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竜の修行道は不可避道(前編)

 


「竜の国にはどんな病をも治す丸薬があると噂には聞いていたが……本当なんだねぇ。医薬の神が百種類の薬草を舐めて薬効を試しただなんて、ただの昔話だと思っていたけど」


 そう言ってシアンはポーラから貰った丸薬の粒を手の平で数えていた。なんでも、一度に20粒位飲まないといけないらしいし、あととんでもなく苦いらしい。

 話をしているばかりで一向に飲もうとしないシアン……


「お前、薬を飲むのが嫌なのか?」


 シアンが一瞬固まる。


「ジェド、君は私を幾つだと思っているんだい? それに魔塔の主人である私が、苦い薬を飲むのに躊躇していると思うかい?」


「そう言うならさっさと飲めよ。こちとらお前から地味に漏れる魔法がちょいちょい当たって痛いんだよ」


 シアンがくしゃみをする度に飛沫のように魔法が飛んでくる。水魔法ならば可愛いものであるが、飛んでくるのは雷や火だったり、下手したらちっちゃい重力魔法とか槍とか飛んでくるから恐ろしい。ちっちゃい重力魔法を被弾すると小指だけ地面に突き刺さるような重さになったりするのでやば過ぎる。はよ飲め。


「ああ、今飲むさ。今ね……へっくち!」


 そう言って、その後暫く丸薬を飲むのに躊躇していたため……シアンから飛沫してきた魔法が何度も俺に刺さった。

 俺もあんまり苦い薬を飲むのは得意では無いので、自分の時に強制されないよう人にもあまり強制しないタイプなのだ。風邪引かないように気をつけよう。




「これは……ありがとうございます!」


 ラヴィーンに戻った漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔法士シアンはすぐに獣人商人の待つ薬剤店へと戻った。

 俺の持つ袋を見るなり商人は涙を流して喜んだ。


「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたが……こうして目当てのものも仕入れることが出来まして。本当にありがとうございます! あ、御代はこちらで……」


 商人が金を出そうとしたので俺は慌てて止めた。


「いや、この薬剤は魔女から貰ったものなんだ。俺が料金を頂いてもしょうがないというか……」


「なるほど……あ、ですがご足労いただいたお礼だけでもさせていただけると」


「その位でしたら……」


 商人はゴソゴソと荷物袋を探り始めた。


「竜の国でお礼と言えばやはりこれでしょうな。これは、帝国で人気の書物なのですが――」


「要らん。……いや、広まる位なら回収する」


 商人が取り出したのは見覚えのある薄い本だった。心底要らなかったが、陛下に見つけ次第回収処分するようにといわれていたのだ……


「確かに竜の国では相当価値があるだろうねぇ」


「皇室じゃあマイナス価値なんだが。とりあえずその本は帝国では禁書にしていされているものなので全て回収させてもらおう……」


「ああ、私は全然構いませんが。これ自体に価値があるだけで特に中身は見てないというか、見ないほうがいいと聞いております。商人間では竜の国の取引材料になっているだけなので」


 ……薄い本さぁ、どんな扱いされてんの?

 もう紙幣感覚で取引されとりますやん。いや、金か宝石扱いか? 中身は宝石とかそんな大層なものではない……物によっては金があると言えなくもな――いや、やめておこう。


 俺は不本意ながら謝礼代わりの薄い本を受け取って収納魔法にぶち込んだ。正直持ち歩くのはしんどいが、一応陛下に検分して貰わなくてはいけない……

 こんなものを検分するのは本当に可哀想なのだが、誰が作ったとか処罰対象を洗い出さなくてはいけないから。……誰が作っているのかは知っているんだが。



 ――――――――――――――――――――――――



 すっかり復活の兆しが見え、ワタワタと慌しい竜の国ラヴィーンを後にして、俺達はその西側に延びる竜の修行道へと入った。


 プレリ大陸とウィルダーネス大陸を分ける険しい大山脈であるラヴィーンの山々……その一番高い所にあるのが竜の国である。

 一応この山全体が竜の国の国域なのだが、一体どこが果てなのか見えないほどに山脈は続いていた。

 高い場所からは西側の薄っすらとした雲の隙間に少しだけウィルダーネス大陸が見える。

 草原が果てまで広がり密林も存在するプレリ大陸と違って、ウィルダーネスは茶色の荒地なので遠くからでも薄っすらと分かる。

 その、ウィルダーネス側に延びる道が『竜の修行道』なのだ。


 前回、ウィルダーネス大陸に行くときに通った場所であり、古くはウィルダーネス側から竜を倒す為にはるばる修行しながら乗り越えたという通称・マゾ道。今は修行に使う者など殆どいない……

 ……いや、いるっちゃーいるんだが。


 この竜の修行道の途中から逸れた所にあるのが『神の降り立つ場所』である。

 俺が直接その概要を聞いたのは両親からと、樽令嬢のマリアとマロン、そして先のアンバーからだけだ。

 親父達の話では、強くなりすぎた自分達に見合う結婚相手の男子を探しつくしていた際に、偶然発見した場所なのだとか。何処まで婿を探しに出かけてんの……?


「この世の理では神はこの世界に直接関与は出来ない。だからこそ異世界から勇者や聖女を召還や転生という形で連れて来て、その過程で力を授ける。もしくは、聖国のように神の子孫と信じる者たちに聖気を媒体にして神聖魔法という形で力を貸すだけなんだよね」


「俺はあまり目に見えないものを信じたりするタイプじゃないんだが……何で神様って奴はそんなに制約に負けてんだ? 神なんだろ?」


「うーん、そこについてはそういう物だと思って深く考えた事は無かったねぇ。でも、世界の制約っていうのはそういうものなんじゃないかな? 例えば異世界では魔法は使えないし魂の核なんていう概念も無いらしいよ。そうやって、世界ごとに決められたルールがあるからこそ、世界は形を保っているんじゃないかな?」


「ルールねぇ……」


 こんなに異世界人や転生人が多く存在している時点でルールもくそもへったくれも無いような気がしていたが、それもルールのひとつなのだろうか……?

 まぁ、確かに言われてみれば人間だけでも厄介ごとが多いのに、これで神レベルの悪役令嬢とか来たら笑い事では済まされないもんなぁ。神の悪役令嬢とか、断罪は誰がするんだよ……神か? 恐ろしいな……


「うーむ、確かに神が沢山存在してなくて正解だな。で、その場所だけは神が降り立てるって訳だ」


「そういう場所があるっていうのは私も先代に聞いたことがあるんだよね。最果ての地『リカージョン』は神が唯一存在出来る場所と言われている」


「最果ての地か……ん? 世界中のあるファーゼストも最果ての地とか最も遠い地とか世界の中心とか言ってなかったっけ?」


「ふふふ、そういう類の呼称は言い出した者勝ちだからね。『世界のへそ』とか『世界の中心』とかと一緒さ。ここは特に竜の住まう場所だからねぇ。更に神が居るともなれば皆が最後の場所として崇めるものさ」


 呼び名なんてものは案外適当である。神が降り立つ最果ての地、なんて言葉を聞けばとんでもない場所のように思えるのだが……うちの両親、戦闘狂ことクランバル夫妻は友人の家に遊びに行くような感覚で神の元に通っている。勿論拒否られては神の力で吹っ飛ばされて帰ってきているのだが……

 毎回どこに行っているのだろうとは思っていたのだが、まさか神に喧嘩を売りに行っているとは思っていませんでしたね……


 そのお陰で竜の修行道は大変な事になっていた。

 神の依頼を受けた樽令嬢マリアとマロンの異世界のゲームの知識をふんだんに生かしたダンジョン道……これらは親父達を少しでも近づけさせたくない神の希望で作成されている。神にそんなもの作らせるとかどんだけ……

 前回来た時は未だ作りかけだったのだが、その時でも既に厄介なコースが出来上がっていた。幸いな事にここを修行に使ったり、古代のように商人の販路としての使用をするものは今は殆ど居ないのだが……いい迷惑である。

 あれから暫く時間が経っているので、もう完成していてもおかしくないのだが……



「おお……」


「これは、なかなか。だねぇ」


 竜の修行道の入り口……俺とシアンの目の前に見えたのは、煌々と輝く沢山の看板とその下にある魔法陣だった。


「どう思う? コレ」


「うーん、これはアレだねぇ。この魔法陣、前回近道として使っていたトンネルと一緒で神聖魔法の簡易移動型魔法陣だねぇ」


 シアンが看板の下にある魔法陣をなぞりながら頷いた。


「……つまり?」


「これを踏むと色んな場所に行けるのだけど、恐らくそこには彼女達異世界人の作った摩訶不思議な罠が沢山あるんだろうねぇ」


 シアンは興味深げにニコニコと上機嫌に笑った。


「……選択制……? なの?」


 ……しかも、選んだ先は全部罠なんだろう……? 行きたくない。帰っていい?

 いや、ノエルたんの為にも帰る訳にはいかないんだけどさぁ……トホホ……

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