突如降り注ぐ悪役令嬢の影(前編)
聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアは光の降り注ぐ台座に1つの箱を置いた。
透明な箱は四方に魔石が嵌め込まれ、中にいる魔物を聖国に満ち溢れる聖気から守っていた。
「平和だなんて、こんな魔の物がいて叶う訳ないじゃない……」
白い艶やかな髪が揺れ、白いまつ毛から覗く赤いルビーの瞳が魔物を見つめ、色素の薄い唇が問いかける。
「だからわたくし……ルーカス様にそれをちゃんと知って頂きたいの。分かるかしら?」
魔の物は意思があるか分からない。返事をしているのかすら分からないがただプルプルと震えていた。
「……貴方みたいな魔の物にわかる訳ないわね」
オペラが指を走らせると、魔石が白く光り出した。
その光は帝国上空に神聖魔術の魔法陣を描き、空からその魔物を大量に降らせた。
空を見た2人の悪役令嬢はお茶を飲む手を止める。
「あの魔法陣……あれって、やっぱアレよね……」
「そうね……あの、前世でプレイしたアレね……」
2人はお茶を置いて立ち上がり帝国の中心部へと走り出す。
その日、帝国に大量のスライムが降り注いだ。
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと皇帝ルーカス陛下は、突如上空に現れた巨大な魔法陣の元へと来ていた。
「これは……やってくれるな」
ルーカス陛下はブチ切れ寸前だったが、とりあえず人命救助が先である。
スライムとは言え、こんな大量の魔物が一斉に人を襲い始めたら一般市民の命が危ない。
「お、おい! 大丈夫か?!」
酒屋の主人が大量のスライムに埋もれて足だけ見えていた。必死になって引っ張るも全然掘り出せない。え? なんで?
「?! ――っ、このスライム、斬れない……」
ルーカス陛下がスライムに斬りかかるが、傷1つ付かなかった。陛下が斬れないものとかあるの? ビビる。何このスライム。
「……動けませんが、生きてます」
埋まってる酒屋の主人の声が聞こえた。他の埋まってる人を見ても生きてるみたいで、どうやらこのスライムに殺傷の意思は無いらしい。
「何の為にこんな事を……」
「これはアーク呼んで通訳して貰った方がいいんじゃないか……?」
とは言え、謎のスライムに殺傷力が無くて死なないにしても、皆動けなくなるのは普通に帝国の危機ではなかろうか。
そうこうしている間に俺たちの周りにもスライムが積もって来た。あー、ヤバイ。
じわりと絶望感を感じていた時――
微妙に色の違うスライムだったが、陛下の所に降っていたスライムの中で同じ色のスライムが何匹かくっついた時、何故か泡となって消えてしまった。
「こ、これは一体……」
新種のスライム……? 何これ?
「ジェド様! そのスライムは同じ色のものが5つ揃うと消えます! これは、そういうゲームなのです!」
そこに現れた2人の令嬢……えーっと、誰だっけ? 最近、令嬢が多すぎて覚えきれない。
「君は……トリーゼ家のマリア嬢。それと、君はマロン嬢、隣国の姫だね?」
「マリアとマロンって……ああ!! あの樽令嬢!!」
悪役令嬢マリア・トリーゼとマロン姫は、以前洞窟で『囚われの王子』というアクション風乙女ゲームで争い、お互いに前世でそのゲームをプレイしていた仲間という事で意気投合した2人である。
「君達、何か知ってるのかい?」
2人はお互い見合って頷き説明し始めた。
「これは、前世でプレイしていた落ちゲー系乙女ゲーム『スライムパズル・恋のドキドキ対戦』に間違いありません」
「これが……ゲーム」
ルーカス陛下は空の魔法陣を見た。俺も見たが、確かに魔法陣の近くに岩流れ洞窟の時と同じような数字が見える……本当だ、ゲームだ。
「丁度、私達もゲームの話をしていました。何を隠そう悪役令嬢マリア・トリーゼとマロン姫のゲームは糞ゲーと名高いシリーズでして……他にもゲームがあるのではないかと思っていた所なのです」
糞ゲーシリーズって、もしかして他にもまだあるの……?
「あの魔法陣といい、スライムといい、間違いありません。ゲームのオープニングとこの今の帝国の光景も一緒です。ですが……本来ならば悪役令嬢マリアがあの魔法陣を生み出してスライムを降らせるはずなのですが……」
「魔法陣は誰か他の者が作ってるって事か?」
ちらりと陛下を見たが、ルーカス陛下は心当たりがあるのか魔法陣をずっと睨んでいる。
「で、このスライムはどうしたらいいんだ?」
「先にお伝えした通り、降り注ぐスライムのうち同じ色のスライムを5つくっつければ泡となって消えて無くなります。ゲームの中では、スライムは5匹くっつくと5重人格になりそんなに沢山の自我は1つの身体では保てなくなって崩壊しまうと言われております」
スライムって2匹くっつくと2重人格とかになったりするの? 初めて知った……
「ちなみに、この沢山降ってくるスライムの同じ色を集めきれなくて埋もれるとゲームオーバーです」
周りを見渡すと結構粘っている人もいるが、かなり埋もれていた。
「とりあえず、消せばいいんだな?」
俺たちは降り注ぐスライムを見上げた。空からは……とんでもない数のスライムが迫っていた。




