神の能力を借りしダンジョンは思いの外迷宮(後編)
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔塔主シルバーは流れ来る岩や鉄球を避けながら走っていた。
天井近くにある数字……それにこの容赦無く流れて来る岩……まごう事なきアレだ。岩流れ洞窟である。
よもや400話に達しそうな今更初期の洞窟をリプレイするとはたまげたなぁ。
「ジェド、これはどういう趣旨のゲームなんだい? そもそもゲームなのかな……?」
シルバーは浮いていた。轟々と流れる岩は余裕で下を抜けて行き、時折バウンドする鉄球に気を付ければ良いだけなのだ。ズルい。いや、魔法使いだから当然の特権というか、逆に走っていたらそれはそれで何でだよ、なんだが……何かズルい。
「これは悪役令嬢マリア・トリーゼが悪役として出てくる『囚われの王子』という乙女ゲームだ。本人が転生前にプレイしていたと言っていたから間違いない」
「乙女ゲームとは、女子がイケメンにキュンキュンして乙女心をくすぐられるというゲームなんだよね? 今までもあまり納得の行かない物が無かった訳ではないが、郡を抜いて趣旨に疑問を感じるねぇ」
「……それについては俺も同感だ」
何せ、この轟々と流れる岩や鉄球……イケメン要素も無ければ乙女要素も無い。そして肝心のプレイヤーの女子も居ないので、ただの岩を避ける修行の場と化している。信じられないのも無理は無いだろう……
「だが、乙女ゲーム要素が無いのは今の俺達にはかえって好都合だ。さっきのカードゲームはキツ過ぎたからな……」
イケメン達の口説きセリフカード合わせは本当に色んな意味で辛過ぎた……解説不在なのが尚つらい。
悪役令嬢も居たら居たで面倒だが、説明も無く巻き込まれるのはこんなに辛いのだなとしみじみ思いましたな……説明だいじ。
まぁ、今回は以前入った岩流れ洞窟と同じ仕様っぽいし、このまま避けつつゴールに向かうだけならば楽勝である……
「……ジェド……」
「ん?」
ふわふわ浮きながら並走するシルバーが先を指差して表情を固めていた。
真っ直ぐ先を指差す。その奥は暗く、ただ轟々と岩や鉄球が流れて来るだけだったのだが……
「先が何――」
その時、俺は目を疑い二度見した。目も擦ってみた。
岩の間に混ざって流れて……いや、走って来ているのは――男……というかイケメンだった。
それも1人や2人じゃない……大量のイケメンが走って来るのである。
「う、ウワアアアア!!!!!!」
俺は真正面から来るイケメンを必死で避けた。イケメンは手を広げて優しい笑顔で俺を抱きしめようとして来るので、しゃがんだり飛び退いたりしながらイケメンを交わす。
「ジェド、これは一体どういう……」
「知らん!! 前はこんなの無かった……無かった、けど恐らく岩流れ洞窟の続編とかリメイクとか魔改造とかなんだと思う! 恐らく!」
またしても、解説の令嬢本人は不在であるが歴戦の経験が知らせていた。岩流れ洞窟のゲームは人気がなかったとか言っていたが……続編出ていたのかよチクショウ……
まぁ、今までの傾向からしてこのゲームを作っているらしき制作者は人気とか売れるとかそういう次元で物を作っているのではないのだろう。普通、工房や商人は売れる物を流通させるはずなのだが……異世界人の考えは本当に謎である。
しかもこのイケメン達、すれ違い様に――
『君に出会えて良かったよ。俺のエンジェル……』
『俺の事、そんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいな。その……俺も好きだよ』
『恥ずかしがらないで、ほら……こっちを見てよ。もう、君だけしか見えない』
『そんなに見つめるなよ……お前に見られると、普通じゃいられない。なぁ、俺をその気にさせて、どうしたいんだ?』
『そんなに眉間に皺を寄せるなよ……可愛い顔が台無しだぞ? 子猫ちゃん』
と決め台詞を決め込んで行くのだが……いや、お前ら使い回しじゃねえか!
ビジュアルもセリフもそのまんまである。子猫ちゃんもしっかり居た。お前とはもう絶対に会わないと思っていたよ……
(このゲームは、もうお分かりのように『囚われの王子』の続編『囚われの王子の息子』です。前作は余りの人気の無さに忘れ去られていたものの、一部マニアの人気が強く続編制作となりました。制作陣は前回の「どこら辺が乙女ゲームだ?」「イケメンが全然出てこないじゃ無いか、金返せ」という貴重なご意見を参考に、今作は流れる樽にイケメンを混ぜるという強硬手段に出てファンの度肝を抜きました。ですが、イケメンのビジュアルやボイスが明らかに他シリーズの使い回しで苦情が出たものの、流れ来るイケメンの妨害が障害物としての難易度を上げ、純粋にアクションゲームとして楽しんでいる人には好評でした)
……という事だろうか?
またしても、悪役令嬢の話に慣れ過ぎたせいかマリアの幻聴が聴こえたような気がした。幻聴説明乙。
規則性を持って流れ来る岩や鉄球と違い、時に移動したり勝手に動き回るイケメン軍団は無規則で、岩に目が慣れてしまった俺にはかなり避けるのが難しくなっていた。
そして俺だけでは無く、浮いているシルバーにも縦横無尽に壁を走るイケメン達は手を伸ばしたりジャンプしたりと何とか捕まえようとしている。奥に進むにつれてイケメンの身体能力が上がっているのだ……いや、前作から難易度バカ上がりすぎじゃないか???
「あ、あぶなっ――」
シルバーの魔術具の飾りを掴もうとイケメンが手を伸ばす。シルバーも魔法陣を描き弾こうとしているが……それって当たり判定になるのでは??
……と、走馬灯のようにゆっくりと見えたその光景ぶち壊したのは、イケメンを殴る拳だった。
華奢な腕から出たとは思えない様な鉄拳はシルバーを掴み損ねたイケメンを洞窟の壁まで吹っ飛ばす。
「え?」
それと同時に樽とイケメンがピタリと止まる。
洞窟全体が暗くなり目の前に浮かんだ文字は『game over』
……いや、それ当たり判定。
景色は一瞬にして変わり、またスタート位置に戻された。ああ……さっきまでの苦労が……
一体誰が乱入し邪魔して来たんだよと見た瞬間、俺はその細腕に襟元を締め上げられた。
「ぐえ……な、お前――」
「……騎士団長……アンタ、何でここに居るのよ……」
鬼のような形相で俺を締め上げているのは、俺達が探していた目的のはずの聖女の茜だった。
何で締め上げられているのか全然分からない……俺は障害物のイケメンじゃないので触っても殴っても当たり判定にはなりませんが……だからこんな仕打ちされてるってコト……?!
「落ち着きたまえ、茜君」
シルバーが魔法で岩と俺を入れ替える。俺は床にストンと落ち、茜は岩を砕いた。そして当たり判定で『game over』の文字と共に暗転する。おいコラ当たってる当たってる。
「……アンタ、ノエルたんはどうしたの? 助けに行っているはずじゃ……」
ノエルたん……? ああ、それで怖い顔していたの……
「ノエル嬢ならば既に闇の手から救い出しているよ」
「え……」
「だが、新たな問題が発生してねぇ……君を探していたのさ。だからこれ以上暴れるのは止めて一旦話を聞きたまえ」
その言葉を聞いた茜は拳を下ろして表情を変えた。
「それって、どういう……」
言いかけた時、何処からかか細い鳴き声が聴こえて来た。ハッと我に返ったような茜は急いで鞄を下ろし、中を開く。
「どうした……っ?!」
茜が開いた鞄の中には、ぐったりとして眠るソラ……その額の魔石は半分以上が黒く澱んでいた。
「ソラ!!」
「時間が無いのよ!! 早くしないと……」
茜は焦り声を上げるが、目を閉じて拳を強く握り締め俯いた……
「……お願い…………助けて……」




