イケメン渦巻く迷宮の先には神がいる(後編)
神……それは、確認出来ないけれど確実にこの世界に『いる』存在である。
一体誰がそのルールや理を知ったのかは分からない。そして、神の正体も何人いるのかも分からない。
分かっているのは、神はこの世界に直接干渉出来ないという事。
シルバーいわく、神が介入すればすぐに壊れてしまうから、ある程度のルールに則って世界が保たれているのだとか……
だが、そこは神も狡賢いというか……様々な抜け道を駆使して世界に介入しようとしていた。
聖国人が神の血を引き、その信仰によって神の力の一部『神聖魔法』を使えるのもその一つ。そして、異世界からこの世界ならざる者が来た時にもその人に力を与える事が出来る。
そして、もう一つの方法……神の降り立つ地。ここはそれら理の抜け道を駆使し、長い歴史の中でこの地だけに存在しても良いという場所を作ったそうだ。
だからと言って、ここから出られる訳でもない……ただ、この地に来れば唯一降り立つ事の出来た神に会える……それだけなのだ。
……そんな背景があるという神様だが、可哀想な事にうちの両親に目をつけられていた。
理由は強い者と戦いたい、という戦鬼戦狂で理不尽なものだった。勿論、神の方が強いのだろうが、余りのしつこさに神は至る道の罠を強化し、中々たどり着けないダンジョンを転生異世界人達に発注した。それが前回のイケメン達が沢山出てくるダンジョンのダイジェストなのだが……
なんとそのダンジョン……当の親父達はあっさりすり抜けて神の元に辿り着く術を知っていたのだ。
こうして今、剣を構えて不気味に笑いながら神をビビらせている……
『な、な、お前ら、ダンジョンはどうした……こんなにすぐに辿り着けるはずが……』
薄っすら発光している神はガクガクと震えていた。ダンジョンが完成して余裕で待ち構えていたのだろうか……何か柔らかそうなクッションにもたれてだらけていたからな。相当油断していたよね。
「あら、あのダンジョンのこと?」
「ははは、確かに数週間遊んでいたね」
『遊んで……』
「いい修行場が出来たと思ってね、ゆっくり修行していたのよ。元々貴方が作った罠って一辺倒だったから丁度飽きていた所だったのよね。いい気分転換だったわ」
「ああ。もっと早く進む事も出来たのだけど、少し遊んでいたら時間をかけすぎてしまったようだな。寂しかったかな? 神よ」
親父達、いつもより戻って来るの遅いなと思っていたら……マリア達のダンジョンで遊んでいたのか……
いい修行場て……
「クランバル卿、遊んでいたのは分かったけど、さっきのはどういう仕組みなんだい? 茜君も乱数だとか調整だとか言っていたけど」
さっきのダンジョンが終わるとき、現れた魔法陣や文字に向かって親父は滅茶苦茶に切りつけていた。だが、滅茶苦茶に見えたその太刀が終わると共にいきなり神の元へ出たのだ……シルバーは興味津々で親父達に聞いていた。
『そ、そうだ! あんなのあるか!!! あの先にはまだ沢山のダンジョンがあったはずなんだぞ!! 一体どうやって……』
「どうやってって言っても……なぁ」
「ええ。何かあの魔法陣って結構ランダムで違う場所に送っているみたいじゃない? で、何か試しにクリアした時に文字を斬ってみたらこう、ポロッと中身が現れてね、それを発見した時に面白くて色々試し切りしていたら好きな場所に出られる事を発見したのよねぇ」
「全部見て回ってから最後に追い詰めようと思っていたのだけど、ジェド達が困っているらしいからな。予想外に早く来る事になってしまったなぁ。はっはっはっは」
『試しにバグを発見するんじゃないよ!!!!! 何なんだお前ら!!!!』
……神が怒っている。この両親、神の作ったダンジョンを前に完全に舐めプである。
さっきの太刀筋を見てゾクゾクと感じたが、毎度毎度修行しているだけあって以前よりかなり強くなっている気がする……怖い。平和な世界でもうこれ以上強くなる必要無いんじゃ……
いや、親父達は何か目的があって強くなっている訳では無いのだ。強いやつと戦いたいが為に強くなっているのだ。こんな戦闘民族、この世界に他にいるだろうか。宇宙まで探しにいかないと居ないんじゃないのか……?
「という訳で、覚悟――」
『うわーーーー! ちょっと待てお前ら!』
「いや待てって! 俺達が困っているから早く来たって言っただろう!!!」
親父達が問答無用で神に斬りかかろうとし、神もいつもの神力で応戦しようとしたので俺は慌てて止めた。どうせ一瞬で吹っ飛ばされるだけなのだろうが、俺達まで吹っ飛ばされてしまってはここに来た意味が全然無くなるんですが……
『ああ……そういえば、今日はやけに大人数だな』
神は俺達を凝視した。その目が茜に止まる。
『……君は、聖女か? 異世界人の……』
「……そうよ。私がこの世界に来た時の力なんて、もう残っちゃいないけど……」
茜はいつもの狂犬っぷりを抑え、鞄からソラを出した。茜の腕の中に納まるソラはぐったりとしていた。
「この子の……魔石が汚れてしまって、何とかして欲しいんだけど……」
困ったように眉を寄せる茜の元へ神は近付き、ソラを覗き込んだ。
『なるほど……この猫は特殊な魔獣だな』
「特殊……? やはり普通の魔獣とは違うのか?」
ソラは魔族のベルから託されたときに【悪意や魔気で魔石が穢れて力が限界に達した時に異世界から少女を呼び寄せ魔族を制御しようとする危険な魔獣】と言われた。
「ソラは異世界から力ある人間を呼び寄せるような存在だったね……確かに、この世界の魔法で収まる話では無いのかもしれない」
『その通りだ。この猫には神力が働く。古くから猫は神に近い存在として崇められていたからな……魔族の暴走に対抗する為に、手を打つ手段として違う神が生み出したのだろう。魔族は暴走はしなかったが、この世界を脅かす混沌がこの猫の力を発動させようとしているのだな。このままではこの猫は暴走し、それをきっかけに力が発動してしまうだろう』
「ちょっと! そんなの駄目! 何とかならないの?!」
茜の必死の訴えに薄っすら光の神はうーんと考え始めた。
『何とか……ならない訳でもないが……ようはこの魔石の力を発散すればいいのだから』
「じゃあ――」
「問題は異世界から力のある少女を呼び寄せる程の力を何で発散させるか……という事だね?」
『……君は魔法使いか。ああそうだ、それが難しい』
「? どういう事だ?」
難しそうな顔……いや、顔は全然見えないのだが、そんな素振りの神にシルバーは頷いた。俺や親父達は話が見えず首を傾げる。
「え? 貴方、神でしょう? 小難しい事言ってないでさっさと発散させなさいよ」
母さんが困り顔で神に向かって剣を突きつけた。暴力に訴える顔じゃないのが恐ろしい。
『うわーーー!!! こ、こら!! お前話をちゃんと聞いてろよ!!! 本当に人間は愚かだな……全く』
神は焦りながら母さんの剣を取り上げた。ごめんなさい、愚かなほど短気で……
「夫人、つまり……今ソラが溜め込んでいる力はちょっとやそっとじゃ発散出来ないって事なんだよねぇ。魔法にはいくつものルールが存在するっていうのは知っているよね? 例えば時間や場所を操作する類の魔法はそれだけ代償が大きい。異世界から人を……それも力のある少女を呼び寄せる程の魔法なんてかなりの代償だ。大陸一つ吹き飛ばす方が簡単なのさ」
『その通りだ。誰かを別世界や別の時間軸に飛ばしたり、誰かの存在自体を作り変えるような大掛かりな力でないと、この猫の溜め込んだものを発散する事なんて出来ない。簡単に使えるような力ではないのだ……』
確かに、急に誰かを別世界にとか……そんな魔法簡単に使っていいものじゃないよな。人を作り変えるのだってそうだ……今ここですぐに相応の力の使い道なんて……
「うーむ、元悪役令嬢であるこの私が再び悪役令嬢に戻るというのも手か……?」
『いや、お前……それ、お前が女として存在し直すって事だからな……? そんな事したら息子が無かった事になるぞ……?』
「絶対にやめてくれ」
さらっと、俺の存在が消されそうになった。危なすぎる。
400話目前にしてうっかり主人公が居なくなる所だったわ!!
「別の時間軸……」
神の言葉を聞いた茜は深刻そうな顔で固まっていた。漏らした声は重く、拳を握り締めて神に向き直る。
「……それって、過去とか……未来とか……私の、元来た時間にも……戻れるって事よね……」
『ん? ああ、君は未来から過去を変える為に来たのだったな。何だ? 元の時間に戻りたいのか……?』
意を決した茜は神に掴みかかった。薄っすらと光っている神の薄っすらと光る襟元を掴み締め上げる。光ってて分からなかったが、服着てたんだ……
「私を……私とあの子を、ノエルを元の時間に戻して! ソラの力を使って!!!!」
何かの決心を固めた茜の力は強く、ぶんぶんと揺さぶる神は薄っすら光る泡を噴いていた……お前、それ神だから。もうちょっと優しくしたげて……




