悪霊令嬢は騎士団長には見えない
公爵家子息、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルには最近気になっている事があった。
「団長、どうしたんスか? 何か気になる事でも?」
後ろをしきりに気にする騎士団長に、他の団員達が声をかける。
「いや……最近何だか後ろが気になってな。……その、何だか見られているような気がする」
「えー、何すかそれ、ストーカーですか?」
「もしかして他国の間者とか?」
その言葉に同じ騎士団員のアッシュが一瞬ビクッとした。
「なに? お前何か心当たりあるの?」
「そ、そんな事、ある訳ないだろ! この最強の皇帝がいる帝国に潜入なんて、そんな命知らずいるのかよ」
「まぁ、そうだよなぁ。そもそもこーんな平和な帝国に何の用があるんだよって話だよなー」
騎士団員達が談笑していると、新人騎士のロイが持っていた本をバサバサと落とした。
「ロイ、本落ちたぞ?」
「あ、あの……団長の……」
青い顔をしたロイが指差す方を団員達は追って見た。
よく見ると、確かに騎士団長の右肩にぼんやりと何かが見えたような気がして皆が目を凝らす。見える気がすると思うと、それは見えてきた。
騎士団長ジェドの後ろには、後ろが透けて見える血だらけの女の人が立っていた。
ストーカーでも追っかけでも間者でもなく……ジェドが引き連れていたのは幽霊であった。
(((なんつーもの連れてるんだ!)))
ジェドは団員達が見ている方を見たが、全く何も見えなかった。彼等が何を見ているのかジェドには分からなかったが……恐らく悪役令嬢なのだろうと思った。
―――――――――――――――――――
「なるほど……まぁ、ジェドは霊感0だからね。ゴースト系の魔物もほぼ見えなかったもんね」
突然の幽霊出現に困った騎士団員達は、俺を幽霊ごと皇帝の執務室に連れてきた。
よく分からない事はとりあえず陛下に聞くのが1番早いというのが皆の共通認識である。
陛下も正直あまりよく見えてないのか、目を細めている。
「こういうのは信心とかが結構絡んでくるからね。実際私は神や幽霊の類をあまり好まないんだ。ジェドもそう言った事にはあまり興味が無いというか」
「精霊ならともかく、神や幽霊を好んで信じる気にはならないな。神がいるなら逆に何でこんな目によく遭うのか胸ぐらを掴んで問い詰めたい」
公爵家は代々、そういった『信じる者は救われる』と言った他力本願な思想を一切しない、信じる者は自分のみ! という神への信仰心の薄い家系である。
聖国と帝国があまり良い関係ではないのも相まっているだろうか。
息子である自分も神だのなんだのは一切信じていないし死者への妄執も無いのだが、最近は不可解な前世や転生といったあまり信じたくないものに巻き込まれているので、あながち目に見えないものも無くは無いのかなとは思いつつも、見えないものはどうしても見えないのである。
「アッシュは何か結構見えるみたいだけど、神職とかの家系だったりするのか?」
「へっ?! あ、いや、遠い親戚がちょっとな……」
「所で、この幽霊のご令嬢(?)は何でジェドに憑いているんだ?」
そう、問題はそこなのだ。血塗れの幽霊令嬢はずっと自分に付き纏い、何かを訴えているようだった。
「あの……これ、使いますか?」
ロイが持っていたノートを広げると幽霊令嬢は自分の血で文字を書き始めた。見た目がホラーなんだが。
「えーと、何々――」
「ロイ……お前よく読む気になるな」
ロイは好奇心旺盛な男であった。不気味な血文字をすらすらと読んでいく。
「私はイーラ・グレイシス。生前はグレイシス家の長女として何不自由なく育ち、婚約者もいました。が、他の女と結婚する為にと彼に裏切られ、悪女の汚名を着せられ殺された――」
…………
血文字と内容が酷くて部屋の中が静まり返った。
「えーと……それで、君は何を望んでるか一応聞いてもいいかい?」
悪霊令嬢は大量の血文字で殴り書きをした。
「復讐」
血の量が多すぎてノートにめちゃくちゃ血が滴っている。相当な恨みである。
これはいわゆる悪霊というヤツでは……?
「ふ、復讐なんて良くありませんよ! 世の中男はその婚約者だけじゃ無いですし!」
「そうだぞ、君はその、美しいから……そんなヤツ忘れて早く生まれ変わって新しい恋をした方がいい」
騎士団員達が口々に悪霊令嬢を説得する。
怖いからなのか、それとも令嬢が気の毒になったからなのか分からないが、後ろの悪霊令嬢が見えてない俺にとっては、騎士団員が俺に新しい恋を説得してる図にしか見えなくて……何これ。
説得された悪霊令嬢はさらさらとした血文字を書き始め、ロイがそれを読み上げる。
「皆様のような人に死ぬ前に出会えていれば死なずに済んだのかもしれない、ときめくような恋がしたかった……だそうですよ」
「何か俺、悪霊令嬢ちゃんが可哀想になってきた……」
「そうだな。よし、俺たちで悪霊令嬢が心残りなく成仏できるようにときめかせてやろうぜ!」
「おー!」
……騎士団長の俺に断り無しで何か始まった。
気合いを入れて各々決め言葉を考えた団員達は俺の前に一列に並んだ。え? 何、何で?
「悪霊令嬢をときめかせるのは100歩譲って分かったとしても、何で俺の前に並ぶんだよ。俺には回答権は無いのか?」
「だって、悪霊令嬢は団長の肩に憑いてるし……それに、いずれにせよ団長は見えてないんだからその時点で不戦敗でしょう」
確かに……そうなのだが。
勝負する前から負けていたらしい俺の前に新人騎士ロイが最初に出た。
「では、僭越ながら僕が。悪霊令嬢さん……いや、イーラ。僕は君の為に騎士になったんだ。今はまだ新人だけど、いつか立派な騎士として成長した時には、君だけの騎士として誓いを立てさせてほしいんだけど……いいかな?」
ロイの新人騎士らしいフレッシュな愛の言葉に歓声が上がる。
「おー、やるなロイ! キュンキュンするぜ」
「流石期待の新人」
「新人を生かした良いシュチュエーションだな」
ヒューヒューなっている中、俺は1つ気になる事があった。
「……何で俺の手を握るんだ?」
「えっ、あの、イーラさん幽霊だから触れないので……」
え、もしかしてこの調子で全員に愛の告白される感じになっちゃうんですかね??? すごく嫌なんだけど???
「次アッシュ、お前行けよー」
「俺もやるのか? ハァ……仕方ねえな……」
アッシュは俺(悪霊令嬢)の耳元で囁いた。囁きと一瞬に吐息がかかり寒気がする。
「悪霊令嬢……お前、俺の事どう思ってるのか言えよ。隠したって無駄だ……お前のハート、暴いてやるぜ……マイエンジェル」
アッシュのちょっとだいぶ恥ずかしい感じのセリフに騎士団員達は大盛り上がりである。
「流石アッシュ! よくあんな恥ずかしいセリフを笑わずに言えるよな! 俺なら途中で吹いちゃう」
「よっ! 恋のスパイ野郎!!」
団員達の歓声にアッシュは満更でもない様子だった。てか、「ハァ……仕方ねえな……」のテンションじゃないだろ、ノリノリじゃねえか!
「次は誰が行くんだ?」
「ロック副団長どうですか?」
「女性に愛を囁くとか、やった事は無いのだが……」
渋々ロックが前に出て、顎クイしてきた。
もちろん顎クイされたのは俺である。
「悪霊令嬢……俺は、女性に愛を囁いた事は無いからどうお前に伝えたらいいか分からないんだ、この気持ちを。俺の心を動かしたのは……お前だけだ」
ロックの告白に一同「ヒュー!」となった。
何度も言うが、顎クイされてるのは俺である。
「すげー! 何か硬派な副団長のリアルな感じがヤバイよなぁ!」
「こりゃー男でも惚れてまうわー」
その後、騎士団員達の壁ドンや足ドン、デコツン、肩ズン、バックハグなど地獄のような時間が続いた。
「陛下もどうですか?」
「え? 私もやるの……?」
陛下が目を凝らすと、期待の眼差しで見ているらしき悪霊令嬢の方へと近付いた。いやまぁ、俺の所なんですが。
「まぁ、そんな目で見られたら断りづらいよね……」
陛下は頭に手を置き軽くポンポンした。ああ、これがブサメンだとギルティで、イケメンのみ許される頭ポンポンか。
しかし何度も言うが、頭ポンポンされてるのは俺である。
「悪霊令嬢……いや、イーラ嬢。君はこれまでよく頑張って生きたね。思い描いた最期ではなかったかもしれないけど……私は、そんな貴女も愛おしいよ。私の可愛い子、さぁ……もうお休み。目を覚ましたら……新しい君だ」
陛下がそう告げると、悪霊令嬢のいる所が光って消えた。ロイのノートには
『こんなに沢山の愛をイケメン達に囁いてもらえて、もう思い残す事は無い。ありがとう、今度は貴方達のようないい男に巡り会いたい』
と血文字で書いてあった。
「何だか切ない悪役令嬢事件でしたねー」
イーラが残した血文字を見て、団員の1人が呟いた。
「グレイシス家の令嬢を陥れた者については調べて相応の処分をしよう」
「悪役令嬢達もやっぱ死ぬ前に団長の所に来てほしいなー。団長はこれからもちゃんと巻き込まれて下さいね」
いや、まぁ確かにそうなんだけど……何か解せない。
★★★
執務室を覗く1人のメイド……元悪役令嬢のパティは驚愕した。
てっきりロック副団長だけかと思っていたのだが、次から次へと騎士団長に壁ドン、足ドン、デコツン……等をしていく騎士団員達が見えたから。
(ど……どうなってるの、この国の騎士団は……)




