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イケメン渦巻く迷宮の先には神がいる(前編)

 


「なるほど……ソラは知らぬ間にノエル嬢の……いや、ナーガの闇の影響を受けていたのか……」


 ソラは魔物の猫であり、悪意や瘴気など悪いものを額の宝石に溜め込みきれなくなった時……異世界から魔族を脅かす少女を召還すると聞いていた。

 ノエルたんに大切に育てられていた頃はそんな傾向はなかったのだが、ナーガに乗っ取られた後の弊害は思った以上に深刻だった。本当に厄介な邪竜である……


「こんな所で……ゆっくりとこんな事をしている場合じゃないのよ。ソラが手遅れになる前に、神に何とかして貰おうと思って……」


 茜は藁にでも縋る思いで外を見た。

 外とは透明な魔法の防護壁の外であり、こんな事とは防護壁に弾かれている樽やイケメン達である。


 俺達はとりあえず茜の話を聞く為にシルバーが魔法で作った防護壁の中にいた。

 透明な壁のような防護壁は幸いな事に当たり判定にはならなかったみたいで3人がすっぽりと入るようなドームの中では落ち着いて話が出来た。……が、その壁をバンバンと弾いて飛んでくる岩……そしてイケメン達。

 正直、イケメンが壁にびたん! と張り付いたのを最初に見た時はビビった。だが、当たり判定にならなかった安心感から次第に慣れていったのだが……時間が経つにつれて岩やイケメンの数がどんどん増えていく。

 透明な防護壁には雪崩のように岩とイケメンがぶつかって来た……怖い、怖すぎる。

 平静を装いながら深刻そうな茜の話を聞いていたが、俺もシルバーも外が気になってしょうがなかった。


「こんな事から早く抜け出したいねぇ……」


 びたん! と張り付いては次から来るイケメンと岩に押し出されて行くイケメン。透明な壁に顔を貼り付けながらこちらに向かって何か言っているのが怖すぎて直視出来ない……恐らく子猫ちゃんとか何とか言っているのだろう……


「その意見には全く以って同感だな……ここまで来るとこのイケメン達の存在は何なのか疑うな……」


「まぁ恐らく神聖力で作り出したゴーレムみたいなものなのだろうけど……精神がぐっと削られる思いだねぇ」


 何せ時間が経つとレベルが上がるのか何なのか数が物凄くてイケメンの扱いが相当酷くなる。最早岩と同じような無機物の雪崩にさえ見えてきた……

 これを乙女ゲームと言い張るのであれば相当酷い。制作している者達の酷さは聞いてはいたのだが、見るたびに精神を疑う……よくこれで女子が喜ぶと思ったな。

 俺達男でさえ相当精神に来るのだが、純真な乙女がこれを見て本当にきゅんきゅんする……? 絶対しないって分かるよね。

 大陸全土に渡り商売を広げる大商人のイエオンさんも『新しいものは積極的に取り入れていかなくてはいけないが、新しすぎてついていけないものは意味がない。時代やニーズにちゃんと合うかを見極めるのが大変だよ』と言っていた。こんなゲームが流行る時代は絶対に来ないと思う……少なくとも乙女を喜ばす方向では絶対に。


「まぁ、このゲーム性は一先ず置いといて、時間が無い事は分かった。こちらも早くソラや貴女をノエル嬢の元へと連れて行きたい……もう直ぐ天井の数字も無くなってゲームオーバーになりリセットされるし、そうすれば少しは避けて進むのも楽になるだろう。早い所このダンジョンをクリアして先へと急ごう」


「そうだねぇ」


 岩イケメン嵐の中数字が無くなるのを見守っていた俺達に、聖女は少し考えながら呟いた。


「……ねぇ、別にワザワザ岩やイケメンを避けて進まなくても……このまま進めば良くない?」


「ん?」


 ……言われてみれば、シルバーの魔法防護壁は壁扱いなのか当たり判定にはなっていなかった。


「……」


 試しにシルバーが防護壁をズリズリ動かしてみる。俺達もそれに合わせて移動してみる。

 積もりに積もった岩やイケメンをかき分けるように透明な壁は先へと進んだ。


「……行けそうでは、あるねぇ」


「……景色を気にしなければな」


 行けそうではある。が、景色はかなり悪い。

 積み上がり張り付く岩とイケメンをかき分けながら進む様はもう何か……キモすぎる。しかしこのイケメン……何処から湧くんだ……? それを言ったら岩も何処から湧くのかは疑問だが。


「今はそんな事を気にするより確実にクリア出来る方法で攻めた方が良いでしょう。数字がリセットされたら全力で走りたいのだけど……行ける?」


「行けはするねぇ」


 天井の数字がゼロになり、『GAME OVER』の文字と共に降り積もった岩とイケメンが一斉に消える。

 それと同時にシルバーが笑顔を貼り付けたまま新たな防護壁の魔法陣を描いた。嫌そうな顔である。


「行こう」


 合図と共に俺達は走り出した。シルバーも魔法陣を行く先に次々と描いて走った。

 行く先に現れる防護壁は流れてくる岩や鉄球を弾き飛ばし、途中から出現し始めたイケメン達も次々と跳ね飛ばして行く。俺達の様子は暴走した馬車か突進するイノシシか……

 奥に進むにつれ障害物の数はどんどん増えて行った。こうなって来るともうイケメンが人に見えなくなってくる……イケメンがゴミのようだ。


「……なぁ、異世界の乙女はこんな物見て楽しいのか? これって乙女ゲームとかいうヤツなんだろ?」


「……何言ってんの? こんな乙女ゲームがある訳ないでしょ……こんなのゾンビホラーゲームよ」


「やはり見たまんまそうなのか……」


 そうだよな。こんな乙女ゲームがあってたまるか……びたんびたん防護壁に張り付いたりバシバシと弾かれる男達は俺が女だとしてもキュンキュンする気がしないしな。やっぱり真っ当に口説かれるのが良いのだろう。そう考えると囚われの王子は1人で良かったな。

 ……もしやそれを分からせる為にこんな……?



「あっちに何かいるねぇ」


 暫く走っていると突き当たりに檻が見えた。前作(?)では王子が囚われていた檻だが、入り口の扉は開いていて、そこから出ている王子が一生懸命樽を投げていた。


「何で前作の王子が……」


 そしてやはりマリアの幻聴が聞こえてきた。


(囚われの王子2では前作の王子が操られ敵となります。迫り来る沢山のイケメン達に惑わされる事なく、真実の愛を見つける事が出来た時……王子にかけられた魔法が解けるのです)


 みたいな事なのだろう。分かる、分かるぞ。


 だが、このままシルバーのバリアで王子の元へと向かうのはどうなのだろうか? 岩とイケメンに押し潰されちゃうのでは……? 惑わされる、されないとかそういう問題では無くこのまま進んでいいのか疑問に思えてきた。


「おい茜、俺が合図したらあの王子の所に飛ばす事は出来るか?」


「アイツの所に? ……分かった」


 茜が頷く。俺は岩とイケメンの波を見極め、王子までの道が出来た時にシルバーに目配せした。すると防護壁の一部に穴が開く。


「オラアアアア!!!!」


 茜が俺の背中に向かって思いっきり回し蹴りを叩き込んだ。いや、投げ飛ばすだけで良かったんだが……?

 茜のちょっとだいぶ痛い蹴りで王子様方向に吹っ飛ばされた俺は岩とイケメンの隙間をくぐり標的へとたどり着いた。

 腰にある黒い剣を抜く……


「ハァァアア!!!」


 気合いを入れて王子を袈裟一文字に切り斬りた。


「ちょ、斬っていいの?」


「安心しろ、切れてない」


 訝しげな茜に王子を指で示す。王子の身体には一つも傷はついていなかった。

 クランバル家48の殺人剣の一つ『斬れたような気がする剣』は神速で斬りつける為、切れた細胞が切られた事に気付かずまた元に戻るという謎の技である。難点は切れてないという事……つまり、この技で人は殺せないので悪しからず。


 王子が倒れた瞬間、周りにあった岩やイケメン達が一斉に消えた。ゲームオーバーの文字が出ないので失敗した訳ではないらしい。


「う……」


 王子が目を覚ます。真っ赤に光っていた目は光を失い、元の表情に戻っている。


「君が……私を元の姿に戻してくれたんだね。沢山の男達への嫉妬のあまり真実の愛を見失ってしまう所だったよ……」


 あの流れて来た大量のイケメン達はどうやら王子の嫉妬が具現化したものらしい。どんだけ嫉妬してん……いや、その話で行くとあんなに沢山のイケメンと知り合うプレイヤーの主人公どんな……?

 ちなみにその主人公と思しきマロンは今はただのゲームオタクの土建屋である。


「これからは……醜い嫉妬はやめて君だけに愛を尽くそう」


 そう言って王子は茜の手を掴んだ。うん、いや、確かにこの中じゃ彼女だよね。

 だが王子よ……真実の姿に戻したのは俺だし、後お前が手を握っている女はこの中では1番の狂犬なんだからね……?


 案の定ブチ切れた茜から痛そうな右フックとボディを打ち込まれた王子は洞窟の床に沈んだ。

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