気のアイマスク、BGMはリラックス出来るヒーリングソング……
『幸せすぎて口が勝手に吐いちゃう式拷問』と名づけられた平和的拷問はある意味何でも吐いてしまいそうなヤバさがあった。
――そんな事を走馬灯のように思い出しながら連れて来られた先、鉄の硬い扉を空けた場所にあったのは……ホンマもんのマジでヤバめな拷問器具が広がっている部屋だった。おおおおい!!
とても全年齢では説明出来ない痛そうなやつ。おま、勘弁してくれよ……
ジャンルを変える訳にはいかないので絶対に表現は出来ない。だが全年齢の良い所はそれを隠す術があるという事だ。
ブレイドのブレイドが露になりそうだった時に眩しくて目を開けていられない程の光が差し込んでいたように……そのとても表現出来ない数々の何かにはタイルのような四角模様が入り、見辛くなっていた。そりゃそうですわ、全年齢ですからね。
「さぁ、これを見てもだんまりを決め込んで――ん?」
俺を引っ張ってきたゲート職員が部屋の様子を見て目を擦り何度も見直した。どうした?
「ん? あれ? 何か今日、拷問部屋見づらくないか……?」
「……言われてみれば、確かに。いつもこんなんだったっけ……」
「何か目の調子……悪いか?」
職員達が目を擦ったり窓を開けて光を入れたりしながら部屋の物を何度も確認したが、一向に改善される余地は無かった。……どういう事だ?
いや、だって全年齢だし見え辛いのは当たり前だろう……? え?
「あの、もしや……いつもはもっとくっきり見えている……とか?」
「当たり前だろ!! こんな器具で拷問が出来るか――いてっ!!」
怒り狂った職員の1人がタイルの様なぼかしの入った何かをばんっ! と叩くも、尖っていたのだろうか手に怪我を負っていた。尚、切った手も何かタイル化してぼかされた模様。
「うわああああ!! な、何だこれ!!!」
「お、お前、怪しい術を使う魔法使いか?!」
??? 何でや。俺は何にもしてないわ。
「俺は見ての通り剣士だからな……そういう魔法の類は使えないんだが。というか、こんな拷問はそもそも俺にはあまり意味が無いし……」
俺は職員が怪我をしたらしきタイルの辺りを思いっきり叩いてみた。タイル処理されていて何があるのか全然わからんが、そのわからん何かは俺に刺さることも傷つけることも無く音を立てて砕け飛んだ。
「なっ!!!」
「……な?」
全年齢の壁が全力で何かを守ろうとしている所済まないが、こんな脆そうな物はそもそも騎士団長の俺には効かない。こちとら実力で騎士団長やらせていただいてる男……まぁ、10年前ですがね。
剣しか取り得が無いとは言え、身体は無駄にちゃんと鍛えているのだ。
以前俺を刺した呪いの剣子のような、親父が使う伝説級の剣ならまだしも……こんな見るからに(見えないけど)軟そうな素材で俺を傷つけられると思ったかね? 我、騎士団長(元)ぞ?
俺は武器の代わりに何だかよく分からない、よく見えない物を一つ持って職員達に突きつけてみた。触っても痛くないから持っても大丈夫な物だとは思う。
「おい、こんな事を帝国で行って、許されているとでも言うのか?」
「ヒィッ! 何か突きつけて来たが、何なのか分からないのが余計怖い!」
確かに。前に目隠しをされて何かされた時も正体が分かるまでめちゃくちゃ怖かったが、人間分からない物が一番怖いよな。……いや、コレそもそも何なのだろう。
まぁ、一番分からないのは俺の状況と10年後の未来ナウなので、早く状況を確認したい。本当に。
「な、本当に何なんだお前は!!」
「何と言われても……明言は出来ないが皇室騎士団というか……」
俺が言いよどみながら発した言葉に、ゲート職員達が固まりガクガクと震え出した。え? 俺、何かまずい事言いましたかね?
「こ、皇室騎士団だと?! いや、ち、違うんだ!! いつもはちゃんと怪しい奴や罪人を脅しているんだ!」
「そうだ! 今日は何か目の調子というか、解像度が悪いというかだが、この拷問部屋を見れば大概大人しくなるんだよ!!」
「ん? 別に拷問をしているって訳じゃないのか?」
ゲート職員達はぶるぶると震えながら首を振ったり頷いたりして喋り続けた。いや、それどっちなん……
「許してくれ! いきなり帝国の方針が変わったからと言って、そんな恐ろしい事急に出来る訳は無いんだ……10年前まであんなに平和だったのに!」
おお……やっぱ10年如きでは人間そう変わらないって事か。ちょっと安心した、が――
「……やっぱり、今の皇帝が人々を恐怖で縛りつけたり、処刑や拷問を強要しているって事なのか……?」
「ああ、そうだろ? 何を言っているんだ……」
皆怯えた目でこちらを見て頷く。うーむ? やっぱり未来がおかしい。俺の知っている陛下がそんな事するはず無いし、そもそも俺がそんな事する陛下を止めない訳が無いと思うんだが。マジでどうなってんの未来。
だが、状況は何となく理解した。
未だ皇室騎士団の名が良かれ悪かれ通じるのは好都合だ。このままゲートを通り抜けてしまおう。
「君達の働きぶりはよく分かった。初心(?)を忘れてないのならばそれで良いのだよ。皇室騎士団的には」
「は、はぁ」
多少疑いの目を捨てきれないものの、何とか誤魔化せそうな雰囲気はまだある。
「では、俺は皇城に戻らなくてはいけないのでこれで――」
「あのー、騎士様……念の為身分を証明出来るものを見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「ん? 何だ、俺を疑うというのか?」
「はぁ、まぁ規則ですので……あと、大体怪しい人程そう言うといいますかまぁ……」
確かに。怪しい奴ほど怪しくないって主張しますもんね。
だが、俺はちゃんと皇室騎士団の、しかも騎士団長な男。何も恥じる事もやましい事も無いのだ。
俺はスッと身分証を出した。
「うーむ、確かに皇室騎士団のものですね。ええと、あの、ちょっとその指の所が見えないので避けて頂いても良いですかな?」
「ん?」
俺の親指は日付を覆っていた。今年の日付……つまり、10年前ですね。
「……いや、ここが持ちやすいというか、しっくり来るんだ」
「ですが、そこにも文字があるので確認しなくては……」
「絶対なのか……?」
「その、まぁまぁ絶対ですね」
……ヤバイ、このままでは俺が10年前の漆黒の騎士団長だという事がバレてしまう……
ゲート職員達がヒソヒソ話し始め、風向きが悪くなりかけたその時――
遠くの方で騒ぎが聞こえて来た。
「た、大変だ!! こっちにも応援を寄越してくれ!! 罪人が逃げた!!」
「何だって!!」
勢いよく開かれた地下牢の扉。ゲート職員が告げる急は逃亡者を取り押さえようとしている喧騒と共に告げられた。
「何!! これは、皇室騎士団の俺が手伝おう!! 皇室騎士団員だからな!!」
「あ、ちょ、まだちゃんと身分が――」
ゲート職員の声を無視して俺は逃亡者らしき影を追いかけた。自慢じゃ無いが足だけは早い。なんたって実力で騎士団長やらせていただいていた男。
逃亡者はフード付きのマントにすっぽりと身を包んでいたので容姿は分からなかった。だが、背丈や動きはどう考えても女のものだ。
まさかここに来て断罪直前の悪役令嬢とか言わないよな……ん? 待てよ――
俺はふと、名案を思いついてしまった。
逃亡女性は俺が近くまで追いつくと攻撃を仕掛けて来た。武器は長い爪――振り下ろされる手を避けると近くの壁が抉れる。あぶな……この令嬢つよ。
俺はその細い腕を掴んで間を詰めた。
「くっ――」
「なぁ、君はもしかして……悪役令嬢とかでは無いのか?」
「――?! なっ、何故それを!」
何でかはもう説明するまでも無いのだが……それより先ずこの状況から抜け出す事がお互い優先だろう。
「説明は後だ、とりあえず俺を捕まえて人質に取ったふりをして連れ出してくれないか」
「……騙しているという可能性は」
「こんな事騙してどうするんだよ。とりあえず当て身でも振りでも何でもいいからやってくれ」
「……分かった」
女はこくりと頷くと俺の腹を思いっきり蹴り込んだ。……いや、当て身でも振りでもって言ったよな……? 凄く痛いんだけど。
大げさじゃなく痛みで蹲る俺の腕を締め上げ、鋭い爪を突きつけて盾にした。
「道を開けろ」
「くっ……卑怯な……」
「やはり魔族は……」
人質を盾にする卑怯な様に職員達はざわざわと呟く。へー、魔族の悪役令嬢の方でしたかー。
謎の魔族の悪役令嬢は狼狽える職員達目掛けて魔法陣を描いた。繋がる紫の魔法陣からは目の眩む程の光が走り、辺りを包む。
「あっ――くそ!! 逃げられた!!」
「怪しい奴も居ない……しまった!」
ゲート職員達の視界が戻る頃には俺と女の姿はゲート都市からは消えていた。
★★★
「はぁ……ここまで来れば……」
ゲート都市から離れた森の中、追手がいない事を確認して俺達は足を止めた。
「……いい加減話して貰おうか、貴殿が一体何者なのか」
「いや、まぁそれはお互い様というか……こちとら割と説明に困る事情があってな」
「…………説明に困るのは私も同じだが」
不機嫌そうに呟く女は顔を覆っていたフードをパサリと落とした。
魔族の証である暗い褐色の肌、尖った耳……銀色の長い髪を後ろで纏め、微妙にセクシーな服――って、あれ……?
「お、お前……魔族の……ベル?」
見覚えのありすぎた魔族の逃亡犯は……魔族のベルだった。
確かに……悪役令嬢だわ。




