ついに帰還したフォルティス家。お別れと……そして
「様子は相変わらず……か」
「はい……陛下」
太陽の色の髪と瞳……皇帝ルーカスは、いつもは暖かなその表情を今は曇らせながら……眠りから覚めぬ少女を見つめていた。
周りで見守る従者達の涙ももう出尽くしていた。それどころか以前に来たときよりも酷い怪我を負っている様子を見てルーカスは更に表情を強張らせる。
「彼らはどうしたんだ? ……悪役令嬢ノエルにやられたのかい……?」
ルーカスの問いかけにナディアは哀しげに首を振った。
「いえ……そうであるならばどんなに良かったか。ですが、自らが家臣に傷を負わせたと知ったノエル様の事を考えると……それすら出来ませんでした」
自分の意思じゃ無いにせよ、大切な家臣を傷つけてしまったならばノエルの悲しみは相当なものになるだろう。それを考えると家臣たちは不本意ながらピコピコするハンマーでひたすらお嬢様を眠らせる事しか出来ないのだ……
「そうだね……ええと、ならばその傷だらけの様相は――」
「ううっ!!」
急に家臣の1人が震えだした。何かの襲撃かとルーカスは身構える。
「時間だ! 時間が……嫌だ!!」
「馬鹿野郎! 苦しみは1人には背負わせないと相談して当番制にしたじゃないか! 次はお前の番だ、早くしないとお嬢様が目覚めてしまう!」
「だけど……お嬢様を傷つけるなんて……うわあああ!!!」
ピコピコするハンマーを持った男は血を吐き出し、怪我もしていないのに自らの血で全身血だらけになった。
吐血、血の涙……愛するお嬢様をピコピコするハンマーで傷つけるストレスは相当なものだった。
それ程までに家臣達はノエルを愛していたのだ……
「……見ての通りです。事態は一刻を争います……これ以上はもう、持ちません。……我々の精神が」
ナディアも輸血の魔術具を片手に瀕死の状態だった。他の家臣達もレバーや魚などの血を作りそうな食材を食べて命を繋いでいた。
「な、何か大変だね……」
「大変なんです」
大変などという言葉では表しきれぬプレッシャーを感じてルーカスは冷や汗をかいた。気持ちは分かる……が、こればかりは信用のおけるんだかおけないんだか分からない友人の騎士に託したのだ。待つしか無い。
「……分かった、今日は私がやろう」
ルーカスは血の涙や鼻血やら色んな血を流す家臣からそっとピコピコするハンマーを受け取った。
よもや平和な帝国でこんなにも血生臭い光景を見るとは思わなかったルーカスだが、国民に血を流させる位ならば自身が流すしか無いのだ。
(気持ちは分かるけど……私だってまぁ……)
自身も最愛の人を定期的にポコポコ殴らなくてはいけないともなれば同じように心が痛んだだろう。
(だが、彼女は強いからなぁ)
彼の女性は手の中にあるピコピコなる柔らかいハンマーで怪我を負うようには思えなかった。ふと、悪戯に叩いてみて『もー、何ですの?』と可愛く頬を膨らます恋人を想像してしまい口元が緩んでしまう。
「……何わろてんですか?」
「えっ」
正気に戻るとノエルの家臣たちが光の消えた目でルーカスを見ていた。
「いや、えっと、申し訳ない、ちょっと……何でもない」
フォルティス家の人々の心中は限界だった。皇帝にさえ殺意を向けるほどに目を見開きガンをつけて来る。
かつて敵対していた魔族だってそんな目をしてはいなかった。可愛いノエルを想うがあまりそんな顔になるのだ。
愛は恐ろしい――単純な欲望の方がまだ切り捨てようがある。ルーカスはすやすやと眠る天使のようなノエルは本当に天使なのか、もしや傾国の悪女なのでは……と疑問に思えてきた。
が、その顔はやはり天使だった。ノエルは何も悪くない……悪いのはノエルを利用しようとする者なのだ。
(くぅ……早く帰って来てくれ……)
時計の針が進むと共に部屋の空気が変わっていく。ノエルの周りにゾクリとする冷たい空気が流れた。そして家臣達も震え出す。
(やはり……この家臣達の様子……)
ノエルを愛するあまり――というのも十分過ぎるほどあるが、それだけでは無いのだ。
ナーガやその撒き散らかされた黒い石がそうだったように、闇の力は少なからず人の心に影響を与える。
ナーガに乗っ取られていたノエルにはその残留した闇の力があり、悪役令嬢ノエルの目覚めと共に少しずつそれは増幅されていった。
ノエルの家臣達も何とか耐えているものの、やはりノエルを想う悲しみや不安はじわりじわりと闇に引きずられていた。
このままジェドの帰りが遅れれば、ノエルの中に再び闇の芽が出てしまう。それはノエルが回避していた悪役令嬢ノエルへの道だった。
今、ノエルの中にはその悪役令嬢の人格もある。破滅への階段は未だ揃っているのだ。
(――今の私には……こうする事しか)
今はまだ柔らかいハンマーで眠らせる事で凌げていた。けれど、時が手を尽くす余地を過ぎれば……
想像するだけで握った拳に爪が食い込む。痛いのは手では無く心だった。
時間が来てノエルの目が開きかける。ルーカスは傷つけることの無いよう注意を払ってハンマーを振り上げた――
――カッ!!!
「?!」
振り上げたその頭上が急に光りだした。普通の魔法陣と違うそれは神聖魔法に似た光だった。
「なっ、ジェド――ぐえっ!!」
頭上から次々と雪崩落ちてくる人。先頭には待ち望んでいた友人の騎士も居たが、急いで欲しいとは思っても頭の上からオマケつきで降って来て欲しいとは思ってはいなかったのだが。
「いってー……落ちた拍子に何か硬いものにぶつかった……」
「……ジェド……それは私の頭だよ」
「なるほどー、通りでめちゃくちゃ痛いと――あ、陛下」
部屋の空気とは間逆の……暢気な顔を向ける騎士、ジェド・クランバル。その上には一緒に出かけた魔法使いや目的の聖女、そして何故かジェドの両親であるクランバル夫妻も居た。
「えっ――ここって……ノエルたんの家……」
辺りを見回す茜の目に、ベッドに体を埋めたまま目覚めぬノエルの姿が映った。
「ノエルたん!!」
「あっ、今は――」
駆け寄り手を伸ばす茜。その腕をガシッと掴み目を開けたノエル――開かれた目にはいつものノエルのふわりとした優しい色は無く、青黒い怒りが人相を悪くしていた。
「あ、あんた……」
「……」
ノエルは茜を凝視したまま動かなかった。一言も発さず、空気だけがどんどん冷えていくのを部屋に居た誰もが感じていた。フォルティス家の騎士は剣に手をかけ、ルーカスも拳を握る。
だが、硬く握りかけたルーカスの拳を止めたのはジェドだった。
「陛下、多分……そんな心配しなくても大丈夫」
「……ジェド……」
ルーカスが拳を下ろすと同時に少し部屋の空気が暖かくなったような気がした。ルーカスも少し不安だったのだ。大切なノエルが闇に飲まれてしまわないかと……
だが、ジェドや茜の、そしてノエル自身の思うところは違う方へと向いていた。
「……茜……」
「あんた……私の知ってる、ノエルなんでしょう……?」
「……」
目覚めると同時に全てを攻撃していた悪役令嬢のノエルだったが、茜の顔を見るとその表情をほんの少し和らげた。
「……ノエル、この世界のノエルたんを……ずっと、守っていてくれたんだよね」
「……」
「ごめん……」
「……?」
ノエルの手を握り、茜は俯いた。
「ノエルたんがこんな状態になったのも、全部私のせいなの……私が、過去のノエルたんを救おうとして、ちゃんと向き合わなかったから……こんな運命になっちゃったんだよね。本当は……本当の運命は、あんたとちゃんと向き合う事だったのに……」
「茜……」
「あんた、ノエルたんを助ける為に、代わりになろうとしたんでしょ? それは本来自分の運命だからって……でも、ノエルたんがあんたも助けて欲しいって、そう願ったって。自分だけ助かるのは間違っているからって……その話を聞いた時に私、分かったの。本当に私がやらなくちゃいけないのは……あんた自身を助ける事だって、あんたを変える事だって」
悲痛な顔をしながら手を離し、茜は大事に鞄に締まっていたソラを出した。ソラの額の宝石は、今にも力を放出しそうだった。
「ジェド、あれは……」
「ナーガに乗っ取られていた時にノエルたんの横にずっと居たソラは、闇の力の影響を受けて額の宝石が穢れてしまったのです……あの力を止めるには、同等の代償が必要だって。神がそう言ってました」
「神が……? 同等の代償とは……」
「あれは異世界から力のある者を呼ぶほどのものだからねえ。代償とするには相当なものさ、例えば誰かを未来に送り返す、とかね」
「それは――」
ルーカスは茜を振り返った。ソラをノエルの元に置き、再びノエルに向き直る。
「一緒に……未来に、いや……あんたが悪役令嬢だった運命の次元に、帰ろう」
「……それって……」
「今度こそ、私はあんたに負けない。正規ルートで、あんたを悪役じゃない普通の女の子に戻す」
「茜……」
茜がソラに触れると、その額の宝石が光りだした。ノエルと茜の身体が光に包まれる。
少しずつ消えていく茜、握ったノエルの手を、今度こそ放さないようにと力を込めた。
(ノエルたん……5歳のノエルたんに出会えて嬉しかった。幸せになってね……)
ソラの額の宝石から光が全て消える。と同時に茜の姿も消え、ノエルはベッドに倒れた。
「ノエル嬢!」
「……う……ん……」
ルーカスが駆け寄り心配そうな瞳を向ける……ノエルはゆっくりと目を開いた。
「あれ……? 陛下……わたし……」
「大丈夫かい? 苦しい所や痛い所はないかい?」
「……はい、大丈夫です。なんだか、心にぽっかりと穴が開いたような、そんな痛みがありますが……でも、お姉さんはきっと、幸せになってくれるって……だから……」
「にゃー」
優しく微笑むノエルにソラが頬ずりをした。ノエルは膝に乗るソラをぎゅっと抱きしめる。
ふわりとしたソラの暖かさを感じたのは久しぶりのような気がした。ソラも、やっと安心出来たのかゴロゴロと喉を鳴らしノエルに甘えた。
その様子を見たフォルティス家の家臣達も泣いた。ようやくフォルティス家に平穏が戻った事に、ルーカスもほっと胸を撫で下ろす。
「これにて、一件落着という事ですかなぁ」
「ええ。そういう事、みたいね。これで心置きなく神に挑めるわぁ」
ついでに帝国に戻されたクランバル夫妻はニコニコと上機嫌に笑い旅支度を始めた。その様子を呆れたようにシルバーが見つめる。
「ふむ、戦闘狂というものは恐ろしいねぇ」
「シルバー、君もそもすると人の事は言えないんだからね。皇室魔法士の仕事をしてくれるのはいいけど、たまには魔塔に戻ってもらわないと、苦情が凄いんだけど……」
「ははは、魔塔の魔法使いって者たちは強欲だからねぇ。ふーむ、定期的に魔塔に戻ってお灸を据えるのは少々面倒だねぇ」
「君が多方面に迷惑をかけないって言うんだから採用したんだからね。これ以上苦情が出るようならクビにして魔塔に送り返すけど」
「はいはい、そうされないように気をつけるさ。私には目的が出来――」
ルーカスにどやされても笑みを崩さなかったシルバーだが、そこまで言いかけてピタリと止まった。
「シルバー……?」
「ん……いやぁ、何でもないさ」
何を言いかけたのか、少しの違和感を感じながらも部屋を出るクランバル夫妻を見守った。
(……目的って……何だったかな……?)
「じゃあ、ノエル嬢はゆっくりと休んでくれ」
「はい。でも、わたしも立派な魔法使いになる為に魔法学園に戻らなくてはいけませんので」
「それは良い心がけだ。でも、無理はしては駄目だよ」
「はい」
笑顔のノエルに見送られ、ルーカスとシルバーはノエルの部屋を後にした。
★★★
眩しい光が2人を包んでいた。
ノエルと茜……だが、2人が居たのはフォルティス家では無い。その足元には魔法陣、この景色は魔法学園のものであった。
そして、ノエルたんの姿は幼き可憐な姿では無く、禍々しき邪竜を背負った悪役令嬢のもの。
「ノエル!!」
「茜……」
2人は一触即発だった。茜に向けてノエルは魔法を放つ寸前だった。だが、集められた闇の魔力は次第に弱まり、ノエルは手を下ろした。
ハッと気付いたように辺りを見回すノエル。
「……私達、戻って……」
「ノエル……覚えているの……?」
驚く茜の問いかけにノエルは眉を寄せながら神妙に頷いた。
「……なぁんだ、過去に行ったこと……無駄じゃなかったんだぁ……」
安堵のため息を吐き、茜は腰を下ろした。
「本当は、凄く不安だったのよね……あのまま未来に戻って、力が戻る保証も無くあんたを止められるかって。でも、少しは希望が持てたかも」
ふふ……と笑う茜につられて、ノエルも唇の端を上げた。
未だ解決していない事は沢山ある……が、茜も沢山の修行と経験を積んだ。そして為すべき目標をちゃんと見つけた。
きっと大丈夫だろう……俺は悩みの吹っ切れた晴れやかな顔の茜を見て頷いた。
「…………いや、というか……何であんたまでここにいる訳……?」
ノエルと茜が訝しげにこちらを見る。
うん、そうよね、お邪魔よね。
……いや、そうじゃない。
何で俺まで……
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルまで、一緒に2人の未来に来てしまっているのだろうか……?
長かった改稿作業終わりましたので、前の頻度とは行きませんがボチボチと更新再開したいと思います(><)
1話の表紙更新しました。改稿中に何か絵は描いていましたのでジェドくんがちょっとイケメン増しております。
今後とも緩やかによろしくお願いします( ;∀;)




