竜の国は呪いが暴れる(前編)
「あー……夏のセリオンは山から吹きおろす風が清々しくていいなぁ。いつ来ても天気が良いし」
青い空。薄らと遠くに見えるラヴィーンの山々とのコントラスト。
草原に吹き抜ける爽やかな風……
「……これで、魔法耐性がチート級に強すぎる筋肉を持つ王様と変態級の拗らせ魔法オタクが居なければなぁ……最高なんだけどなぁ」
セリオンの首都からラヴィーンの山の麓まで向かう定期便の馬車。馬車っていうか手綱を咥えて走っているのはでっかいハムスターなのでハム車であるが。
その客車の席で俺の横に転がり寝ているボロ雑巾……青い髪がかかるひび割れた眼鏡は今にも壊れそうだった。作りたての真新しい魔法士の制服も見るも無惨に所々破れたり焦げたりしていた。
「……く……くや……しぃねぇ……」
シアンが振り絞るようなか細い声を出した。おお……喋れる位には回復したのかね。
不服そうに目を細め、コロンと寝転がり俺をジト目で見てくる。
「ジェド……何で、君……邪魔するのかなぁ……」
「いや、何でもくそも無いだろ。お前、帝国の魔法士だよな?? 皇帝に忠誠を誓っているんだよね?? 普通に他国の王様を城ごと消そうとするの止めてくれませんかね???」
俺は昨夜の事を思い出してまた疲労感が戻ってきた。
――――――――――――――――――――――――
……朝方まで続いた昨夜のシルバーとアンバーの戦いは、本当に酷かった。
まず、シルバーが城全体を埋め尽くす程の重力の魔法をかける。初手から出力全開で城と何の関係もない獣人家臣達を巻き込んでいた。
『こらああああああ!!!! 家臣達を巻き込むんじゃない!!!』
そう言って、何故かGが数倍の魔法陣の中普通に動き回るアンバーは次々と家臣達を窓から遠くへ放り投げた。
平気そうに見えて重力の魔法のせいでコントロールが効いてないのか、家臣達は街中どころか首都を囲む塀の向こうまで吹っ飛ばされていたが。
俺は何とかその勢いが殺せないかと、その辺に転がっていたフォークを吹っ飛ばされる家臣達に投げつける。
後で確認に行くと吹っ飛ばされた家臣達は途中の壁や木にフォークで縫い付けられ引っかかっていた。俺の神がかったチートコントロールである。流石剣聖。
フォークが剣かどうかは知らんが、剣と思しきもののコントロールは万能だ。
アンバーが家臣達を守って(?)いる間にシルバーは次々と魔法陣を繰り出していた。卑怯……完全なる卑怯者である。
真っ向勝負で勝たないと意味が無いのでは? と思ったが、そこに拘りは無いらしい。
だが、前のオペラ杯での戦いで分かった通り、アンバーにはやはり攻撃魔法は一切効かなかった。魔法をも跳ね返すチートすぎる筋肉。流石は世界が性転換を認めない男……
だが……跳ね返った魔法は威力を増してシルバーに返ったり城を破壊したりし始めた。魔法を受けるどころか威力が増して跳ね返るなんてある???
これがそういうマジックシールドとかスキルとかでも何でもなく、普通に鍛え過ぎた筋肉が成している技だというんだから怖い……世界の理さんさぁ、筋肉に甘くない? もっと縛りくれた方が良いと思いますよ? あの危険な筋肉には。
『威力が増して……跳ね返る……? 面白いねぇ。何処まで耐えられるか、見せてもらおうかね』
そう言いながらシルバーは少しずつ装飾を外し始めた。
……俺は知っている。これは、シルバーが負けず嫌いで強い魔法をアンバーにぶっ放しているとかではない。
威力の増した魔法を自分で受けたいのだ。
現に筋肉が跳ね返す魔法を一切避ける気配が無く受け切っていた。おいコラ、目的変わってんぞ???
『はーっはっはっは!!! 俺の筋肉は貴様の軟弱な魔法には負けん!! 美しさの技術が足りぬ事は分かったが、強さではやはり最強!!!』
アホのアンバーもアイツで何も考えずに筋肉カウンターで魔法を跳ね返して次々と城を壊し始めている……破壊神……破壊神が2人おる。神って言うか変態。魔ゾと筋肉アホである。
……このままでは、城も壊れるしセリオンの皆さんに迷惑がかかる。城を壊し切った所でこのアホ共の戦いは終わらないだろう……
何故ならシルバーの魔力は無限に湧き出るし、アンバーに効く気配も無いからだ。
ちなみに現状はシルバー本体だけがボロボロになっている……数倍に跳ね返っていく自身の魔法を受けて。
不毛……いつまでこの不毛な戦いを見せられるんだ……
あと君ねぇ。仮にも帝国の魔法士が他国の王に喧嘩売るんじゃないよ……
この不毛な戦いを終わらせる為に、俺は腰の剣を抜いた。
あっ、普通の黒い剣である。ヌルヌル事件の時に家に置いてきたいつもの剣……先日家に帰った時に持ち出して来ました。
先日まで母さんから貰ったクソ重バカデカ剣を使っていたが、あんな物は筋トレの素振り用である。実際母さんがそう使っていたし……
俺好みに仕上げた真っ黒の刀身に力を込めると、剣が薄っすらと発光し始めた。滅多に使われる事の無い、剣聖の証・剣気。
俺は薄目を開けてシルバーを見た。シルバーやアンバーの周りにある無数の複雑な作りかけの魔法陣……
魔法陣は魔法式が模様のように絡み合っているものである。魔法に精通する程頭が良い訳では無い……だが、クランバル家に伝わる48の殺人剣の一つ(何度も言うがこれで殺した事は無い)『魔法陣斬り』は使っている俺にさえどういう原理かイマイチぴんと来てないが魔法陣を切って解除する事が出来るのだ。
繋がっていない魔法陣は脆い……端を切るだけで解れた糸がパラパラと落ちるように魔法陣が消えていく。
『なっ?! ジェド、邪魔をしないでくれたまえ!』
『いや、いい加減にしろ!! 死ぬ気かバカ!!!』
魔ゾなのは良いが限度がある。シルバーの身体が耐え得る限界を超えた頃……多分爆発する。そこまで考えてないだろお前は……
『そうだ、男と男の勝負に水を差すでない!!!』
『何が男と男の勝負だ!! シルバーが一方的に魔法ぶっ放して、お前が筋肉自慢して跳ね返して、シルバーが食らってるだけじゃないか!! 何の勝負なんだよ!!』
『むっ! 確かに!! ならば俺の本気を見せてやろう……皇帝ルーカスも手を焼いた俺の肉体の限界突破……アンバー200%を……』
『見せんでいいわ!! お前、それ以上セリオンをぶっ壊すようならば……ザッハをセリオン出禁にするからな』
『なっ……!!?』
こいつの弱点は把握済みだ……俺は騎士団長権限を大いに振るった。尚、この手の許可は陛下から出ている。
『……部下を拘束するとは卑怯だぞ……』
『お前はザッハの飯が目当てなだけだろ。いい加減にしないと嫌われるぞ』
俺の言葉にアンバーは項垂れて膝をついた。
陛下が言っていた……最終的に争いを解決するのは追い詰める言葉だと。
本当ですな……争いは不毛……本当によく分かる。
★★★
――なんて事があり、一晩中争いを繰り広げていた2人を何とか止めてボロボロのシルバーを引き摺るように連れ出してラヴィーンに向かった。
辛うじてメガネは形を保っているので変装(?)も何とか元に戻って魔法士の格好を保っていた。
尚、ボロボロになっているのは回想の通り跳ね返った自分の魔法を受けたからなのだ……アンバーに物理的に何かされたとかでは一切無い。
「お前の趣味にとやかく言うつもりは無いんだが、皇帝の魔法士になったんなら少しは自制しろ。全く……」
「決着をつけられると思ったんだけどねぇ……」
「いや、確実に途中から趣旨変わってたからな。……あと、別に味方同士で決着はつけなくても良いと思うんだが……?」
「それは……そうだけど」
シアンは口を尖らせて拗ねながら呟いた。
「君は、ルーカスとどっちが強いかとか、確かめたりはしなかったのかい?」
「はぁ? 陛下と……?」
俺は陛下の事を思い出した。陛下とは何回も手合わせをしているのだが、どう考えても陛下の方が強い。
「いや、やらんでも分かるし……あと、お前だって別に俺と決着つけたりしないだろ?」
「まぁ。そうだね。君は友達だから」
「俺も陛下と友人なの。アンバーの事も、そっちの方向で見てやれよ」
「……人付き合いは中々難しいねぇ」
……何でわざわざ複雑にするのかはこっちが謎なんだが。
そんな話を終える頃、ラヴィーンの入り口が見えてきた。
停留所にハム車を止め、シアンを背負って歩き始める。
以前は裏口とされていた場所……小さな集落跡の先に伸びる石段。その先の古いワープゲートが竜の国ラヴィーンへの入り口に当たる。
ラヴィーンは女王が代わってから国の方針が180度どころか斜め上に様変わりしてしまった。
それもこれも11人の腐った古竜のせいであり、本を正すと帝国の腐令嬢のせいである事は分かっている。竜の国の皆さん……本当ごめんね。
諸悪の元凶となった占い師令嬢のレイジー・トパーズが何で腐女子に目覚めたのかとかは考えて辿りたくは無い……そういう事を考え始めると、悪い事は皆帝国に起源が戻って来る気がするのだ……いかんいかん。
そんなラヴィーンであったが、以前に来た時はもっと観光客や商人で溢れていた。だが、石畳の道はがらんとしていて、人も疎である。飽きられた……にしては早すぎないか?
俺は道行く獣人の商人に声をかけてみた。
「あの……ラヴィーンには何回か来られている商人の方でしょうか?」
「ええ。まぁ……私は以前のラヴィーンの時から薬を仕入れに来ていたからね。今は様変わりしてはいるけど、それでも薬草や薬の類を仕入れる事は出来ますので」
声をかけた商人は苦笑いをして山の上を見た。ナーガの頃からラヴィーンに商人として出入りしている人からすると、今のラヴィーンはちょっとだいぶアレだろうね……
「お連れの方はかなり酷い大怪我をされているようですが、ポーション……いや、エリクサーとか必要でしょうか?」
「あ、いえ。これは自業自得というか、ツバつけとけば治りますので……それより、少し前に来たラヴィーンはもっと繁盛していたと思うのですが……何故こんなに閑散としているのでしょう? 国の方は普通なのですか?」
「いや、ラヴィーンの中も閑散としているだろう。今はそれどころじゃないからね……」
商人は困ったように笑った。
「それどころじゃない……とは? 何かあったのですか?」
「ああ……いや、何というか……数十年に一度、あるんだよ。こういう事が。今、ラヴィーンではね……竜風邪が流行っているんですわ」
「竜風邪……風邪ですか?」
「ただの風邪じゃないさ。竜の国に古くから伝わる言い伝えがあってね……その昔、竜の国で暴れた『インフル』という邪竜の女がいてねぇ。その邪竜を倒した後には未曾有の病が竜の間で大暴れしたそうだ。その後、長い年月の中に生まれる邪竜が暴れた後は『インフルの呪い』と言われる病が流行るそうでね。今回はほら、ナーガが暴れた後だったろう……だから、ナーガの呪いとも囁かれてるらしいよ」
「呪い……ですか?」
何だかその話を聞いた瞬間、背筋が凍るように冷たく感じた。ただの風邪だろう……呪いなんかある訳ないだろうと……
後ろを振り向くとシアンが小さな魔法陣で氷を作っていた。
……いや、背筋寒いのお前が物理的に作ってんかい。
「何故氷魔法を使う……」
「いや……だって……熱いから……」
「シアン……?」
先程から口数が少ないと思っていたら、シアンの体温が熱いような気がした。
「シアン……お前……」
額を触ると熱かった。熱いっていうか……額から火が漏れてる。魔法の残り火である。
「え? 竜の風邪は人には移らないはずなのに……まさか、突然変異?!」
商人が青ざめるので俺は首を振った。
……いや、多分コレは……普通に魔法の受けすぎでダメージを受けてるだけだと思います……




