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神の能力を借りしダンジョンは思いの外迷宮(中編)



「ぐっ……」


 全てのイケメンカードの消滅はすぐそこだった……はず、なのだ。

 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは見るに耐えないボーイズのカードがラブな発言をしてくるものを二つ掛け合わせ、カードの数字を足して消していくという意味の分からないゲームをさせられていた。

 こういうのが好きな女子は何時間でも何日でも見ていられるだろう……だが、生憎俺はこういうのが好きでもない普通の騎士団長なのでただの拷問である。今までも拷問みたいな目に遭わせられたが、歴代ワースト3に入る位の拷問だった……くっ、いっそ殺せ。


 そして、その拷問は終焉を迎えようとしていた。いや、迎えたのは行き止まりか……


 このカード、乱雑に積まれているようで規則に沿って重なっている。

 つまり重なっている下のカードは選べず、上のカードを上手く消していかなくてはいけない、ということなのだ。

 ばかでかいカードの数字を上手く合わせて、聞きたくもないイケメンの口説き文句(×2)を嫌と言う程聞いていたのだが、そのうち何故か数字がどうにも合わなくなって来てしまった。

 重なっている下のイケメンが欲しいのだが、それにはその上にいるイケメンを消さなくてはならない。その上にいるイケメンを消すにはこっちの下にいるイケメンが必要で……


 ……これはいわゆる、詰んだというヤツですな。


「え……これってどうすれば……」


 天井の時間はまだまだあった。時間切れでゲームオーバーになればまた元の状態に戻るのだろうか……


 と、思っていたら目の前に『手詰まり』の文字が現れた。


「なるほど……ご丁寧に詰んだら詰んだでお知らせしてくれるのか……とは言え最初っからは骨が折れるな……ん?」


 手詰まりの文字が消えると残っていたカードが一斉に光りだしてカードに描かれているイケメン達が現れた。……は? 何、君達……?


『おい、このウスノロマが。こんな簡単なゲームも出来ないのかよ』


『はぁ? 失敗するとか有り得ないんだけど。小学校から勉強やり直した方がいいんじゃないの?』


『頭の悪い奴とは、話したくない。今すぐ目の前から消えてくれ……』


 と、カードから具現化したイケメン達が一斉に俺を罵り始めた。ナニコレ……

 カード残数がまだまだ多かった為、イケメン達の罵倒は止まらない。俺は余りに煩すぎて耳を塞いで泣いた。……恐らく、ゲームの仕様なのだが流石にこの数の人たちに罵倒されるのは心が辛い……

 しかも結構グサグサと刺さる事を言って来る。誰に何の需要があってこんな罵倒シーンを入れてきたのか……流石クソゲーシリーズ。クソゲーの度合いが違う。

 いや、もしかしたら好きな人にはご褒美なのかもしれない……これが可愛い女の子のカードゲームだったとしたら需要は変わってくる。何かいいぞ……?

 だが、俺の目の前には罵倒してくるイケメン達しかいないのだ……俺には需要の無い現実。


 ドドドドドドド


 ひとしきりイケメン達に罵倒された俺の所にカードが降って来た。恐らくやり直しという事なのだろう……踏んだり蹴ったりである。


 とは言え嘆いていてもここを抜け出す事は出来ない……俺は気を取り直してカードを裏返し、合う数字を探した。近くにあったカードが光り出す。


『そんなに眉間に皺を寄せるなよ……可愛い顔が台無しだぞ? 子猫ちゃん』野郎である。もうお前とは3回目だ……いい加減顔見知りである。


「ジェド!! 居た!!」


 カードの向こうに魔法陣が現れ、そこからシルバーが現れた。眼鏡をかけていない元の姿だ。戻らないといけない程とは……手と相当やりあったのだろうか?


 シルバーが持っている魔石の付いた方位磁石からは俺の方へと光が伸びていた。


「ん? 何だそれ……」


「これは君の居場所を探知する為の魔術具だねぇ。この中にね、君の髪の毛を入れておくとどんなに離れていても居場所が分かるんだよ」


「……純粋に気持ち悪いんだが……?」


「でもこれのお陰で居場所が分かったんだし。君、前に指輪あげた時も全然名前呼んでくれないから意味無かったし」


 いや、確かにそれのお陰で合流出来ましたがね……一歩間違うとそれ、ストーカーでは? 俺のプライバシーは何処行った。


「それで、ここはどういう場所なんだい?」


「ここはカードゲームのダンジョンだ。このイケメン達に書かれているトランプの数字を組み合わせてイケメンをカードごと消していくというルールらしい。甘い台詞のオマケ付きだが……」


「……それまた難儀なダンジョンだねぇ」


「ああ……しかも詰むと罵倒される。俺はさっきイケメンに囲まれて罵倒されまくって心がズタズタだ……」


 肉体的なダメージは全く無いのだが、クリアするまであれを延々と繰り返さなくてはいけないのかと思うと、もう心が折れそうだ。子猫ちゃんの眉間の皺がどうとかそういうレベルじゃない……


「なるほど。それなら簡単だよ」


「ん?」


 シルバーはニコニコ頷いて魔法陣を描き始めた。小さな魔法陣から伸びた光がカードに向かって走り出す。

 カードとカードを跳ね返るように走る光はまるで答えが分かっているかのように次々と数字が合うカードを選んで進んでいった。


「何だアレ?」


「演算さ。魔法が勝手に計算して正解を導き出してくれるんだ。これを応用した魔術具とかがよく商人の間で使われていたりするんだよね。ナスカのように事象を計算出来るほどの精度があれば攻撃補助魔法として使えるんだけど、残念ながらそこまでではないんだ。こういったゲームでは使えるんだよね……まぁ、ゲームで使う意味は普通は無いんだけど。ゲームはゲームだし」


「なるほど……ま、先を急いでいる人向けの魔法だな」


 そうこうしている間に光は高速で移動し、最後のカードまでたどり着いた。おお、全てのカードが消える!!!


 ……ん? 全てのカードが消える?


 俺は嫌な予感がして耳を塞いだ。


「お前も塞いだ方がいいぞ」


「ん?」


 カードは一斉に光出し、一斉にイケメンへと具現化した。そして一斉に口説き出すイケメン達……


『君に出会えて良かったよ。俺のエンジェル……』

『俺の事、そんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいな。その……俺も好きだよ』

『恥ずかしがらないで、ほら……こっちを見てよ。もう、君だけしか見えない』

『そんなに見つめるなよ……お前に見られると、普通じゃいられない。なぁ、俺をその気にさせて、どうしたいんだ?』

『そんなに眉間に皺を寄せるなよ……可愛い顔が台無しだぞ? 子猫ちゃん』

『ば、馬鹿……! 何言ってんだよ……俺を揶揄って楽しいのかよ! ……くそっ、こんなに俺の心を乱すのは……お前だけなんだからな……』


 うるせえええええ!!!!!

 一気にカードが消えるという事はイケメンが一気に喋り出すという事である。

 高速演算が作り出した悲劇……うるせえから一度に喋らないでくれ……


 皆が同時に口説き出したので、もうBLだとかNLだとかそういう問題でもない。ただうるさい。

 順番に喋ってくれと言いたい所だが、かえって誰が何を言っているのか分からないのが功を奏しているのかもしれない……だが、イケメン達の圧が本当強い……


 シルバーも耳を塞ぎ目を閉じて苦悶の表情をしていた。いつもとんでもな状況を楽しみがちなシルバーであるが、お前でも嫌なものは嫌なんだな……


 ひとしきり主張をしていったイケメンカード達は口説き台詞の終わりと共に消滅していった。最後に残ったのは『ゲームクリア』の文字である。


「……これは、異世界のゲームなんだっけ? こんなものを行って異世界人は楽しいのかい?」


「……さぁ。楽しいのか楽しくないのかは受け取り側の問題だからなぁ。作っている方はそんな事あんまり考えてないんじゃないのか? それに、ダンジョンとしては楽しくない罠が仕掛けられているので正しい有り方だからな」


「なるほどだねぇ……」


 程なく、ゲームクリアの文字の所に魔法陣が現れた。


「何処に出るか分からないけど、神の所に近づいているといいねぇ」


「迷路だからなぁ。そう簡単には出れないと思っていた方が良いだろうな……」


 魔法陣に入る前に見た看板にはこのカードの絵の他に沢山の絵が描かれていた。恐らくこのダンジョンは幾つものゲーム的な罠が仕掛けられている複合ダンジョンなのだ……


「茜君は神の所にいるのかねぇ……」


「これで居なかったら、泣くぞ」


 一縷の望みを抱きつつ……俺達は現れた魔法陣へと足を踏み入れた……



 踏み入れた先の景色は同じような洞窟だったが、先ほどのカードゲームのダンジョンと違い奥に広く道が延びていた。


「カードのようにここで行うものではなく、先に進めという事なのかねぇ」


「ああ……」


 俺は何か不安になる程の既視感を感じていた。

 感じるはずである……洞窟の奥から怒涛のように流れてきたのは、見覚えのある岩や鉄球だった。



 ★★★



「せえええいい!!!!」


 気合と共に壁を殴る女性がいた――が、普通の岩と違ってヒビの一つも入る事はなかった。

 殴っても蹴っても、物理的な攻撃は何一つ通じなかった。これが神の力なのか……と、茜はため息をついた。

 光る手には物理攻撃が効いた。ぼこぼこに殴られた手はペコペコと土下座をしながらこちらの洞窟に繋がる魔法陣を指差した。

 その手を信じて魔法陣に飛び込んだが、やはりそこはミニゲームの世界だった。


 神の力で作られているのなら、聖気を使えば壊せたかもしれないが……生憎魔法陣を暴走させて手を出現させる為にありったけの聖気を使ってしまった。今の茜には魔力も無ければ聖気も無い……

 回復するまで暫く時間がかかりそうである。後先考えずに使ってしまう自分のアホさにこの時ばかりは後悔した。


 茜の背負うリュックの中で丸まって寝ているソラ。通常なら1人で修行するか、巻き込んだ者が元気であれば突っ走る事も出来た。が、今一緒にいるソラにはそんな元気は無かった。


「はぁ……」


 自分の無力さが身にしみて落ち込んだ。闇に乗っ取られたノエルを目の前に何も出来なかった自分がずっと脳裏に焼きついていた。

 それでも、今のソラを救えるのは自分しか居ないと……ソラまでもが取り返しのつかない事になってしまったらノエルが悲しむと……それだけを考えて茜は全力で神の場所を目指していた。


 いつだって全力なのだ……ノエルを救いたいと思い時間移動の魔法だけを会得しようとした時も……魔力が無くなる事を知ってひたすら腕力を鍛えた時も……ノエルを守りたいともっと強くなろうとした時も……茜は何一つ手を抜いた事は無かった。

 だからこそ、壁にぶち当たった時にどうしていいのか分からず……急に心細くなるのだ。


 茜の飛ばされた洞窟は障害物が流れてくるだけのシンプルな場所だった。正面から流れる岩を正拳突きでぶち壊していたものの、壊す度にスタート地点に戻されていた。

 そう八つ当たり気味に壁を叩いたのは何度目かのスタート地点に戻った直後だった。


「くそ……」


 落ち込んでいる場合では無い。向かっていかなくてはいけないのだ……

 轟々と流れる岩や鉄球の音が聞こえてきた。また来るのだ……


 だが、その何度目かの岩流を見た茜の目に、岩や鉄球では無い違う異物が映った。

 流れてくる岩をひょいひょいと飛び越えているのは……漆黒の騎士団長と呼ばれる男……ノエルを助けに行っていたはずのジェド・クランバルだったのだ。


「……は?」


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