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讃える筋肉、切れる肉体(後編)

 


 結局……嫌がる俺の意思も何のその、獣王アンバーを讃えて開催されるという『美ボディ大会』に出場する羽目になってしまった。


「ジェド、君が優勝した暁にはあの無駄筋肉王の鼻を明かした末に私と再戦の場を設けて貰おうと思うんだ」


 シアンが珍しくやる気である。前にアンバーに魔法が効かなかったのを未だ引き摺っているのだろうか? そんな100話も前の話はいい加減忘れて欲しい。


「いや、戦いたいんだったら普通に決闘を申し込めば良いのでは……? 俺を巻き込んで美ボディ大会で競う必要なくない?」


「ジェド、私は今は帝国の皇帝に仕える魔法士だよ? そう簡単に一国の王と決闘を行える訳が無いだろう?」


 俺の素朴な疑問に真顔でシアンは返して来た。何それ……何で俺が常識無い様な言い方する訳……? 変な所急に常識的になるの、何が正解か分からなくなるから本当やめて欲しい……


「それに、彼はボディの美しさに自信があるみたいだからね。ジェド、私の為にあの無駄に高すぎる自信をへし折ってやって欲しいのだよね」


「いや、何で俺がお前の為にそこまでせにゃならんのだ」


 シアンはムーッと頬を膨らませた末に意を決して言う。


「……分かった、今こそ君との賭けで勝った分を使わせて貰おうじゃないか……」


 いや、ここで??? 200話以上前の賭けの事なんて皆忘れとるわ!! というかもっと使うに相応しい所あるよね???

 シアンは苦心の表情で申し出る……いや君、マジなの……?


「あー! ジェド様方、やっと見つけました!」


 言い争う俺達2人を見つけて声をかけたのはテレシアだった。話の元凶本人の登場である。

 ……そうだよ、元々はこのテレシアの願いを叶える為に大会に出るって話じゃん……


「シアン、今は彼女の願いを聞いてもらう事が先決だ。アンバーには後で試合でも何でもして貰えないか話をしてみるから……」


「……それならば」


 シアンは未だ不服そうな顔ではあるが一応納得したようである。何か、前よりワガママになってないかコイツ……



 受付を済ませた俺達は大会会場へと進んだ。大会は都合の良い事にマジで直ぐに開催されるらしい。

 大会会期中は割と定期的に開催されているそうだ……何たって毎年優勝はアンバーだからである。アンバーを倒す者が現れた時点で開催終了となるらしいが、今のところアンバーを倒し優勝を勝ち取る者が居ないので、ただの国王が民衆と裸で触れ合うイベントとなっている。……いや、語弊があるかそれは。


 受付と共に渡されたのはもう何か見慣れたパンツと『4』の番号札であった。最早何かが起きる度にパンイチになっているので慣れたものである……慣れちゃいかんだろ。

 サービスショットはワンシーズンに一回にしとけと言ったばかりなのだが……


「私は余り数字に意味を求める方では無いんだが……4とはまた嫌な数字だねぇ」


 シアンは先日俺が死んだのを引き摺っているのか、番号を見て嫌な顔をした。


「お前はいい加減俺の死を引きずるのはヤメロ……俺まで気になってしまうじゃないか……番号の語呂なんてただの偶然なんだから。これは漆黒の『し』!」


「そうですよ。シックスパックの『し』なんて素晴らしい番号じゃないですか」


 ……シックスパックは6では……? 断罪の未来未来を控えている君の方こそもう少し死に対して敏感になれよ。


「まぁ、番号云々で勝ち負けが決まるなら苦労しないさ……それよりも、わざわざ君の要望通り大会に出るからには勝算があるって事なんだろう? ……何の勝算なのか今の所全く分からんが……」


「もちろんです!! 前世では数々のマッチョを世に送り出し、腹筋という腹筋を割り、バルクアップさせてきました!! 私に任せてください!!」


 筋肉令嬢のテレシアが顔に似合わぬ逞しい胸をドンっと叩く。俺は信じていいのか分からんその言葉を信じ、大会の正装であるピチピチのパンツへと着替えた……


「いいですか、ボディを魅せるには『バルク(筋量)』も大事ですが、それと同時に『ディフニッション』! そして『プロポーション』が大事なのです」


「……全然聞き慣れない言葉が出てきてよく分からんのだが、つまり何なんだ?」


「ただ筋肉を育て上げるのではなく……いかに均整が取れて美しく、そして魅せるか。これが大事なのです。……確かに、獣王は文句無しの筋肉ダルマで、誰しもがその強さと逞しさを認める程にあります。ですが、私はこの異世界のボディ・ビルに於ける革命の余地は十分にあると考えています。それこそが……あの不敗の獣王を破る唯一の突破口だと考えております」


「なるほど……ちょっと半分以上何言ってんのか理解出来かねるが……つまり、自信はあるという事だな」


「はい!! 私の言う通りにして頂ければ……必ず!!!」


 自信有りげに頷くテレシアを信じて俺はステージに上がった。数人のムキムキの男達の中に混じり一際筋肉が仕上がっている男、アンバーが居た。番号は勿論『1』である。


「ふふ……ジェドよ。見ない間に随分と逞しくなったんじゃないのか?」


「……ああ、こちとらお前と会わない間に色々有り過ぎたからな」


 冬の海に駆り出されたり竜と戦ったり死んだり謎の試験でマラソンさせられたり戦わされたり海をひたすら泳がされたり……鍛えているつもりはなくとも歴戦の猛者みたいな傷が身体中に出来ている。尚、今身体中に見えている小さな傷は受けなくても良かったはずの騎士採用試験のものである。


「だが、その軟弱な身体では俺には勝てぬ」


「それはどうかな?」


「何……?」


 ステージに明かりが入ると共に品評大会が始まった。観客席から飛ぶ歓声の中、俺の元にテレシアの声が聞こえて来た。


「ジェド様!! 今です、『ラットスプレッド・バック』です!!」


 俺はテレシアに言われるがままにポーズを決めた。ラットスプレッドとは、背中の筋肉ラットを強調する物である。一流の筋肉を持つ者は羽根を広げているように見えるらしい。(テレシア談)


「な、何だそのポーズは……」


 テレシアから細部に渡り指導された完璧過ぎるポージングにアンバーはショックを受けていた。他国では歌で文化的ショックを与えた歌姫が居たらしいが……


 客席では動揺する他の獣人達を見てテレシアが不敵な笑みを浮かべ解説していた。


「やはり……筋肉デカルチャーが起きている。私の見込んだ通りです」


「……ただポージングしているだけの事にこんなに文化的ショックが与えられるものなのかねぇ……」


「筋肉に興味が無ければ意味は無いでしょう。ですが、この国は大会を行う程筋肉に理解と興味があります。だからこそ新たなる筋肉の魅せ方へのショックは大きいはず……ジェド様、サイドトライセップスです!!」


 テレシアの勢いのまま、俺は上腕三頭筋トライセップスを強調した。騒めく民衆の中からテレシアの声が響く。


「4番、筋肉キレてるよー!! 筋肉の硬さ聖石級!! ラヴィーンの山よりも胸が聳え立ってんじゃないのー?!」


 テレシアの謎の掛け声が会場に響き渡る。観客達も意味が分からずしーんとなっていた。


「……その掛け声は必要なのかい?」


「これは絶対に必要なものです!! 鍛え抜かれた身体への称賛の声があってこそ、美しさが強調されるというものです、さぁ、シアン様もお願いします」


「え……ええと……4番筋肉が魔術式みたいに複雑ー!!」


 いや、どういう例えだよ。


「……このニュアンスで合ってるのかい?」


「大正解です」


 合ってるんかい。

 そんな2人のやり取りを見ていた他の観客達が恐る恐る声を出した。


「いっ……1番だって肩デカすぎて他の出場者見えねえぞ!!」


「1番胸が尻のようだ!!!」


「ナイス筋肉!!!!」


 口火を切ったかの様に次々と他の観客達も声を出し始めた。会場は異様な熱気に包まれる……


「そう……これです……私が見たかった……皆が筋肉に熱くなる世界……ジェド様、サイドチェストです!!!」


 テレシアは泣いていた。俺は言われるがままに無心でポーズを取っているだけなので何が嬉しいのかよく分からんが。ちなみにサイドチェストとはチェストの厚みを強調するポーズで、胸だけではなく腕の太さや脚の太さなどの身体の厚みを強調するらしい。


 カンカンカン!!!


 会場に鐘が鳴り響く。獣王が手を上げているからだ。


「もう十分だ……勝敗は目に見えている。この獣王アンバー、完敗だ。こんなにも、ただ身体を鍛えるだけではなく魅せ方や盛り上げ方で人々を魅了する方法があったなんて……我が生涯2回目の完敗だ」


 俺は汗だくになりながら膝を折るアンバーを見下ろした。獣人国最強の王をうちの皇帝以外で負かしたのが筋肉勝負……何の自慢にもならない。


 会場は拍手に包まれていた。いい勝負を見たと泣き出す者達すら居た……こんな勝負で泣かんで欲しい。


「俺への称賛ではなく、褒美の言葉ならテレシアに与えてくれ。筋肉への本気の心があったのは俺ではなくアイツだ」


 俺はアンバーの前にテレシアを連れてきた。テレシアは涙ぐんでいる。


「美ボディ大会に優勝した者は何でも願いを叶えてくれるんだよな? 彼女の願いを聞いてくれるか?」


「ああ、勿論だ。さぁ、獣人の令嬢よ、何でも願いを言うがいい」


 感極まった様子で口元を押さえるテレシアは、意を決したようにアンバーに申し出た。


「アンバー王……私の……私の願いは……――美ボディ大会に女子の出場を認めて下さい!!!」


 テレシアは涙ぐんでアンバーに詰め寄った。……おい。


「おいコラ……断罪処刑から逃れるんじゃなかったのかよ」


 テレシアの思わぬ願いに疑問を投げかけると、テレシアは首を振った。


「私……ジェド様とアンバー王の闘いを見ていて思いました。……私だって本当は……大会に出てポージングを取りたい、と!! 私、他力本願じゃなく……自分のバルクで運命を切り開きたい!!」


「なんと……なんと素晴らしい心意気……良かろう。次回から共に競おうぞ!!」


 アンバーとテレシアの硬い握手。ワーッと会場中が感動に包まれた。


 ――尚、予想はしていたがセリオンにも特に処刑の制度は無いらしい。俺は何の為に巻き込まれたんだ……

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