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竜の国は呪いが暴れる(後編)

 


 ラヴィーンの王城は城下町中心部から少し外れた高台にあった。

 以前ナーガが作った地下に延びる王城は件の騎士団長や魔法使い、そしてナーガ自身の手によって壊滅的に取り壊されてしまい急遽造り直したのだ。

 ドロドロとした闇を地下深くに落とす闇の竜ナーガと違い、エキドナ達は街を見下ろせる王城を造った。

 正直、蛇の化身であるエキドナはナーガと同じで地下に潜るタイプの城の方が過ごしやすいのだが、他の古竜達も様々なのだ。飛竜が多い11竜は多数決で城下の見晴らしのいい城を望んだ。


 エキドナが高台からズルズルと降って行くと、道端に倒れる有象無象の竜達が居た。古竜であるエキドナ達はまだ症状が軽い方だが、末端の若い竜達は動くのすら怪しい。

 火竜はひたすら燃え、土竜は土に還っていた。


 目的地である薬剤師のいる店はラヴィーンの中でも古い歴史を持ち、古竜程でなくとも中々に歳の行く力のある竜達が運営していた。

 ラヴィーンの方針が変わってからは獣人のバイトも入れているので辛うじて動ける竜とバイト達で薬剤店を回している。

 竜の薬剤を求める者は外から来る行商だけではない。竜族の中で薬や薬草で症状を抑えられる者達はエキドナのように薬剤店を訪れ薬草を受け取った。

 身体を冷やす貼るタイプの魔術具シートは頭が多い竜の為にも沢山買わねばすぐに無くなってしまうし、やれ水が無いから干上がるだのリンゴが食いたいだの熱いだの寒いだのと、11も竜が居ればそれぞれ主張が違う。

 まだ世話をする者が居れば楽だったかもしれないが、世話をする家臣ですら倒れていた。竜全体を襲う伝承の呪いは本当に厄介だった……


 エキドナは何とか這いながら辿り着いた薬剤店のドアをそっと開ける。様々な客が来るラヴィーンの老舗薬剤店は扉も大きく、床を這って何とかドアを押した。


「済まないが……王城用にいつもの薬を――」


 ドアを開いて顔を上げた瞬間、エキドナの目に飛び込んで来たのは夢にまで見た薄い本……ではなくそれが具現化した男と男。

 愛しき騎士団長(この場合騎士団長を愛しいのはエキドナ本人ではなく妄想の中の男子である)と、見慣れぬ青髪の魔法使いだった。

 エキドナは勢いよくドアを閉めた。


(何だ……私は禁書の薄い本見たさに、ついに幻を見たか……? いや――)


 エキドナは白昼夢を見たかと疑った。だが、白昼夢にしてはおかしいのだ……何故なら騎士団長が甲斐甲斐しく世話をしている青髪の魔法使いは、エキドナの記憶にある者ではなかったから。


(え……??? し、新刊……???)


 皇帝でもない、先日見た白騎士でもない。全く見覚えの無い新たな男がそこに居た。エキドナの熱に浮かされた頭では理解が追いつかないのだ……


 こんな時、いつもならば他の古竜の仲間達に緊急招集をかけ、意見を仰いだ。だが、皆が呪いに倒れた今……ここにはエキドナ1人しか居ないのだ。


(考えろ……考えるんだ私の頭よ……あの者がジェド様とどの様な関係なのかを……)


 エキドナはドアの隙間から中を覗いた。何度見ても見覚えの無い新たな刺客は、インフルの呪いに侵されるエキドナの頭をオーバーヒートさせていた。



 ★★★



「はい、これ鼻水が止まる薬草です。こちらは熱冷まし。魔法風邪に効くのかは全然分かりませんが……」


 親切な獣人商人が薬剤や薬草を手伝って持って来てくれた。竜の国の老舗とされる薬剤店もやはり店員である竜達は瀕死状態であり、バイトっぽい獣人達が切り盛りして何とか営業をしていた。

 とは言え、バイト達も動けない竜達の為に訪問販売をしているらしく、帰って来てはまた出て行くを繰り返していて忙しそうだった。

 ラヴィーンを襲う未曾有の大災害とまで言われる邪竜インフルの呪いは、ラヴィーンの活動を止め滅亡の危機を感じさせた。


「前回インフルの呪いが起きたのはナーガの前の女王が死んだ時だって爺様から聞きましたがねー。その時はこれ程では無かったものの、邪竜っぷりはナーガに劣らず中々だったみたいですよ」


「……竜の国の女王は代々邪竜じゃなきゃいけない決まりでもあるのか?」


「まぁ、そこは気性なんじゃ無いですかね。欲望を持つ竜は力を付けていくものですから。必然的に女王となるというか……気性の穏やかな竜達は権力争いにも邪竜の導く竜の国の未来にも興味がありませんからね。今の女王達は長く生きてはいますが歴代の女王達と争う気は無かったらしいですよ」


「なるほど。だが、女王が変わる度に病が流行る様じゃ堪らないな……」


「今の女王達は邪竜とは言いがたいですし。彼女らが竜の国を治めているうちは安泰でしょう。この呪いも早く過ぎ去れば良いのですが」


 獣人商人は苦笑いを浮かべて自身の買い付け物を探しに奥へと消えて行った。


 シアンの様子は変わらず辛そうで、先日冬の川を流れた時の様な風邪と違って直ぐには治らなそうだった。

 何せ滝の様に流れている汗は雷の魔法か火の魔法が流れているのか熱くて痛いし、鼻を啜る度に雪の結晶が漏れているのだから。

 魔術具の眼鏡も木の魔法か葉っぱがこびり付いていたので、仕方無く1枚1枚剥がしてやっている。


「オイ、大丈夫か?」


「……あまりいい気分ではないかも。へくち!」


 魔法の混じった鼻水がくしゃみと共に飛ぶ。何かピンク色に光る液体も飛んでいたので魔力も出ちゃっている。

 ハンカチでどうにかなるものか分からんが差し出してみた。案の定ハンカチは焦げていた……こわ。


「魔術具を盗まれたこの間から世話になりっぱなしだねぇ」


「……誰かの世話をするのは慣れてるから気にするな。自覚あるだけマシというか……それよりもお前はいい加減自分を大事にしろ」


「魔法が好きなのは魔法使いの性分だからねぇ」


 魔法使いってみんな魔ゾってコト……? ストーンはそんな感じはしなかったが……いや、アイツは心が騎士だからなのか。

 魔法が好きすぎるのは勝手だが、制御出来なくなると爆発する奴がやるのはどうかと思う……マゾだって虚弱体質ではなく痛みに耐えられる身体を作ってんじゃん……? 多分。いや、マゾ界隈の事は知らんけど。


「はぁ……まぁ、邪竜とかそういう話を聞くと、魔法使い達が変な変な野心剥き出しにするよりは無駄な欲望が自分に向いてるマゾの方がマシなのかもな」


「……」


 ため息を吐きながら商人から貰ったひんやりするシート状の魔術具をシアンの頭にぺいっと貼ってやった。


 ……その時、ふと背後から妙な視線を感じて窓の方を振り向いた。


「――ヒッ!!」


 俺も息が止まり、シアンも目を丸くして硬直している。

 窓に張り付いていたのは、恐ろしい形相の巨大な蛇……いや、上半身は女性だった。目は赤く、上半身も鱗の付く肌は人間ではない……だが、容姿云々ではなく、とにかく顔が怖い。俺達2人を舐め回すように見つめる目は充血して真っ赤であり、長くうねる舌は窓ガラスを舐めていた。


「何……? 俺、幽霊の類は見えないんだが、これが噂に聞く呪いかな? 魔獣じゃ無さそうだが……」


「あれは……ええと……蛇の竜の竜体……じゃないかな?」


 シアンも頭では分かっているようだが、あまりの形相に引いていた。いや、引くよ。何なん君……


「蛇の竜……何処かで……」


 俺は記憶を辿った。そうだ……あれはいつぞやにラヴィーンを訪れた際に巨大な竜達がガチ喧嘩していた時……何かこんな奴いたな。


「エキドナ……か?」


 俺は恐る恐る窓を開けた。目を見開き恐ろしい形相を崩さないエキドナは邪竜も裸足で逃げ出すような視線を俺達に投げつけ、絞り出すように声を発する。


「ジェド様……そちらの御方は……?」


「え?」


 何と説明した方が良いものか。シルバー自体は何回もラヴィーンを訪れてはいるんだが……今は魔法士のシアンだしなぁ。


「新しく陛下の魔法士になったシアン君です」


「こ、こんにちは」


 シアンが作ったような笑顔を貼り付けた。だが、エキドナの形相は変わらない。


「……新人、という事ですかね?」


「まぁ……そういう事ですね」


「……その割には親しげですが」


「……こちらにも色々事情がありましたので」


「まっ!!」


 エキドナが口元を押さえた。先程までぜーぜーと苦しそうだった身体をワナワナと震わせ、壁を叩き始める。

 エキドナの巨大な身体で店の壁を叩くと地震が起きたかのように薬品棚から物がバラバラ落ちて迷惑極まりない。


「これは……間違いなく……夏の新刊……いや、夏の覇権の予感!!!!」


 エキドナは頭を抱えてぶつぶつと呟きながら巨大な蛇の身体をズルズルと引き摺り去って行った。


「先程の地震のような揺れは何だったのですか?!」


 獣人商人がバタバタと戻って来た。薬品棚から落ちた物が散乱し、店が荒れている様子を見て驚いている。

 ……何だったのかは俺達にもよく分からん……


 とりあえずエキドナがインフルの呪いの渦中とか関係なく何か意外と元気そうなのはよく分かった。


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