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やはり、すんなり行かないゲート都市(後編)

 


「美ボディ……大会……?」


「はい!! この先のプレリ大陸のセリオンで行われる美ボディ大会に……是非私と一緒に出て頂きたいのです!」


 ゲート都市でプレリ大陸への関門所の順番を待つ俺達に唐突に話しかけて来たご令嬢。その話はやはり唐突なものであった……

 カフェよろしく、慣れた様に談笑に使われたゲート都市の地下牢に彼女の懇願が響く。懇願される内容は全く分からないので笑うに笑えない。


「そもそも、経緯やその美ボディ大会の概要を説明してくれないか……こちとら、貴女の仰りたい事とか俺に求めている事が色々分からないのだが……」


「そう……そうですよね。ちょっと話が唐突過ぎました」


 ちょっと、というかだいぶですがね。

 女性はスクッと椅子から立ち上がり、ローブを脱いだ。その下は下着姿――ではなく、歴戦の女戦士のような屈強なボディと、女戦士特有の布面積の少ない防具である。

 何故、女戦士って方々は防御力の低そうな装備を好むのか疑問ではあった……同じムキムキでも男戦士はもっと布面積の多い装備をしているのに。いや、男戦士の布面積を減らしたいとかそういう事ではないが。


 女性はローブを脱ぎ捨てると筋肉を強調するかのようなポーズを決めて来た。……何……?


「……ええと、どういう事でしょう」


「……筋肉で語りかけているのですが分かりませんか……?」


「いや、分かりませんね」


「……やはり、この転生後の身体の筋肉レベルでは難しいですよね……」


 ……転生前は語れていたような口ぶりなのだが……筋肉で対話が出来たらマッチョ同士は会話弾みまくりである。そんな訳は無いだろう。

 シアンが『なるほど、筋肉でそんな事が……』みたいに関心しているが、そんな話は聞いたことが無いので、無いと思います。


「筋肉語を習得する程の時間がこちらにあるわけでも無いので、簡潔に口で説明してくれないか。口で」


「分かりました……」


 女性は諦めた様に語り出した。ポージングはそのままで。


「私は獣人の国セリオンの貴族令嬢テレシア。このアドミナブル・アンド・サイを強調しても全く映えないウサギの獣人貴族に生まれてしまったのは運の尽きであり、更に不運な事に私はこの身体の持ち主の運命を知っているのです……」


「ほほう……それはもしや、その身体の持ち主は断罪の運命が待ち受けているとかそういう類の人間ではありませんかね」


「?! やはり分かるのですね」


「……むしろそういう方しか相談に来ませんから……」


 過去、ハッピーエンドの相談をご令嬢から受けた事は無い。いや、そもそもハッピーエンドは相談する必要無いか……


「で、その悲運を抱えた獣人の貴族令嬢に転生した貴女が、その……何で今はそんな事になっているのですか?」


「はい……実は私、前世ではジムのインストラクターを行っていたといいますか。生前筋トレ休憩中の暇潰しに読んでいたのがこのテレシアが悪役として登場し断罪の運命を辿る話なのです。そんな私がテレシアとして転生した時は焦りました。何せ、鍛え上げ過ぎたはずの……仕上がった筋肉が、ディフニションの高まったバルクが……すっかり無くなっていたのですから……」


 そこなの……? もっと悲観する所あるよね? あと、時折よう分からん用語を混ぜるのやめて欲しい。


「ですが、私は諦めませんでした。無くなったのならば作れば良いと……斬首刑になるならばその刃を打ち砕く位の筋肉を育てれば良いのだと! そして私はギロチンの刃よりもキレてる筋肉を取り戻す事に成功したのです」


 テレシアの筋肉は確かにキレていた。煉瓦の模様みたいにバッキバキかつ人工的に焼いたのか分からない位の焼けた肌……傭兵だってそんな奴は中々いない。


「なるほど……で、それならば無事断罪の運命も逃れられて良かったのではないか……? いや、ギロチンの刃に勝てたのか知らんが……」


「いえ、断罪の運命は未だ回避してはおりません。ギロチンの刃よりキレてるは比喩ですよ、普通に考えたら分かるでしょう」


 ……乗ってやったのにその言い草よ。

 テレシアはスッと紙を胸元から出した。筋肉って紙を収納する事も出来るのだろうか?


「今度セリオンで行われるこちら……『美ボディ大会』これは筋骨隆々な獣人が集まるセリオンに於いて1番美しいとされる称号を競うもの。これに優勝した者は何でも願いが聞き届けられるのです」


「何でも……? じゃあ……」


「はい! 私はコレに優勝して断罪の運命から逃れたいのです!!! 無事勝利を収め……己の運命に打ち勝ちます」


「なる……ほど? セリオンで変な大会が行われるのも分からんし、美ボディ大会の趣旨もよく分からんが経緯は分かった。……だが、それに俺がどう関係して来るんだ……?」


 テレシアの肉達は男の俺が見てもかなり仕上がっているので、俺が協力するまでも無く優勝だろう。別に俺いらんやん。


「ジェド、恐らくこれじゃないかねぇ?」


 シアンがちょいちょいと紙を指差す。そこには美ボディ大会の出場要項が書いてあるのだが、そこには『成人以上の男性』としっかり書かれていた。


「その通りです。その大会、出場出来るのは男性のみなのです……男女格差が無くなって来たこのご時世ではありますが、ボディビルの世界に女性進出はまだまだこの世界ではハードルが高過ぎたのでしょう……」


 確かに露出の高い装備はあれど女性が公に肌を見せる大会は抵抗があるだろう。ましてや君みたいな貴族令嬢がまずする事ではないと思う……


「そんな訳で、私が全面サポートしますので、代わりに出場して頂きたいのです! お礼ならば私に出来得る限りどんな事でもしますので……どうかお願いします!」


「ええ……」


 俺は困ったようにシアンをチラリと見た。シアンはそんな状況に困る様子も無くニコニコと笑っている。


「ジェド、君はいつも困っている令嬢を放ってはおけない優しい性格だからねぇ。どうせセリオンは通り道だろう? 大会だって数日中に行われるみたいだし……受けてあげたら良いんじゃないかな」


「……」


 シアンは面倒事を楽しむかのように笑った。おいコラ……お前、味方じゃないのかよ……

 まぁ、どの道放っておいても夢見がわるいだけなので協力するしか選択肢は無いのであるが……はぁ……



 話が纏まった所で、地下牢を出てプレリ大陸行きのゲート関門所へと向かった。

 地下牢を出る時に見送る顔見知りの看守が名残惜しそうにこちらを見ていた。もう俺はそうそう捕まるような男では無いのでそんな顔で見ないで欲しい……


 その後は意外にもすんなりと通る事の出来たゲート関門所を抜け、俺とシアン、マッチョ令嬢のテレシアはプレリ大陸の草原の景色へと足を踏み入れた。



 プレリ大陸に入ると心地よく爽やかな夏の風が吹いていた。

 茹だるような自由大陸の夏とは違い、山から吹きおろす風は涼しげである。青空と入道雲が草原の向こう側に広がっていた。


「いい天気だねぇ」


「本当だな。それで、セリオンに行くにはターミナルで乗り合い動物に乗らなくてはいけないのだよな?」


「あ、私は自前の乗り物動物がありますのでお2人はゆっくりお越しください」


 そう言ってテレシアはターミナルに停めてあった小型の象に跨った。


「小型の象とは珍しいな」


「ええ……この子しか私の密度の高くて重いバルクに耐えられなくって……普通の乗り合い動物だと重量オーバーで拒否されちゃうというか……」


「……どんな密度の筋肉してんだよ」


 申し訳なさそうに笑うテレシアを見送り、俺は他の乗り合い動物を探そうとした。

 だが、俺の袖を引きシアンが止める。


「ジェド、乗り物に乗らなくとも移動する方法は幾らだってあるよ? 何たって、私は大魔法使いなんだからね」


 そう言ってシアンが手を差し出す。

 差し出された手を掴むと足元に魔法陣が現れ、空へと浮かび上がった。

 結構な高さまで上がる。周りには飛竜便や鳥便、飛行の魔術具で空を旅する旅人達が居た。


「……前に空からラヴィーンに向かった時や、飛竜便に乗ってウィルダーネスに向かった事はあったけど……自分が浮くのは初めてだな」


「ふふ、私も初めて空を飛んだ時は感動したものさ。どうしてだろうねぇ、いつもはあの地上に居るってだけなのに、見る景色が変わっただけでこんなにも感動するなんて、不思議だと思わないかい?」


「まぁ、そうだな」


「その感動的な景色を、友達の君と見れるのは素晴らしい事だね」


「……その感動はもっと沢山の友達と分かち合った方がいいと思うぞ……?」


 遥か上空から望むプレリ大陸の広大な景色は綺麗で、俺達で独り占めするのは勿体無い位だった。

 遠くには薄らとラヴィーンの山々が見える……早く見つかるといいが……聖女とソラ。


 未だ眠りから覚めないノエルたんにも……いつかこの景色を見せる事が出来ると良いな……

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