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竜の国は呪いが暴れる(中編)

 


「魔法も受けすぎると風邪を引くって聞いた事はあったけど……まさか私がそうなるとはねぇ……げほっ……」


「……お前はいいから何も喋るな」


 俺はシアンを背負いながらラヴィーンへと続く石畳を上っていた。


 魔法風邪……というのがあるらしい。

 ごく稀に、自身の魔法耐久値を超えた魔法を受けすぎた時に魔法が身体の中に留まり続ける事がある。

 通常魔法は生身で受ければ物理的に損傷や影響を受けるものだが、これは魔法耐久がある魔法使いならではの風邪なのだとか……

 風邪、と分類するのかもよく分からないが……症状の見た目はほぼ風邪である。

 体の中に留まっている魔法は暑かったり寒かったりと身体を混乱させ、毛穴からは抜けきれなかった魔力があふれ出ている。鼻をずるずるとすすっているが、鼻から鼻水と一緒に出ているのも多分魔力なのだろう……


 魔力が多すぎて魔法耐久値も限界が分からぬシルバーはこの魔法風邪にはかかったことが無いらしいが……シルバーの魔法を数倍に跳ね返して浴びせるという謎の筋肉恐ろしいな。

 この結果からすると、やはり筋肉の方が魔法を凌駕したのではないかと思わざるを得ない……

 ……いや、そもそも跳ね返ってきた魔法を自分で受けなければいいだけの話だろう。

 シルバーが何かに負けたとすれば、自身の魔ゾの心に負けたのだ。勝負に趣味嗜好を持ち出すのは本当に良くない。そういうのは休日にやれ。


 暑いんだか寒いんだか分からないらしいシアンは商人から貰った毛布を被ってぐったりしていた。……ちなみに、今は夏である。

 ラヴィーンがいくら涼しい山だとはいえ、暑いものは暑い。少なくとも毛布を被るような季節ではない……

 背中でとんでもなく熱くなっている。シアンとかかっている毛布……俺も汗だくで具合が悪くなりそうだ。

 獣人商人が気を使って俺に貼ると冷たい魔術具のシートを貼ってくれた。とんでもなく親切……


「そんな体調でラヴィーンに向かうとは……余程の用事でしょうか?」


「そういう訳では無いのだが……それより、やはり竜の国の者達もこんな様子なのか?」


「ああいえ、先に竜の風邪は人には移らないと言いました通り、我々の考える風邪とはだいぶ違います」


「と、いうと……?」


「まぁ、見てみれば分かりますよ」


 獣人商人は苦笑いを浮かべながら古いゲートに手をかけた。


 今やラヴィーンの国境関門所となっているゲートだが、前回とは打って変わって閑散としていた。

 国境に誰も居なくて大丈夫なのだろうか? と思っていたが、立て看板には『ラヴィーンは疫病流行中の為ゲートフリー。それでも入りたい人は箱に通行税を入れて中にお入りください』と書かれていた。

 無人販売のような国境ゲートだが、疫病流行中の文字を見ると中々入りたいとは思わない。


「こう書いてありますが、実際には竜の風邪は人には移らないみたいです。獣人は……まぁ微妙ですが、こうして予防策もありますので」


 立て看板には続けて『竜族、それに近しい獣人の方は疫病対策にうがい・手洗い・ポーションによる手の消毒と魔術具の対策具着用を推奨』と書かれていた。書いてある事はまぁまぁ人の疫病流行時と似ている。

 獣人商人も看板に書かれている通り荷物から魔術具の頭巾を頭からすっぽり被り、手指に消毒用ポーションをふりかけた。



「おお……なかなかに、悲惨だな」


 ゲートを発動すると一瞬のうちに景色がラヴィーンの首都の街中に変わった。

 まず目に入って来たのは街のあちこちに倒れている竜の姿だった。竜人ではなく、大小大きさ様々な竜が至る所で行き倒れているのだ……


 最初に見た時は何かの戦争の後か襲撃かと思い駆け寄りかけたが、商人が直ぐに止めた。


「あー、触っちゃいけません。危ないですよ!」


「……これは、放っておいていいのか? 危ないって何だ……?」


「放っておくのが正解なんです。今の竜達は人の姿すら保てずにただ休んで自然治癒力を上げるしかないんです。倒れている竜達はどんな種類の竜かは分かりませんので、迂闊に触ると火傷しますよ」


 商人が指差す先にいた、赤い竜の近くに鳥が止まった……瞬間、鳥が勢いよく燃えた。


「アレはサラマンダーでしょうね。自制が利かずにああして炎を撒き散らしていますので……中には毒や針千本を持つ種類もおりますから……ウッカリ触って怪我なさらないよう気をつけてくださいよ」


 倒れている種類豊富な竜達は、確かに何か緑の毒みたいなやつとか氷とかを垂れ流していた……咳き込む度に属性であろう物が飛び散っている。うっかり何かが飛び散る具合は魔法風邪とどっこいどっこいですがね。


「竜の国に御用という事は女王達に会いにこられたのですか? お連れ様はどこかで休みますか?」


「あ、いや……俺達は別に竜の国自体に用があって来た訳では無いんだ。その先にある竜の修行道に行こうと思っていてな」


「その体調で修行道へ?! 何故そんな無茶を……ああ、何か余程の事情がおありなのでしょうね……」


 余程の事情はあるのだが、こいつの体調が悪いのは自業自得である。旅とは何の関係も無い……これが道中の問題を解決する為に止むを得ずとかならばまだ言いようがあるが、本当に何の意味も無く自業自得なのだから何も言えないのだ。

 あと、獣人の国王に喧嘩売った末の自業自得だなんて色々恥ずかしくて言えない。


「まぁ……色々ありまして」


「魔法風邪に効くかどうかは分かりませんが、良ければ一緒に薬剤店に行かれますか? 竜の国の薬剤は何千年という歴史ある特効薬ばかり。もしかしたらお連れ様の体調に効くものもあるかもしれません」


「そうか……」


 こいつに必要なのはバカにつける薬……いや、マゾにつける薬かなぁ……そんなん竜族何千年の歴史の中で見つかっているのだろうか……



 ★★★



 ジェドがマゾにつける薬を探しに出かけている頃……


 ラヴィーンの王城ではいつもの11竜が今世最大の危機を乗り切ろうと奮闘していた。


 ナーガ亡き後の王城は11竜の手によって活気に溢れていたのだが……それも竜の呪いによってお通夜ムードと化していた。


 竜族に伝わる伝承……『インフルの呪い』

 竜族には古くから伝わる呪われた邪竜の話があった。

 その元となるのはインフルという竜の女の話である。インフルは生まれながらにして邪竜の片鱗を放っていた。

 竜族における竜の種類はかなり多い……隔世遺伝、突然変異、はたまた神の気まぐれか。

 ブラックドラゴン、ブルードラゴン、8つの頭を持つ竜、海の怪獣……その中に生まれたインフルは病の化身だった。

 そのブレスを浴びると体が蝕まれ、どんなに体を鍛えた英雄すらも死に至らしめると言われた。どんなに鍛えても病には勝てないのだ……

 竜の国に薬や医療技術が発達しているのは、長い歴史の中で竜族がインフルの呪いに対向する為に足掻いた証である。


 定期的に生まれる邪竜……忌み嫌われたインフルが後代の邪竜の死に悲しみ、邪竜亡き後に病を流行らせると言われるように……何故か邪竜が亡くなった後には疫病が流行った。

 その疫病は『竜の風邪』と呼ばれる。

 竜の風邪は竜族にしか移らない。インフルが竜族を恨んでいたからである。

 その呪いは竜族の血を引く獣人にさえ及ぶと言われている……それほどにインフルは竜族を恨んでいた。


「おのれ……インフルめ……死して何百年も経つのに、未だ恨んでいるとは……」


 古竜の1竜、議長ことエキドナは人間体を保てぬ本来の竜の姿で、ぜーぜーと咳き込みそうになる肺を何とか押さえて重い身体を引きずった。

 エキドナの竜体はほぼ蛇である。ぬるぬると這い易いのが救いであった。他の11竜の中には飛翔特化型や海の竜もいる。海の竜に至っては通常竜体になる際には周りに魔法で水流を作っているのだが、それすらもままならぬ為半分干上がっていた。

 まだ動く余力のあるエキドナが水竜を掴んで引きずり、干上がりそうな竜に絞ってかける。絞られた水竜からはジャボジャボと水が出て海竜の干上がりかけている身体を潤した。


「すまんな……エキドナ……」


「気にするな。我ら11竜……長い歴史の中でこうやって助け合って生きてきたではないか……」


 古竜である11竜達は何度もこの竜の風邪を受けて来たので慣れていた。竜の国の女王として治めていたナーガが邪竜の片鱗を表し、帝国の騎士の手に落ちた時に既にこの状況が来るのではないかという予想はついていた。

 だが、ナーガの恨む心が強すぎるのか……長い歴史の中でもここまで酷い呪いは中々お目にかからない。インフルが死んだ時以来の蔓延具合ではないのだろうかとエキドナは倒れこみながら思い出した。


 インフルはとにかく恨み深い女であった。エキドナの中にも『お前ら全員を絶望の淵に落としてやる!』と、恨みを残して消えていったあの顔は記憶としてこびり付いていた。

 だが、伏した病も幾月か経てば竜族の中から消えていった。記憶と同じ……こうして病が蔓延するまではあの顔を忘れていたように、どんな呪いのような恨みも人々から忘れられればそれまでなのだ。

 インフルの病は竜を死に至らしめる程までには及ばなかった。元より竜を消すなんて事は相当な労力だ。それも、竜族全員を消すなんて事はインフルには出来なかった。

 いや、死が絶望と必ずしも同じではないからというインフルの考えだったのかもしれない……簡単に殺すよりも、病に苦しむ方が苦しい罰だと考えたのだろう。

 それでも、エキドナ達は何度もこの呪いを受けては床に伏せるだけで絶望の淵に落とされる程の苦しみを味わった事はなかった。身体的苦しみは我慢すれば良いだけなのだ……


 ――だが、今回は違う……今回だけは違う。

 エキドナは頬から落ちる涙を拭った……苦しくて、苦しくて仕方がないのだ。


「泣くな……こちらも辛くなる……」


 そう言いながら横たわるファフニールも既に涙で身体が沈むほど絶望していた。他の11竜も泣いていた。絞った水竜ヒュドラからずっと水が出続けているなと思っていたらやはり泣いていた。


「何故……何故今なのだ……この大事な時に……」


「私たちの夢……」


「夏の……集会……」


 ――説明しよう。集会とは、定期的に帝国で開かれる薄い本の販売会の事である。

 帝国で正式に販売を認められていない禁書中の禁書――通称『薄い本』

 その内容は、帝国民全てが愛すると言っても過言ではない皇帝や、帝国の剣とも称される剣聖の名高き家紋であるクランバル公爵家子息、なんと魔王すらもその本に名を連ねる。

 そして、あろう事かある事無いこと……いや、ほぼ無いことをで埋め尽くされているその本。制作も禁止ならば所持も禁止。売買など以ての外であるのだが、帝国民は隠れてこそこそと販売会を開いていた。

 尚、帝国には重い罰則制度は無い。見つかると皇帝陛下に説教をされるという程度なので、半ばご褒美と称してわざと捕まる者すらいるのだが……


 そんな集会は秘密裏に春、夏、冬と開催されていた。

 夏は特に地獄である……暑さと熱気にやられ、熱中症に倒れる者も続出する程なのだ。


 だが、そんな時期こそ体力と基礎能力に自身のある竜族有利な時期である。

 その能力は数千年の歴史が生んだ証。争いに疲れてその力を殆ど出さない古竜達も、この日ばかりは本気を出すと下準備、ウオーミングアップの修行はバッチリだった。

 ――バッチリだったはず、なのだ。


 この未曾有の竜の風邪が無ければ……


 体調不良は数週間前から少しずつ起きていった。竜族の者たちが末席から次々と倒れ、これは竜の風邪だ! と気付いた時にはもう手遅れだった。ラヴィーン一帯に蔓延した風邪は竜の力を奪い、人型を保てなくなった者たちはその場に倒れこんだ。

 旅商人達のおかげで何とか生き延びてはいるのだが、とてもじゃないが帝国まで行き、集会の戦争を生き延びる程の余力は殆ど無かった。


 待てばそのうち薄い本は流通するだろう……だが、帝国で禁書とされている書物。全てが流通するとは言い切れないし、良き本との出会いは一期一会……

 ましてやこの集会戦争の為に散々準備して気合を溜め込んできた11竜にとっては悲劇以外の何物でも無かった。


「……あんまりだ……死よりも苦しいとは……このことか……」


「おのれ……インフル……」


 11竜は悔し涙に溺れて死にそうだった。


「皆……悔やんでも仕方が無い。今から急いだとて夏の集会には間に合わぬ。……今は、身体を何とかすることを考えよう」


 エキドナはため息をついた。皆の気持ちは本当に分かりすぎた。

 先日訪れたスノーマンでは着々と骨達の教育が進んでいた。それもこれも麗しき騎士団長や皇帝の頼みだからと頑張ったのだ。

 騎士団長の隣に居た白騎士の姿も気になってはいた。少し見ない間に男の関係は変わっていくものなのだとニヤニヤした。願わくば、白騎士の詳細が知りたいのでそれも集会で真実を探そうとしたのだ……


「少し、気晴らしに出かけてくる。薬もそろそろ無くなって来る頃だろう……」


 エキドナはずるずると這い蹲りながら城を出て、少しでも皆が楽になるようにと薬を貰うべく街へと進んだ。

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